第6話 暗黒令嬢、クラスの人気者になる(挿絵有り)
お友達になった子はマリーとスピカと言うらしい。
二人は私の半歩後ろを着いてくる。得意気に堂々と胸を張って。
……これ、"お友達"の歩き方?
友達なら、好きなもの苦手なもの、なんてコトない噂話を語りながら教室に行くのではないかな?
……何ですれ違う人に、ドヤ顔をするの?
他の生徒から刺さるような視線を感じるよ…………。
私達を遠目で見ている生徒は、これまた何とも言えない態度。昨日の授業で私が紫の炎を出しちゃったもんだから、
「闇の魔法使いだ」
「恐ろしい」
「逆らうと、殺されるかもしれない」
と陰でコソコソ噂して、私から一定の距離をとっている。
巨大なコンパスで円を書いたように、私の回りには人がいない。殺されるのは私の方です。今日、クッキー対決をしたらその時、私は暗殺されるのよ。
(あ、クッキー対決をしなければいいんじゃない?)
とか、色々考えていると後ろから声がした。
「おはようございます!」
ティアだ!
お付きのゼアと一緒にやって来た。少し首を傾げるだけでも金色の髪がサラサラとなびいて、今日も超絶可愛い!
マリーとスピカ以外、皆して私を避けるのに、ティアは私を避けないでいてくれる!!
自分でも、私とマリーとスピカのこの3人組はイジメっ子グループというか、何だかよくないグループに見えると思うのに、さすがヒロイン! 天使の心の持ち主だわ。
でも、私は悪役令嬢代理なので、一応それっぽく少し顎を振り上げ気味に「おはよう」と答えておいた。私は今、悪役令嬢のロザリーだから、ロザリーっぽくね。
ティアに挨拶した後、教室に入るとヘンリー王子が
「おはよう!」
と爽やかに声を掛けてきた。ヘンリー王子の後ろには、お付きの人が2人ピッタリとついている。
「やぁ。ロザリー。昨日は凄かったね。
今日の水の魔法、僕も負けないように頑張るよ」
ヘンリー王子の白い歯がキラリと光った。
うぉ! 爽やかすぎる!!
マリーとスピカはヘンリー王子にお辞儀をしている。私達の後に教室に入ったティアも、ヘンリー王子にお辞儀をしていた。
そうだ! お辞儀をすればこのキラキラを防げるわ!! お辞儀大事。今からでもお辞儀をして、キラキラを防御しようとしたら、
「皆、ここは学園だから、僕に気を使わなくていいよ。ここではただのクラスメイトだ」
そう言ってヘンリー王子は微笑んだ。
王になる男は器が違うわね。「気を使わなくていい」と言っているのだから、普通に返さなければならない。私は顎を少し上げた。
「そう。自信があるのね。楽しみにしているわ」
そうは言ってみたけれど、私は水の魔法を使えないのよ。だから100%ヘンリー王子の勝ちね。
何にせよ、ロザリーって攻略対象とヒロインに近い立ち位置だから、特等席で恋愛模様を見れて良いわね。今からドキドキするわ。
自分の世界に入って、ティアとヘンリー王子の胸キュンシーンをあれこれ想像していると、
「……もしも、今日の授業で僕の魔法が君より威力を出せたら、聞いてほしいことがあるんだ」
ヘンリー王子が私を真っ直ぐ見つめて、そう言った。
そして、私をじっと見つめている。
何を聞いてほしいのだろう?
今じゃダメなのかな?
……まだ私を見つめているのだけど………。
何だろう……胸がザワザワする。
イケメンに真っ直ぐ見つめられる事なんて今までなかったから、何か落ち着かない。イケメン耐性ないので、逃げ出したい!
しかし、逃げると悪役令嬢の威厳が損なわれる。今後のティアとヘンリー王子のイベントのきっかけを起こせなくなるのは避けたい。私はティアに圧力をかける役なのだから……! そして、私という障害を乗り越えて、2人の愛は深まるのよ!
ヘンリー王子のキラキラを目の前で浴びせられ、腰が抜けそうになるのを必死で堪え、気合いを入れて両足を踏ん張った。
ただ立つことに集中していると、「じゃ、また後でね」とヘンリー王子は甘ったるい声で言って自分の席へ行ってしまった。
なんだったんだ――――――!
これが乙女ゲーの攻略対象の力!
すっごいドキドキして目が回る! イケメンの前に立つのも大変ね。そろそろ授業が始まるから席につこうとフラフラ歩き始めると、
「昨日魔法が使えた人はいいですね」
と、小さな声が聞こえた。私にだけ聞こえるような、敵意を込めた話し方……。
ゼア!!
