第26話 王子はここにもいました(挿絵有り)
うわぁぁぁぁ!
イケメンの、イケメンの顔が近付いてくる!!
ドクドクドクドクと血が体中に流れる音が、激しく耳を打つ。
血が巡りすぎて、顔が! 顔が熱い!!
このドキドキ耐えられない!!!!
そうだ!
逃げよう!!!!
ヘンリー王子の顔が近付いてきたとき、私は斜め下を向き、ヘンリー王子の胸のあたりに顔を押し付けた。そうやって、手すりとヘンリー王子との間に空間を確保。
次に、後ろに体重をかけながら腰を抜かすように、下にズリ落ちる。
ズリ落ちるときに顔は離れたけど、ヘンリー王子の胸に押し付けたときの布との摩擦で顔がヒリヒリした。
そして、ヘンリー王子の足元から転げるように走りだし、体制を立て直して逃げた。
『あなた。本当によく逃げますわね』
本当! 今日は逃げてばっかりーー!!
ダンスフロアに戻ると、“【暗黒令嬢】は悪魔”と思っているサフラン先輩がいるので、室内は避けたい。私は広いテラスをひたすら走った。
曲がり角を曲がったときに、お約束のように人とぶつかってしまった。
左肩が強く弾かれ倒れこむ。
「ゲホっ。
ご、ごめ……んなさ…………」
謝ろうとするけれど、左肩を強く打った衝撃で、咳がゲホゲホと出てしまう。
「すまない。すぐに、医者にみてもらおう」
といわれ、男性に軽々と持ち上げられた。
お、お姫様抱っこ!
「大丈夫です!
軽くぶつかっただけだし、歩けます!!」
前にヘンリー王子にもお姫様抱っこされたけど、やはりこれは恥ずかしい。
必死に心配ないと訴えようとたら、
「俺にも、お姫様抱っこくらいできる」
と、いわれた。
え?
俺にも?
どういう事?
と思いながら、見上げれば……。
ゼア!!
え?
ゼアが、私をお姫様抱っこしている!
私は、またゼアに迷惑をかけてしまったの?!
魔法学園での火の授業のとき、私のせいでゼアまで順番が回らなかった。
水の魔法の授業では、私の出した魔法のせいでクラスメイトが大混乱になり、ゼアが巻き込まれてケガをした。
緑の何かにとりつかれたヨド先生に襲われたときは、ヘンリー王子と一緒に私を助けてくれた。
そして、今、また迷惑を!!
でも、今はヘンリー王子から逃げたいから、ここで変にもめて追いつかれるより、このまま他の所に運んでもらおう。
ゼアはティアのお付きの人だから安心だしね。
ゲストルームでお医者さんに診てもらったら、案の定何ともなかったので、お医者さんはすぐに帰った。
「何故テラスを走っていたんだ?」
「いや、その……。実は…………」
私は今日パーティ会場に来て起きたことを、個人名をふせて話した。
「……知り合いから突然求婚されてビックリして逃げたら、“【暗黒令嬢】は悪魔”だと思っている人がいて……。
幸い髪型がいつもと違うから、私が【暗黒令嬢】って言われている本人だとは気付かれず、なんとかテラスに逃げて……。
……そしたら、別の……求婚してくれてる人に会って、私は甘い雰囲気に慣れてないから、ドキドキにたえられず……。
その……、逃げてきました」
“私は今、求婚されている”……なんて、いざ説明するとなると(私って自意識過剰なんじゃ……)って思えてくる。
うぅ……。
説明しづらい……。
「何てことだ……!
あなたは今、二人の男性から求婚されているのか!!」
そうでしょう?
びっくりするでしょう?
私だって不思議でしょうがないんだから、ゼアが驚くのも無理もない。
「この間は、ヨド先生と騎士アイザックがあなたへと花を舞わせていた。
求婚してきたのは、その二人のうちのどちらかと、ヘンリー王子か……」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?
何で?!
何でわかるの!?」
「いや、あれだけ花が舞ってりゃ、誰でもわかるだろう?
