聖女である私の生歌ライブでいつも王太子殿下が後方彼氏面してるのは何で?
「みなさーん、今日もライブ会場まで足を運んでいただき本当にありがとうございまーす! 聖女のマイラでーす!」
「「「ウオオオオオオ!!!! マイラたーーーん!!!!」」」
今日も会場内には野太い歓声が響き渡っている。
嗚呼、どうしてこうなってしまったのかしら……。
まさか一介の花屋の店員に過ぎなかった私が、聖女に祭り上げられてしまうなんて……。
――我が国での聖女はある種の偶像的な存在とされていて、その主な業務はこうしてフリフリの衣装を着て民衆の前に立ち、生歌でみんなを鼓舞すること。
正直言って恥ずかしいことこの上ないけど、国から直接任された仕事だから頑張らない訳にもいかない。
とはいえ、何故私なんかが? という疑問は未だに尽きないのだけれど……。
――おっと! いけないいけない。
今はライブに集中しないと!
「えー、それでは一曲目聴いてください。『婚約破棄はやめておけ』」
「「「ウオオオオオオ!!!!」」」
私はフゥと軽く深呼吸してから、真っ直ぐ前を向いて歌い出した。
「嗚呼~、あの王子~、夜会で婚約破棄宣言したよ~」
「「「フワッ! フワッ!」」」
「やめとけばいいのに~、どうなっても知らないよ~」
「「「ファイボー! ワイパー!」」」
「と、思ったら案の定~」
「「「イエッ! タイガー!」」」」
「ざまぁされて僻地に飛ばされてる~」
「「「エル・オー・ブイ・イー・マイラたーーーん!!!!」」」
よし、今日も私歌えてる!
「――!」
その時だった。
優雅に会場の扉を開けて、キラキラしたオーラを纏いながら、我が国の王太子殿下であらせられるイヴァン様が、護衛のディート様と共に現れた。
そしてそのまま後方の壁に腕を組んで寄りかかりながら、ニヒルな笑みをこちらに向けた。
胸元には一輪の薔薇の花が挿さっている。
ま、まただわ!?
イヴァン様は何故かいつもライブが始まって少しすると会場に颯爽と現れ、かと思えば特に盛り上がる様子も見せず、ああして後方で腕を組んでこちらをジッと見ているのだ。
イヴァン様みたいな美しい顔で見つめられたら緊張することこの上ないけど、そうも言ってられない。
聖女に失敗は許されない。
何としても今日のこのライブも成功させなくては!
「……?」
その時、イヴァン様が口パクで私に何かを投げ掛けてきた。
え、えーと、何何?
『ファ・イ・ト』
……。
王太子殿下にこんなことを思うのは甚だ不敬だということを承知の上で言いますけど――そこはかとなくイラッとしたッ!!!
お、おっと、いけないいけない。
平常心平常心。
――私はイヴァン様からの粘度のある視線に何とか耐え抜き、このライブも無事終えたのだった。
「マイラたーん、今日のライブも最高だったおッ!」
「わあ、ありがとうございます」
「マイラたーん、拙者マイラたんの写真集十冊買ったでござるよ!」
「ええー、そんなにー!? ありがとうございます! でもあまり無理はしないでくださいね」
「マイラたーん、おいどんは生涯をマイラたんに捧げる誓いとして、腕に『マイラブ』ってタトゥーを彫ったでごわす!」
「え、えぇ……、そ、それは光栄です……」
ライブが終わった後は、ファンの方々へ直接お礼を言うのも大事な仕事だ。
この辺をちゃんとしているかどうかで、ファンのライブに対する満足度に大きな差が出る。
「……あ!」
その時、イヴァン様がこちらを一瞥してからディート様と共に会場から出て行こうとするのが目に入った。
ま、待って!
「あ、すいませんみなさん、ちょっとだけ外しますね! またすぐ戻ってきますので!」
「「「マ、マイラたーん」」」
縋るような目で見つめてくるファンの方々に後ろ髪を引かれながら、私はイヴァン様の背中を追った。
きょ、今日こそは!
「――イヴァン様!」
「――!!」
私に急に声を掛けられたイヴァン様は、その場でピタリと固まった。
そしてギギギギという擬音を立てながら、ゆっくりとこちらを振り返る。
その顔には何故か大量の脂汗が滲んでいた。
――えっ!? イヴァン様!?
「あ……えーっと、いつもライブに足を運んでくださっていたのに、今までご挨拶が遅れて大変申し訳ございませんでした。改めまして、聖女のマイラでございます」
「……ブ、ブヒッ」
「――!?」
ブヒッ!?
