第34話 受け流し(挿絵有り)
私はプリンセス馬車の部品を両手で握り、構えた。
緩やかな曲線をえがいた白い棒の先を、サフラン生徒会長の喉元の高さに合わせる。
そして、全身の力を抜き、すぐ動けるように踵は半紙が一枚入るぐらい浮かし、足の親指の付け根あたりに体重をかけた。
さらに、前後左右どちらにも移動しやすいように、膝は緩く。腰を落ち着かせて、上半身の体重をしっかり腰に乗せる。
肩の力は特に抜き、棒を握るのは右手が上、左手が下。薬指と小指で棒を握る。親指、人差し指、中指は棒を振るときに力を入れるので、今は軽くそえるだけ。
瞬きの回数を減らすため、目は半目。冷静に対応できるように、呼吸を落ち着かせる……。
「ちょっ……、ちょっと待て!
素人に見えない構えなんだが、剣は苦手なんじゃなかったのか!?」
何故かサフラン生徒会長が慌てだした。「剣で勝負」と言い出したのは会長の方なのに、なぜ驚いているのだろう?
「はい。剣は抜き方がよく分からないし、重そうなので苦手です。1キログラムなら、私も振れますけど……、それ以上の重さですよね?
それに、両刃の剣は、振り上げたときに自分を切ってしまいそうで怖いです」
『あ、あなた、剣を使えますの?』
頭の中のロザリーまで、驚いている。
私が使えるのは刀だけどね。
なかなか声優事務所に所属できなかったころ、『大人の落ち着きが足りないのかな?』と思って習ったの。それが役にたったかと言われると、よくわからない。今、役にたちそうだから、習ったのが無駄にならなくて良かった。
……でもね、ロザリー。
仮想の敵を倒す練習だけしかしてないの。
『と、言いますと?』
“敵がこう仕掛けてくる”と想定した型を習っただけで、実際に人と戦う〔実践〕は初めてなの。
死んだらゴメンね? ロザリー。
『!!!!!!!!!!
何を言ってますの! 頑張りなさい!!
せっかくクッキー対決を生きのびたんですのよ!』
……。
私が練習で使ってた模擬刀は900グラム。1キロも振れるけど……、サフラン生徒会長の剣を見て? 2キロはありそう。力では負ける。
女性が振れるのは、だいたい700グラムと聞いたから、900グラムの刀でも私は頑張ってると、当時は思ってた。
う”……。
稽古を受けてると、腕撓骨筋辺りが盛り上がって、ゴツい腕になるのが嫌だなんて思ったりせずに、1キロの刀で練習すればよかった。
『いざとなったら得意の〔火の魔法〕で、あたり一面火の海にして逃げるのですわ!』
ロザリー……。
そんなことしたら、私も逃げられないんじゃないかしら?
私は勇気を持って構えを一度解いて、右を向いて正座した。
校内とはいえ、道の真ん中に座ったので、ロザリーもサフラン生徒会長も驚いたみたい。
「これから戦おうというときに、あらぬ方を向いて座り込むとは、バカにしてるのか!!」
『どうして突然諦めるんですの!?』
諦めてない。
プリンセス馬車の敵は必ずとる。
私は集中した。
白い棒を持った左手をおヘソのあたりにもっていく。右手は白い棒に軽く手をかけ、いつでも抜刀できるように。
背筋はまっすぐ。正座していてもすぐ立てるように、つま先に少し力を入れ、肩の力を抜く。
「よくわからないが、それが君の構えだと理解した。ならば、私も真面目に攻撃を開始しようじゃないか!!」
そう言って、サフラン生徒会長が剣を振りかぶって、まっすぐに下ろしてきた!
『逃げなさい!』というロザリーの言葉を無視して、私は振り下ろされてくるサフラン生徒会長の剣に向きをかえた。
行くわよ! 古流、〔受け流し〕!!
なるべく相手の剣を引きつけてから、体を左に回転させる流れで左足を素早く立てつつ、足に力を入れ、一気に立ち上がる!!
右手はサフラン生徒会長に向かって突きだす!
『きゃぁぁぁぁぁぁ!
右手が切られてしまいますわ!!』
大丈夫よ。ロザリー。
この技は腕をのばすのに勇気がいるけど、力がいらない技なの。
私はサフラン生徒会長の剣を、右手から8センチぐらい離れた部分で受け、その剣をそのまま斜め下に滑らせた。
私の体の左側で、サフラン生徒会長の剣が〔白い棒〕を滑り落ちていく。「シュャャャャャャャャッ!!」と、金属が木を滑り落ちていく高い音が左耳近くで聞こえて、背筋がゾクッとした。
重いぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!
この技を習った時、「力のいらない殺傷力の高い技です」って聞いたのに、重たい!!
こんなの片手でさばけないと心の中で嘆きつつ〔白い棒〕を更に垂直にして、相手の力を流しやすくした。
重い重い重い重い重い重い重い重い重い重い重い重い重い重い重い重い重い重い重い重い重い重い重い重い重い重い重い重い重い重い重い重い重い!!
白い木の棒が手から離れそう!
