第56話 クラスアップ
休みが明けて、何だか清々しい気分の週の始め。
当たり前のように、朝、ヘンリー王子が迎えに来た。
「ロザリー、おはよう。
今日は君の馬車で、登校しよう」
笑顔のヘンリー王子の後ろには、プリンセス馬車が待機していた。準備が早い。その早さに驚いていると、ティアがヘンリー王子の前に割り込むように現れた。
「おはようございます、ロザリー様!
大陸に巨大な結界をありがとうございます!!
未知のモンスターのせいで、学園をしばらく休まないといけない状態になってきていましたから、とっても助かりました!!
おかげで今日もロザリー様に会うことができます!」
ティアは私の両手を取って、喜んでくれた。
とっても喜んでくれたので、私も嬉しくなる。
そして、突然ティアの顔から笑顔が消えた。
え?
どうしたの?
「…………本当はいつものように一緒の馬車に乗って登校したいのですが……どうしてもロザリー様に見せたいものがあるとお願いされたので、別々なんて嫌なんですけど、しかたなく今日は別の馬車で向かいます」
そう言ってティアはヘンリー王子を睨みつけ、ゼアともう一台の白い馬車に乗った。あの白い馬車……初めて見る。ゼアの馬車かな? 見せたいものって何だろう?
私とヘンリー王子は、ロザリーの趣味全快の曲線を多く取り入れた真っ白いプリンセス馬車に乗った。
向かい側に座ると思っていたヘンリー王子は、隣に座ってとても自然に手を握る。
「あ、あの……」
このままいくと魔法学園でも手を握ったまま過ごすことになるに違いない。ドキドキして勉強どころではなくなりそう。だって、ヘンリー王子は王子様なんだもの。
『ほほほほほ。今日も面白い緊張具合ですわね』
ロザリーのツッコミは流して、私はヘンリー王子にお願いした。
「……馬車の中だけにしてくださいね?」
「覚えているよ。“学園内ではイチャイチャしない”でしょ?」
ニコっと笑顔で答えてくれたので、多分大丈夫。
「ね、ロザリー。
二日前の夜。ロザリーの歌声が聞こえても、さすがに何処にいるのかはわからなかったんだ。
その時、調度白い馬車が二台走っててね?」
二台?
『きっと、この馬車とヨメナ様の白い馬車が偶然続いて走っていたのですわね』
「二台とも白い馬車なのに、町の人は後ろを走る馬車にだけ声援をおくっていたんだよ。だから、後ろの馬車を追いかけてみたら、ロザリーに辿り着いたんだ。
不思議じゃない?
どうして、この町の人はロザリーが聖女だってわかっていたんだろうね?」
「……不思議です」
結界を張った後に、プリンセス馬車に乗る所を誰かに見られたのかな?
「町の人にどうして聖女の馬車とわかったのか、昨日聞いてみたんだ。
そうしたらね?
“顔は見たことないけれど、あの馬車に乗っている人はよく町の人に声をかけてくれていたから、聖女様はきっとあの馬車に乗っている人に違いない。だって、聖女様は魔法学園の生徒なんでしょ?”
って、言ったんだ」
何だか、嫌な予感がしてきた。
「不思議だよね?
馬車から声をかけるには窓を開けるしかないのに、彼等は“顔を知らない”と言ったんだ。なのに、魔法学園の生徒だと知っていた」
手に汗をかいてきた。
それが恥ずかしくて、こっそり手を離したいのに、ヘンリー王子がしっかりと手を握っているから離せない。
「『不思議ですね』って、この馬車の御者に言ったら、教えてくれたんだ。この馬車、ロザリーに内緒で改造してたらしいよ?」
改造!?
ヘンリー王子が窓の少し下を見るように促すので見てみると、窓の下に小さくて四角い穴があった。
よく見れば、外側は少し出っ張って下に向かって広がっている。雨が中に入ってこないように、メガホンと同じ機能を持つ穴を作ったらしい。
つまり……
一人で登下校してたときにやってた“一人お姫様ごっこ”の声が、外に聞こえてた!?
そういえば、返事をされたことがあったような気がする!
気のせいだと思っていたのに、そうじゃなかったのね!?
「ほら、僕たちの前にも白い馬車が走っているのに、皆この馬車に向かって手を振ってる。
こういうときは、手を振りかえしたら良いと思うよ?」
外を見れば、町の人がこの馬車に向かって「ありがとう! 聖女様!!」と言っていた。
自分のことじゃないような気がするけど、ヘンリー王子に言われるまま手を振った。
それにしても、恥ずかしい!!
誤解から、後で大変な事になってはいけない。
小さな商店街を抜けて山の登りに差し掛かった所で「あの……お姫様ごっこをやっていただけで、本当は私は素晴らしい人ではないんです……」と正直に言った。
「そっか。ロザリーの“お姫様像”って、市民に心優しい人物なんだね。良かった」
と、満面の笑みを向けられた。
果たして誤解は解けたのだろうか?
