第49話 ニセモノ聖女(挿絵有り)
「「「「「うおぉぉ! 聖女様――――――!!」」」」」
夜の海沿いの街に響き渡る大勢の歓声。
夜なので男の人が多いんだけど、女の人も何人かいる。
そして、歓声を上げる人々から逃げるために屋根の上を走る私。
普段は〔暗黒令嬢〕と呼ばれ、皆から避けられる私がこんなに人気があるわけないと思うのだけど…………?
「は! これは夢ね?」
「ぶっぶぅ~! 夢じゃないんだよ☆」
チョーカーに変身して、私の首に巻き付いている妖精さんが否定した。
「〔聖女〕は、白いドレスに、長い長い金髪なんでしょ!?
私は、白い寝間着に、紫の髪よ?
夜だから、よくわからないのかしら?」
不思議に思いながら屋根の上を走っていると、隣の背の高い建物が、ふと目にとまった。
「…………あれ?」
背の高い建物の窓ガラスに映る自分の姿が、変だ。
金色に輝く長い長い髪。
もともと、ロザリーの髪は長い。
長く感じるのは、寝ていたところを飛び起きてきたから。
足元が見えないほどの縦巻きロールに、セットしてないだけ。それだけなのに、全身が光り輝いて金髪に見えるし、寝間着はドレスに見えるしで、これじゃ…………まるで……、まるで……
「私が聖女みたいじゃない!!」
ウソでしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?
「あぁ! 気付いてなかったの?
あたしがロザリーの歌声で結界を張ると、しばらくの間〔光の妖精〕の影響を受けて、ロザリーは光るんだよ☆」
『まぁ! 良かったですわね。
ヘンリー王子は聖女に結婚を申し込むというウワサでしたし、復縁の可能性は十分にありますわ』
上機嫌で話すロザリーの言葉にドキッとした。
また、以前のように話せる日が来る?
いつもヘンリー王子が近くにいた、あの日々に戻れるの?
『まぁ……、この国を危機に陥れているのは、私達ですけど』
はっ!!
……そうね。この世界の秩序を守っていた〔緑のモヤ〕を私達が消しちゃったから、ゴリゴリモンスターが上陸するようになったんだものね。
『私達のせいとバレたら、国家反逆罪で死刑かしら?』
し……っ、死刑!!
『たとえ死刑を免れても、重い罪になりそうですわね。
毎晩宮廷魔法騎士が出動してますし、ゴリゴリモンスターが上陸すると町が破壊されます。……お金、かかってますものね』
いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
皆さんごめんなさい!
私は、心の中で悲鳴をあげた。
ロザリーと話している間に、やっと追っかけをまけたみたいなのに、ここで叫んだらまた追いかけっこが始まってしまう。
妖精さんが首に巻き付いている間は体がとても軽いから、今のところ誰にも追いつかれたことはない。
とはいえ、毎晩逃げ回るのも疲れる。
そういえば、ヘンリー王子って、以前教室で皆に質問されたとき「国としては色々と話を聞きたいだけだから……」みたいなこと言ってたわね。
まさか……ゴリゴリモンスターが来るのは私達のせいって気付き始めているのかしら?
絶対、絶対に捕まるわけにはいかないわね。
『あら?
あなた声でお芝居をする仕事についていたのではなくて?
芝居で隠し通したらいいのではないかしら?』
台本がないとダメよ!
時間制限のない即興芝居にも自信がないわ!
どうせ私は三流よぉぉぉぉぉぉ!!
『そう落ち込むものでもなくてよ?
一生懸命頑張ったぶん、あなたが得た知識でマリーとスピカは精霊を呼び出せるようになりましたわ。
〔暗黒令嬢〕と呼ばれるようになったのも、あなたの力です』
ロザリーは慰めてくれているのだと思うのだけど、最後のは誇っていいことなの? 〔暗黒令嬢〕よ?
疑問に思って首をかしげたとき、街の中を走る、白いドレスを着た長い長い金髪の女性が目に入った。
トトトトトトと女性らしい可愛い走り方で、小道を通り抜けている。
私は屋根の上にいるので、彼女のほうは私に気付いていないみたい。
彼女を見て、私は血の気が引いた。
(きっと、この人がウワサの聖女……)
いたのね。
本物〈ほんもの〉の聖女。
彼女が来れば、きっと皆あっちに行く。
私は偽物。
魔法陣を作っているのは妖精さんであって、私じゃない。
彼女の方はパッと見ただけで〔聖女〕とわかるほど、とてもキレイ。
『ふんっ!
杖もなしに、ジャラジャラと宝石だけはしっかりと身につけて。
そんな人に何ができるのかしら?』
ロザリーが不機嫌に言い出した。
『まぁ?
今から現場に行ったところで、結界は張り終えてるし、上陸したゴリゴリモンスターは宮廷魔法騎士団が倒したので、やることないですけど?』
負け惜しみにしか聞こえない、ロザリーのこの口調。
ホント悪役令嬢だわ。
なんだか可笑しくなってきた。
ふふふ。
私達は私達らしく、悪役令嬢をしながら最悪の未来を回避するため、頑張ろうね。
そう決意したとき、突然左腕を捕まれた。 まだ屋根の上を走っているのに、追いついた人がいるなんて!
誰に追いつかれたのか確認しようと、すぐに振り向いて更に驚いた。
「……ヘンリー王子?」
そこには、軍服を着たヘンリー王子がいた。
聖女はこの建物の下を走っているのに、こっちに来たの?
私が光っているから?
でも、今回は街の明かりもあるから、私だけが目立っているわけじゃないと思うけど…………?
「聖女のあなたに聞きたいことがある」
この言い方……。
私がロザリーだと気付かれていない?
じゃぁ、ヘンリー王子は“聖女”を探し出せたなら、何をするつもりだったの?
