第55話 聖女の正体(挿絵有り)
「ヘンリー王子。今……」
……私のこと「ロザリー」って呼んだ?
予想外の事に驚いて、最後まで言うことが出来なかった。
見た目が変わっても、私だって気付いてくれたの?
期待で鼓動が早くなる。
「なんだい? ロザリー」
!!
やっぱり「ロザリー」って言ってる!!!!
いつもの大きな縦巻きロールじゃないし、髪の色も変わっているのに!? 魔法陣が紫色に輝いたなら気付くかもしれないけど、今回はそういうのはなかった。なのに、私だって気付いたの?
同姓同名の誰かと間違えたりしてない?
頭の整理がつかない私に、ヘンリー王子は優しく微笑む。
「歌にのって、君の想いが伝わってきた。
聖女の歌を聴くと、胸がいっぱいになる理由がわかったよ。
ロザリーが告白してくれていたからだ。
君はずっと、歌にのせて僕に『好きだ』とうったえてくれていたんだね」
きぃぃぃゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
歌にのせた想いが本人に届いてる!!!!
妖精さんが“恋”とか‘愛’の感情を非常食にするって言ってたから、しっかりした結界を張るために自分の恋心を使ったけど、まさか、まさか、まさか、それが本人に届くなんて思いもしなかった!!
はずかしい!
私は大空に向かって「ヘンリー王子が好き!!」って叫んでいたようなものってことよね!? しかも、時には見物に来た人がいてもお構いなしに好きだと叫び続けていたと!!
「君の歌があれば、僕はもう君を間違えたりなんかしない。
そもそも、ゼア王子のような特殊能力にこだわる必要なんてなかったんだ。僕がバカだったよ。僕は僕のやり方を探せばよかったんだ。
もし、歌で見分けられなくなったら、また別の方法を探せば良い。僕一人では無理かもしれないけれど、二人で力を合わせればきっと出来る」
そう言って、ヘンリー王子が私を強く抱きしめた。
私はというと、想いが通じた嬉しさと、自分がしたことの恥ずかしさで、熟れすぎたトマトのようになっているであろう自分の顔を隠したくてたまらない。だから、大人しくヘンリー王子の肩に顔をうずめた。これなら顔を隠せる。
『まぁ! 見せつけてくれますわ♡
ずっとヘンリー王子の首に腕を回したままなんて、あなたも大胆になりましたわね』
えっ!?
あ! ホントだ!!
頭の中のロザリーに言われて、慌てて体を離した。……といっても、ヘンリー王子にガッシリと抱きしめられているので、首と肩が少し離れたぐらいだけど。
「こ、これは、ヘンリー王子が急に手を離したとき、屋根から落ちそうになったから首にしがみついて、その後は、その時の恐怖が抜けなくて手が離れなかっただけで……」
「うん。そうだね。ごめんね」
なんで言い訳をしているのか自分でもよくわからないまま、必死に説明した。
ヘンリー王子はとても嬉しそうに、話を聞いてくれている。
「また落ちそうになるといけないから、このまましがみついていたら良いんじゃないかな?」
「!!!!」
それはちょっとドキドキしすぎて無理ですと言う私と、降りるとき危ないからと言うヘンリー王子。
心配してくれるのはありがたいけど、ドキドキしすぎて気を失ったら、それはそれで危ない。
「ロザリー。僕は心配なんだ……」
「「ヘンリー殿下!!
その方は〔暗黒令嬢〕ではありません!
聖女様です!!!!」」
広場に集まった人達が私達を追いかけて来たらしい。
次々と人が集まってきた。
みんな口々に「暗黒令嬢と聖女様を見間違うなんて、聖女様がかわいそうです」といったようなことを叫んでいる。
どうやらグイマツ王国にまで、〔暗黒令嬢〕のウワサが広まっているみたい。
とりあえず人が来たから、このドキドキも少し休憩がとれそう。
みんなから酷い言われようだけど、追いかけてきてくれた人達に感謝だわ。
「彼女は〔ロザリー・バードック侯爵令嬢〕だ」
ヘンリー王子が、建物の下に集まってきた人達にハッキリとそう言った。
何故バラす!?
王子の言葉を聞いて、チョーカーになって私の首に巻き付いていた妖精さんが、「わぁ、おもしろそう☆」と言って私から離れた。
すると、私を覆っていた妖精さんの魔法の光が、サラサラと砂が風に飛ばされるように消えていく。
それと同時に、私の髪は元の紫に戻っていき、ドレスの紺色が深く現れてきた。
「ひぃぃぃぃぃえぇぇぇぇぇぇ!!」
「暗黒令嬢ロザリー様!!!!!?」
「あのかたがウワサの暗黒令嬢!?」
「悪夢だぁぁぁぁぁ!」
「〔聖女様〕が〔暗黒令嬢〕に変わった!!!!」
ほら、バラすから大変なことになったじゃないの!!
