第16話 クッキー対決
放課後、ティアと私は校庭に降りる階段の途中の踊り場で向かい合った。
それぞれの前にある長テーブルには、クッキーの材料が置いてある(クッキーの材料はマリーとスピカが用意してくれた。それと、ヘンリー王子と護衛のジェイクとフォスターが何故か机を運ぶのを手伝ってくれた。皆、協力してくれてありがとう)。
私達の周りには見物人が20人ぐらい。少し離れた所には40人ぐらいの見物人がいる。
アイザック先生は休憩なのか、校庭にはいなかった。私が作ってしまった紫の池は、まだ1/3ぐらい残っているから帰ってはいないと思う。
焼き殺されそうになったら助けてくれるかもと期待しているので、早く作業に戻ってほしい。
『あんな男がいなくても、やれるだけのことはやりましたわ。
水の魔法を使えるようになったし、マリーとスピカも水の魔法を使えるようになりました』
ロザリー。本当にアイザック先生の事が嫌いだね。校庭にまだ水が残っているから、もしもの時は校庭に飛び込もうね。
さ、気を取り直して……
「ティア! 勝負よ!!」
悪役令嬢っぽく顎を振り上げて「ビシッ」とポーズをとって言い放った。するとティアが、
「あの……。
この対決のための準備はロザリー様が……?」
「?
皆が協力してくれたから、私は道具を運んだだけよ」
「でも……ロザリー様が仕切ってくださったから出来た準備ですよね……。
ロザリー様。ありがとうございます」
私が一方的に言い出した対決なのに、準備のお礼を言うなんて、なんていい子なの!!
ティアの笑顔が眩しい、眩しいわ!
キラキラ笑顔に花が舞って、立っていられなくなりそうよ。
流石「きらめき☆魔法学園」のヒロイン!
きらめき具合が半端ない!!
クッキー対決の準備をしただけなのに、もう私は負けた気分になってきた……。
『しっかりなさい!
まだ勝負は始まってもないのよ?!』
頭の中に響くロザリーの声で正気を取り戻し、私はクッキー対決に挑んだ。
そして、気がついた事がある。
クッキーって、どうやって作るの?
『あら?
あなた、自信があるのではなかったの?』
いや。だって「きらめき☆魔法学園」のゲームでは1番最初にクッキー対決するからストーリー通り「クッキー対決」って言っただけ。
『私、自信があるのは"火加減"だけです。
対決の時は取り巻きの一人に作ってもらって、私は魔法で焼いただけですわ』
ずるい! 何それ!
ロザリーって実は人の事をよく見てる"いい人"だなって思いはじめてたのに、紛うことなく悪役令嬢じゃん!
『人脈も実力の一つです!
持てる駒を使って何が悪いんですの?』
悪だー!悪、悪、悪、悪、悪!!
"駒"だって!
やる事セコい上に、友達を『駒』と言ったり『部下』と言ったり、何て酷い人!!
『上流階級の者は、皆そういう考え方です。
人脈を使って政治をするのです』
学生のうちから擦りきれた考えね。
それ、考え方を変えた方が良いわよ。そのうち人生つまらなくなるから。
で、クッキーを代わりに作ってくれたのは誰? マリー? スピカ?
『あなた、人の事を散々罵っておいて、やることは一緒ですの?』
だって、作り方わからないんだもの!
『残念ですわね。
マリーでも、スピカでもない、他の令嬢ですわよ。
昨日の放課後、教室で仲良くなるはずでしたのに、あなたが校庭の木を燃やしたせいで途中下校となり、放課後は無くなりましたからねぇ。
私が生きていた時と、お友達が違いますわ』
残念すぎる!
仕方ない。とりあえずやってみるか……。
ロザリーを暗殺しにくる人を探すのが目的だから、対決に勝てなくても良いものね!
ふはっ。ふはははは!
私はヤケクソになり、不気味な笑顔を浮かべた。
まぜれば、良いんじゃない?
材料はマリーとスピカが用意してくれてるから、まぜる量が問題なだけよ。
と、いうわけで私は味見をしながら適当に材料をまぜ、クッキーを焼く事にした。
マリーとスピカは階段の上から、心配そうにこちらの様子を窺っている。
犯人が私を焼き殺しにきたら水をかけてもらう計画だから、2人には見晴らしのいい安全な所にいてもらっている。
対策はバッチリよ!
さぁ、いつでも来なさい! 犯人!!
その頃、職員室に数名の女子生徒が駆け込んでいた。
「ヨド先生、大変です!