「ブ、ブヒャッフ、デュフフ……。マ、マイラたん……、あのマイラたんが僕の目の前に……」
「イ、イヴァン様?」
どうされたんですか!?
「マ、マイラたん……、マイラたん……、マイラたんがマイラたんが……、ブ、ブヒイイイイイイッッ!!!!」
「イヴァン様!?!?!?」
イヴァン様は突如奇声を発しながら、ダッシュで会場から出て行ってしまった。
え、えぇ……。
「我が主が失礼いたしましたマイラさん」
「え? あ、ああ、いえ、お気になさらないでください」
蠟人形のように感情の読めない護衛のディート様が、私に軽く頭を下げてきた。
「でも、私何か失礼なことをしてしまったでしょうか? イヴァン様はいつもライブに足を運んでくださってますし、一度くらいは直接ご挨拶をと思った次第なのですが……」
「いえいえ、イヴァン様は常にあんな感じですので、マイラさんが気に病む必要はまったくございません」
「常にあんな感じなんですか!?!?」
それはそれで大丈夫なんでしょうか!?
一国の王太子殿下が!?
「一つだけ確かなのは、イヴァン様は誰よりもマイラさんのことを応援しているということです」
「は、はぁ」
本当かしら?
あまりそんな風には見えないけど……。
「ですからこれからも、聖女のお仕事頑張ってください。では、私はイヴァン様を追わねばなりませんので、これで」
「あ、はい。イヴァン様によろしくお伝えください」
ディート様は音も立てずに会場を後にした。
イヴァン様が私のことを応援、ねえ……。
でも、前から思ってたんだけど、イヴァン様のお顔ってどこかで見たことがある気がするのよね。
ライブでお会いする以前は王族に会う機会なんてなかったから、ただの気のせいだとは思うけど……。
「……あ」
その時、私の脳裏に、イヴァン様の胸元に挿さっていた一輪の薔薇がよぎった。
も、もしかして……。
――そして迎えた翌週のライブ。
「みなさーん、今日もこんなに沢山の方にお越しいただいて、本当にありがとうございまーす! 聖女のマイラでーす!」
「「「ウオオオオオオ!!!! マイラたーーーん、今日も可愛いよおおおおお!!!!」」」
もしも今日もイヴァン様が来てくれたら……。
い、いや、今は目の前のライブに集中よ、マイラ!
「それでは今日はみなさんに、新曲を聴いていただきたいと思います」
「「「新曲キターーー!!!!」」」
「――聴いてください。『聖女追放はやめておけ』」
「「「ウオオオオオオ!!!!」」」
私は胸に手を当てて軽く深呼吸してから、真っ直ぐ前を向いて歌い出した。
「嗚呼~、あの王国~、聖女を追放しちゃった~」
「「「フワッ! フワッ!」」」
「やめとけばいいのに~、どうなっても知らないよ~」
「「「ファイボー! ワイパー!」」」
「と、思ったら案の定~」
「「「イエッ! タイガー!」」」」
「なんやかんやあって国が滅んでる~」
「「「マイラ!! マイラ!! 俺達のマイラーーー!!!!」」」
よし、今日も会場全体が俯瞰で見えてるわ!
「――!」
その時だった。
例によってキラキラしたオーラを纏いながら、イヴァン様がディート様と共に会場に現れた。
キ、キタッ!
イヴァン様は最早定位置となった後方の壁に腕を組んで寄りかかりながら、いつものニヒルな笑みをこちらに向けてくる。
――今日も胸元には一輪の薔薇の花が挿さっていた。
さあ、これで覚悟を決めるしかなくなったわよマイラ。
イヴァン様に、私の全力を見てもらわなきゃ。
「……?」
その時、イヴァン様がまた口パクで何かを投げ掛けてきた。
え、えーと、今日は何かしら?
『ファ・イ・ト』
……。
イヴァン様は語彙をお母様のお腹に置いてきたのかしら!?!?
お、おっと、いけないいけない。
平常心平常心。
――この日私は、自信を持って自己ベストと言えるライブパフォーマンスを披露することが出来たのだった。
「マイラたーん、今日のマイラたんは神ってたおッ!」
「ありがとうございます! でも、今日は大切な用事があるので今から少し外します! 後でまた戻ってきますので!」
「「「マ、マイラたーん!?」」」
ゴメンなさいファンのみなさん!
