第50話 悩む王子(挿絵有り)
ヘンリー王子目線のお話から入ります。
夜の港町の屋根の上。
一人取り残されたヘンリー王子は、その場でしゃがみ込んだ。
(うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
どうして初対面の女性にキスをしようとしてしまったのだろう!?)
さっきまで聖女をこの手で掴んでいた。
しかし、別の所でも聖女を発見したとの声があり、振り向いたとたんに逃げられてしまった。
(逃げられて当然だ……)
自分の行動が信じられなかった。
普段なら、もっと女性とは適切な距離を置く。
なのに、初めて会った女性にいきなりキスをしようとしたりなんかして、とても失礼なことをしてしまった。
ただ、寝間着姿で夜に出歩くのは、本気でやめてほしいと思う。
(左の鎖骨の少し下は、パーティーでロザリーの口紅がついたところだ……)
ロザリーとパーティーに参加した時は、あとで予想外のウワサが広がった。
――――左胸のキスマークは“私のもの”という意味。
噂を聞いて、本当に彼女がそんな束縛をしてくれたら良いのにと思った。
今でもロザリーのことが好きなのに、初めて会った聖女の心を自分のものにしたかったのだろうか?
(ロザリーと離れたのは、ロザリーと村娘の魂の入れ替わりにすぐ気付けなかったからだ。
悔しいけれど、ゼア王子は気付くことができる。
彼に守ってもらいやすいよう、一時的に身を引いただけだ)
魂の入れ替わりに気付ける特殊な力を身につけたら、すぐにまたプロポーズするつもりでいる。
でも、受け入れてくれるかはわからない。
ロザリーには酷いことをしてしまった。
初めてロザリーが抱きついてくれようとしたとき、それを避けた。
ロザリーが違う誰かと魂が入れ替わったと気付いたその日に、ロザリーの魂が元に戻るなんて予想出来なかった。
きっと彼女はやっとの思いで元の体に戻ったのだと思う。
でなければ、ロザリーの方から抱きついてくれることはない。
あの日のことを思い出す度に、ヘンリー王子は胸が痛くなった。なのに、ロザリーと少し距離を置いただけで、他の女性に心が引かれつつある自分自信を残念に思った。
(僕の心は、僕が思っている以上に弱いのか……自分が情けない……)
初めて聖女の魔法陣を見たとき、何故だか胸がいっぱいになった。
次の日も次の日も。
聖女が描いた魔法陣を見ると、何かが胸の中に入ってくる感じがする。
他の者に聞くと、そんなことはないという。
強いて言うなら、「安心する」ぐらいだと。
でも、ヘンリー王子の胸の中に入ってくるのは、〔安心〕とは違う気がした。
「殿下!!
聖女らしき女性があちらに!」
色々と考えていると、護衛のジェイクとフォスターが今頃追いついてきた。
ヘンリー王子はなんとか気を取り直し、二人が言う〔聖女〕の元へ向かった。
が、行ってみると聖女はもういなかった。
どうやら「違います。たまたま通りかかっただけです」と言って逃げてしまったらしい。
「こっちも逃げたのか?
どうして聖女は逃げるんだ!?」
ワケがわからなかった。
あっちもこっちも聖女が逃げる。
最初に摑まえた聖女が逃げたのは自分が悪い。
でも、彼女はヘンリー王子とは関係なくても、毎回逃げている。
こっちは……。こっちは…………、
「……本当に人違いだったんじゃ?」
「いえ、殿下。
とてもそうには見えませんでした。
その……、服装が〔聖女〕そのものだったんです」
「白い寝間着か!?」
「え?」
「いや、なんでもない」
「あ、でも、そういわれると……。
聖女を見れたとしても、今まではかなり距離がありましたから服装は“白”しかハッキリわかりませんでしたね。
もしかしたら、ドレスじゃなくて貴族の御令嬢が着る寝間着の可能性もありますが、女性が夜に寝間着で海岸まで出歩くなんて思えません」
真面目に答えてくれるジェイクに、「それが、さっき屋根の上にいたんだよ、寝間着姿の聖女が」と言いそうになるのを、ヘンリー王子はなんとかこらえた。
今度からは寝間着で出歩かないだろうし、彼女の名誉のためにも言わなくていいと思った。
「ところで、目撃された聖女は光っていたか?」
「いえ、殿下。
魔法陣を描いている時じゃなかったからか、光ってはおりませんでした」
「……そうか」
(でも、さっき僕が摑まえた聖女は、魔法陣を描いていないときも光っていた)
「聖女を目撃した野次馬の中に、“ヨメナ・ストークス伯爵令嬢ではないか?”との声もありました」
ヨメナ・ストークス伯爵令嬢は、確か魔法学園で一つ上の学年にいる。
しかし、光の魔法が使えるとの話は聞いたことがない。
光の魔法と闇の魔法を使える者は“威力は弱くても、全ての属性の魔法が使える”と言われるが、一つ上の学年にそんな者がいるとも聞いてない。
最近になって、光の魔法が使えるようになったのだろうか?