ウワサ道り結婚を申し込むの?
それとも、他に何かあるのか気になって、ドキドキしながらヘンリー王子の次の言葉を待った。
「あなたの魔法陣を見ると胸がいっぱいになる」
その言葉に、思わず顔が赤くなる。
それって、それって……私の歌で妖精さんが作った魔法陣のこと?
胸の奥で、何かを期待する気持ちが湧いてきた。
ヘンリー王子が、そっと私の右頬をなでる。
「僕は……、この気持ちが何なのか……知りたい…………」
ヘンリー王子の顔が近づいてくる。
キスをされるのかもしれない。
人違いだと言わなきゃ。
でも、この甘い雰囲気を手放す気になれなくて……。
今回だけ、今回だけ流されてみようと思ったとき、
「…………ん?」
ヘンリー王子が何かに気付いて、話が止まった。
やっぱり、ニセモノってバレたんだわ。
「……もしかして、寝間着?」
あ”――――――――――――!!
気付いてほしくないことに気付かれた!
恥ずかしくて赤くなる顔を隠したい!
でも、左腕を捕まれたままだ。
仕方がないから、右手だけで必死に顔を隠そうとするけど、片手だけでは隠しきれない。
更に慌ててしまう!
「……し、仕方がないじゃない!
モンスターは、いつも突然だし、早く現場にいかないと街の人が襲われるでしょう?」
とにかく、必死で言い訳した。
さっきまでの甘い雰囲気は見事に消し飛んだ。
ヘンリー王子は呆れた顔をしている。
はぁ。
貴族社会って、身だしなみというか作法というか慎みというか、何か厳しいんだろうな。
「そんな姿で夜に出歩いたら、あなたが危ない。
せめて、着替えてからにしてください。
最近は夜の見回りも強化してます。
宮廷魔法騎士団は、あなたが着替える時間ぐらいかせげますよ?」
そう言われると、私は失礼な考えだったかなと思う。
着替える時間もかせげないほど、宮廷魔法騎士団は弱くないと思うもの。
でも、でも……。
「……もし、騎士団の人がケガをしたら……」
ゴリゴリモンスターは「ゴリゴリモンスター殺戮伝」というホラーっぽいRPGの世界の生き物なのよ?
そりゃ心配にもなるわよ。“殺戮伝”ってタイトルについているんだもの。
私が納得しきれない顔をしていると、ヘンリー王子が不機嫌な顔で私の左の鎖骨辺りを、寝間着の上から指さした。
「次に会ったときも寝間着だったら、ここにキスをします」
「?」
なぜ寝間着にキスするのか、私にはよくわからなかった。
この世界では、何か意味のある行動なの?
考えている間も、ヘンリー王子は左指で私の左の鎖骨辺りを指さしているから、ドキドキする。
でも、どんな意味があるのか私にはわからない。
『これは、ただ単に“次に会ったときも寝間着だったら襲いますよ?”って言っているのではないかしら?』
えぇ!?
お、おそ……襲う!?
『せっかくあなたを心配して注意しているのに、聞きそうにないから自分が襲うって言ってあなたに危機感を持ってほしいのでしょうね。
ずっと同じところを指さしているのは、あれかしら?
“キスをするのは服の上からではないですよ?”って言いたいのかしら?』
きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
ロザリーが説明した状況を想像して、顔から火が出るほど恥ずかしくなった。
次!
次に会ったときの話よね?
『そうですわね。
次ですけど、ドキドキしますわね。
いったい私は、どこまで覗き見していいのかしら?
今からドキドキが止まりませんわ!!』
ダメダメダメダメダメダメ!
そんなことにならないように気をつける!
「……っ、次から……絶対、着替えます!」
ゆでだこみたいに真っ赤になりながら、なんとか返事をした。
その私の様子を見てヘンリー王子は満足したみたいだった。
「寝間着姿で出かけるのは危険とわかってもらえたなら良かった。
あなたのは、その……」
「聖女様だ――――――――――!!!!」
少し離れたところで、歓声が上がった。
それに驚いて、反射的に声の方へとヘンリー王子が振り向いた隙に、私はその場から逃げた。
帰りは、専属メイドのミュゼが迎えに来てくれている。
人目につきにくい所に停車しているプリンセス馬車に乗って、急いでその場をあとにした。
「何なの、何なの!?
私の時は、あんな大胆なこと言わなかった!
男の人って、本当に好きになった相手には、こんなに態度が違うのね!!」
自分の部屋に戻って「さぁ寝よう」となったとき、さっきのことを思い出して私は興奮しながら枕をボカスカと殴った。
「あれよ?
ヘンリー王子じゃなかったら、セクハラで訴えられるんだから!」
『まぁ!
ヘンリー王子なら構わないんですのね?
それに、人違いと思いつつも、その場の雰囲気に流されようとするなんて、あなたもなかなかの悪ですわねぇ~』
いやぁぁぁぁぁ――――――――!!
思い出させないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!
はずかしい!!!!!!!!!!
ポカスカ、ポカスカ。
『あら?
そういえば、あなた……。
初めて参加したパーティーでヘンリー王子にキスされそうになってましたわよね?』
そ、そう言われれば、そうだけど、あの時は出会ってから何日かたってたもの!
今回は出会ってすぐよ!?
この日は、楽しそうに茶化してくるロザリーと言い合いをしながら、疲れて腕が上がらなくなるまで枕をボカスカと殴った。
ミュゼもミュゼだと思う。
毎回迎えに来たとき、私が光っていたなら教えてくれれば良かったのに!
ミュゼ曰く「いつも輝かしいお嬢様が本当に光り輝いても、何の疑問も抱きませんでした」だって。
ミュゼがロザリーに抱く信頼が怖い。




