第3話 火の魔法は思いきり叫んで(挿絵有り)
教室で自己紹介があった後、早速魔法の授業になった。
自己紹介は、盛り上がった。
このゲームの舞台のアルムス王国のヘンリー王子と、滅多にいない「光の魔法」を使えるティアが同じクラスという事で、クラスメイトは皆歓声を上げた。このクラスになれて良かったと感動している人もいた。
自己紹介が終わると、皆それぞれ用意してきた杖を持って校庭に出た。この授業で魔力の高い人を見つけ、犯人の目星をつけなければ、明日、私は暗殺されてしまう。
緊張するわ。
回りを見渡すと、みんな怪しく思える。
そういえば、ティアのお付きのゼアに、さっき睨まれた。自分の御主人に冷たい態度をとった私を抹殺しようと思ったかもしれない。
もしかしたらティアが、嫌みったらしい態度を取る私に殺意を抱いたかも!
ヘンリー王子も優しそうに見えても、態度がでかい私に殺意を抱いているかもしれない!!
頭の中がグルグルなってきた。
『私達まだ何もしてませんわよ?
嫌みなら言いましたけど』
なら、これから怨みをかうの?
『そうかもしれませんわね。
とりあえず、あなたは落ち着いた方が良いですわ』
……そうですね。ごもっともです。
私はロザリーの意見を聞いて、落ち着くと同時にテンションが下がった。
えぇ。私は空回りしてますよ。全てはあなたのためですけどね。
少しやさぐれていると、先生が校庭に現れた。
「ぼっ、僕はヨドと申します。
み……皆さんに魔法の実技を教えていきます。
ど、どうぞよろしくお願いいたします」
自信なさげにそう言って、ヨド先生がペコリとおじぎをした。
二人目の攻略対象だ!
深い緑色の髪。長めの前髪、メガネをかけて、ちょっぴり猫背! だけど『魔法に凄く詳しそう』っていう雰囲気がある。
ヨド先生は魔法の実技を頑張っていると、成績に関係なく好感度が上がっていく。
内気なヨド先生は好感度が上がると、甘々に甘やかしてくれるという大人の余裕のドキドキシーンがあるらしい。体験版に付いてた冊子に書いてあったわ。
……えらくドギマギしている先生だけど、“大人の余裕”? ……ホントにあるのかな?
まだ、ティアと出会ったばかりで何もドキドキシーンは無いだろうけど、私の胸は高まってきた。
こっそり2人の様子を盗み見しててもいいだろうか?!
「よろしくお願いいたします」
と生徒の皆もおじぎをして、ヨド先生に丁寧に挨拶をした。さすが貴族向けの学園。授業の挨拶にも品がある。挨拶が終わると、さっそく授業に入った。
「たっ、大気の中には目には見えないけれど、たくさんの精霊がいます。せ……精霊達に呼びかけ、従わせる事によって魔法は発動します。
きょっ、今日は簡単な火の魔法をやりましょう。
ひ、火の精霊は大きな声に反応しやすいので、思いっきり叫んでください。
じゅ、呪文は"燃え上がれ、炎よ"です。
なっ、慣れたら"炎よ"と言うだけで、杖の先に火が灯るようになります」
そう言って、ヨド先生は「炎よ」と呟き、小さな炎を出して見せてくれた。
「しょっ、初心者の皆さんは、全力で叫ばないと炎が現れませんから、頑張って叫んでください。
さ、さぁ、順番にやりますよ」
ヨド先生がそう言うと、先生の近くにいた人から火の魔法に挑戦していった。
確かに火はなかなか出ない。
必死に叫んで、やっと出ても蝋燭の炎といった感じだった。
皆、一生懸命に「燃え上がれ! 炎よ!」と叫んだ。
ヘンリー王子はバスケットボールぐらいの大きさの炎を出して、皆を興奮させた。さすが王子様。
ティアは苦労して頑張って、線香花火のような小さな小さな火だった。可愛いすぎる!!