ゼアが冷たい目で私を見ている!
一気に血の気が引いた。
更に何か言ってくるのかと思ったけど、ゼアはティアに付いて行き自分の席に座った。
ホント昨日はすみません!
今も浮かれててすみません!!
しかし、ありがとう! おかげで落ち着いて授業が受けられそうです!!
ゼアのおかげで心が落ち着いた私は、冷静に自分の席についた。
今日は、まず魔法の基礎知識を教室で受ける予定だ。これはありがたい。
ゲームではボタン一つで魔法が使えるけど、実際に魔法を使うとなると知識が圧倒的に足りない。クラスの皆は、「何で今さら」といった顔で退屈そうにしているけど、私にとっては神の救いのようだ。
始業ベルが鳴って、まだ少しざわめく教室にヨド先生が入ってきた。
「今日は、最初に皆さんに教えなければならない事があります。
それは〔闇の魔法〕について"です。
どうやら間違った知識を持った人が大勢いるようです。〔闇の魔法〕と〔魔族〕は何の関係もありません。〔邪悪な心〕を持っているから使えるというものでもありません。〔光〕の反対は〔闇〕。それ以上でもそれ以下でもありません」
こ、これは、私が皆から避けられているのを見かねてのお話か!
ありがたいけど、その優しさが痛い(あぁ。私って皆から、のけ者にされているのだな)と改めて実感してしまう……。
ヨド先生は、そんな私に気付く事なく、授業としてあくまで淡々と話す。
「"決断力"のある人、責任感の強い人、リーダーシップが取る人などが〔闇の魔法〕を使えると言われています。
実はこの世界の7割の王が〔闇の魔法〕を使えます。
王様が戦う事は滅多にありませんから、王宮に仕えている人でもなかなか見ることが出来ません。
私達が知らないだけで、〔闇の魔法〕の使い手は意外といるのですよ」
"イジメだめ"っていう話かと思いきや、何だか違うみたい。ヨド先生の話だと、"王様が使う魔法"というように思えるけど……。
「皆さん。
ロザリーさんを避けるのは間違っています。
だってロザリーさんは"王になる素質"の持ち主ですから」
ヨド先生はニッコリと微笑んだ。
クラスの皆がざわついた。
私の心もざわついた。
本当に、私に王になる素質があるの?
「本当は〔闇の魔法〕についての授業はもっと後の予定でしたが、今年は初日から使える人が現れたので異例の早さで皆さんにお話する事になりました。
しかし、皆さんのレベルでは挑戦するには早すぎるので、先に他の魔法を使えるようになりましょう」
もしかして、マリーとスピカはそれを知っていたから友達になろうと言ってきたのだろうか?
だからあのドヤ顔だったの……?
ティアとヘンリー王子もきっと知っていたのだろう。でも知らなくても、あの二人なら態度を変えないと思う。
あれ?
ヘンリー王子のさっきの話は、時期国王の座をかけて水の魔法対決の申し込みだったの?
暗殺犯はヘンリー王子?!
だとしたら、この問題は話し合えば解決じゃない?「国王になる気はありません」とヘンリー王子に伝えれば良いのよ。そして、ヘンリー王子とティアの恋を応援すれば、もう何の心配もないわ!
けれど……何だかマリーとスピカには利用されてそうで、もやっとした気持ちになる。普通のお友達ほしかった。
『あら、あの二人はクラスの皆が知らない事を知っていたのよ?
とても熱心に勉強しているとは思わない?』
そういえば、パーティーで見たことあるってロザリー言ってたね。
二人の事を何か知っているの?
