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23.とある老人

 翌朝僕はまだ暗いうちに爪の素振りをする為に広場に向かった。

 宿を出てすぐにリンが追いついてきた。

 誰にも声をかけずに出て来たのにリンはいつも僕の行動をモニタリングしてくれていて、必ずそばに居てくれる。

 本当に頼りになる存在だった。

 せっかくなので稽古をつけてもらう事にした。

 リンをミラーリングさせてもらい、リンに受けてもらいながら爪を振ってみた。

 ステータス的には爪の能力ブーストもあって僕の方が上のはずが、軽くいなされてしまう。


「意外と動けてる。中級体術得られるの大きい。とても良い爪」


 リンが爪の事を褒めたその時だった。


「お褒めに預かり光栄だ」

 

 後ろから声がした。

 声のした方を見ると一人の小柄な老人が立っていた。

 60代後半ぐらいだろうか?白髪で赤黒いローブを着た身なりのいい老人だ。

 今の今まで周りには誰もいなかったはずなのに……。

 その人を見た瞬間リンが毛を逆立て臨戦態勢に入った。


「リン……どうしたの?」


「レイ、あいつダメ……」


 リンに明らかな動揺が見られる。


「ダメとはどう言う意味かな、お嬢さん」


 リンが強烈に威圧しているが男は涼しい顔をしていた。

 リンはこの老人から非常に危険な気配を感じているようだけど、僕には読み取れない。実力差が大き過ぎるのは言うまでもない……。


「転生したと聞いていたが、人間と行動を共にしていたとは驚いた。我ら魔にとって人間の住まう街に溶け込むのはとても難しい事だ。侮れない存在となっているようだ」


 僕は思い切ってブラウズした。


「メフィストフェレス……この爪の……?」


 驚きの余り言葉に出してしまった。

 メフィストというのは最強クラスの魔王の名だと昨日聞いたばかりだが、その最強クラスの魔王が目の前にいる……。


「驚いた……私の真名を知っていたのか?それとも今知ったのか……興味深い……」


 この人のステータスはフェンリル状態のリンをも遥かに上回っていたので、すかさずミラーリングした。


「ほう……これはどうした事だ……瞬時に私に匹敵するステータスに変化した……いや、匹敵ではない……私と全く同じではないか……」


 男は冷静に分析していた。


「私の能力を写し取った……それはどのスキルを使ったのかね?」


 男は目を見て語りかけてきた。

 抗うことは出来そうもない……目を見られた瞬間から僕は指一本動かす事が出来なくなった。


「ミ、ミラーリングというスキルです……」


 男は顎に手を当てて僕を見ながら更に質問を続けた。


「私の真名を知るのに使ったスキルは?」


「ブラウズです……」


「残る一つ、サーチはどんなスキルだね?」


「人や物の所在を知る事が出来ます……」


「ふーむ……君は私のステータスを見るのにブラウズを使ったと言った。だが私はステータスを改ざんしておる。鑑定で真名を知る事は不可能だ。つまり私からではなく、世界樹の記憶から情報を引き出したという事……」


 似たような事をケインさんが言っていた。

 ケインさんは確かアカシックレコードと言っていた。


「世界樹の記憶を扱うスキル……存在は噂されていたが、本当にあったとはな……」


 男は少し考え込むような素振りを見せてこう続けた。


「私の爪に所有者が現れたので見に来てみれば……これは拾い物だ……しかも魔喰らいのフェンリルを従えている……人間からこれ程興味深い者が出てくるとはな……」


 リンが額に汗を滲ませながら震える声で言った。


「レイ……逃げて……守れない……」


 男は手を差し出し制止した。


「待て待て。私はお前達を殺しに来た訳じゃない。爪を使うに値する者かどうか見に来ただけだ。お前が我が力を写し取る事、そして我が爪を振るう事を認めよう。存分に使うがよい。そしてフェンリルよ、お前が人間と行動を共にしようと私にはなんの不利益もない。人と共に魔を狩るのも一向に構わぬ。思うままに生きよ。ただこの者を決して死なせるでない。この人間は貴重な存在だ……」