『ヘンリー王子は出来て当たり前ですの。王族は家庭教師を雇って、魔法のレッスンを受けてますのよ。
もちろん、上流階級のこの私も』
へぇそうなんだ。英才教育なんだね。と感心していたら、
「つ、次っ、ロザリーさん!」
と先生に呼ばれた。
……私もやるの?
『あたり前ですわ』
ぎゃぁぁぁ! 盲点だった!!
ごめんね! ロザリー!!
私、できる気がしない!
大恥かいちゃう!!
『英才教育を受けている私の体です。
気にせずに、とにかく堂々とおやりなさい』
ひゅょぇぇぇ!
私の顔が青ざめていくのが、自分でもわかる。
堂々と! 堂々と! って思うのだけど、腕はガタガタ震えがとまらない。
そんな私を見てヨド先生が言った。
「きょっ、今日は"魔法を使えた"という喜びを皆に味わってほしいんです。
ロ、ロザリーさんまでのクラスメイト全員が魔法使えたでしょ?
だっ……大丈夫。
ぼ、ぼぼぼ、僕を信じて、叫んでみてください。
ロっ、ロザリーさんも魔法を使えますよ」
せっ、先生!
なんて自信なさげに話すのですか!
私を勇気づける時も、どもらないで下さい!
初めて魔法を使う身としては不安しかないです!
う……うぅ。嘆いていても仕方ない。
まずは挑戦よね。
私は勇気を出して、とりあえず堂々と偉そうに顎を振り上げながら杖を構えた(偉そうに顎を振り上げるのがロザリーの癖だからね、こういう時も忘れずに実行する私、偉い)。
余裕の表情も頑張って作ってみるけど、額には汗が滲んできた。
私は慎重に構えながら考えた。
さっき、ヨド先生は叫ばなくても炎を出した。
これは何か魔法を使うにあったってのポイントがあると思われる。
大気中の精霊達に命令……。
命令するのだから、言うこと聞かせるほどの"強さ"とか"品"が必要という事だろうか?
とすれば、声は少し低めの張り気味で、しっかり音を噛み、大きな声でやってみよう。
長年声優の養成所に通っていたからね。大きな声には自身があるよ。
大きな声を出すには、口を閉じたまま"ニッ"と笑って、鼻で息を吸って、鼻腔の構えをそのままに……。
そして、ここで杖を振りながら呪文を唱える!
〈《燃え上がれ!炎よ!!》〉
あ! 何かそれっぽい声になった!!
魔法! って感じ!!
(杖も何か光ってるし、ホントそれっぽい!)と思った瞬間、杖の先から紫の光の線がビーーンと現れた!!
やった! 何か出た!
私にも魔法が使えるのね!
ボイストレーニングの個人レッスンにも通ってて良かっ……
「ブボゥン」
え?
杖から出た紫の光の線は、校庭の端にあった木々を覆い尽くした。
……えぇ。
まさに"炎が燃え上がって"おりました。
命令通りに……。
皆、目の前の非現実的な光景をすぐ理解出来ない様子で、ポカンと口をあけていた……。
もちろん私も。
見渡す限りの校庭の木々が、大きな紫の炎でゴウゴウと燃えている。
そのうち女子生徒は悲鳴を上げ、男子生徒の誰かが、
「ひぃ……! 悪__」
と言いかけた所でヨド先生が豪快に笑った。あの自信のなさそうな人が……だ。
「はっはっはっはっは!
僕のアドバイスをここまで再現出来る生徒がいるなんてとても嬉しいです。初めての魔法の授業で、これだけの力を出せるなんて凄いですね。
でもちょっと待ってね。
先生方を呼んで先に火を消しますから」
そう言ってヨド先生が杖を振ると、黄緑の光が弾けて、その後すぐに他の先生方が校舎から駆け出してきた。
もしかしてヨド先生は、さっき私がクラスメイトから"悪魔"って言われるのを遮ってくれたのだろうか? "悪魔"じゃなくて"悪夢のようだ"とかかもしれないけど……。
そう思っていると、
「何だ! この悪夢のような光景は!!
