第21話 肉を骨から引き剥がす(挿絵有り)
「ロザリーお嬢様、朝にございます」
メイドさんの声がする……。
窓の外では小鳥たちが元気に鳴いている。
今日も爽やかな朝……なのだけど、体が重くて起きられない。瞼がとても重い。
全力で目を開けようとしても、(瞼ってこんなに重いものだっけ?)っていうぐらい重い。
「……おこして」
と、唸るようにお願いするのが精一杯だった。
すると、メイドさんが布団の中に手を入れ、薄い掛け布団ごと私のウエストをガシッと掴み、引き上げた。
クレーンゲームの"ぬいぐるみ"になったみたい!
その驚きで目が覚めた。
「おこして」と言ったけど、まさかクレーンゲームのように掴まれるとは!
こんな起こし方をしてくれるとは思わなかった。
「困ります。おきてください~」って嘆かれると思ってた。
「もうちょっと寝させて〜」とか言って時間稼ぎをしようと思ったのに、ロザリー付きのメイドさんは、主人の要求を確実にクリアしていくのね。
さすがだわ。
『あたりまえですわ。
うちのメイドは優秀ですの』
あ!
ロザリー!!
私、元の世界に帰れなかったわよ!
『そんなこと言っても、私達わからないもの同士で話し合っても正解なんて出ませんわ。
とりあえず私として、生きなさい』
う……他にどうしようもないから、そうするしかないのか……。
でも、一人暮らしとはいえ、そのうち両親が心配しだすだろうし、何より私の体が餓死してしまう。
…………ちょっと今、想像してしまった。
『ねぇ。私思うのですが、ここはゲームの世界ですから、あなたの生きている世界とは時がすぎる早さが違うのではないかしら?
あなたの世界のことはわかりませんけれど、ゲームって短時間で遊ぶものでしょう?』
!!
そういわれるとそうかも!
ゲームではポチポチボタンを押していたら、すぐにゲームの中の一週間がたつわ!
イベントの映像やゲームがあっても、一週間に10分かかるかかからないかかも!
イベントの発生とか何もなければボタン連打で、10秒で一週間が終わるわ!!
『なら、まだ三日目の朝ですから、あなたの世界では10分もたっていない可能性が高いですわね』
ロザリーすごい!
そうかも!!
『本当はどうかわかりませんけれど、これであなたの心配は軽くなりまして?』
そうだね! 軽くなった!!
心が軽くなったので、ふら〜っとベッドから立ち上がり、メイドさんに促されるまま制服を着た。
昨日は本当に濃い1日だった。
次の日、重力を2倍に感じるほどに。
あぁ、体が重くてフラフラする。
「お嬢様……」
はっ!
だらしがないとメイドさんに怒られる!?
「アイザック氏から、昨日ロザリー様は学園でとても御活躍されたと聞きました。
私共は大変誇らしいです。
あの男、やっとロザリー様の素晴らしさがわかったようですわ。今頃気付くなんて、愚かな男です」
メイドさんが不気味な笑みをうかべた。
怖い……!
初めて会ったその日から、このメイドさん怖い。
なんだろう? "愛が怖い"って感じかな?
この人の期待を裏切ってしまった時、はたしてどうなってしまうのか……。
重圧を感じるわ。
なんて答えよう……。何か答えなきゃ。
私は緊張しながらも、高笑いをすることにした。
「ほっ、ほっ……ほ!
本当に愚かな男よね。
さ、さぁ、朝食を持ってきてちょうだい!」
そういって、顎を振り上げた。
するとメイドさんはニコニコ顔で朝食を持ってきてくれたので、どうやらこの返事で正解みたい。
ごはんを食べて、足元が見えないぐらいのクルックルカールをしてもらい支度を終えると、今日もプリンセス馬車で学園だ。
おとぎ話のお姫様が乗るようなロザリーのプリンセス馬車で学園にむかう。
もう乗ることはないと思っていたプリンセス馬車。
せっかくだから今日も気分転換にプリンセスごっこよ!
「おはよう。ステキな朝ね」
「あなたの帽子、とてもいいわ」
など、曲線を多く取り入れた白いプリンセス馬車の中から、道行く人々に声をかけた。
馬車の窓もカーテンも閉まっているので誰にも聞こえない1人遊びは、今日も現実逃避にもってこいだった。
人が横切っていたりして、馬車が止まらざるをえない時なんかは、長ゼリフのチャンス!
「おはよう。
太陽が眩しい、ステキな朝ね。
今日はきっと、ステキな事が起こるわ」
と、お姫様っぽくノリノリで言うと、今日という日が本当に素敵な日になりそうで、自分で言っておきながらワクワクした。
プリンセスごっこ楽しいわ!
