第48話 マリーの過去(挿絵有り)
マリー目線のお話です。
マリーは幼いころ、一つ年上のジョン・クネサム子爵令息と、よく追いかけっこをして遊んでいた。
父親が治める領地に、小さな鉱山がある。
宝石の加工で財を成していたジョンの父親が、ときどき石の買い付けに来ていた。
親同士が仕事の話をしている間、マリーとジョンは野山で走り回っていた。
「あはははははは! まって~!」
ただ、ジョンの後ろを追いかけるだけで、マリーは楽しかった。
同じ年頃のこどもが近くにおらず、いつも大人に遊んでもらっていた。だから、力いっぱい遊べて嬉しかった。大人は普段仕事をしているせいか、すぐ「疲れた」という。
元気に走り回る一つ年上のジョンは、最高の遊び相手だった。
ジョンの方はジョンの方で、ワクワクしていた。
家が王都にあるため、田舎の大自然が珍しくてしょうがない。森や林には都会では見たことのない昆虫がいる。川に行けば魚が泳いでいる。バランスをとりながら、川の中から顔をのぞかせている石から石に飛びうつる遊びは、スリルがあって楽しかった。
マリーが10歳になった頃。
ジョンの父親の方から「こどもたちを婚約させてはどうか」と持ちかけてきた。「こども同士、仲が良いから」というのが表向きの理由。本当の狙いは“商売のため”というのが見え見えだった。鉱山の石を独占したいようだった。
それでもマリーの父親は、「娘とジョンは仲が良いし、ジョンの家はお金持ちだから幸せな結婚になりそうだ」と婚約の話を了承した。
婚約してもマリーとジョンの関係は特に変わることなく、お互いに“楽しい遊び相手”だった。
マリーが12歳になったある日、ジョンが変わった。
森や川を、走り回らなくなった。
「ジョン。どうしたの? 体調が悪いの?」
本気で心配するマリーに、ジョンは言う。
「紳士は野山を走り回らないんだぜ」
確かに、マリーとジョンの父親は、野山を走り回って遊ばない。ジョンは大人になろうとしているのだなと、マリーは思った。
そして、ジョンは“紳士”にこだわるようになった。「紳士は乗馬をするんだ」といって馬に乗ったりした。これは、田舎育ちのマリーの方が得意だったため、マリーが教えてあげた。いつもジョンに教えてもらってばかりだったので、新鮮で楽しかった。
「紳士はポーカーをするんだ」といわれた時は、苦労した。
なかなかルールを覚えられない。
しかも、マリーはすぐ感情が顔に出る。
マリーは負けてばかりだった。
そして、ある日。
突然ジョンから、「婚約を白紙に戻そう」といわれた。
12歳のマリーは、いまいち婚約というものを理解しきれていなかったため(私はポーカーが弱いから仕方ない)と思った。
〔婚約〕を漠然としか理解できていないマリーでも、ジョンに好きな人が出来たのはわかった。
(ジョンが変わったのは、ステキな女の子と出会ったから)
顔も名前も知らないけれど、お上品でキレイな子なのだろうと、想像できた。
ジョンの話では、彼女の家もマリーの家と同じように鉱山を持っているらしい。しかも、向こうの方が広い。
そして、ジョンより身分が上の[伯爵令嬢]。
「俺は、野生動物みたいなお前より、可憐で品があるお嬢様と結婚する」
村の人も街の人も、マリーを「お嬢様」と呼ぶ。
マリーも一応貴族の端くれ。
(私も“お嬢様”と呼ばれるのに、その子とは何が違うんだろう?)
よくわからないまま、ジョンとの関係は終わった。
ジョンの父親も、石の買い付けには来なくなった。
驚いたのは、父親にくっついて参加したガーデンパーティーでのこと。
父親が少し離れたとたん、同じ年頃の子がよってきて「婚約者を取られたんだって?」と聞いてきた。
(とられた?)
マリーは考えた。
ジョンとの婚約がなくなったのは、ジョンが他に好きな人ができたから。
そのあと、ジョンとその子は婚約したらしいけど、これを取られたというのだろうか?
一生懸命に考えていたら、「やっぱり取られたんだ」といってその子は他のこども達の所に走って行った。
(え? 私、何も言ってないけど……?)
こども達は熱心に噂話に花を咲かせていた。
どうやら、マリーがすぐに返事をしなかったから、取られたことになったらしい。
この日から、何かのパーティーに参加するたびにウワサされるようになった。
「ほら、あの子よ」
「ジョンは、かっこ良くてお金持ちだから、良い縁だったのにね」
「相手がヨメナ様じゃ、取られても仕方がないわ」
「ヨメナ様は、美しくて品があるもの」
みんな陰でマリーのことを、「かわいそう」という。
マリーは腹がたった。
(あぁ! 腹がたつ!!
み~んな聞こえてんのよ!
言いたいことがあるなら直接言ってくればいいのに!!)
彼等は、マリーに何か言いたいわけじゃない。
人の恋愛話を噂して、自分の好奇心を満たしているだけ。
しかも、マリーの親がいない時を狙って噂する。
何か言い返されるのを避けるためだ。
では、マリーは言い返さないのかというと、そうでもなかった。
「ちょっと! なに人のことコソコソとウワサしてんのよ!!
言いたいことがあるなら、ハッキリ言いなさいよ!」
マリーに言いたいことがあるわけでもないので、その場がシーンとなる。
「もともと親同士が決めた婚約だったし、私は気にしてないんだから“カワイソウ”でも何でもないのよ!」
言った所でムダだった。「すてられて、ヤケになってる」だの「強がってかわいそう」だのと言われる。
それにしても、何故こんなに自分が注目されるのか?