ドラゴンに襲われたのですか!?」
駆けつけた男性の先生が大きな声で叫んだ。(そうですか。さっき男子生徒が言おうとした言葉の正解は、"悪夢"でしたか……)ヨド先生のフォロー、全て水の泡。
一方、ヨド先生はそれを気にした様子もなく爽やかに「あはっ」と笑ってから、
「火を消すのを手伝ってください」
と、駆けつけた先生にニコニコしながら頼んだ。
誰もが青ざめるこの状況で、ヨド先生だけが余裕を持っていた。
消火作業のため、授業は中止。今日はもう家に帰るようにとのこと。
まだ私の後にも火の魔法に挑戦してない人が何人かいたのに、皆さんごめんなさい……。
ロザリーも、ごめんね。全員を観察出来なかった。私の後に犯人がいたかもしれない。
『あら、構いませんわ。あなたの後は3人だけだし、今の段階で疑わしいのはヘンリー王子とティアよ。
この二人にとりあえず警戒しましょう。
そのうえで、あなたの後にやるはずだった3人にも気をつければ大丈夫じゃないかしら』
わかった。
今の段階での容疑者はヘンリー王子とティア。そして魔法を使うのを見れなかった3人ね。
そういえば、ティアは線香花火ぐらいだったのに、警戒するの?
『可愛い子ぶって、能力を隠しているだけかもしれないでしょ?
クッキー対決の相手は彼女だったのよ。どんな形であれ、戦う相手に警戒するに越した事はないわ。
それにしても、あなた魔法の才能があったのね。あれだけの力を見せていれば、明日は犯人もやる気を無くすんじゃないかしら?
これはかなりの牽制になるわよ。よくやったわ!』
誉めてくれて、ありがとう。
"悪夢のような光景"と言われ、最悪の学園生活のスタートを切りましたけどね……。
あのあと皆からめっちゃ避けられて、腫れもの扱いだったわよ。
『何を言ってますの?
学園は友達を作るために通うわけではありませんわ。勉強をするために通うのです。友人が欲しければ、貴族の社交パーティーで作りますから何の問題もなくてよ。
むしろ、今日はクラスの皆に、差を見せつける事が出来て、鼻が高いですわ』
へ、へぇ……。
貴族の人って逞しい考えだね。
ロザリーがこんなに喜んでくれるなら、校庭の木を全て焼き尽くした事は気にしなくていっか。
『そうよ。あれだけ力を見せれば、私を殺そうとすると返り討ちにあうかもしれないと思うでしょ?
これで、犯人が諦めるかもしれなくてよ?』
あ、確かに!
諦めてくれると良いね。
荷物を取りに教室に戻り、帰り支度をしている時、ティアと目が合った。
「先程の魔法。素晴らしかったです。
私もロザリー様を見習ってがんばります。
では、また明日」
クラスの皆が私を避けるのに、ティアは優しく声をかけてくれた……。胸が熱くなって、すぐに言葉が出てこない。自分で思った以上に、クラスの皆から避けられる事が苦しかったらしい。
帰ろうとするティアに慌てて、必死に返事をした。
「っ……ありがとう! またあした!」
ティアは本当に何ていい人なんだと思ったその時、ボソッと声が聞こえた。
「あなたのせいで私は魔法を使えませんでした」
ぎゃぁぁぁぁ! ゼアだ!!
めっちゃ睨んでる。私のせいで魔法を使えなかった3人のうちの1人だったか!!
ティアのお付きなのに、授業の時は離れていたの?!
『いえ、ティアを優先して、自分の事は後回しにしてただけですわよ』
ロザリーが頭の中で口をはさんできた。
さすがロザリー。
授業中も回りの事をよく見てたね。
「ご、ごめんなさい。ゼア。明日は気を付けるわ」
私がそう言うと、ゼアは驚いた顔をして少し固まっていた。
そして、何も言わずにフイッと踵をかえしてティアを追いかけて行った。
今の段階で、1番の容疑者はゼアね。
主の邪魔をする悪役令嬢が邪魔になって……暗殺!
ありうる。大いにありうる。
明日は、水の魔法の授業。
明日のイベントで私は焼き殺されるかもしれないから、真面目に授業受けて、水の魔法を習得しなければ!