第5話 胸を張れ! 顎を振り上げろ!!(挿絵有り)
窓の外では小鳥がさえずり、木々の隙間から太陽の光が降り注ぐ爽やかな朝!
屋敷の裏には一本だけ黒焦げになった木があるけれど、その木にも小鳥が何羽か止まってて、黒焦げも気にならないほど爽やかな朝!!
昨日と同じく、今日も私は2階の自分の部屋でメイドさんにカールをしてもらっている。
デカイ、デカイなぁ。
でもこれ、普通に生活しているぶんには邪魔だとか思わなかったんだよね。
本当、プロの技だわ。
カールが終わったら威厳たっぷりに、顎を振り上げて「朝食を運びなさい」と偉そうに言わなきゃ……じゃないと私が偽物のロザリーってばれてしまう。と考えていたら、メイドさんが何かをこらえるように言った。下を向いて、少し震えている。
「……お嬢様。厩舎近くの木、見ましたわ」
げ、怒られる!
昨日アイザック先生に説明するために燃やしてしまった木の事を言おうとしているのね。
木を燃やすのは令嬢らしくないとか、魔法を制御できない出来損ないとか言われるのかな?
は!
まさか、学園で魔法失敗してクラスから浮いてしまった事がバレたの!?
私は血の気が引いた。昨日もそうだったけど、何かこのメイドさん怖いんだよ。
……謝ろう。
先に謝れば、反省の色が見えてお説教が少し緩くなり、注意だけで終わるかもしれない。「ごめんなさい」と言いかけたその時、メイドさんが不適に笑って言った。
「昨日、あのアイザックが、お嬢様を認めて帰りましたわ。
前の日は『何でこんなくだらないことに、つき合わされなければいけないんだ』と、ぶうたら文句を言ってたので腹がたちましたけど、昨日お嬢様は実力を見せつけてやったのですね!
さすがです! お嬢様!! 私達も鼻が高いです!!」
メイドさん凄く嬉しそう。
アイザック先生、メイドさんにも憎まれ口叩いてたんだね。
位が高い人なんだろうな。そこまで上り詰めた人に教えてもらえるなんて本当にありがたい。ロザリーのお父さんありがとう。
『あの男! 陰でそんな事を!!』
どうしたのロザリー? 落ち着いて。
『私に教えるのがくだらないですって?
いいこと? 今日の特訓で、目にもの見せてやるのよ!』
ロザリー。陰でアイザック先生に悪口言われたのが気に入らないのね。『目にもの見せてやる』って、もっと平和にいこうよ。メイドさんといい、ロザリーといい血の気が多いね。
『うるさいですわ!
とにかく、目にもの見せてやるのよ!』
……はいはい。水の魔法使えませんでしたけどね。
はたしてそれで目にもの見せてやれますかね?
まぁ、がんばりますけどね。
でもそれよりもまず、今日を生き残らないとね。
朝からロザリーとメイドさんの怨念にあてられて、精神的に疲れた。
学園に向かう馬車の中では、昨日帰りに思い付いた〔お姫様ごっこ〕で気分転換しよう。うん。そうしよう。
今日も昨日と同じように、揺れる馬車の中からこっそり外を眺め、通行人に声をかけた。
「おはようございます。
朝早くからお仕事ご苦労様です」
「あら、転けても泣かないのね。偉いわ」
「今日は爽やかな朝ですね」
といったような事を「ほほほほほ」と上品に笑いながら呟く。窓は閉まってるしカーテン引いてあるから、私の声は届かない。道行く人から姿も見られることもない。
馬車に乗ってる間は、私は悪役令嬢ではなくプリンセスよ!
誰にも知られたくない私だけの一人遊びよ!
魔法学園に近付くと、ドキドキした。
馬車から降りる所は半円になっているから、どの馬車に誰が乗っていたかはわからない。それは昨日確認した。
でも、でもよ?
今日も無事に過ごせるか不安になる。
白を貴重にしたやたら曲線の多いプリンセス風の馬車から降りるのが、悪役顔の私なんだよね。「お姫様が乗るような白い馬車は似合わない」と陰口をたたかれそうで怖い。
私に似合わないのは知ってる。でも、乙女心にくるダメージが大きそう。
(落ち着いて考えるのよ。昨日は大丈夫だった。
今日も胸を張って行けばきっと大丈夫)
「それ!」と勇気を持って外に出たら、予想とは違う反応が..
「あ……令嬢だ。昨日、校庭の木を……」
「炎の色が赤ではなく紫だとか……。ん…令嬢だ」
「……く令嬢だ。もしかして、悪魔に魂を…………」
「……だなんて、本当に……令嬢だ」
これは!
プリンセス馬車まったく関係ない!!
昨日の魔法の授業が噂になっている!
……でも、ちょっと気になる。最初に「あ、令嬢だ」は分かるけど、語尾に「令嬢だ」って何だろう? この学園に通っている女の子は皆令嬢でしょ? 実はヘンリー王子みたいに、何処かの国のお姫様もいるのかな?
『あなた。
もう少し落ち着いて、皆の声を聞いてみなさい』
え? ……うん。
ロザリーに言われて耳をすますと、さっきよりハッキリと噂話が聞こえてきた。
「昨日、校庭の木を燃やし尽くしたのは彼女だそうよ」
「まぁ! じゃぁ、彼女が噂の暗黒令嬢なのね!」
「暗黒令嬢だ。クラスの皆を恐怖に陥れたとか」
「窓から校庭を見た時は本当に信じられなかった。
まさに彼女は、〔暗黒令嬢〕だ」
「暗黒令嬢」ですって?!
