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30.恥ずかしい状態

 

 王都の周辺、一人の少女を取り囲んで騒動が勃発していた。

 少女が両手で頭の上に抱えている鱗が伝説の大蛇、ヨルムンガンドの鱗だと冒険者が騒ぎ出したのだ。


「俺はバロン様の参加するレイドに同行した事があるんだ。ありゃ間違いねぇ、ヨルムンガンドの鱗だ!」


「嘘だろおい!そのガキが持ってる鱗を取り上げろ!とんでもねぇ値がつくぞ!」


 王都周辺には王都に住めぬ冒険者が多数暮らしているが、その中には良い所まで行った経験のある冒険者もちらほら混ざっているのだ。その中にヨルムンガンドの鱗を用いた防具を持つ「バロン」という名の冒険者の参加するレイドに同行した事がある者がいたのだ。その冒険者は少女が両手で頭上に抱えている鱗がバロンの持っていたヨルムンガンドの盾に酷似している事に気付き、度肝を抜かれた事が事の発端であった。


 何名かの冒険者が少女を取り囲む形となった。

 

「おい、嬢ちゃん。その鱗をこっちに渡しな。お嬢ちゃんには危害を加えねぇ。その鱗を渡してくれりゃ良いんだ」


「どこで拾ったかしらねぇが、そりゃお嬢ちゃんが持ってて良いもんじゃねぇんだ。重てぇだろう?とてもじゃねぇが買取出来る所まで持って行けねぇぞ。悪い事は言わねぇ、こっちに渡しな。俺が言い値で買い取ってやるよ」


 少女はうんざりした顔をしたと思ったら、冷たい目で取り囲む冒険者達を見た。

 次第にばたりばたりと冒険者が白目を剥いて倒れてゆき、やがて全ての冒険者が少女の周りで気絶してしまった。

 何事だと遠巻きに見ていた冒険者は、異様に張り詰めた空気とその光景が恐ろし過ぎて誰も声を上げられなかった。

 少女は冒険者を踏み越え、平然とした表情で王都へと消えていった。


 リンは鱗を両手で頭上に抱えて通りを歩いていた。

 すれ違う町人や冒険者はリンの抱えている鱗を見てギョッとする者、目を凝らして凝視する者、ヒィと小さく慄き立ち去る者、様々だった。いずれもリンが抱く鱗がただ事ではないと直感で感じるのだ。


 やがてリンはレイの待つ宿へと辿り着く。

 食堂を見るとレイとルーナとソフィアが歓談中であった。


「レイ、今帰ってきた」


「お、おかえり……それは?」


 三人ともリンが両手で抱える鱗に目が釘付けになっていた。


「ヨルと話して谷から移動してもらってきた。これ証拠」


 そういうとリンはテーブルに鱗を置いた。

 テーブルは鱗の重量でひしゃげてしまい、バキリと音を立てて潰れてしまった。そもそも配膳を目的とした簡素なテーブルの為、鱗の重量に負けてしまったようだ。

 店主さんは潰れてしまったテーブルを見て唖然としている。

 ソフィアさんが鱗を片手で持とうとして腕をプルプルさせている。あの重そうなモーニングスターメイスを片手で軽々と振り回すソフィアさんでも鱗は片手では持ち上がらないようだ。


「噂には聞いていたけどすごい重量ね……これがヨルムンガンドの鱗……」


 ソフィアが絞り出した声に皆が同意していた。


「ヨルムンガンドを退去させた。クエスト完了でいい?」


 今度はルーナが片手で持とうとして腕をプルプルさせている。ソフィアさんでも無理なんだから無理でしょ……。


「リンちゃん……教えて欲しいんだけど……今の狩りの間に死の谷まで行って帰ってきたの?」


「そう、死の谷までリンなら半刻」


「馬車で二週間はかかる距離よ……」


 ソフィアさんはルーナが片手で少しだけ浮かせている鱗を見つめている。


「やっぱりリンちゃんは凄いわね……明日報告に行きましょ。でも信じてもらえるかしら……」


 ルーナが両手で持ち上げ、背中に背負って見せた。

 鱗は屈めば人一人隠れられるぐらいの大きさがある。このサイズの鱗……ケインさんは大蛇と言っていたけど、いくらなんでも大き過ぎませんか?