 男はそう言って空気のように消えてしまった。

 サーチで所在を確認すると一瞬で遥か彼方まで離れてしまっていた。


「あいつは遠くに移動したみたいだ。リン、守ってくれてありがとう」


 僕はリンに声をかけた。

 リンがガクッと膝をついて絞り出すように呟いた。


「あいつはダメ……絶対に敵対しちゃダメ……」


 リンが震えながら繰り返していた。

 あのリンがこんなに怯えるなんて……。

 どうやらとんでもないのに目をつけられたみたいだ。


 リンを立ち上がらせて僕たちは宿へ戻った。

 食堂は営業を始めており、ポツポツとお客さんが席について食事を始めていた。


「レイ君、リン、おはよう」


 ちょうどルーナが降りてきたみたいで声をかけられた。


「リン……どうしたの?真っ青な顔してるけど……」


 ルーナがリンの顔を覗き込みながらリンに問いかけた。だがリンは答えられなかったので僕が代わりに答えた。


「メフィストが会いに来たんだ……」


「メフィスト?爪についてた名前……だよね?」


「爪の使用者を見に来たって言ってた。ケインさん達は最強クラスの魔王だって言ってたけど、ステータスだけ見ても化け物だった……」


「ちょっと待って。魔王がレイ君に会いに来たの?それってとんでもない事だよね……何もせず帰って行ったの?」


「うん、見に来ただけだって。なんだか知らないけど、僕があの人のステータスをミラーリングする事を許可してくれたよ……爪を使う事も。リンが人と行動を共にする事も何も問題ないって」


「そんなの……その魔王が許可する事じゃない気がするけど……」


「いや、あの人の意向に沿わない事はしない方が良い。あの人は次元が違ってた……」


「そう、次元が違う……絶対敵対しちゃダメ……」


「レイ君にリンまで……よほど力のある魔王だったんだね……力をつけていつか私達で討伐しよう!」


「無理」

「無理」


 僕とリンの声が被った。


「あの人は僕たちでどうこう出来る人じゃないと思う……神様みたいなもんじゃないかな……」


「そう、どうこう出来る存在じゃない。敵対したら一瞬で殺される……」


「ちょっと二人とも……怖がりすぎだよ……」


 ルーナに呆れた顔で見られてしまったけれど、僕とリンは本気でそう思っていた。

 その後みんなと合流してギルドへ向かった。


「メフィストが会いに来ただと……レイの周りではあり得ない事が頻発するな……一周回って実はこれが普通なのかも知れん」


 ケインさんが眉間を押さえながら呟いた。


「魔王メフィスト……サタンに次ぐ最強の一角と言われています。人に対して敵対しておらず、絶体絶命の危機にメフィストを名乗る老人に助けられたという逸話や、

言い伝えが沢山ある魔王です。善では無いと思いますが、悪とも言えない。レイ殿の先程の話を聞くと、やはり魔王メフィストは中立なのかも知れないです」


「直接何か要求してきた訳じゃ無いし、考えても仕方ないわね」


「そうですね。一旦忘れましょう」


「レイの言う通り一旦忘れてクエストをこなしていこう。今日はレイを戦力として使っていく。リンも戦えるという事から一気に50レベル辺りまで冒険してみるか」


 50レベルと聞いてルーナは浮かない顔をしている。


「ルーナ、大丈夫?」


「大丈夫……でも50レベルとなると自信がない……」


「強力な敵を倒して一気に冒険者レベルを上げていけば勇名も稼げる。ウジウジしていたら死ぬぞ。余計な事を考えず死ぬ気でいけ」


 ケインさんがルーナを鼓舞していた。

 

