第7話 水の魔法は可愛い声で(挿絵有り)
昨日、火の魔法を唱える機会がなかった3人が火の魔法に挑戦してから、水の魔法を一人ずつ挑戦する事になった。
「ここからは、使えない人が沢山出てきます。
魔法との相性なので気にしないで下さい。皆さんがどの属性と相性が良いのか、授業で探っていきましょう。
さっき教室でお話しましたが、水の魔法は〔可愛い声〕を出すと使える確率が上がります。
〔可愛い声〕ですよ~。
この器に水をためるのが今日の目標です」
ヨド先生はそう言うと、両手で抱えるほどの大きさの木製の器を前に出し、実演してくれた。
「“水よ、器を満たせ”」
これは!
正に昨日、家庭教師のアイザック先生が教えてくれたのと同じやり方だ!!
昨日は家で2時間頑張って1回も成功しなかった。私だけ使えなかったらどうしよう。恥ずかしい……。水の魔法を使えない仲間が欲しいと願ってしまう。あぁ……。私の心は弱い。弱いわ。
ヨド先生の近くの人から水の魔法に挑戦していくのを息をのんで見守った。
1人目の人は使えなかった(早速仲間ができたわ)2人目の人も、3人目の人も使えなかった。5人目でやっと使えた。
使えない人が多い。
本当に使えなくて普通みたい。水の魔法を使えなかった生徒も、そんなに気にしてないみたい。
ヨド先生は生徒1人1人に「可愛い声を出して下さいね」と、言っている。
しかし、そんな声を恥ずかしくて出せるものかと、恥ずかしがっている人が多い。今のところ、水の魔法を使えたのは可愛い声の女の子だけだ。
確かにヨド先生の言う通りなんだろうけど、「可愛い声を出してくださいね」と言って回る教師……。
何も知らない人がこの光景を見たら、ヨド先生の事を変態だと思う事間違いなしね。
最初は恥ずかしがっていた皆も、あまりに使える人が少ないので本気になってきた。水の魔法に挑戦する皆の姿は、もはや〔魔法少女大会〕になっていた。女子はブリブリのブリッ子に、男子はオカマになっている。
それぞれ独自の振り付けを付けて「え〜い! いくわよ♡“水よ器を満たせ”!」とセリフまで足して、呪文を唱えた。
女子は可愛い!
見ていて心が癒やされる。
男子はちょっと気持ち悪いけど、本気でやっているので意外と応援してしまう。“本気”って凄いね。
でもやはり、“ここまでやって出来ない”となると、さすがに心に傷を負うようで挑戦し終わった男子は、互いを慰め合い絆を深めていた。
……。絆の深まる良い授業だね。
ヨド先生がさっきお手本を見せてくれた時、そんなに可愛い声だったかな?
説明するために高めの声を意識してた気はするけど、誰も気持ち悪がらなかったよね?違和感なかったと思う。
う〜ん。思い出せ。思い出せ。
と私が悩んでいる間にティアの番になった。
ティアはちょっとハスキー気味の可愛い声なので、どうなのだろう? 水の魔法は使えるのだろうか? 注目して見た。
使えた!
器の半分ぐらいの量の水が出た。
そうよね。ティアは可愛いもの。
そして、次のヘンリー王子も使えた。
ヘンリー王子が呪文を唱えると、器が水で溢れて..溢れて、ん? 止まらない……。
器の水は渦を巻き、空に向かって水柱が立った。そして、空中で弾けてキラキラと水滴が舞い降りてきた。
勝負を申し込んで来るわけだ。オカマにならなくても、こんなに使いこなせるのね!
とても綺麗!!
全員が、小さく小さくなった水滴が空から舞い落ちるのを大興奮で楽しんだ。「さすがヘンリー王子!」「王族はやっぱり凄い!!」等との声が、あちこちから聞こえる。
ヘンリー王子はニコッと笑って
「どうですか? ロザリー。
僕もなかなかやるでしょ?」
と、爽やかに微笑んできた。
笑顔が眩しい!
ゲームの中でティアとヘンリー王子はよく見つめ合っていた。ティアはよくこれを正面から普通に受け止めていたなと思った。
この眩しさに耐えて、上から目線でロザリーっぽく返さねば!