今日は偶然にも、プリンセス馬車を見て手を振ってくれた人がいたので、より一層プリンセス気分を味わえた。
きっと、この馬車の御者をしてくれてる人の知り合いね。
すごい偶然!
おかげで良い気分転換になった。
昨日は校庭を紫の水で沈めて、放課後はヨド先生に燃やされたからな……。
学園についたら、きっと今日もヒソヒソ話されるに違いないわ。
『わかっていると思いますけど……』
えぇ。
ヒソヒソ話は無視。
でもあまりにも気になるようなら、"胸を張って、顎を振り上げる"のよね?
『そうですわ』
ドキドキしながら馬車をおりて、校舎への長い道のりを歩くと……。
あれ?
誰もヒソヒソ話をしない!
やったわ!
皆の誤解がとけたのね!
そうよ!
だって、きのうは家庭教師のアイザック先生が学園に来て、紫の水に沈んでしまった校庭をもとに戻してくれた。
クッキー対決で私はなにも魔法を使ってない。
皆と変わらない普通の女生徒だとわかってもらえたのだわ! きのうヨド先生が“闇の魔法は怖くない”って皆に説明してくれたものね!!
喜んでいると、違和感が……。
皆、私を見ると立ち止まる。
私の視界に入った人は皆、動かなくなる!
何? コレ!
これって……
"だるまさんがころんだ" だわ!
話している人はいない。
ヒソヒソ声も聞こえない。
いったい何が起きているの?!
どうしたらいいのかわからないので、とりあえず教室に行くと、全ての謎が解けた。
「「「「「「幽霊だ~~~~~~~!」」」」」」
クラスメイトが一斉に叫んだ。
なるほど。
幽霊と思ったのね。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「暗黒令嬢が来たぁぁぁぁぁぁ!」
「昨日ヨド先生に燃やされたはずなのに何故!?」
「やっぱり暗黒界の人間は普通じゃないのよ!!」
「地獄からよみがえったとでも言うのか!」
えぇ?! また皆が想像を膨らませてる!!
『ふふふ。
"地獄から甦った令嬢"というのも、なかなか良い響きですわね』
ロザリーは、喜んでいるけど、私は腹がたった。
「それって、私が退治されるべき人間だってこと?
私、あなた達に何かした?
私はただ、授業で魔法の失敗をしただけよ?」
「でも! きのうの放課後は、校庭がまるで戦場のようでしたわ!!」
5,6人で集まっている女生徒の一人が、恐る恐る主張してきた。
彼女が言っていることは、本当なんだと思う。
燃やされてたから、私は知らないけど。
「私、放課後は何も魔法を使ってないわよ?」
教室の中がし〜んとした。
「あれ? 確かにそうだな」
「巨大な精霊が2体も現れたのよ?!」
「ヘンリー様や護衛の方々《かたがた》が魔法を使って、それはそれは激しい戦いだったのに!?」
「たしかに、ロザリー様は何もしていない……」
「そう。本当に何もしていないのよ。
クッキーすら焼けなかったわ」
「え……。それって…………」
「私は皆と同じ“普通の人間”ってこと」
ここでクラスの緊張がとけた。
ようやく本当に誤解が解けそう。
「なぜヨド先生はロザリー様に攻撃を?」
「ヨド先生が悪霊にとりつかれたからですわ」
「ティア!」
途中でティアがゼアと一緒に教室に入ってきた。
「おはようございます。ロザリー様。
昨日は大変でしたね。お体はもう大丈夫ですか?」
「おはよう。
ティアのおかげで元気よ。きのうはありがとう」
ティアが入ってきたおかげで、やっと皆が落ちついて話しを聞いてくれそう。
「ロザリー様。
私にもぜひ、"ボイストレーニング"というものを教えていただきたいですわ」
ニコッと笑うティアに続いて、クラスの皆も「ぜひ知りたい」と言ってくれた。
「昨日の巨大精霊は凄かったもんな」
「そうなのか?」
「お前、見てないのもったいないぞ」
「私も精霊を呼び出せるようになりたいですわ」
と、昨日の放課後“クッキー対決を見た人”、“見てない人”、“途中で逃げた人”。昨日の放課後の話で盛り上がった。
私も見たかったなぁ。
すご〜く、美人の精霊だったみたい。
「あら、皆様もすぐに出来るようになりますわ」
「とっても簡単ですわ」
そこで、マリーとスピカが教室に入ってきた。
「マリー! スピカ! おはよう」
「おはようございます。ロザリー様!」
「ロザリー様、おはようございます」
挨拶をすると、マリーは笑顔で皆の方向にクルッと向きを変えた。
私にかわって、〔水の魔法〕の唱え方の説明をしてくれるみたい。
「肉を骨から引き剥がすのですわ」
……マリー!?
「とっても簡単ですわ」
……スピカ?!
この時、この教室の中だけ、時が止まったように感じた。
クラスメイトの顔から血の気が引いていく。
「ちょっ、ちょっと、マリー?!