「わかりました……死ぬ気で行きます!!」


 ルーナの目に活気が戻ってきた。


 ギルドへ入ると何人かの冒険者がチラチラとこちらを見ている気がした。


「出たのか?」


「かも知れないわね。一部買ってくるわ」


 ソフィアさんが受付で何かを買ってきた。


「新聞よ。ギルドが冒険者向けに発行しているの。今朝から見られているのはこれが原因ね」


 ソフィアさんが記事を広げて見せてくれた。


 勇者候補ルーナがオリハルコン100%の剣の製作を依頼したと一部で話題となっている。

 オリハルコンといえば言わずと知れた高級素材。剣一本分のオリハルコンの調達には莫大な金額が必要だ。


 勇者候補ルーナは、とあるパーティに参加しているという。

 そのパーティは誰もが知る有名人も参加しており、勇者候補ルーナに対する期待の大きさが窺える。

 記者の調べでそのパーティの全貌が明らかとなった。

 まず双星の聖女として名高い聖女ソフィア。

 そして、神の叡智を有すると言われる賢者ケイン。

 聖女と賢者が揃い踏みである。

 この二人に加えて死霊魔導士ロンド、謎の少女リン、そしてこのパーティのリーダーを務めるのが、最も謎に満ちた青年レイである。

 彼の事を神の瞳、またはゴッドアイと呼ぶ者もいるが、その真の力は計り知れないという。

 このメンバーを束ねる存在だけに只者ではないだろう。



 と言った事が書かれていた。

 謎に満ちた青年って……って言うか、ゴッドアイなんて言ってるのギースさんだけでしょ……。


 今日チラチラ見られたのはこれが原因で間違いない。

 ソフィアさんとケインさんは有名だから、その二人と一緒にいる事で僕らの事がバレてしまってるんだろう。


「ここまでは予定通りだ。今日、我々が取り組むクエストは注目されていると見て間違いない。ここは一つ魔王狩りと行こうか」


 このおじさん何言ってるんだろうか……。


「そうね。一番下のクラスでも魔王討伐は箔がつく。一気に名を売るわよ」


 ダメだ……筋肉聖女まで乗ってきた……。


「一番下のクラスでも魔王となると冒険者レベル60は下らないでしょうね。私もとっておきのカードを切りましょう」


 嘘でしょ、ロンドさんまで……。


「弱い魔王ならリンが倒す」


「リンまで何言ってるんだよ。さっき冒険者レベル50辺りを取っていこうって言ってませんでしたか?」


「レイ、お前も記事を読んだだろう。今日のクエストは重要だ。一気に注目を集めるチャンスだ」


「注目を集めてどうするんですか!僕たちは有名になりたい訳じゃないんです」


「レイ、あなたこのパーティを組んだ目的は覚えてる?もう忘れたの?」


「目的……それはルーナが勇者になれるように……」


「レイ、今俺たちはそれに向かって進んでいるんだ。誰にも注目されずに勇者になれると思っているのか?」


 そうだった……僕たちは注目してもらわないといけないんだ。

 僕の事はどうでも良いけどルーナが注目されないのは困る。


「そうでした。魔王討伐……僕も死ぬ気でやります!」


「みんな……レイ君……私も死ぬ気でやる!もっともっと強くなる!勇者の底力を引き出してみせるよ!」


 僕たちは魔王討伐クエストの閲覧許可を取った。

 と言ってもケインさんとソフィアさんがいるからほぼフリーパスで閲覧出来た。


「一番冒険者レベルの低い魔王討伐クエストはこれですね」


「タロスか……ローディアの神殿に配置された青銅のガーディアンだ。魔道人形だがその魔力の高さから魔王の称号を受けているそうだ。金属の塊だから魔法はあまり効かない。そして恐ろしく防御力も高い。タロスを討伐すれば同時にローディアの神殿も探索出来るな……貴重なアイテムが手に入るかも知れん」


 僕はタロスをブラウズした。

 明らかにリンより弱い。


「思ったより弱そうです。十分いけると思います」


 ケインさんがこちらを見ながら呟いた。


「そりゃメフィストのステータスなら楽勝だろう……」


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