第53話 その時、海岸では…
ほぼ同じころ。
海岸では宮廷魔法騎士団が陣形を組んでいた。
未知のモンスターが現れる場所は、魔法陣を張られたすぐ隣の海岸とわかってきたため、先回りして待ち構えているのだ。
他にも、聖女見たさに集まってくる人が日に日に増え、普段人気のない海岸は賑やかになっていた。
そこに、空から歌声が聞こえてきた。
かすかに聞こえる歌声は、いつもと違って遠く感じるものだけど、聖女の声であると誰しもがわかった。
「聖女様の歌が……いつもより遠い?」
「歌は聞こえるのに、お姿が見えない」
「毎回、輝いていらっしゃるから見つけやすかったのに……」
「聖女様を一目見たくてきたのに、今日は見れないの!?」
「「「「「聖女様はいったいどこにいるんだ!?!?」」」」」
集まった人達がざわつきだした。
宮廷魔法騎士団の騎士達も、気になって「今日はどうしたんだろう」と話している。
そんな中、何も知らないヨメナ・ストークス伯爵令嬢は、白い馬車から飛び出した。
少し遠くから様子を見ていた彼女は、今夜はいつもと何か違うことに気付けなかった。
(聖女はいつもちょっとしか歌わないから、歌が聞こえて飛び出すぐらいが調度良いのよね)
そう思って飛び出したのに、今日に限って歌はすぐ終わらなかった。
もうすぐ人が大勢いる海岸に出てしまう。
ヨメナは焦った。
歌が聞こえている間に姿を現したら、ヨメナが聖女でないことがバレてしまう。そうなると、ヨメナが聖女かもしれないと皆は思ってくれなくなる。話題の中心でいられなくなる。
(歌が終わらないなんて、どういうことなの!?
今からでも馬車に一度戻ろうかしら?)
「「「「「あ! ヨメナ様!!」」」」」
踵を返すのが少し遅かった。
ヨメナは皆に見つかってしまった。
「歌声が聞こえる中で現れたということは、ヨメナ様は聖女ではないということ!?」
「ヨメナ様が聖女だと思っていたのに……」
「そういえば、ヨメナ様は最初から“私は聖女じゃない”とおっしゃっていた!」
バレてしまった以上、チヤホヤされるのも終わり。
ヨメナは心の中でため息をついた。
(いちおう保身のために、ウソだけはつかないでおいて正解だったわ)
つかの間だったけど、話題の中心になれて良かったと思うことにしよう。そう決めたとき、
「じゃあ、どうして夜にこんなにオシャレして出歩いていたのですか?」
「まさか…………夜遊び?」
話が思いもよらない方向に進んでいった。
あわよくば聖女の地位につけないかなと、聖女よりも聖女らしくと、とにかく着飾ったのが裏目に出た。
ヨメナは宝石をめいっぱい身につけている。それはもう、ジャラジャラというほどに。
「違いますわ!!
私、聖女様に憧れて、聖女様と同じ格好をしたかっただけです!」
力いっぱい否定したが、疑いの目で見られた。
そもそも、謎の聖女はオシャレをしていない。
ヨメナはおめかししすぎたのだ。
ストークス家は大きな鉱山を持っているし、婚約者のジョンは石の加工で財をなしている家のため、宝石は十分すぎるほどに家にある。
聖女のように光ることが出来ないため、宝石の輝きに頼りすぎた。
とりあえず“熱心なおっかけ”ということで話は落ち着いたが、一人だけ豪華な装いのため、居心地が悪い。
もちろん他にも、聖女の追っかけで白いドレスを着ている女性もいた。それでも、ヨメナほど煌びやかな者はいなかった。
(……もう家に帰りたい)
しかし、熱心な追っかけを宣言した以上、すぐにここを離れるわけにはいかない。
歌声はまだ聞こえている。
「せ、聖女様って何処にいらっしゃるのかしらね?」
なんとか話をそらそうとしたとき、ヘンリー王子の護衛の一人が馬に乗って海岸に現れた。何やら慌てた様子で、宮廷魔法騎士団の元へ行く。
「ヘンリー殿下は今夜ここには来ない。
ここに向かう途中、聖女の白い馬車を見つけたので、そちらに向かわれた」
(白い馬車……!!