ウワサしたいなら、ジョンとヨメナ様とやらの事だけウワサすればいいのにと、マリーは思った。そして、その原因がわかった。
あるパーティーでのこと。
「先ほどの方が、ヨメナ様の婚約者!」
「とてもカッコイイですわ!」
「しかも、クネサム家はお金持ち!」
マリーの元婚約者のジョン・クネサムは美しい顔に薄紫の髪で、まるで妖精か精霊のような容姿をしていた。
なので、女の子はみんなジョンのことを知りたがった。
そんな彼女達に、ヨメナは「いろいろと贈りものをしてくれたり、優しい人よ」と答えた。そして、話の途中で「でも……」と顔を曇らせた。
「彼には、他に婚約者がいたのに……」
と、悲しそうにいう。
それに慌てた周りの子達が、「仕方がないですわ」「お二人はとてもお似合いです」と慰める。
それでも、ヨメナが暗い顔をしているので「ヨメナ様の御実家の方が、ジョン様の力になりますもの」と慰めて、仕方がないという雰囲気になっていた。
ヨメナ様は悲劇のヒロイン。
そういう雰囲気だった。
「ちょっと!
私は気にしてないから、“申し訳ない”なんて言ってないで普通に幸せになれば?」
マリーがそう言うと、「はい。マリー様の分も必ず」とヨメナが答えて話は終わった。
なのに、別の所で「私のせいで、ヨメナ様が荒れてしまったの」とかいっている。すると「まぁ! おかわいそうに」「ヨメナ様もマリー様もかわいそう」という反応になっている。
(ダメだ。
私が何を言おうと、ウワサは収まらない)
これでは、いつまでたってもマリーは腫れもの扱い。
新たな婚約の話も当分来ないだろう。
マリーはパーティーに参加するのをやめた。
「はぁ……。ヨメナ様が聖女………………。
“人の心を掴む存在”という点では、そうかもねと思うけど……」
放課後。
今日はマリーの迎えの馬車が遅くなりそうとのことだった。
学園のカフェにでも行こう。
そう思って、マリーは独り言を言いながら、中庭を歩いていた。
「……でも、そんなことあるかしら?」
校舎の裏側の方から声が聞こえてきた。
(この声はヨメナ様?
また取り巻きと何か話しているのね
隠れているようで全然隠れられていないこと、知ってるのかしら?
それとも、わざと?)
「ヘンリー王子は本気で聖女を探しているようです」
「金髪で髪がお尻より下なんてヨメナ様しかいませんわ」
「もしかしたら、寝ている間にヨメナ様の別人格か何かが、真の力を発揮したのかもしれないですわ!」
どうやら、取り巻きは何としてでもヨメナを聖女にしたいようだった。
〔聖女の友人〕という肩書きが欲しいのかもしれない。
ヘンリー王子が聖女と結婚するなら、未来の王妃の友人になる。是非とも聖女になってほしいところだろう。
「もしも、もしもですよ?」
「ヘンリー王子に結婚を申し込まれたら、どうなさいます?」
興奮気味に質問する取り巻きに、ヨメナは困ったように答えた。
「……王子様からの申し出は……断るわけには、いかないわよね……」
その返事に取り巻きが一斉に「わぁっ!」と声を上げ喜んだ。
困った顔をしているけれど、どこか嬉しそうなヨメナ。
(ヘンリー王子を取る気だわ!)
そのとき、マリーの隣で青い顔をしている幼なじみに気付いた。
何年ぶりかに会う幼なじみも、偶然ヨメナの話を聞いてしまったらしい。
マリーは、ため息まじりに話しかけた。
「ジョン。あんた、あんなこと言われているわよ?」
噂話をするにしても、もっと場所を考えてほしい。
幼なじみと嫌なタイミングで再会したではないかと、マリーは彼女達を呪った。久しぶりに会った幼なじみは、青い顔のまま答えた。
「いいんだ。
ヨメナが聖女なら、仕方がない」
意外だった。
大恋愛をして結ばれたように見えたのに、あっさり諦めるという。
「それより、マリーの方は大丈夫なのか?」
「は? 何が?」
何故久しぶりに会った元婚約者に心配されるのか、マリーにはわからなかった。
「〔暗黒令嬢〕だよ!
お前、暗黒令嬢に人体実験されたんだろ?
今はヨメナの〔聖女親衛隊〕のほうが〔暗黒令嬢派〕より勢力をのばしてきてる。
抜け出すなら今だぞ?」
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?
バカなの? ウワサばっかり信じて、バカ丸出し!
ロザリー様は人体実験なんてしないわよ?」
「でも、マリーは暗黒令嬢に何かされたから、精霊を呼べるようになったんだろ?」
「ロザリー様のアドバイスをもとに、精霊の聞き取りやすい発声に力を入れただけよ!
ヨド先生が教えていることを、ロザリー様がさらに細かく教えてくれただけ!!」
腹が立ったので、言い捨ててマリーはその場から立ち去った。
たまに、「人体実験されたんだろう?」とか、聞かれることはある。そういうとき、思わせぶりに「ふふふん」と笑って流す。
あまりのマリーの上達ぶりに、そう思わずにはいられない生徒を見て優越感に浸れるからだ。
でも、ジョンに言われると腹が立った。
(婚約者を取られそうな時に、なんで私の心配をするのよ!!)
マリーはイライラした。
(もう!
なんで私はこんなにイライラするのかしら?)
イライラしすぎて、何かを殴りたい気分だ。
そして、しばらく歩いて、ふと思った。
(結局ヨメナ様は〔光の魔法〕使えるの? 使えないの?
外見が聖女と一致しても、〔光の魔法〕が使えないと〔聖女〕でもなんでもないわよね?)