「聖女は毎回逃げている。
変に詮索すると、もう力を貸してくれないかもしれない。
また会えたときに、説得を心がけよう」
「「はっ! 了解いたしました!!」」
見つかったら王国に縛られ、人助けの毎日になると思って逃げているのかもしれない。
若いから、やりたいことは沢山あるだろう。
国は“聖女の自由を奪うつもりはない”と、わかってもらった上で、良い協力関係を築くことを目標とした。
その日、いつもと違う夢を見た。
出会ってから毎日ロザリーが夢に出てきていたのに、彼女が出てこない夢。
朝焼けの港町の屋根の上。
光り輝く聖女がそこにいた。
魔法陣を描いてなくても、彼女を見ただけで胸がいっぱいになった。
光の魔法で描く魔法陣に何かあるのかもしれない。
そう思い、連合国で結界を張って回っているメイス王国のティア・ラティフォリア公爵令嬢が描いた魔法陣を見に行ったこともある。が、その時は特に何も感じなかった。
(同じ〔光の魔法〕を使うティア嬢を見ても、こんな気持ちにはならない。
〔聖女〕は別格だということなのか!?
僕はロザリーが好きなのに、こんなに心をかき乱されては困る!!)
ヘンリー王子はイライラしながら、乱暴に聖女の手を摑んだ。
「君は僕に何をしたんだ!?」
すると、光輝く聖女は驚いた顔で「私は何もしてない」と言った。
それから悲しそうな顔になり、「ヘンリー王子は聖女が好きなのね」と呟いた。「そんなことはない」と言い返そうとしたとき、悲しそうな顔をする聖女が、ロザリーが傷ついたときの顔と重なって胸が苦しくなり、そこで目が覚めた。
(…………そうか。
聖女とロザリーとイメージが重なるから、胸がいっぱいになるのか……)
二人は似たような雰囲気がある。
聖女の金髪を紫色にしたら、かなり似ているのではないだろうか?
でも、ロザリーの髪は胸の辺りぐらいだ。
(あれ?
それは髪を結んでセットした長さだ。
あの大きな縦巻きロールの髪をおろしたら、ロザリーの髪の長さはどれくらいなんだろう?)
ロザリーの髪の長さを想像していると、ふと、ロザリーが魔法を使えば全て紫色になることを思い出した。
(もし、聖女がロザリーなら、魔法陣は紫色になるだろう。
聖女はロザリーじゃない)
◇◇◇◇◇
「ヨメナ様――――――――!!」
「まぁ! 皆様。おはようございます」
次の日。
ヨメナ・ストークス伯爵令嬢は教室に入るなり、クラスの女子に囲まれた。
「皆様、ダメでしたわ。
私、皆様の仰るように不思議な力があるかもしれないと、昨晩聖女っぽい格好をして現場に向かってみました。
けれど、何も起きませんでした」
「ヨメナ様!
第二の人格が表に出る時は意識がなくなるので、ヨメナ様御自身ではわからないのかもしれませんわ」
「ヨメナ様が皆の所に来たほんの少し前に、聖女が魔法陣を描きましたのよ?
