第43話 小夜曲(挿絵有り)
バードック家の別荘に帰ってから――――。
まだ寝る時間じゃないけれど、ヘンリー王子のことで頭がいっぱいで何もする気になれず、ベッドの中で悶々としていた。
気付けばいつも側に来ていて、笑顔を向けてくれていた王子が遠い存在になった。もう、あの頃のように話すこともないのだろうなと思う。
…………婚約破棄かぁ……。
まさに悪役令嬢っポイね。
このあと追放されて、ドラゴンに食べられるのかな……。
……はぁ。
『エナのしたことって、クラスメイトに肩揉みさせただけですわよ?
法にふれる何かをしたわけでもないですわ。
ドラゴンに食べられるって余程のことでしてよ? きっと大丈夫ですわ』
そうだよね?
でも、ヘンリー王子とは、もう……。はぁ……。と同じことを繰り返しで考えていたら、突然ロザリーのお父さんとお母さんが別荘にやってきた。
メイドのミュゼが「良かったですね」と優しく言ってくれた。
ど、どどどどどどどどどどどうしよう!?
上手く話せるかな?
『大丈夫ですわ。娘に甘々ですから』
夕飯を食べながら、婚約破棄の件について話をした。
ロザリーのお父さんは、少し赤みがかった黒髪で、切れ長の目だった。ロザリーは目元がお父さん似なんだね。
ロザリーのお母さんは、ロザリーと同じ紫がかった髪の色。よく似た親子だなと思った。
「幸い、まだ婚約の書類を提出する前だったから、“何もなかっただけ”ということになったよ」
「“良き日に提出の儀を行う”という、王族のしきたりに助けられたわね」
どうやら王族は婚約するにも儀式を行うらしい。
そっか、そもそもの婚約が出来てなかったのか……。
家名に傷がつくわけでもないから、気にしないようにと優しく言われた。
「辛いようなら、魔法学園に通うのをやめたっていいから、早く元気を出しておくれ」
失恋したから学園に通うのをやめてもいいなんて、本当に娘に甘い御両親だね。普通はそんなこと言わないと思う。
「ロザリーは、何かやりたいこととかあるかしら?」
ロザリーのお母さんに聞かれて、頭に浮かんだのは、追放後の心配。
もしかしたら、公式ストーリー通りに追放されて、何らかの形でドラゴンに食べられることになるかもしれないと不安がよぎった。
「……ドラゴンを退治できるように……なりたい」
“何を言ってるの?”と言われるかと思ったけど、ロザリーの両親は真面目に考えてくれた。
「では、アイザック先生に伝えておこう。最前線で戦う宮廷魔法騎士だから、何かしら力になってくれるだろう」
「ふふふ。
こどもの夢は大きい方が良いというけれど、ドラゴン退治なんて頼もしいわね。あなた」
「あぁ。
頼もしい夢を持つ娘の誕生日に〔ドラゴンスレイヤー〕をプレゼント出来るよう、父は頑張って働くよ。実に働きがいがあるなぁ。ははははは!」
お……乙女ゲームの世界なのに、ドラゴンスレイヤーが存在する……の? この世界って時々ファンタジー系のRPGっぽい言葉が出てくるね。
それにしてもロザリーの御両親は優しい。ドラゴンを倒せるようになりたい夢を受け入れてくれた。
忙しいのに無理して時間を作って来てくれたみたいで食事をしたら二人とも帰っていった。
帰り際に言われた言葉にはちょっと焦った。
「そういえば、最近の学園は【暗黒令嬢】っていう怪談話があるそうね」
「……あ、暗黒……令嬢………………」
「学園の木を燃やし尽くしたり、校庭を毒の沼に変えると聞いたわ。
私達の時代は、図書館に飾られている絵画から、夜に妖精が飛び出してくるとかそういう話だったけど、最近の学園の怪談は恐ろしいわね」
「たんなる怪談話とは思うが、気をつけるんだよ?」
…………い、言えない。
私がその【暗黒令嬢】です。
『まぁ、凄い。
あなたの偉業は怪談として、後世に語り継がれますわね。ふふふふふ』
とりあえず「はい。気をつけます」と答えておいた。ロザリーはずっと笑っていた。
寝る支度をして、今日は早めに寝ようとしていたら、外から声が聞こえてきた。
ロザリーの部屋のテラスに出る扉を開けると、聞こえてきたのは歌だとわかった。
♪燃えるような、熱い、恋の〜歌〜〜〜〜♪
暗闇でもわかる赤い髪!
アイザック先生!!
攻略対象だからなのか、魔法が使える世界だからなのか、アイザック先生が歌うと世界がキラキラと輝いて見えた。
それにしても……。
二階のロザリーの部屋のテラスから、見下ろす私!
対して、外から二階のロザリーの部屋に向かって歌う、宮廷魔法騎士なのに家庭教師をしてくれているアイザック先生!!
この……、ロミオとジュリエットの名シーンみたいな構図での歌!!
小夜曲だわ!!!!
男性が、想いを寄せる女性の家の窓辺で歌う恋の歌!
知識でしか知らなかった世界が、今、目の前に!!
『せっかくですけど、お相手が残念ですわね』
ロザリー。どこまでもアイザック先生のこと嫌いだね。まだ、火の魔法をバカにされたこと恨んでいるのね。
「聞いたぞ。
今日、ヘンリー王子に婚約破棄されたんだって? 落ち込んでいるであろう俺の弟子に、乙女が憧れる小夜曲を披露してやりに来たぜ」
そう言って、アイザック先生はまた歌いだした。
それは、聞いていると胸が熱くなってワクワクするような、恋の歌だった。
……そう……ワクワク…………。
って、それ、小夜曲と、ちょっとズレてませんか!?