え? じゃあ、私の後をヘンリー王子が追いかけてくるの!?)
ドキドキしながら、自分が乗ってきた馬車の方を見た。
……が、特に誰も現れそうにない。
(殿下は本物の聖女を見つけたんだわ!!
クラスの皆は、私以外に白い馬車に乗っている令嬢はいないと言ったのに!
……白い馬車。
本当にあったのね。
っていうか「あなたこそ聖女に違いない」と、必死に私を説得していたクラスメイトもこの場に何人かいるのに、私が聖女じゃないとわかると知らない人のフリをするってどういうことなの!?
私の味方は、婚約者のジョンだけだわ。
ジョン!
ジョンは何処にいるの!?)
一足先に、婚約者のジョンもこの海岸に来ているはずだった。
毎回、聖女の追っかけが過激にならないようサポートしてくれている。なのに、今日に限って姿が見えない。
ヨメナは不安になった。
*****
ジョン・クネサム子爵令息は、騎士達の近くで何か聖女の情報はないかと聞き耳を立てていた。
今までの経験だと、聖女の歌声が聞こえている間はヨメナは現れない。
歌声は穏やかなので危険は無いと思うが、いつもより歌が長いので苦戦しているのかもしれない。
ヨメナが聖女だと本気で思っているジョンは、とにかくヨメナが心配だった。
そんなとき、思いもよらない人物を騎士団の中に見た。
(……マリー?)
一つ年下の、幼なじみがいる。
しかも、一般の騎士でなく、魔法騎士でもなく、宮廷魔法騎士団の制服を着て彼女はそこにいた。
(宮廷魔法騎士団って……エリート中のエリートじゃないか!
何でそんなところの制服をマリーが着てるんだ!?)
宮廷魔法騎士の制服を着た水色の髪の長い女の子と話をしていたマリーが、ふとジョンの方を向いた。そして、ジョンに気付いたのか、マリーがこっちにくる。
「あ! ジ…………」
幼いころは元気いっぱいで女の子らしさのかけらもなかった幼なじみも、宮廷魔法騎士団の制服を着ると洗練された女性に見えてドキッとした。
(おちつけ。
俺にはヨメナという美人で聖女の婚約者がいる。
慌てることな…………)
「ジェイク様!!」
自分の名前が呼ばれると思ったのに、マリーが別の男の名前を呼んだのにはショックを受けた。
〔ジェイク〕と呼ばれた男とマリーは、真面目な顔で話をしている。20代半ばと思われるその男はマリーの新しい婚約者ではなさそうだけれど、初対面でもなさそうな雰囲気だ。
元婚約者で幼なじみのマリー。
自分が知らない彼女の姿に、ジョンは苛立った。
「マリー!!!!」
声をかけたところで、何を言うかは決めていないけれど、とにかく声をかけた。
マリーは何事かという表情でこちらを見るし、ジェイクとかいう男はこちらの様子を見るため、動きを止めた。
そして、ジョンが何も言わないので「……そういうことですので、私は殿下を追います」と、マリーに言い残して、この場から去って行った。
「あの男は誰なんだ!?」
また、苛立ちを押さえきれないまま質問してしまった自分に、ジョンは驚いた。自分にはヨメナという婚約者がいるのに、これでは嫉妬しているみたいだ。
「ヘンリー殿下の護衛のジェイク様よ?
あんたも、学園で何回か見てると思うけど?」
「なんで殿下の護衛とマリーが知り合いなんだ!」
イライラが止まらない。
感情を抑えられない自分に、深く反省するが、そのことをマリーに謝罪出来ないほどジョンは気が高ぶっていた。
「私、ロザリー様とお友達なのよ?
お友達の元婚約者の護衛なんだから、顔見知りでもおかしくないでしょ?