「えぇ。流石ですわ。王子。
私なんて、水を一滴も出せる気がいたしませんもの」
ちょっと嫌な感じを出しながら言ってみた。
(あれ? 嫌な感じで話すのはティアにだけでよかったんじゃぁ?)爽やか笑顔にあてられて思考がごちゃまぜになりながら、とりあえず嫌な感じで返事をしたのに、
「何て優しい人なんだ。
あなたの方が魔力が上なのに、私を立ててくれるのですか?」
ヘンリー王子は何故か感動して、そのまま私の近くに立ち、皆が水の魔法に挑戦していくのを一緒に見ている。あれ? 今、「魔力」って言った。〔魔力〕は無いんじゃないの?〔精霊に意思を伝えられるか〕じゃないの?必死に考えるのだけど、考えが上手くまとまらない。
ヘンリー王子が近くにいると、落ち着かない!
目が回る!!
人のパーソナルスペースに普通に入ってきて、王子のキラキラを無意識にあててくるから、腰が抜けそうよ!(逃げ出したい)と思うのだけど、力が入らなくて体が動かない!! 王子のキラキラの中に密かに色気が入っていて、体の自由を奪っている!
乙女ゲーの攻略対象、すさまじいわ。近くに立つだけでもうダメだ。
なかなか私の番にならないと思ったら、今回から私は魔法の実技の時、最後だそうだ。
もし昨日のような事がまた起きたら、ゼアのように魔法の実技に挑戦出来ない人が出るためだ(水の魔法は家で使えなかったし、もう心配ないと思うけど)最後なら他の人の様子をじっくり観察出来る!
ギリギリまで考えるのよ私! 何故かずっと隣に立っているヘンリー王子の爽やか低音ボイスにクラクラしてはダメ!! 話しかけられる度に目が回って、もはや何を話しているのかわからなくなっても、意識を飛ばさないようにして、何とかヒントを掴むのよ!
ティアのお付きのゼアの時は、バッシャーンと器から水が溢れた。
可愛い声で呪文を唱えたわけでもないのに、ゼアも水の魔法を使えた!
ここで整理してみようと思う。
・クラスの1/3の女子が水の魔法を使えた
・男子で使えたのは、ヘンリー王子とゼアはだけ
・ヘンリー王子とゼアは可愛い声でなくても使えた
ヘンリー王子とゼアの時を思い出して、2人の共通点を探すのよ!
えっと……確か2人共、深呼吸をして、イメージを作る時間をたっぷりとっていたような気がする..
家庭教師のアイザック先生も、「まずはイメージ」と言っていた気がする。でも、それってヨド先生の言う〔可愛い声〕と関係なくない?
「あなたの番だ」
ゼアが話しかけてきて、"はっ"とした。
体の筋肉が緊張し、私の呼吸は細くゆっくりなものになっていく。
……ゼアも良い声だ!
私はゆっくりゼアの方を向き、彼の顔に釘付けになった。
「その様子では、水の魔法は使えないと見える。使えない人も大勢いるのだから、出来なくても恥ずかしくない。
思いっきりブリッコでやってみてはどうだ?」
え?
今、私はゼアに気を使われている?!
いや、これは違うな。思いっきりやって失敗した私を嘲笑うつもりね。無視して、ゼアの声に集中よ。
私は必死にゼアの声に集中しようとした。
するとロザリーが呆れた声で、『彼の言う通り、とりあえず思いっきりやってみるしかないですわね』と言った。
ちょっと待って、ロザリー。
実は私、
声が見えるの。
『え? 何言ってますの?』
その反応。すごくよくわかる。
顔は見えないけど、ロザリーが訳がわからないといった様子でリアクションしている姿が目に浮かぶ。
でも、私は嘘を言ってない。
……私、相手が何処に力を入れて話しているか、声がどこに向かって出ているか、意識すれば見える。
オペラ習ってる友達がいて、彼女のコンサートや発表会を観に行くと、毎回「今日はどうだった?」と感想を求めてくるから、感想言うために必死で見ていると声が見えるようになった。
普通の会話の声は見えにくいけど、今のゼアみたいに"良い声"で話す人の声は見える。
『..それってつまり……』
〔水の魔法〕のヒントを見つけたかも!