『噂話しか知りませんわ。
マリーは、幼馴染でもある婚約者を、ある日突然領地を訪れた上流貴族に取られたそうですわ。
スピカは、ピアノの実力を認められ「ピアノの妖精」と呼ばれておりましたのに、ピアノを始めたばかりで、まだ右手しか弾けない絶世の美女にその立場を取られたそうです。
あくまでも噂話ですので、本当かどうかわかりませんが、あなた、意外と気が合うかもしれませんわよ?』
私の場合は1人で勝手にやさぐれただけだけど、2人は辛い思いをした事があるのね。マリーとスピカ。今日友達になったばかりだから、これから二人の事をよく見てみよう。
気持ちが切り替わった所で、私は授業に集中した。
「魔法を使うには大気に存在している目に見えない精霊達を従わせなければなりません。
自分の意思を持てないほどまだ小さな精霊は、意思を持ってないので何か聞こえたら聞こえた通りの指示に従います。
火、水、風、土、とそれぞれに従わせ方というのがあります....そう、属性によって“聞き取りやすい音”や“声”というのがあるのです」
皆すっごいダルそう。
私は初めて聞く話なので、前のめりで聞いた。「体内の魔力が――――」とか言われたら、もはやどうしようもないけれど、「こうしてほしい」と伝える事に集中すればいいなら、もがきようがあるかもしれない。
「人間でも、こどもは〔かわいい声〕が好きだったり、歳を取ると〔高い音〕が聞き取りにくくなったりしますね。
魔法を使う時は〔精霊に聞き取ってもらいやすい話し方〕を考えましょう。
昨日やった〔火の魔法〕は、大きな声でした。
では、今日この後挑戦する〔水の魔法〕は、どんな声が精霊にとって聞きやすいでしょう?」
ヨド先生がそういうと、皆は困惑した。
あれ? 魔法の基礎を皆は知っているようだったのに、これは知らないみたい。
生徒の一人が「小さい声かな?」と呟いたのが聞こえた。
「残念。小さい声ではありません。
〔可愛い声〕です」
と、ヨド先生は呟いた生徒に笑顔を向けた。
生徒の自信のない小さな声も聞き逃さない優しい先生だわって…え?
可愛い声!!
本当に!?
っていうか、ヘンリー王子!
水の魔法は自信ありげだったよね?!
可愛い声出すの?!
私は思わず、私の右斜め後ろの方に座るヘンリー王子を見た。
ヘンリー王子は爽やかに微笑んで、左手の親指立てて何かアピールしている。やはり自信があるらしい。
この後の実技の時間はヘンリー王子に注目だわ。とにかく観察しまくって、何とか授業中に〔水の魔法〕を使えるようになりたい!
「……では、そういう事なので、次の授業は〔可愛い声〕で頑張りましょうね」
誰も何も言わないけど、クラスの皆の(そんなバカな!)という声が聞こえるようだ。
ほとんどの人が目が点になっている。
特に男子は(可愛い声など出せるか!)といった様子で開いた口がワナワナしている。
教室から校庭への移動中、クラスの皆に囲まれた。私を中心にして、団子になっての移動は歩きにくい。
授業の始めのヨド先生の説明を皆が覚えていて、朝は私を完璧に避けていたのに、今は皆が集まって来る。私を中心に団子状態での移動は本当に歩きにくい。歩きにくいのに、「将来のビジョンは?」とか聞かれた(……いや今日を生き残れないと私の将来こないんですけどね…………)。
掌を返した人気っぷりに戸惑っていると、マリーとスピカが私の両脇に来て、
「ロザリー様への御質問はお友達である私達を通して下さい!」
と友達である事を主張しだした。
両脇のマリーとスピカがクラスメイトと愛憎劇を繰り広げながらの移動となった。その激しさに、私は精神的に疲れた。
移動中、刺さるような視線を感じる。
すれ違う他の学年の生徒や先生からは『何事か?!』という表情で見られた。
ため息をついた時、1階のベンチがある小さな庭の向こうに、家庭教師のアイザック先生が歩いているのが見えたような気がした。
一瞬だったし、見間違いかな?
もみ合いながら、私達は昨日と同じように校庭に集まった。
昨日と違うのは校庭の木が朽ちかけている事。見渡す限りの木々がほぼ炭になっている。いちおう木の形はしているが、触れると崩れてしまいそうな危うい感じになっていて、実際に鳥がとまると枝が崩れた。正に"〔魔界〕といった雰囲気……。
……皆さんすみません……………………。
まず最初は、きのう私のせいで〔火の魔法〕の挑戦を出来なかった3人からだった。
3人とも大きな声で「燃え上がれ炎よ!」と叫び炎を出した。2人は蝋燭の炎ぐらい。ゼアは昨日のヘンリー王子と同じ、バスケットボールぐらいの炎を出した。
そして、ゼアは私を見てため息をついた。「魔法の制御も出来ないバカは困る。このぐらいの炎が出せれば授業としてはOKなんだよ素人」と言っているような気がした。
『え?
今のため息が、そんなに長い文章を含んでおりましたの?』
そうよロザリー! そうに違いないわ!
そんな目をしていたもの!!
あの目に私は本当に腹がたった。
ロザリー!
彼はヘンリー王子と同じく大きな炎を出したわよ!! ゼアも怪しいと私は思う!!