混乱する人々を見下ろしながら、アルムス王国の隣の国にも私の顔を知ってる人がいるのか……と、ぼんやりと思った。
『きっと、魔法学園の生徒もこの中にいるのですわ。
ラーチ先輩は、グイマツ王国の王宮から学園に通っているでしょ?』
あ、そっか。
そうだね。近いものね。
みんなの悲鳴はそんなに長くなく、とりあえず一回叫んだら「暗黒令嬢とは婚約破棄したのではないのですか!?」という声に変わった。
ヘンリー王子はその声に、またまた、ハッキリと返事をした。
「痴話げんかだ」
え?
痴話げんか?
こ、言葉の響き的にヘンリー王子と仲良しに感じる。
また顔が赤くなってきた。
いやいや、それよりも〔婚約破棄〕を〔痴話喧嘩〕ですませられる?
騒いでいた人達が、し~んと静かになった。
「「「「「あ――――。なるほど~」」」」」
納得するの!?
え?
なんで?
〔婚約破棄〕って、けっこう重いと思う……。
「ヘンリー殿下は、ベタ惚れだったからなぁ」
「そもそも、婚約破棄したのだって、嫉妬からだった」
「ロザリー様をいつも追いかけていたし」
「ロザリー様もパーティーで独占欲出してたし」
「左胸へのキスマークでしょ? 今、密かに流行ってますわね」
「誰も聖女様の正体に気がつかなかったのに、気付くなんて〔愛の力〕としか思えない」
瞬く間に話が進んでいく。
キスマークのことは忘れてほしい。あれは事故だから……。
「「「「「仲直り、おめでとうございます!!」」」」」
ウソでしょ!?
集まった人達はブツブツ噂話をしたあと、全てに納得したらしく、祝福ムードになった。
*****
ガラガラガラガラ
気がついたら、ヘンリー王子と馬車に乗っていた。
頭が混乱しすぎて、どうやってプリンセス馬車に乗ったのか記憶が無い。
屋根から降りるときヘンリー王子にしがみついて降りたのかそうじゃないのか、マイク代わりに使った杖をどうやって回収したのかもサッパリわからない。なぜ馬車の中で、ヘンリー王子が私をお姫様抱っこして座っているのかも。
「気がついた?
ロザリーは突然気を失って倒れたんだよ。
君のメイドは凄いね。
瞬く間に現れて、鮮やかに僕たちを回収したよ」
「……気を失うなんて、ご迷惑をおかけしました」
う……。
いろんな事がありすぎて、私の頭がついていけなくなったのね。気を失うなんて、我ながら情けない。
それより、お姫様抱っこされてると(やっぱり、思ったより筋肉がついてる)とか、(香水じゃないんだろうけど良い匂いがする)とか、なにかと意識してしまう。そのうえ、この体勢では、話す度に優しい声が耳元で聞こえるので、腰が砕けそうになるし……離れなければ。
「もう大丈夫なので、自分で座ります」
「フラついたらいけないし、このままでいいよ?」
「いえ、……このままの方がフラつきます」
「じゃぁ、僕が支えててあげる」
そう言って、〔お姫様抱っこ〕から〔抱っこ〕に体勢を変えられた。馬車の中で座ってのことなので体が斜めになるが、密着度が高い。
こ、この体勢は「支える」とは言わないのでは――――!?
「ヘ、ヘンリー王子!?」
「せっかく仲直り出来たから……離れたくない」
大胆だなと思っていたら、急にシュンとなるなんて反則じゃないかしら!?
断れない!!
『まぁ! では、どうしますの?』
ロザリーが興味津々で聞いてくる。
暗闇を走る少し暗い馬車の中は、うっすらと花が積もってる。
ヘンリー王子の想いに反応した妖精さんが降らせたそれは、馬車の中が薄暗いせいもあって、何だか大人の雰囲気がする。クラクラしそうだから、ヘンリー王子にしがみついておくことにしようかな。
『また倒れたらヘンリー王子に迷惑をかけるから、仕方ないですわね』
そう。仕方ないの。
心の中で言い訳をして、帰りの馬車の中は、大人しくヘンリー王子の腕の中にいた。ヘンリー王子は、本当にただ離れていた時間を惜しんで私を抱きしめているだけだったので、とても安心できた。
ドキドキして慌てることが多かった。
ヘンリー王子が側にいて、こんなに落ち着いた気持ちでいられるのは初めての事かもしれない――――。