あの場にはヨメナ様の他に、髪の長い長い金色の髪の御令嬢はおりませんでした。
もうヨメナ様以外に、考えられません!」
「……皆様、そうは言っても…………」
「まだ、諦めないでください!
だって、聖女とヨメナ様が同時に姿を現したところを、まだ誰も見ておりませんもの!!」
興奮しながら、ヨメナが聖女である可能性があると力説するクラスメイト。
しかし、ヨメナは昨夜一度も意識を失ってはいない。自分でもそれをしっかり自覚している。
クラスの皆が“第二の人格”だの“秘められた本当の力”だのと言うから、少しその気になった。が、何もなかった。本当に何もなくて、ヨメナは深くがっかりした。
「噂では、聖女は魔法学園の生徒らしいんです!」
「聖女が歌いながら魔法陣を描くのを偶然見た者が、聖女は“魔法学園”と歌っていたと証言しています」
「他にも、“聖女は白い馬車に乗っていた”との目撃情報が!
しかも、“その白い馬車が魔法学園に向かうところを何度か見たことがある”とまで言っているのです!!」
「それを聞いて、私達、ここ何日か学園に通う生徒の馬車を校門でチェックしましたの!
白い馬車に乗っているのは、ヨメナ様しかおりませんでした。
こんなに条件が一致するのは、ヨメナ様しかおりません!
だから、だから、まだ諦めないでください!!」
「……皆様がそこまでおっしゃるなら…………」
ヨメナは、しぶしぶクラスの皆の意見にを受け入れることにした。
(……そう。可能性はゼロではないのよね。
私が今、一番聖女に近い。
もし、ヘンリー王子が聖女と間違えて私に結婚を申し込んでも、それは間違えた向こうのミス。
私のせいじゃない。
王子様と結婚するチャンスは、まだ無くなってない!)
聖女が白い馬車に乗っているとのウワサを聞いて、すぐに馬車の色を白に塗り替えた。
金色の髪で、自分より長い髪の生徒は魔法学園にいない。
ヨメナは心の奥で、王子様との結婚を狙っていた。
ヨメナにはマリーから奪い取ったジョン・クネサム子爵令息という婚約者がいる。が、彼は顔が良くてお金持ちでヨメナを愛してくれるが、自分の世界に入りやすい。目の前に興味を惹かれる物があれば、全力でそっちに行ってしまい、ヨメナが一人になる。
ヨメナは“常に誰かに構ってほしい”と思うタイプだった。
“マリーさんには悪いことをした”と言うけれど、本当はそれほど思っていない。そう言うと、皆が自分を慰めてくれる。話の中心でいられる。だから申し訳ないと言っていただけだった。本当は別に悪いとは思っていない。
最近は聖女が現れて、偶然ヨメナと髪型が近かったので皆に聖女と持ち上げられ、マリーのことを持ち出さなくても話の中心になれるようになった。
これはとても気持ちが良かった。
マリーの話をするよりちやほやされる。
しかも、ヘンリー王子は聖女に求婚するとの噂まである。
ロザリー・バードック侯爵令嬢と婚約していたとき、ヘンリー王子は常に彼女の側にいて、恋の花びらを舞わせていた。ジョンも花を舞わせてくれるけど、常にヨメナの側にいるわけではない。どちらかというと、こちらから追いかける回数が多い。それでも、側に行けば愛情を注いでくれるので、自分からそれとなく側に行っていた。
(ジョンと違って、ヘンリー王子は恋人にとにかく溺愛するタイプ!
ロザリーは私より身分が上だし“暗黒令嬢”なんて呼ばれてるから、割り込めなかったけど、二人が別れた今がチャンスよ!!
なぜ聖女は正体を隠したがるのかわからないけれど、このチャンスを上手く利用させてもらうわ!)
“私が聖女です”とウソをつくつもりはない。
ただ、ちょっと勘違いしやすい状況を作るだけ。あとは向こうが勝手に想像してヨメナの元に自ら転がり込んでくるに違いない。
ヨメナは、そう確信していた。
(ヘンリー王子が私に婚約を申し込むのも、時間の問題よ)