とりあえずヘンリー王子は、このあと可笑しそうに笑っていたからいっか。きっと私の“一人お姫様ごっこ”を想像したんだと思う。……恥ずかしい。
この様子だと……もしかして、もしかすると、学園に着いたら「聖女様」と言われるかな?
戸惑いとドキドキの中、魔法学園に着いて馬車から降りると「わぁぁぁぁぁぁ!」と歓声が沸き起こった。
「「「暗黒聖女ロザリー様!」」」
「「「「「おはようございます!!」」」」」
あ……、暗黒聖女!?!?
思っていたのと違った!
みんな口々に、「未知のモンスターから、この大陸を守ってくれてありがとうございます!」とか、「歌声とてもステキでした!」とか、「見事な魔法陣でした!」とか褒めてくれてるのに、頭に入ってこない!!
知らないうちに、クラスアップした呼び方になってる!
「待って?
褒めてくれるのは嬉しいけど、【暗黒聖女】って何!?」
まず、一緒にならない言葉よね?
闇属性なの? 聖属性なの? 響き的には、やや闇属性な気もする。そもそも今回の私は闇属性入ってなかった。魔法を使ったのは妖精さんだったもの。
頭の上では妖精さんがケタケタ笑ってる。集まった生徒の皆さんは、私の質問に不思議そうな顔をしていた。
「暗黒令嬢ロザリー様が〔聖女〕だったので、暗黒聖女ロザリー様になっただけですけど?」
「溢れ出る闇属性の持ち主のロザリー様です。〔聖女〕という言葉だけでは物足りません」
「〔聖女ヨメナ派〕から抹殺計画のウワサが出ていたにもかかわらず、そんなこと微塵も気にしないで、人知れず未知のモンスターと戦う心のタフさ!」
「ヘンリー殿下が聖女に婚約を申し込むというウワサがあったのに、ロザリー様が名乗り出なかったことを思い出して、胸が締め付けられました!」
「自分の幸せより、危険が迫っている市民を優先したのですね?」
もしかしたら〔聖女ロザリー〕として、ヒロイン街道へまっしぐらかと期待したのに、そうではないらしい。
そうよね。現実は厳しいわね。
「大きな魔法陣を描かれた時、偶然居合わせた人以外はロザリー様が何処で歌っているのか誰もわからなかったのに、ヘンリー殿下だけが探し当てることが出来たそうですね!」
「正に愛の力です!」
「屋根の上でのキスの話にも心を打たれました!」
「せっかくの仲直りのキスなのに『この体勢では嫌だ』とダメだし!」
え?
「普通だったら仲直りだけでも嬉しいのに、どんな時でも妥協を許さず自分の意思を通す。まさに大人の恋の駆け引きですわ」
「私達にはまだ無理です」
「さすがロザリー様ですわ!」
「痺れました」
お、大人の恋の駆け引き!?
私にも無理ですけど――――――!?
パニックになりそうな頭のまま、ヘンリー王子の制服の先をちょんちょんと引っ張った。
「ち、ちが……」
「……?
え? 違ったの……?
てっきり僕も、あの時キスの体勢が気に入らないのかと…………」
ヘンリー王子の顔がカァァァァっと赤くなった。
王子でも恥ずかしかったのかな?
穴があったら入りたい。
あの時、そんなに人いなかったのに、昨日の休みの間にウワサが広がっている。
恐るべし、貴族社会。
隠れる所がないから、ヘンリー王子の背中に張り付いて、制服のハーフマントの陰に隠れた。
「きゃぁぁっ」
「仲がよろしいですわ」
女性陣が喜んでいるけどそれどころではない。とにかく恥ずかしい。
そんな私に、ヘンリー王子が顔を赤くしながらも、嬉しそうにゆっくりと言った。
「ロザリー?
学園でイチャイチャするのは、良くないと思うんだよ」
「これはイチャイチャじゃなくて、緊急避難です!」
もう私の頭は大混乱。
フラフラになりつつ、ヘンリー王子に隠れながら校舎に向かっていると、今度は上級生が道を塞ぐように現れた。二十人ぐらいいる。……この人達、聖女ヨメナ派の人達じゃない?
先輩達はザザ~っと並んで跪いて言った。
「暗黒聖女ロザリー様!!」
「あなたの心の広さに感服いたしました!」
「我々は学園の平和ばかりを気にかけていたのに、あなたさまはアルムス王国どころか、この大陸の平和を考えていらしゃったのですね」
「どうか我々の非礼をお許しください!」
「卒業したら、それぞれの国、それぞれの家に戻るため、色々な弊害があるかと思います」
「どこまで、いつまで味方でいられるか、わかりません」
「けれど!」
「「「「「この学園にいる間はあなた様の配下に加わり、全力でサポートすることを誓います!!!!」」」」」
ひぃぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!
配下が増えた!!
『やりましたわね!
これで、この学園は私達の支配下ですわ!!』
ロザリーはとっても喜んでいるし、妖精さんは空で笑い転げてる。
ヘンリー王子は「ロザリーは人気者だね!」と嬉しそうに微笑んでいた。