でもこの鱗、めちゃくちゃ硬そうだ。これで防具を作れば凄いのが出来そう。


「ソフィアさん、この鱗で何か防具が作れたりしませんか?」


「もちろん作れるわ。ヨルムンガンドの鱗は超稀少素材よ。私の知る限りでは二枚しか市場に出回ってないわ。一枚は国庫に素材のまま保管されてる。もう一枚は素材そのままハンドルだけ付けてシールドにされたの。でも、その重量から、扱えるのは超一流の重装タンカーである竜人バロンだけと言われているわ」


「竜人バロン!現在最高レベルのパーティのタンカーですね」


 後ろからロンドさんが声をかけてきた。

 横にはケインさんも立っていた。少し疲れた顔をしている。


「そこにあるのがヨルムンガンドの鱗という訳か……俺の家でロンドと飲んでたら周りが何やら騒がしかったから何か嫌な予感がしたんだが……」


「そう、リン街の外で冒険者に囲まれた。でも何もしてない」


「バカいえ!俺にやったように威圧をかけただろう。並の冒険者があんなもん喰らったら三日は飯が喉を通らなくなる。何もやってないどころかやり過ぎだ」


「リン、少し強く見ただけ」


「……そうか……お前は強く見ただけなのか……俺も強く見られただけなんだな……」


 ケインさんが自分に言い聞かせる様に呟いた。


「ケイン、どうする?明日ギルドに報告するしかないと思うんだけど」


「来る時に覗いてきたが、すでにギルドは蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。もうその話で持ちきりだ。ヨルムンガンドが討伐されたんじゃないかってな」


「討伐してない。退いてもらっただけ。それでクエスト完了。シトリーの時と同じ」


「そうだな。死の谷は太古の昔からヨルムンガンドの住処としてあまりにも有名だ。生きとし生けるものは決して足を踏み入れる事が出来ない死の谷……そこの主を退けたんだ。すなわち人が死の谷を探索出来る様になったという事。これがどれ程の功績か……恐ろしい程勇名が上がるだろう。レベルもいくつまで上がるか想像がつかん」


「ヨルと話した。ヨルが最高討伐難度の魔王として語られてるって。他にもっと強い魔王いっぱいいるのに。そんな恥ずかしい状態になってるの教えてあげたらすぐ移動すると言ってくれた」


「そうか……お前ら魔王の間ではそんな会話が交わされるものなのか……」


 ケインさんが黙り込んで鱗を見つめ始めた。

 横にいたロンドさんがリンに尋ねた。


「リン様の弟さんのヨルムンガンド様はどちらへ行かれたのですか?移動先に関して何かおっしゃってませんでしたか?」


「一度父上と話をしてくるって言ってた。父上はガイスト高原のレックウル城にいるから、一度は立ち寄るはず」


 その地名を聞いても誰もピンと来ていない顔だった。

 沈黙に耐えかねてたまらずソフィアさんが声を上げた。


「ケイン……ガイスト高原って知ってる?」


「知らん。今の話の流れなら魔王ロキの居城だろう?魔王ロキは居場所の知られていない魔王だ。人跡未踏の地だろう」


「私なら走れば三日で行ける。ヨルの足なら死の谷から二週間ぐらい」


「レイ、レックウル城をサーチ出来るか?」


「レックウル城……ありました。方向はこちらです……距離は測れないのでわかりませんが……メチャクチャ離れてる事はわかります」


「ヨルにもレイの事話した。父上にもレイを会わせないといけないから近いうちに行くつもり」


「そうだね……一度挨拶に行かないとね」


「レイ、魔王ロキとのご対面はさぞかし緊張しそうだな……」


 ケインさんがかなり同情の目でこちらを見ていた。


「ギルドには何かしらの報告を上げておいた方が良いわね。騒ぎになってるなら今から行った方が良いわ」


 ソフィアさんの提案で急いでギルドへ向かう事になった。


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