第69話 ロザロザのいない日常
「ロザリー様、おはようございます!!」
「ロザリー! おはよう!!」
ロザロザが、ドラゴンに変身したゼアと旅立った次の日。
いつものように、ティアとヘンリー王子が競い合うように迎えに来た。ロザロザがいなくなっても、変わらない日常がやってくる。
何か思えば、ロザロザがツッコミを入れて来ていたのに、それがない。体の半分がスカスカになったような感じがした。妖精さんが「いつものお迎えだぁ☆」とはしゃいでいるけど、他人事のように思えた。
フラフラと自分の部屋から出て階段を降りて行くと、ティアが飛びついてきた。
「ロザリー様! 大変なんです!!
ゼアがいなくなったんです!!!!」
昨日の午後、「ちょっと行ってくる」とティアに言ったあと、急いで出て行ったらしい。
そうよね。理由を知らないと、とても心配よね。
「ティア。落ち着いて聞いてね?
ゼアは、私の中にいた“もう一人のロザリー”と旅に出たの」
ロザロザはしっかりしてる。だから、危険なことはないと思う。
私は“私の中にもう一人の人格がいたこと”“昨日その人格が体を得たこと”“そのままゼアと旅に出たこと”を説明した。
「……ゼアが、もう一人のロザリー様と他国に?」
ティアは、ショックを受けたようだった。その顔色には怒りも見える。
私は、ティアに怒鳴られることを覚悟した。“どうして止めなかったんですか”とか、責められると思った。
ティアも〔ゴリゴリモンスター〕が現れた時、結界を張ってまわってい。だから、外の世界が危ないのを知っている。ティアの従兄弟のゼアは、メイス王国の王子様だもの。王子様が危険な外の世界へ誘われて旅出ったと知れば、そりゃ怒るよね。
「ロザリー様を独り占めするなんて、ゼアはずるいです!!」
「あぁ、なんて羨ましい話なんだ。あんなヤツのことは忘れて学園に行こう」
「珍しく、意見が合いましたね」
え、怒るのそっち?
ゼアに対して怒るの?
私やロザロザにじゃなくて?
意気投合した二人は、私の手をとってヘンリー王子が乗ってきた馬車に急いだ。
私の右手をティアが握り、左手はヘンリー王子が握っている。
「この馬車、つめれば三人が並んで座れますから、今日はこっちの馬車で行きましょう」
ティアの言うとおり、ヘンリー王子の馬車は他のと比べてちょっと大きい。さすが王室の馬車。
……って言っても、三人並んで座るにはちょっと、狭いんじゃ?
目の前の座席には誰も座らないで、片方だけにつめるのは無理じゃないかな? 右にはティア、左にはヘンリー王子でギュウギュウになってる。幅が足りなくて、肩は丸まるし、お尻は座席から浮きそうになってる。
左右を見れば、二人とも同じように肩が丸まり、お尻が浮きそうになってた。
「さっきティア嬢は“今日は”と言ってたけど、いつも僕の馬車で学園に行ってるよね?」
「“いつも”?
誰かさんが“婚約破棄”したとき、私の馬車でロザリー様は登校してたんですよ?
“いつも”と言うのは間違ってますね」
「……思い出したくない出来事を、掘り起こしてくるね」
「そう簡単に、ロザリー様をあなたなんかに渡しませんからね!」
生き生きと嫌味を言うティア。ティアの勢いに言葉を失うヘンリー王子。表情が固まっている。こんなに困ったような顔のヘンリー王子を見たことがなかったので、なんだか笑いがこみ上げてきた。
(ふふっ)
思わず左手を口元に持って行こうとしたけど、左手が動かない。
ヘンリー王子がまだ左手を握っていることに、このとき始めて気がついた。じゃあ右手は? と思ったら、右手はティアが握ったまま。二人が私に“一人じゃないよ”と言っているように感じられた。
二人とも気をつかってくれている!!
なんて優しい人達なの!
無理に話を聞こうとせず、そっと寄り添おうとしてくれている。
“もう一人の人格が体を手に入れて旅立った”なんて、中二病みたいな話を信じて、私が落ち込まないよう気遣ってくれている。
二人の優しさが、とても温かく感じられた。
ロザロザがいなくなって寂しいけど、その感情に溺れてはダメね。身近にいる優しい人達を、大事にするべきだわ。
この日はギュウギュウのまま、楽しく登校した。
二人のおかげで、落ち込むことなく授業を受けられた。
放課後は、学年関係なくグラウンドでトレーニング。今日もマリーとスピカがシャキシャキと仕切ってくれた。
「ロザリー様、今日の〔ゾンビ志願者〕集まりました!」
マリーが元気よく伝えてくれた。
それにしても、〔ゾンビ志願者〕なんて言われたら、また皆が脅えるんじゃないかな?