――これは、様子を見ている場合じゃないな」
ゼアは俯いて、何か呟き始めた。(いったい何を言っているのかな?)と思っていたら、ゼアは顔をあげてハッキリとした口調で真面目な顔で話した。
「ロザリー。
じつは俺は西の果てにある小さな国の王子なんだ」
「え!? ゼアは、王子様なの!?」
『そうですわよ?
この世界の貴族の名前は〔〈名前〉・〈領地〉〕ですわ。王族は〔〈名前〉・〈国名〉・〈首都〉〕となりますから、名前の長さで貴族か王族かがわかります。
彼は〔ゼア・メイス・リン〕という名前だったでしょう? 〔首都〈リン〉に住んでいる、〈メイス〉王国の、〈ゼア〉王子〕ということですわ』
頭の中のロザリーが詳しく教えてくれた。
ど、どうしよう?
……私、今までゼアに色々と失礼なことしてきたような気がする。
『王子だということはスキルを使って隠していると、ゼア王子が前に言ってましたから、気にすることはないですわ』
そっか、ゼアが〔王子〕ということを隠していたから、ロザリーは私に言わなかったのね。
頭の中でロザリーの解説を聞いていると、ゼアか訝しげにいった。
「やはり、あなたは知らないのだな……」
「…………やはり?」
「俺の知っているロザリーは、俺が王子だとすぐに気付いた。……あなたとは別人だ。
ロザリー。
信じられないかもしれないが、俺は1回〔時〕を越えている」
え?
これにはロザリーも驚いたらしく、何も言わないけど動揺したのがわかった。
「ロザリーが〔黄緑の炎〕で焼かれるのを見るのは、今回で2回目だ」
それって、つまり、私の頭の中にいる“ロザリー”が生きていた頃を知っているってこと……。
ドク、ドク、ドク……と、鼓動が早くなった。
「2回目の時、一瞬あなたの中に、俺が最初に出会ったロザリーを感じた。
あなたが記憶喪失になったのか、あなたの奥底に俺が知っているロザリーが眠っているのかよくわからない。
だが、
俺の知っているロザリーがあなたの中にいるかもしれないのに、他の男との結婚話が進むなんて、見ていられない!」
ドクン、ドクン、ドクンと、鼓動が早くなっていくのが自分でもわかる。
ゼアが次に言おうとしている言葉が、想像できそうな気がするのだけど、不機嫌な顔ばかり今まで見てきたから本当にそうなのだろうかとも思う。
ゼアは静かに片膝をついて、私の右手をとった。
「ロザリー。
ヘンリー王子や他の誰かではなく、将来、私の妻になっていただけませんか?」
〔愛の花〕が「ブワッ!」と部屋中に舞った。
「愛」を感じたときに、妖精が喜んで舞い上げる〔愛の花〕。
ゼアの花は青色で、キラキラと輝きながら、次々と舞い降りてくる。それはそれは、とても幻想的だった。
これは、ゼアの〔ロザリーへの愛の花〕。
とても温かい気持ちが伝わってくる。
胸のあたりから全身がどんどん熱くなって、ドクンドクンと鼓動が更に早く……
って、
コレ! 私のじゃない!!
頭の中のロザリーね!!!!
『……だっ、だって!
殿方から、このように真っすぐに想っていただいたのは初めてで……!!』
普段は私にロザリーの影響なんてないのだけど、今回は相当ときめいたみたい。私までつられてドキドキして熱くなった。
ロザリー。
良かったね。
すっごく愛してくれてるよ?
部屋中に花が舞うほどよ?
ゼアは、本当はとっても一途なんだね。
「あなたのことも、きっと愛せると思います」
?
