第40話 髪型
「この髪型やぁだぁ!」
その言葉を聞いて、メイドのミュゼは自分の耳を疑った。
「……ロザリーお嬢様。
この髪型が、お嫌……ですか?」
「なんか性格がキツイ人みたいなんだもん。
もっと、ふわ〜っとした、お姫様みたいなのがいい」
聞き間違いではなかった。
今、自分の主は「髪型を変えたい」といっている。
「……そうですか」
と、青い顔をして返事をしたら、ミュゼが落ち込んだのをさっしたのか、ロザリーは「ま、まぁ、せっかくやったんだし、これで行くわ」と言って、ヘンリー殿下と魔法学園に向かった。
それから少しして、まだ午前中だというのにロザリーはヘンリー王子に送られて帰ってきた。
ロザリーはミュゼに、ふてくされた様子で説明する。
「皆、イジワルだから帰ってきた」
え?
ロザリーお嬢様が、虐められて帰ってきた!?
そんな事があるはずがないと、ミュゼは思った。そこで、昨日の村娘の言葉を思い出す。
――――アレは私ではないわ!
思わずヘンリー王子に「あの、お嬢様に違和感を覚えることはありませんでしたか?」と聞いてしまった。
だって、おかしい。
この髪型をしているお嬢様が、弱気になるなんてないはずなのに――――――
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それはロザリーが、七歳の時のこと。
ロザリーは母に連れられ、とある貴族のガーデンパーティーに出席した。
「ロザリー様。
今日は人気のシェフをよんで料理を作らせてますのよ。
ケーキもとってもおいしいので、たくさん食べてほしいですわ」
パーティー主催者の夫人にそういわれ、ロザリーは一人、ケーキを取りに行った。
大人達の会話に入っていけないと思っていたところに、この提案をされたので(なんて優しい夫人なのだろう)とロザリーは思った。
立食形式だったため、自分で食べたいものを選べることにワクワクした。
(好きなものを選べるのね!)
目についたケーキを一つお皿に取る。
そして、ロザリーは我慢しきれずに母の元に戻る前に一口食べてみた。
おいしい!!
クリームがたっぷりのったそれは、バナナクリームケーキだった。
バナナクリームの下になめらかなバニラクリームが隠れていて、その下はスポンジの中にバナナと薄い板チョコが入っている。
口の中でとろけるニ種類の甘いクリームと、柔らかいバナナ。そして、すぐ「パキッ」とワレてしまう薄いチョコがアクセントになって、とても美味しかった。
ロザリーは思わず、「ケーキを食べてくださいね」と声をかけてくれた夫人の方を見た。
夫人は少し離れた所にいたのに、ロザリーに気付いてコクンと頷き、「もっと食べてくださいね」とジェスチャーを返してくれた。それが嬉しくて、ロザリーはバナナクリームケーキをあと二切れ取った。
お皿に取りやすいようにと、小さなキューブ型にカットされたものだから、きっとまたすぐに食べきってしまう。
そしたら今度は他のケーキも食べてみようとロザリーは心を踊らせた。
そこに、この屋敷のこどもとその友人が10人ぐらいで仲良く走ってきた。どうやら、こどもだけで庭の探索をして楽しんでいたらしい。
「今日は人気のシェフをよんで料理を出してんだ!
ケーキもすごく旨いんだぜ! 皆、食べってくれよな」
少年がそういうと、こどもたちは次々にケーキを取っていった。
そして、一人の少年が言った。
「あ……バナナクリームケーキ、俺の分が無い」
続いて、その少年の近くにいた子がロザリーを指差して言った。
「あいつバナナクリームケーキ2個取ってる……」
ロザリーは血の気が引いた。
自分のせいだ。
自分が2個取ったから、あの子のぶんが無くなってしまった――――。
しかし、一度取ってしまったケーキを「どうぞ」と差し出すのは、失礼にあたる気がする。すごく申し訳なく思うけれど、ロザリーはどうしたらいいのかわからなくなった。
「お前が同じの2個取るから、こいつのが無くなったじゃねぇか」
周りにいる大人達には聞こえないように、リーダー格の少年が言った。
それをきっかけに
「品の無いやつ」
「おこちゃまは食いしん坊だから、他の人のことまで気が回らないよなぁ」
「ま、こどもは“社交の場”なんて、まだなれてないからなぁ」
「同じの2個取るなんて、お前の家は貧乏貴族かよ」
と、取り巻きの少年達も、大人にバレない声の大きさでロザリーを非難した。
「ご、ごめ……」
「さぁ! ケーキの追加分が来ましたよ!!」
泣きそうになりながら謝ろうとしたとき、バナナクリームケーキが追加された。
少年達はロザリーのことなどすっかり忘れてケーキへと群がる。
一人になったロザリーは、もうケーキを食べる気になれなかった。
でも、残してしまうのは申し訳ない。
ロザリーはケーキを無理やり口の中に入れた。
小さなケーキのはずなのに、なかなか食べ切れなくて、量が多いと感じた。
ケーキをなんとか食べきった後は、もう何も食べず、大人の話がつまらなくてもずっと母の隣にいることにした。
「まぁ! ロザリー様ったら、お母様にピッタリくっついて!