「「「「「ゾンビ指導、よろしくお願いします!!!!」」」」」
あ、〔ゾンビ〕で定着してた。
皆それで良いんだ……。
〔ゾンビ指導〕なんて言葉は、魔法学園の生徒の間でしか通じない言葉だからね? 学園の外では、その言葉を使わないでね? と皆にお願いしてから、今日のトレーニングに入った。
ハミング(肉と骨を引き剥がすやつね)を習得するのに時間がかかる。今日も、まずはそれからやることにした。
「筋肉の存在を感じながらやると、良いわよ!
筋肉を意識していると、そのうち細かい筋肉を感じられるようになるわ!」
ポイントを説明しながら、皆の様子を見てまわる。
皆とてもマジメに取り組んでくれている。
頭では理解しても、思うように体を動かすのは難しかしい。“どうして出来ないんだ”と、悩む人が多かった。
「腹筋と背筋を使うのよ。
ああ……足に力はいらないわ。特に膝から下は力を抜いて。
力は足の付け根だけでいいの」
「「「足の付け根だけ力を入れて、膝から下は力を抜く!?」」」
筋肉を細かく使うことになれてないので、混乱する人もいるようだった。
なんて伝えれば良いんだろう?
私は一生懸命に考えた。
「皆が全力で丹田を下に引っ張っろうとしているのは、見てわかったわ。
そこまでは、良いと思う。問題はそこからよ」
「「「そこから!?」」」
「丹田を引っ張る筋肉が、股で行き止まるでしょ?
でも、さらに引っ張りたい。
だから、股からお尻の方にカーブを描いて引っ張るのよ。
そして、後ろにまわってきた、それを背筋で“クッ”と受け止める」
「「「股から、お尻の方!
確かにそれなら、さらに長く引っ張れる!!」」」
そうだったのかと、みんな意気込んで実践してくれた。
しかし、すぐに行き詰まる。
意識して筋肉を使うのになれてない人達ばかり。頭では理解しても、思うように体を動かすのは難しい。「肉があるのはわかるけど、動かない!」と困っていた。
「うんこをする時の“力の流れ”に近いわ」
そうアドバイスをしてから、悲惨だった。
私が〔暗黒聖女〕と呼ばれていること。マジメに話を聞いてくれてたこと。彼等が貴族であることが、見事に裏目に出た。
男子が、その場でふんばり始めたのだ。
ズボンは脱いでないけれど、その場でしゃがみ込んでいる。〔暗黒聖女〕の言葉なので、マジメに実践してくれたんだと思う。クラスの男子は、ゾンビ行進で成功体験もある。それはもう、迷いなく行動してくれた。
しかし、彼等は貴族。
普段から品のある行動を心がけている。そんな彼等の踏ん張る姿を見て、女子が恥ずかしがって悲鳴を上げた。私だって、悲鳴を上げたい。
とても魔法のトレーニングとは思えない光景が、グラウンドに広がっていた。
「ちがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁう!!」
私は叫んだ。
これ、〔ハミング〕の練習よ? なんでウンコの体勢になるのよ!!
そもそも、唸ったら〔ハミング〕じゃないじゃない!
前回、マリーとスピカのお手本も見たのに、なんでかけ離れていくの!?
二人はまっすぐ立ってやってたでしょ?
しゃがんでなかったでしょ?
〔力〕って言ったのがいけなかったのだろうか?
ポイントで小さく〔力〕を使うだけで、基本はリラックス。“〔力〕を使う”というより、“エネルギーの方向”って言った方がよかったのかもしれない。
いろいろ考えるものの、まずは男子を止めなきゃ!!
「こぉらぁぁぁぁぁぁぁ!
うんこの体勢やめるのよぉぉぉぉぉぉ!!」
◆◆◆◆◆
〔暗黒聖女〕の放課後トレーニングを、グラウンドの外側の“木の陰”から見ている男がいた。
「なんだ、この光景は!
とても貴族の通う学園とは思えない!!」
どう見ても、インチキにしか見えなかった。
“うんこスタイル”で魔法が上手くなるわけがない。やはり、“聖女”なんてウソだと男は思った。
彼等の年齢は、ちょうど何者かになりたいお年頃。ない実力をあるように見せているだけ。それか、みんなで持ち上げて、何かスゴいことが自分たちでも出来そうな予感に浸って楽しんでいるだけ。
それは別にかまわない。が、今回は話が大きくなりすぎた。
「まぁ、あんな女生徒の一人や二人、俺の手にかかればイチコロだ」