なんじゃそりゃぁぁぁぁぁぁ――――――――!
……そうか。
昨日、他のクラスで窓から様子を見ていた人がいたのか。で、その人達が噂を流していると……。
「すごかったんだぜ! 彼女が高笑いをした後」
(いや、高笑いはしていない。
悪役令嬢っぽく顎を振り上げただけ)
「呪文を唱えると、空が暗くなり、不気味な雲が渦をまいたんだ。
昼なのにまるで夜のように暗くなったんだ」
(何言ってんの! そんな事ないわよ!!)
『ま、確かに空が少し暗くなりましたわね』
(え……。そうなの? ロザリー……)
『間違いなくてよ』
「……そして、杖から紫の光が一直線に木々に!!」
「ひぃぇぇ!!」
「その後は、お前の知っている通り紫の火の海だ。
彼女は入学早々、学園を恐怖に陥れた恐ろしい女だ」
「正に〔暗黒界〕からの使者だな」
「あぁ。彼女は正に〔暗黒令嬢〕だ」
ホラー話になってるわよ!
〔暗黒界からの使者〕って何?!
ロザリー!
この世界には〔暗黒界〕ってもんがあるの?!
『御伽話ですわね。
あなたの世界にも子供向けの不思議な話があるのではなくて? 神々のいる〔神の国〕。死んだ者が行く〔死者の国〕。
そして、この世の魔獣の故郷と言われているのが〔暗黒界〕。今もそこから魔物がやってきているという話ですが、それを見たものは誰1人とおりません。この3つの世界のどれか一つにでも行ったという者もおりませんわ。
昨日の魔法を見て、彼等の想像がかきたてられたのでしょう。
まぁ、私が魔法を使っても紫の炎は出ませんし、あなたが住んでいた世界が〔暗黒界〕というなら、話は別ですけれど?』
んなワケないでしょう!!
私が住んでいた世界は〔地球〕という所です。
確かに戦争は無くならないし、犯罪も後をたたないけれど、決して〔暗黒界〕なんかじゃありません!
私は心の中で嘆いた。
(〔暗黒界からの使者〕って本当に何なの!)
『いいですこと?
今、この瞬間が、今後、苛められるかどうかの分岐点ですわ。
他の人とは明らかに異質の力を持っていながら、あなたがそんなへニョへニョの心でしたら、〔恐怖の対象〕から一転して〔出来損ない〕のレッテルを貼られますわ。〔出来損ない〕だから、皆と同じ魔法が使えない。昨日はただ力が暴走しただけ。
つまり、〔こいつは大したことない〕と思われると、再び〔恐怖の対象〕とならないよう出来損ないのあなたを彼等は苛めてきますわよ。
この空気に負けて背中を丸めて歩けば、今日からいじめられっこですわ』
確かに……そうだね。
『貴族の苛めは陰湿です。
ここで彼等をはねのけますわよ。
私の言う通りに動きなさい』
うん。わかった。
『胸を張って!』
はい!
私はビシッと胸を張った。
『顎を振り上げて!』
はいっ!
私は顎を振り上げた。
『その遠心力で噂する生徒の方を向く!』
ふんっ!
私はなかなかの大きなアクションで、噂をする生徒の方を向いた。
『向きを変えたら相手を見下ろして、侯爵令嬢らしく優雅に微笑みながら言うのよ!』
『「あなたたち、どうかしまして?」』
ロザリーは目付きが鋭いから、何も考えずただ見下ろすだけで、視界に入った人の心を冷たく裂く。
だからこの台詞と動きは、なかなかにして効果があった。いや、効果絶大だった。
登校中の生徒は皆その場で氷ついた。
反対側にいた人も、噂せずに見ていただけの人も、息を殺して止まってしまった。まるで呼吸をするのにも許可が必要みたいに、こっそり隠れて息を吸う。
校門から校舎までの道は重力が2倍になったのかと思うほど、重苦しく、春なのに冷気が漂っているような錯覚に陥った。
……誰も、何も言えない。
私も、何も言えない。
とりあえず微笑みはキープしているけど、ろ、ロザリー? どうしよう?
『上出来です。
さ、堂々と教室に参りましょう』
この凍てつく空気の中、私は胸を張りお嬢様っぽく上品に校舎に入った。
ね……。これって、苛めの対象になるのは避けられたけど、何か色々と失ってしまったような気がするのは気のせいかしら?
これじゃ、お友達はできない気がする……。
校舎に入ってまもなく、2人の女子生徒に声をかけられた。
「おはようございます! ロザリー様!!
昨日の魔法といい、先程のあしらいかたといい、素晴らしいですわ!」
「さすがロザリー様です!
ぜひ、ロザリー様のお友達になって、ロザリー様のお役に立ちたいですわ!」
友達はできないと思った矢先に、友達の申し込み! 奇跡だわ!!
でも「お役に立ちたい」だなんて、お友達というより何か別のものの申し込みの感じがする……。
ここで受け入れたら、何か良くないグループが出来上がりそうな気がする……。悪役令嬢っぽいグループが出来上がりそうな気がする!
私は混乱した。
今、正に人生の岐路に立っているような気がする!!
『この2人、パーティーで見かけたことがあるわ。
良いでしょう。
部下がいれば私を殺す犯人を探しやすくなるかもしれません。
お友達になりなさい』
え、今、おもいっきり"部下"って言った……。
『そうだったかしら?
お友達と言ったつもりだったけど?』
しらじらしい……。
でも、ロザリーがそう言うなら受け入れようか。命にかかわるものね。
こうして、学園に通い始めて2日目で、私にも友達が2人できた。