ほんのわずかの時間なのに、サフラン生徒会長の剣を受けて流すのが長く感じた。
「スパンッッ!」
サフラン生徒会長の剣が〔白い棒〕を滑り落ちて、木から離れたとたん私の右腕がとても軽くなった。剣が〔白い棒〕から離れた反動で、〔白い棒〕が「フワッ」と弧を描きながら跳ね上がる。
右腕だけでなく、私の体も軽くなった感じがした。
ここからは、サフラン生徒会長の力を使って跳ね上がった〔白い棒〕を、ただ冷静に振り下ろすだけ。
背筋はまっすぐ。上半身の体重は腰にしっかり乗せる。顎を引いて、目は半目。
私は両手の親指、人差し指、中指に少しだけ力を入れて方向転換させ、〔白い棒〕を振り下ろした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
サフラン・クロッカスは、剣を構えたまま驚いていた。“【暗黒令嬢】は剣を使えない”と書紀のクロノ・レンジは言っていた。
しかし、今、【暗黒令嬢】ロザリーは、少し曲がった白い棒をまるで剣のように持ち、構えている。何となくそれっぽい構えなどではなく、これから戦うために集中している構え。予想外の事態に焦った。
「ちょっ……、ちょっと待て!
素人に見えない構えなんだが、剣は苦手なんじゃなかったのか!?」
「はい。剣は抜き方がよく分からないし、重そうなので苦手です。1キログラムなら、私も振れますけど……、それ以上の重さですよね?
それに、両刃の剣は、振り上げたときに自分を切ってしまいそうで怖いです」
貴族令嬢が、自分が振れる剣の重さを知っている。サフランは、この事にとても驚いた。
クラスメイトを使って、架空の“恐ろしい生徒”を作り出し、魔法学園を思いのままに操ろうとしているのだと思っていたが、それは違うのかもしれない。
(剣を“使える”“使えない”ではなく、“振れる”“振れない”で話している。そんな言い方をするのは、稽古をつけてもらったことがあるからに違いない)
勝負と言っても、ちょっとロザリーの喉元に剣を寸止めさせれば、すぐに化けの皮を剥がすと思っていた。
これは真剣に勝負をしなければと、気持ちを切り替えようとしたところで、突然ロザリーが構えをといて座った。しかも自分とは全然違う方向を向いて。
これには腹がたった。
命をかけた戦いではないにしろ、勝負ごとである。
敵を前にして、どこを向いているんだと思った。
よく見れば彼女はとても集中しており、勝負を放棄したわけでもなさそうだったので、さっさと終わらせることにした。
(ロザリーが剣の経験者だろうが問題ない。
私はアイザック様のような宮廷魔法騎士になるため、剣の修行もしている。
ごちゃごちゃ考えたりなどせず、彼女の喉元で剣を寸止めさせれば全て終わりだ)
「よくわからないが、それが君の構えだと理解した。ならば、私も真面目に攻撃を開始しようじゃないか!!」
振りかぶった剣を真っ直ぐにおろす。
(これで終わりだ!)
すると、ロザリーが〔白い棒〕を持った手をこちらに突き出してきた。
(剣先でなく、拳の方を私に!?)
これには驚いた。
(彼女には恐怖心がないのか!?
まさか、ロザリーは【暗黒令嬢】だから、自らの拳をも犠牲にして、勝利を得ようとするのか!!!!)
予想外のロザリーの行動に困惑したとき、サフランの剣がロザリーの〔白い棒〕を滑り落ちていった。
(正面から剣を受け止めずに、私の力を外に流してかわすのか!)
大勢を立て直そうにも、この〔白い棒〕はよく滑って立て直せなかった。「シュャャャャャャャャ」っと剣が下に滑り落ちて、白い棒から離れた途端ガクッと体がぐらついた。
ふと見上げると、振りかぶったロザリーが見えた。
太陽が背にあるため、顔が影になりとても不気味に見えた。目が鋭く光っているようにも見える。
振りかぶった〔白い棒〕は、何の躊躇いもなく振り落とされた。
(切られた!!)
ロザリーが持っているのは剣ではなく、棒なのにそう思った。
実際、〔白い棒〕はサフランの右の首元から左脇腹まで、斜めに滑っていった。
「ガッガガガガガガガリガガガガガガッッッッ!」
(私を殺す気だ!!!!!!!!)
死んだと思った。
実際、ロザリーが手にしているのが〔白い棒〕でなく、剣だったら確実に死んでいた。
(私と同じように、寸止めをしろとはいわない。私の体のどこかに当たれば、ロザリーの勝ちじゃないか。なのに彼女は体に当たっただけでは手を止めなかった)
――――――キケン。
「鞘から剣を抜くということは、命をかけるということですよ?
棒を持った相手に、剣で向かってくるなんて卑怯な事をしておいて、何を驚いているのです?」
何かを察した彼女がそういった。
彼女が言うことはもっともだった。
だがこちらは元々《もともと》本気で戦う気はなかった。寸止めで脅せば終わりと思っていた。
絶対に彼女を傷つけない自信があったから、お互いが何を手にしてても大差ないと思っていた。
――――――――カノジョハ、キケン。
しかし、女性が〔白い棒〕で、剣を持った男性と戦わねばならなくなると、明らかに不利。
必死になるのもわかる。
――――――――キケン。
だけど、白い木の棒を振りかぶった彼女が不気味に見えて、確かに【暗黒令嬢】だなと思った。
――――――――学園ニ、危害ヲ加エル可能性。
頭が……、痛い…………。
学園ノ平和ノタメニ、彼女ヲ排除スル。
サフランの頭の中に声が響いた。
頭が痛い。
そう言って頭をかかえると、体が〔黄緑色の光〕に包まれた――――――――。