でも、今日だけは――。
私は今日も足早に会場から立ち去ろうとしているイヴァン様の背中に向かって、こう呼び掛けた。
「――イヴァン様! イヴァン様は以前、私から薔薇の花を受け取ってくださいましたよね!?」
「――!!!」
こちらを振り向いたイヴァン様は、大きく目を見開いて信じられないとでも言いたげな顔をしていた。
「お、覚えていてくれたのかい」
「あ、いえ、大変申し訳ないのですが、思い出したのは先週のことなのです。――その、イヴァン様が胸元に挿されている薔薇を見て」
「ああ」
イヴァン様は得心が行ったようで、微笑を浮かべながら胸元の薔薇をそっと撫でた。
――あれは私が聖女に任命される、数日前のこと。
その日私は勤務していた花屋のキャンペーンの一環として、路上で薔薇の花を無料で配っていた。
そしてその薔薇もラストの一輪となった、その時だった。
「……?」
私の目の前を、全身をぶかぶかのコートで覆った、いかにも挙動不審な男性が通りかかった。
「あ、あのお」
「ひゃいッ!?」
「ひゃい!?」
私が声を掛けると、その男性は露骨に狼狽えた素振りを見せた。
「あ、えーっと、よろしかったらこれ、無料ですので受け取っていただけませんか」
「っ!! ぼ、僕にこれをくれるのかいッ!?」
「え? あー、はい、もちろん。これ、この先にある『ラフレシア』っていう花屋のお花なので、よかったらご贔屓にしていただけると嬉しいです」
私は目一杯の営業スマイルを投げ掛けた。
「はうッ!!」
「はう!?」
するとその男性は、それこそ薔薇みたいに顔が真っ赤になった。
ど、どうされました!?
「ありがとう!! この薔薇、一生大事にするよッ!!」
「あ、はあ」
まさかこれだけでそんなに喜んでもらえるなんて。
まあ、この薔薇は生花なので、一生はもたないですけどね。
男性は薔薇をそれはそれは大事そうに抱えながら、満面の笑みを浮かべながら去っていった。
「まさか王太子殿下がお一人で街を歩かれてるとは夢にも思わなかったので気付くのが遅れましたが、あの日お会いしたのがイヴァン様だったのですね?」
「……ああ、そうさ。あの日はコッソリ城を抜け出して、一人で街を回ってたんだ。……後でディートに死ぬ程怒られたけどね」
「当然です。いい加減あなた様はご自分の立場を理解してください」
なるほど、きっと王族ともなると、いろいろとストレスも溜まるのでしょうね。
とはいえ、確かにお一人で街に出るのは危険だと私も思いますけど……。
「この薔薇は、今でも僕の宝物さ」
「――!」
イヴァン様は胸元の薔薇に視線を落とした。
ま、まさか、その薔薇はあの時の……!?
「ディートにドライフラワーにしてもらったんだ」
「私はあくまでイヴァン様の護衛で、執事ではないのですがね」
ディート様ハイスペック過ぎない!?
――!
その時、私は一つの可能性に思い至った。
「ひょっとして、私を聖女に選んでくださったのはイヴァン様なのですか?」
「――!」
イヴァン様のギクッとした顔は、言外に私の憶測を肯定しているようなものだった。
「……め、迷惑だったかい?」
「え?」
イヴァン様は、イタズラがバレた子供みたいに、気まずそうに目を逸らした。
「き、君は、もしかしたら花屋として普通の生活が送りたかったのかもしれないだろ? でも、僕のせいで半ば無理矢理聖女にされてしまって……。僕を恨んでるんじゃないかい?」
「そんな! そんなことはありませんわ!」
「――!!」
私はイヴァン様の手を、強く握り締めた。
「確かに楽なお仕事ではありませんし、私なんかでいいのかなって思うことはよくあります。――でも、私は聖女の仕事に誇りを持っています! ファンの方々が笑顔になってくれた時は、自分のことみたいに嬉しいですし。それに……、あ、あれ?」
「あばばばばばばばばば」
イヴァン様は白目を剥いて、口から泡を吐いていた。
イヴァン様!?!?!?
「ああ、どうやらイヴァン様の萌えが閾値を超えてしまったようです」
「萌えが閾値を!?!?」
どういうことですかディート様!?
「申し訳ありませんが、本日はここまでにさせてください」
「あ、はぁ」
ディート様は気を失ったイヴァン様を颯爽とお姫様抱っこすると、音も立てずにこの場から立ち去った。
……イヴァン様。
その後もライブのたびにイヴァン様は、毎回後方で腕を組みながら私のことを見守ってくれています。
そしてその胸には、いつもドライフラワーの薔薇が咲き誇っているのです。