誤解を生むから、まっ……」
私は止めようとした。
したけど、間に合わなかった。
「ヤッホー! ってやりますの!!」
「とっても簡単ですわ」
そこからは、もう、すごかった。
クラスの皆が全身を使って叫びあげ、大混乱になった。
皆は、自分の肉を骨から引き剥がす姿を想像したみたい。
「〔肉〕を〔骨〕から引き剥がす!!」
「とっても簡単だと?!」
「それを“ヤッホー”ってやるのか?!」
「ぜんぜん簡単じゃないですわ!!」
「イカれてる!!!!」
「ロザリー様が昨日の放課後、魔法を使わなかったのは“普通の人”だからじゃない!
“使う必要がなかったから”だ!!」
「もしくは、二人に行なった人体改造の成果を確かめるため!?」
「やはりロザリー様は間違いなく“暗黒令嬢”だ!!」
気絶する人。叫びながら壁を殴る人。頭をかかえて走り回る人。ものすごいパニック状態になった。
「あれ?
どうなさいましたの? 皆様?」
「……マリー。ちょっと言葉を間違えてるわ」
「え?! すみません!!
では、誤解を解くために、私が皆様にお手本をお見せいたしますわ。
皆様。こうやるのですわ……」
と、マリーが両手を顔に持っていくと……
「やめてくれぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「朝からスプラッタなんて見たくないですわ!!」
「グロイグロイ!」
「いやぁ! やめてぇぇぇぇ!」
皆が悲鳴を上げた。
ただ手を顔の近くに持っていっただけなのに……。
マリーは何故皆がおびえるのかわからないみたい。「? ロザリー様。皆様どうなされたのでしょう?」といっている。
「鼻のつけ根をちょっと押して筋肉を持ち上げるだけなのに、今のマリーの言い方じゃ、肉を引きちぎるみたいでしょ?」
「まぁ! 本当ですわ!!
言葉って難しいですわね」
「私……マリーの言葉に何の疑問も抱きませんでした」
マリーとスピカは青い顔をしている。
本当に親切心から、皆に説明しようとしたくれたみたい。
ありがたいのだけど……
そうよね。言葉って難しいね。
とりあえず。こんな状況でティアに説明するのは難しいので、今度ゆっくり教えると約束した。
「はい。ロザリー様。
今度ゆっくり教えてくださいませ」
ティアが満足気に微笑んだ。
すると、クラスの皆が集まってきた。
「暗黒令嬢ロザリー様!
人体改造は何とか思いとどまってください!」
え?
「肉を引き剥がそうが、持ち上げようが、流血はまぬがれません!!」
「私達は、憐れな、普通の人間です!」
「お願いです! 私達に人体改造をしないで下さい!」
ええ?!
私をどんな人間だと思っているのかしら?
皆、勝手にどんどんグロい方に想像を膨らませている!!
誤解を解くべく、慎重に言葉を選んで返事をした。
「大丈夫よ。何も気にしないで?
私も普通の人間よ?
人体実験なんかしないわ」
これで伝わると良いのだけど……。
「「「「ありがとうございます!」」」」
「広いその心に感謝します!」
「さすが暗黒令嬢ロザリー様!
一般人には手を出さないでくださると!!」
「人間のフリをするには、自分の周りを普通の人間でかためないと、暗黒界の人間だとバレてしまう!
だからあえて我々を人間のままに!!」
「素晴らしき作戦です! ロザリー様!!」
「「「「「あなたが我々に〔人体改造〕をしないと約束してくださるならば、我々はこの学園にいる間あなたの配下に加わります!!」」」」」
すんごい息の合った返事。
学園3日目の朝。
驚いたことに、想像力豊かなクラスメイト達が自ら私の配下に加わりました。
もちろん私の頭の中のロザリーは、とても喜んだ。
『オーッホッホッ! 部下が増えましたわ!!』
クラスメイトが〔配下にくわわる〕って、もはや恋愛シュミレーションゲームの世界から道をはずれてるよね。
何をどこで間違えたのだろう?
その後、ヘンリー王子が花を舞わせながら教室に入ってきたんだけど……。
クラスの皆は「さすが王族! 美しい!!」と見とれていた…………。
ねぇ、ロザリー?
本当にヘンリー王子は私のこと好きなの?
会う前からずっと花を舞き散らしてきたみたいよ? 別の誰かに会って、いい感じになったから機嫌がいいんじゃないの?
『なら、本人に直接聞いてみるといいですわ。
あれこれ想像したって、相手が何を考えているかは聞いてみないとわかりませんことよ?』
えぇ!?
そんなこと言ったって私には聞けないよ!!
この日、一日中ヘンリー王子は花を舞わせて上機嫌だった。…………何があったんだろう?