『素晴らしいですわ!
さ、思う存分お試しなさい!!』
うん! やってみる!!
ゼアを見ていてわかった。
"構え"よ。
ボイストレーニングで習ったわ。頬骨の辺りの高さで構えるのよ。するとクリアな声が出るわ!
だから、歌を歌う人は頬骨が張っている人が多いって教えてもらった。
構え方は、鼻で息を吸う時に、顔の中の筋肉を構えたい高さに合わせる!
私はゆっくり息を吸いながら、ニッと笑顔を作りつつ、空気の流れを利用して鼻腔の上の筋肉を押し上げた。
そして、両手を水をすくい上げるようにして、目の高さに差し出す。
口の中は広く、唇は開きすぎずスマートに! 掌に声をのせるように…。そう、下からでなく、上から声が降ってくるイメージ!!
〈《水よ、器を満たせ!》〉
水よ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ!!
私は水が出る事を必死に願った。
もし、水の魔法が使えるようになったら、クッキー対決の時に燃やされても対処できる。
お願い、水よ、出てちょうだい!
とりあえず制服の腹巻きみたいなのに差し込んでおいた杖がうっすら紫に光りだした時、ある事に気が付いた。
あ!
杖を使うの忘れた。
あと、クリアな声を出す事に夢中で、魔法のイメージするのも忘れた。
きっと大丈夫よ…ね…?
っ?!!!
ザッッパァ――――――――――――ンッ!
15mぐらいの高さまでの〔紫の水〕が、器から飛び出してきた。
(これならヘンリー王子と同じ位じゃない?)と思ったのも束の間で、“どぶぁん”と水柱が崩れてきた。
なぜ校庭に"波"が?! というぐらい器から〔紫の水〕がドバドバ出るわ出るわ。
あれ?
止まらないんですけど……。
「皆さん!
とりあえず校舎に避難しましょう!!
……って、もう避難してますね…………」
ヨド先生が生徒に避難を呼び掛けた時には、皆もう駆け出してしていた。
「きゃぁぁぁぁ!」
「うげぇぇぇ!」
「毒が押し寄せてくる!」
と、叫びながら、
「毒が毒が」と叫びながら……。
「僕達も逃げましょう」
そう言って、ヘンリー王子が私を抱きかかえた。
うぎゃぁぁぁぁぁぁ!
お姫様だっこ!!
『良いですわ!良いですわ!やりましたわね!!』
キャーキャー言って、ロザリーうるさい!
既に足首まで浸かっている紫の水の中、ヘンリー王子は私をお姫様だっこをしたまま軽々と走った。
触れている部分から(この制服、じつは良い生地使っていたのね)とか(鍛えているんだな)とか、意識しないようにしても意識してしまって目が回る!
いやぁぁぁぁぁぁ!
私はこういうのいらない!
王子とティアのラブラブを、安全な場所から眺めているぐらいが良いのよ!
まさか、お姫様だっこをされる事になるとは思わなかった。流石乙女ゲー。
校庭から校舎へと続く20段ぐらいの階段をかけあがり、ヘンリー王子が私を降ろしてくれた。
階段では斜め上への移動だから、体がしっかりヘンリー王子に傾いて恥ずかしいやらドキドキするやらで、最後に大混乱だったわよ。
「……っ! …………ありがとうございました!!」
と、走ってないのに息を切らしながら、私は真っ赤な顔で王子にお礼を言った(あぁ……悪役令嬢なのに、思わずお礼を言ってしまった)。
ヘンリー王子はニコニコ顔で
「たまたまあなたの近くにいて良かった」
と言った。
いや!
たまたまじゃないから!!
自分の番が終わったら、すぐ私の所に来てずっと横にいたじゃない!!
と、心の中でツッコミを入れた時、ティアが視界に入った……。
クラスの皆が次々と教室に逃げて行く中、ティアが蹲っている!?
私は一気に血の気が引き、急いでティアの元に駆け寄った――――。