「あなたは俺をティアの従者と思いながらも普通に話すし、謝ったり心配したり……。貴族の令嬢としては型破り。
一生懸命で飾らないあなたにも、私は強く引かれています」
……あ、
ゼアは、私を含めて“ロザリー”を大事にしようとしてるんだわ。
普段はぶっきらぼうな喋り方なのに、王子様らしくキチッとした話し方になっているのは、きっと本気だから……。
「えっと……。
……将来……なんですよね?」
私は疑うように聞いた。
「えぇ。今すぐではありません」
「じゃあ、返事は……」
「急ぎません。
あなたに結婚を申し込む人がいるなら、黙って見ていられませんから、私の気持ちを知って欲しかった」
私はその言葉に安心して、胸を撫で下ろした。
ロザリーの幸せは願うけれど、ちょっとこれは私の心の整理も必要。だって、愛し合う2人に邪魔者がくっついていくようなものよ? いたたまれないわ。私の心の整理の時間が必要よ。
ゼアはちゃんと、私の気持ちも汲んでくれる。よかった……。
『私は反対ですわ』
ロザリーが怒りをあらわにいった。
なんで?
ロザリー、あんなにドキドキしてたのに、ゼアのこと好きなんじゃないの?
『今のって〔浮気発言〕ですわよ?!』
え?!
どこが!?
『私は確かにこの体の中にいるけれど、何かにふれた時の手の感触とか感じませんのよ?
あなとゼアが仲良くしてたら、目の前で浮気されてる気分になりますわ!!』
えぇ――――――――――――!?
ゼアはどんな形でも良いから、ロザリーと一緒に生きていきたいだけなんだよ?
ゼアが他の人と結婚した方が良いというの?
『他の人とも嫌ですけど!
乙女心は複雑なのですわ!!
あなたの事は仕方がないから、友達として……とかなんとか言えばいいものを!
あなたにも惹かれているですって!?』
私がすぐに断らないないように、ゼアなりに考えただけだろうにと思うけど、ロザリーが嫉妬の炎でメラメラになった。
ロザリーをどうやって鎮めようと思っていたら、ゼアの声が聞こえた。
「覚えておいてほしいのは、私も王子であるという事です」
言いながら、ゼアが目を伏せて切なそうにするので心配で覗き込むと、ゼアは私の右手にキスを落とした。
そのために目を伏せたのか――――――!
ゼアは、私の右手の甲にキスをしたまま、私の目を見て話を続ける。
静かに、ゆっくりと……。
でも、反対に私の心拍数は何かを予感して、どんどん上がっていった。
「王子なので、実は、私も我儘です。
ほしいものは、必ず手に入れる」
強い決意を持った言葉だった。
ゼアの瞳は真っ直ぐに私を見つめいて、ずっと目が離せないでいる……。
体の中は『きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』ってロザリーが大騒ぎ。ゼアの真剣な想いが伝わって何よりなんだけど、ちょっと……落ち着いてくれない?
心拍数上がるし、体温も急上昇して、自分でもわかるほど耳は真っ赤で大混乱なのに、ロザリーがどんどんどんどん心拍数を上げていく。
遂に私はドキドキに耐えられなくなり、オーバーヒートした。
分かりやすく言うなら、
ボンッ!
って頭から湯気が出て、私はゼアが降らせた花が降り積もった床に倒れた。
*
*
*
*
*
「ヘンリー王子!」
バルコニーにいるヘンリー王子を見付け、護衛のジェイクとフォスターが駆け足でやって来た。
そして、王子を見るなり
「……お、王子。
一体どのような事をしたら、そんな所に口紅が」
と、思わず口にした。
ヘンリー王子の、タキシードの下に着ている白いベストの胸からお腹まで飛び飛びになりながらもワイルドに、少しピンクの入ったオレンジ色の
口紅の後が付いていた。
(護衛の自分達をまいて、何処にいったのかと思いきや、どんないやらしい事をしたんだ!?)
と思っているのが護衛の顔に出ていて、ヘンリー王子は面白くてクスクス笑った。
「大丈夫だ。
君達の思っているような事は何も無いよ。
残念ながらね」
このまま、何かあったと皆に勘違いさせて、ロザリーを外堀から固めていくのもアリだなと思いつつも、今日はその作戦は止める事にした。
(今日はもう充分追い詰めて、僕の気持ちに気付いてもらえたから、いっか)
ヘンリー王子は口紅のついたベストを脱いだ。