それに、ヘンリー殿下は、私のクラスメイトでもあるのよ?」
「あぁ、……なんだ。……顔見知りか…………」
顔見知りと聞いて安心した。
まだ、あの護衛の男より自分の方がマリーと近い間柄だ。
でも、宮廷魔法騎士団は、友達の元婚約者のつてで入れるような部署ではない。実力派の集団だ。
「どうしてマリーが宮廷魔法騎士団の制服を着ているんだ?」
「ロザリー様を助けるために、クラスメイトのスピカと二人で精霊を呼び出したことがあるの。
その時、それを見ていた宮廷魔法騎士団のアイザック様に、あとでスカウトされたのよ」
ふふふんと得意げな幼なじみに、ジョンは不安になった。
「まさか……。
マリー! 本当は人体実験を……」
「そんなわけないでしょ!
前にも言ったけど、人体実験なんてされてない」
「マリー。辛いなら……また俺と婚約するか?」
「は!?」
「ヘンリー殿下は聖女であるヨメナに婚約を申し込むという噂だ。
そうしたら、俺の婚約者はいなくな……」
「ばっかじゃないの!?」
マリーは本気で怒っている。
幼いときと変わらない怒り方だったため、本当に何もされてないんだなと、やっとジョンは気付いた。
「本当に暗黒令嬢に何もされてなかったんだな……なら、よかった」
「そうよ!
だから、簡単にヨメナ様を諦めないで!!
目の前のことしか考えられないの、あんたの悪い癖よ。
ジョンはヨメナ様のこと、すっっっっっごく好きでしょ?」
「確かにヨメナのことが一番好きだけど、マリーのことも心配だ」
「じゃあ、それ、本人の前でも言える?」
マリーが顎でジョンの右後ろをさす。
振り向けば、そこにはヨメナがいた。
空からはまだ聖女の歌声が聞こえるのに、ヨメナが姿をあらわしたことに驚いた。
「……ごめんなさい。
私、本当は聖女じゃないの」
弱々しく告白するヨメナ。
それでも、彼女は女性らしい品に溢れており、なんて美しいんだろうとジョンは思った。
「ジョンのことだから、目の前にいなければヨメナ様のことも時々忘れていたんでしょ?
そんなんだから、ヨメナ様の心もフワフワしちゃうのよ。
ヨメナ様は“かまってちゃんタイプ”よ!
婚約者のことを一番に考えなさい」
「か……、かまってちゃんタイプ…………?」
美しくて品のあるヨメナが本当にそうなのかと疑問に思うが、横を向けばヨメナが顔を赤くして、居心地悪そうにしていた。
「どうして、あなたなんかが私の気持ちに気付くのよ……」
悔しそうなヨメナ。
マリーはため息まじりにそれに答える。
「そりゃ、嫌でも気付くわよ。
それに、仕方ないでしょ?
たんなる幼なじみの感覚しかないけど、いちおう私も昔ジョンと婚約してたんだもの。
想像つくわ」
どんなヨメナも可愛いと思う。
でも、だからといってマリーのことを全然好きじゃないというわけでもない。
ジョンは悩んだ。
(マリーのことは会えば心配になるし、さっきだって他の男といるのにイライラした。それはきっと……)
「だいたいね。
私のことは会わなきゃキレイさっぱり忘れてるでしょ?
助けてくれるなら、私が社交界で腫れ物扱いされてるときに助けてほしかったわ」
「え……?
まったく品のないマリーが、腫れ物扱い?」
当時、ヨメナと婚約できて有頂天だったジョンは、マリーの噂を知らなかった。
疲れた様子で語るマリーの姿に、申し訳なく思う。
「すまない。マリー」
「私のせいね。……本当にごめんなさい」
「いいのよ。
ただ、あなたたちが別れそうになると、私のあの辛い時期は何だったんだろうってイライラするから、幸せになってね」
そう言って、マリーは宮廷魔法騎士団達のいるところへ戻っていった。
ジョンはマリーを見送りながら、そっとヨメナの左手を握った。
「寂しい思いをさせてごめん。
――――――聖女でなくても、君は誰より美しい」




