32.盗み聞き
二階には大きな集会所のようなスペースがあり、その奥にいくつかの部屋があった。
一室の前で受付嬢は立ち止まり、ノックをして声を掛けた。
「ギルドマスター、ヨルムンガンドに関する情報があるとおっしゃる冒険者様をお連れしました」
「入ってくれ」
中から男性の声が聞こえた。
中へ入ると奥のデスクに腰掛けていた男が立ち上がってこちらに一礼した。
「ケインにソフィア、久しいな。それで?ヨルムンガンドに関して俺は何を聞かされるんだ?」
男性が応接用のソファに腰掛けるのを見てこちらも一礼して席についた。
「ジーク、彼はレイ、私達のパーティのリーダーよ。こっちはリン、この子は勇者候補のルーナよ」
「初めてお目にかかるな。私はギルドマスターのジークだ。ケインとソフィアとは共に戦った仲間だ」
ジークさんはこちらに手を伸ばしてきた。
僕はその手を取りしっかりと握り返した。
「初めまして!レイと言います!」
ソフィアさんは受付嬢を下がらせると早速切り出した。
「レイ、あれを出して」
僕はマジックバッグから鱗を取り出してテーブルに置いた。
メフィストさんをミラーリングしたままだから普通に持てるんです。
「これは……」
ジークさんが持ち上げて検分を始めた。
「ヨルムンガンドの鱗よ。討伐じゃない。退けたの。死の谷にはもうヨルムンガンドはいないわ」
「……あの討伐不可能と言われたヨルムンガンドを……?」
「討伐じゃないわ。話し合いで退けたのよ」
鱗をそっとテーブルに下ろしてソフィアさんをまっすぐ見た。
「バカも休み休みに言え……話し合いで退けられる訳ねぇだろ」
ジークさんはふざけるなと言った顔で絞り出した。
けどソフィアさんは表情を崩さず冷静にジークさんを見つめて言った。
「ジーク、退けたの。調査隊を派遣してみるといいわ」
その時後ろに立っていたケインさんが横槍を入れた。
「……ジーク、お前の気持ちは痛いほどわかる。俺も同じ気持ちだ。こんな事……馬鹿げているだろう?」
それを聞き、ジークさんはソフィアさんに怒気を込めて問いただした。
「ソフィア、どういう事だ?お前ら何を隠している?」
ソフィアさんとケインさんが僕に目配せをしてきた。
僕は静かに頷いてみせた。
「ジーク、あなたは元パーティメンバー。私達は貴方に絶大な信用を置いてる。それを大前提に話すわ。いい?決して他言は無用よ」
「……話せ」
ソフィアさんは今までの経緯。僕とリンの事。今回の事。実際にヨルムンガンドはもう死の谷から移動しているはずだという事をゆっくり丁寧に伝えた。
「この子がフェンリル……そしてヨルムンガンドはこの子の弟……」
ジークさんは眉間を押さえて今聞いた話を飲み込もうとしていた。
「王都周辺でヨルムンガンドの鱗の魔気に当てられて気絶した冒険者が何人もいると報告が上がっているんだが……」
「この魔王の威圧だ。冒険者はこの子から鱗を奪おうとしたそうだ」
その時、扉の外に誰かが近づいてくる気配があった。
リンも気付いて扉を見ている。
僕はこの部屋の話が誰にも聞かれないように周囲をサーチしていたんだ。
ソフィアさんとケインさんも気付いていないようなので相当高度な隠密を発動しているんだろう。
「待って下さい、扉の外に誰か来ました。隠密状態のようです」
僕が小声で言った言葉に皆がギョッとした。
他の人にはなるべく見られたくないので鱗をしまった。
「じゃジーク、そういう事だから」
ソフィアさんが用は済んだとばかりに大きめの声でそう言い、ドアを開けた。
そこには身なりのいい冒険者が立っていた。
「おっと、先客がいたのか。遠征から戻った事をギルドマスターに報告しようと思ったんだが……」
この人、絶対聞き耳を立てようと思ってたでしょ。
ソフィアさんがにこやかに話しかけた。
「貴方は……星剣の赤魔道士セインね」
「俺の事をご存知ですか?聖女ソフィア様に知って頂けているとは光栄です」
ソフィアさんと会話をしながら、チラチラとルーナに目線を向けていた。鑑定されているのかもしれない。
この人、ちょっと他じゃ見ないステータスだ。
スキルの数も群を抜いて多い。
この人は相当強いと思う。
「ちょうどいいタイミングだったわ。私達の用は済んだ所。ジーク、またね」
そうジークさんに伝えて僕たちは部屋を出た。
その後セインさんは部屋へ入っていった。
ジークさん、バラしたりしないよね?