甘えんぼさんで、お可愛いこと」
バードック家に帰ってからのこと。
ロザリーはすぐ自室に飛び込んだ。
メイドのミュゼが、ロザリーがいつもと様子が違うことに気付いたらしく、ロザリーの目線の高さまでしゃがむと、優しく声をかけてきた。
「ロザリー様。
ガーデンパーティーで、何かあったのですか?」
メイドのミュゼが微笑みながらロザリーが話し出すのを待ってくれたので、ロザリーはポツポツと説明を始めた。
ケーキを3個も取ってしまったこと。そのせいで食べられなくなりそうだった子がいたこと。男の子たちに責められたこと。
「……ごめんなさ……い」
ロザリーの話を聞き、ミュゼは「まぁ!」と驚いてロザリーを抱きしめた。
「お嬢様は悪くありません!」
そう言ってくれて、とても嬉しかった。
けど、ロザリー付きのメイドだから、主を慰めているだけではないだろうか? 世間一般的には怒られるべきことではないかとロザリーは思った。
そんなロザリーの心境に気付いたのか、ミュゼは話を続けた。
「使用人はもっと早くケーキの追加を出すべきでした。
パーティーの終盤でもないのにケーキが無くなってしまうなんて、給仕の質がしれますね」
「でも、とつぜん子どもが10人も来て、ケーキを取ってくなんて、だれも思わないわ……」
「いいえ!
お子様が何人いらっしゃるかわかっているなら、想定するべきです!
それに、まだ小さくあられるロザリー様を、よってたかって責めるなんて、紳士のすることではありません!
たとえ、お子様であっても貴族の家に生まれたなら、女性には優しくあるべきです!
ケーキごときでグチグチ言うなんて、男として失格ですわ!!」
その後も、メイドのミュゼはロザリーの代わりに、プリプリ、プリプリと怒ってくれた。
「だいたいですね!
ロザリー様の方が、家柄は上なんですよ!!
たとえ、ロザリー様がまだお子様であられたとしても、向こうが主催者のお子様だろうと、ロザリー様が上なんです!!
ロザリーが気に病むことはこれっぽっちもありません!
……ですから、ロザリー様が足元を見つめてしょげかえる必要もないのですよ?」
ミュゼはロザリーの無実を力説したあと、一つのことを提案した。
「そうですわ! ロザリー様。
髪型を変えてみてはいかがでしょう?」
そして、ミュゼは鮮やかな手つきでロザリーの髪をセットし始めた。
まず、ロザリーの髪を二つにわけ、それから巨大な縦巻きロールを作っていく……。
「あ、足もとが見えない……」
ありえないほど大きな縦巻きロールに、戸惑うロザリー。そんな彼女にメイドのミュゼは満面の笑みを返す。
「そうでございましょう?
ロザリー様が落ち込んで足元を見るたびに、この縦巻きロールがそれを拒むのです。
ロザリー様。
どうか心無い人の言葉で俯かないでくださいませ。
ロザリー様は、気高く、美しい、私の自慢のお嬢様です。
強く。強くおなりになって下さいませ」
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主は強くなった。
何かショックな事があって俯くと、縦巻きロールに顔が埋まる。そのたびに、あの日のことを思い出し、上を向いてくれるようになった。
「気高く、強くあってください」と、常日頃からお願いしていたためか、ロザリーは自信に満ちた人柄に成長し、ミュゼは大満足した。
なのに……。
“皆がイジワルだから”帰ってきた?
この間のパーティーで、髪型を変えたのがいけなかったのかしら?
二日前、ヘンリー王子がパーティーでのパートナーを名乗り出てくれた。「これはお嬢様の恋の予感!」と、メイドのミュゼは気をきかせてロザリーの髪型をいつもと違う髪型にした。
もし、いい雰囲気になったとき、縦巻きロールが邪魔でキスをしにくいのではないか? と思ったためだ。
(結局、あの日お嬢様は倒れてしまい、ご友人のティア様がロザリー様を送りとどけてくださった)
髪型を一度変えたから、心がリセットされて、また傷つきやすい性格に戻ってしまったのかもしれないと、ミュゼは思った。
それとも――――――。
――――アレは私ではないわ!
あの村娘が言ったように、魂が入れ替わったとでもいうのか――――――。
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(歌ってね、歌おうとすると音が上に抜けやすいし、想いを込めようとすると音が重たくなって、もったりもったりした感じになりやすいみたい)
私はロザリーに一生懸命説明した。
(糸が一本、ピーってはってあるイメージかいいって聞いたことがあるけど……。
今回は歌好きのラーチ先輩に、ミュージカル風に話しかけるのが目標よ!
“たまたまセリフにメロディがついていた”っていう感じで歌ってみて!
さぁ! もう1回いくわよ!
はい! 左の羊を見て!!)
私の声を聞いて、左の羊をロザリーが見て「鳥さん♪」と歌いながら羊に声をかける。
(はい! 次は真ん中の羊!!)
続いてロザリーが、真ん中の羊に声をかける「リスさん♪」
(はい! そして右を見て!!)
「シカさん♪
みんなぁ〜、力を〜、か、し〜てもらえる〜かしらぁ〜♪
お料理は、苦手でぇもぉ〜、皆で作れば〜♪」
(はい! そこで、歌から台詞に切り替わる!!)
「きっと、美味しいものができるわ!」
少し顔が引きつりながらも、テンポよく歌うロザリー。
素晴らしい!
素晴らしいわ!
ロザリーの歌の成長に感動していると、エナの両親が帰ってきた。
「エ、エナ!
あんた、あんたの目の前にいるのは……リスや小鳥やシカじゃないよ。
羊だよ!
いったいどうしちまったんだい!?」
「足元が見えないほどの縦巻きロール」には理由がありました。
第1話を書くときに『ロザリーの髪型を決めなきゃ』と、一生懸命考えて決めた髪型でした。お話を進める事を優先していたら、紹介するのが遅くなりました。