音楽のこと詳しくないけど、世間のイメージから少しずれてる気がする。
せっかく気を使って来てくれたのに、思わずクスクス笑ってしまった。
「アイザック先生!
ワクワクして力が湧いてくる歌ですね。
想像していた小夜曲とは違いますが、私は大興奮です!!」
「だろ?
型どおりにやらなくったって、いいもんだろ?
人それぞれなんだから、自分らしくいるのが一番だ」
アイザック先生、優しい!
黄緑のモヤにとりつかれたヨド先生に燃やされたときも、元気づけに来てくれた。なんて良い先生なんだろう。
「お前が望むなら、いつでも歌ってやるから俺と……けっ――――」
「アイザック!
抜け駆けは許しませんよ!!」
突然、暗闇からヨド先生が現れた。
そして、真の小夜曲はこれだ! と言わんばかりに、歌を披露してくれた。
君の白い指が華奢で手をとるのも躊躇われる。大事に大事にしたいという、恋の歌。これは……!
弟子の取り合い!
第2ラウンド!!
『あなた又、そんなこと言ってますの?』
魔法のコントロールはまだまだだけど、魔法の威力だけはある弟子を育てたのは自分だと、まだ争っていたのね!
「ロザリーさん!
あなたには僕等がいますからね。
結婚相手は不足してませんから、元気出してくださいね」
ヨド先生がそう言って、二人は帰っていった。
夜の暗闇に消えていく二人の男……。
山の中の別荘だから、夜道は暗いんだよね。
!!
このあとBL展開が広がっていくのね!?
本当になんて強欲なゲームなのかしら?
二枚目のディスクを買わせる気満々じゃない!
『“二枚目のディスク”ってどういうことですの?』
噂では、女性向けのRPGの中にはクリアしたあとに別売りの二枚目のディスクを入れると、一回目にクリアしたデータを使って冒険がまた1から始められるものがあるらしいのよ。しかもBL展開!
きっと二枚目のディスクでは、このあと木に「ドンッ!」ってしたり、馬車に乗るとき「ドンッ!」ってしたり、ドキドキの展開がまっているのよ!
どっちが「ドンッ!」ってするのかしら? アイザック先生っポイけど、さっきヨド先生が途中で乱入したから、ヨド先生が嫉妬したということにして「ドンッ!」ってするのかもしれない。
『あなた、何を言ってますの?
さっきのは明らかに、あなたを……』
つまり! 私は利用されたのよ!!
二人のラブラブの展開へのきっかけにされたのだわ……。
……ちょっと追いかけて覗き見してはダメかしら?
『追いかけても、あなたの想像する展開にはなってないから、安心なさい』
だって、他に二人が同時に現れる理由がないわよ?
『……あの二人、あなたを元気づけるという点では成功しましたけど、大きな失敗をして帰りましたわね』
ロザリーと意見を交換していたら、また歌が聞こえてきた。
先生たち、戻ってきたのかな?
今度は楽器の演奏も聞こえる。
テラスから見下ろせば、波打つ綺麗な金髪が見えた。
ラーチ先輩!
え? 待って待って待って?
ラーチ先輩は、今日〔夏を呼ぶ式典〕で夜も歌う予定だったでしょ?
『終わってすぐ来たみたいですわね』
♪君は僕の心に、さらなる強い光をあててくれた。自分らしくあることに、自信を持てた。こ〜んどぉはぁ〜、僕がお返しをしたい♪
ラーチ先輩の後ろで、魔法学園の生徒会長のサフラン先輩がバイオリンを弾いていた。
そして、時々ハモリを入れている。二人の歌は品がありつつも華やかな歌だった。芸術家って凄い。この空間が輝かしい世界に変わっていく感じがした。
「遅い時間にすまない。
君を元気づけようと小夜曲を思いついたのだが、ラーチが実家で用事があったものだから、こんな時間になってしまった」
「じ、実家って、ラーチ先輩は隣の国の王子様じゃないですか!
式典で歌った後なのに来てくれたんですか!?」
「僕の国はすぐ隣だからね。
毎日、城から魔法学園に通ってるし近いから問題ないよ」
それにしても、サフラン生徒会長って何者なの? 生徒会長とはいえ、王子様に歌わせるって相当仲が良いのね。
ん?
仲がいい?
まさか!!
BL展開二組目!?
『あなたの思考はどうなってますの?』
何、言ってんのよロザリー!
二枚目のディスクを入れたからといって、カップルが一組だけとは限らないわよ!!
かなり攻めてるわね、このゲーム会社。恐ろしいわ。
『私はあなたの想像力の方が恐ろしいですわ』
えぇ。
私も、ゲーム会社の企みに気付いてしまう自分が恐ろしいわ……。
このあとラーチ先輩とサフラン先輩は、どっちが「ドンッ!」ってするのかしら?
私達が想像を膨らませているうちに、ラーチ先輩とサフラン先輩は帰っていった。
歌を歌ってる時、二人は妖精が恋心に反応して舞わす花を舞わせて歌ってた。アイザック先生とヨド先生も。
だから、そんなに間違ってないと思う。
皆が帰ったので、私はベッドに入った。
元気づけに夜に来てくれるなんて、いい人たち。
私が失恋したから、次の恋に向かえるようにと小夜曲まで歌ってくれた。
……でも。
イケメンの攻略対象が四人も来て心配してくれたのに、ヘンリー王子だったらよかったのにと思ってしまうから、「恋」って大嫌い。
恋は落ちるものだから、そこから這い出るのって、とても大変だよね。
この日、私は泣きながら眠りについた。
イラストのワクの所、デザインの作り方の本を見ながら描きました。私にしてはよく描けたと思います。本って凄いですね。