「今のが売り出し中の勇者候補ルーナとその御一行ですね?」
当たり前のようにソファに腰掛けてテーブルに置かれた菓子に手を伸ばした。
「遠征帰りでもう知っているのか。耳が早い野郎だ……」
「何の話をしていたか……は聞いても教えてくれませんよね?」
「別に構わん。どうせ明日には公開する情報だ。あいつらがヨルムンガンドを死の谷から退けたそうだ」
「あのヨルムンガンドを……?」
「白々しい……癪に障る野郎だ。こんだけギルドが騒がしく動いてんだ。お前の耳ならもう知ってんだろう?」
「ははっ、確信はなかったですよ。しかしすごいね。賢者と聖女のバックアップがあったとは言えあのヨルムンガンドをねぇ。うちのロイとどっちが強いのかな?」
菓子を一つ頬張ると美味そうに噛み締めた。
「冒険者間の私闘は御法度だ。試すなよ」
「俺は試しませんよ。けどロイはあの竜人バロンに挑んじゃうバカだからなぁ。どうなるかはわからないなぁ」
「テメェ……もう用は済んだだろ!とっとと出ていけ。こっちは明日公開する情報を整理せにゃならんのだ」
「はいはい、お忙しい所すみませんでしたね」
セインは立ち上がり扉へ向かった所で後ろから声がかかった。
「セイン、お前の隠密、看破されてたぜ」
「……は?」
「お前が来た事にルーナ一行は気付いてたと言ってるんだ」
「イヤだな、隠密なんか使ってませんよ……じゃ俺は行きます」
セインは振り返らずに出ていった。
ジークはセインを見送り、今見聞きした情報を頭の中で整理し始めた。
あの頑固者のケインと、田舎のギルマスに収まって穏やかな生活を送っていたソフィアをフィールドへ引っ張り出したのがあのレイと言う少年。
取り立てて何も感じない少年だったが……。
あのセインの反応からするに……ゴッドアイと言うのは本当のようだ。
ジークは腕を組み、静かに目をつぶった。
セインは少し人気が引いてきた繁華街を歩いていた。
飲み歩きが好きな冒険者達でもそろそろ引き上げる時間帯である。
「俺の隠密を看破しただと……?」
歩きながら不機嫌丸出しでつぶやいた。
セインは今まで隠密を看破された事などない。
赤魔道士セインは隠密していると認識された事など今まで一度もなかった。
少なくともジークの部屋では今まで何度も盗み聞きしていた。あの部屋はザルだ。もちろん今日も当たり前で盗み聞けると考えていた。
だが、想像より手短かな話に終わったようで空振りに終わってしまった。だから直接ジークから情報を取ってやろうと思ったが……まさか隠密を看破され、上手くかわされていたとは思わなかった。
俺の隠密を看破したのは賢者ケインか?聖女ソフィア?
それとも勇者候補ルーナ?
短時間だった為ルーナのステータスしか鑑定出来ていないが、そこまで突出したステータスじゃなかった。あれならロイの方が余程強い。そこで俺は少し油断してしまった。
一度現役を退いているとは言え賢者も聖女もビッグネームだ。俺の隠密を看破する力はあって不思議じゃない。
考えてみれば自分たち世代が台頭した頃にはすでに現役を退いていた。つまり、あの世代とは背比べをした事がない。
誰もが知っているビッグネームだが……
実力の程は未知……。
「面白いじゃないか。新世代相手にあいつらがどこまで出来るのか……見せてもらうとしよう」
セインは不敵に笑うと路地に消えていった。