ロザリー様が、ティア様に魔法対決を申し込みました!! 何か起きる前に止めてください!!」
青ざめた女子生徒達は口々に言う。
「もう、校庭で対決は始まってます!」
「ロザリー様は何をしでかすかわかりません!」
女子生徒に囲まれ、椅子に座ったままヨドは笑顔で答えた。
「ロザリーさんは真面目な頑張りやさんです。理不尽な事や、無茶な事はしませんよ」
「でも先生! 私達お昼休みに見たんです!
ロザリー様が怪しげな妖術を教えたら、水の魔法を使えなかったマリーさんとスピカさんが、水の魔法を使えるようになりました!」
「このままでは、ティア様が殺されてしまいます!」
「妖術……。
わかりました。とりあえず見に行きます」
自分に殺人容疑がかけられている事も知らず、私は目の前のクッキー生地と戦っていた。
ちょっとベチャっとしてるけど、クッキーの生地っぽくなった。
後は焼くだけ。
ティアはもうクッキーを焼き始めている。
私も急がねば!
マリーとスピカは、もしものために離れた所で杖を構えて見守ってくれている。
『そのことなのですけれど……』
どうしたの? ロザリー。
『器に水を満たす魔法で、どうやって燃やされている私達を助けるんですの?』
あ……。
「先生! 御覧ください!!
ロザリー様がティア様に攻撃しようとしています!!」
校舎から女生徒数人とヨド先生が飛び出てきた。
でも校庭に降りる階段の途中の踊り場にいる私達にその姿は見えなくて、声だけが聞こえた。
逆に、ヨド先生達からはロザリーがクッキーを焼くために振り上げた杖と、その真正面にいるティアの綺麗な金髪だけが少し見えただけだった。
「ダメです! ロザリーさん!!
やめてください!!」
教師ヨドは必死に叫んだ。
後ろからついてきていた数名の女生徒は、恐怖で足を止め「キャァァァァァァァ」と悲鳴をあげた。
遠くで声がした。
クラスの女子が、誰か先生を連れてきたらしい。
ティアに攻撃しようと見えたって、もうちょっと近付けばクッキー焼こうとしてただけっだってわかると思うけど……。と考えていたら、
「人ニ魔法ヲ向ケテハ、イケマセン!!」
え?
(ヨド先生の声?)と思った瞬間、私は〔黄緑色の炎〕に包まれた。
熱くて、息苦しい!
熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い!
「ロザリー!」
(え? 誰の声?)と思ったのも束の間。声が聞こえた次の瞬間、私の周りに〔水の竜巻〕が出来た。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いッ!
〔黄緑色の炎〕で火傷して脆くなった皮膚が、勢いよく水に削られていく。
強い炎だから、それぐらいの水圧がないと炎に負けちゃうんだと思うけど、私も痛い!!!
そして、今度は炎の勢いが強くて、どんとん水が蒸発していっちゃう。
湯気っていうか、水蒸気が熱い!
また〔黄緑色の炎〕に包まれると思った時、〔水の竜巻〕が更に分厚くなった。
〔水の竜巻〕と〔黄緑色の炎〕で、外でいったい何が起こっているのか私にはサッパリわからなかった……。
最初に〔水の魔法〕でロザリーを包んだのは、ゼア王子だった。又ロザリーが焼かれるかもしれないと警戒していたので、とても早い対応だった。
次に〔水の魔法〕でゼア王子に力をかしたのはヘンリー王子だった。
2人共全力で〔水の魔法〕を唱えたのに、ヨドの〔黄緑色の炎〕を消せそうになかった。
「何故ロザリーを焼き殺そうとするんだ!」
〔水の魔法〕を維持しながら、ゼア王子はヨドに質問した。
「学園ノ平和ヲ乱ス者ハ、排除スル。
光ノ魔法使イハ、殺サセナイ」
「こいつはそんな事しない!
クッキーを焼いていただけだ!!」
「そうです! ロザリーは人を殺したりしない!!
あなたも御存知のはずだ!」
ゼア王子とヨドの会話にヘンリー王子も加わり、2人の王子は必死で訴えた。
午前中、ヨドがロザリーへの愛情の花を舞わせているのを目撃したヘンリー王子にとって、ヨドの行動が理解できなかった。
(なぜ愛情を向けた生徒を殺そうとするんだ!
話し方というか、声もなんだか変だし、この〔黄緑色の炎〕はいったい――――――――?!)
ヨドは聞く気を持たず、更に炎を強くした。
熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱いあついあつい!
『あなた。水の魔法を使いなさい!』
自分でもわかってはいるのだけど、息苦しくて呪文を唱えられなかった。
手で口を覆えば、少しは息も吸いやすくなるだろうと腕を上げようとしても、渦巻く炎と水の風圧で腕が上がらない。
燃やされたら、校庭に残っている〔紫の水〕に飛び込めば良いなんて、安易すぎた。全然動けない。
しかも、蒸発した水蒸気が凄く熱くて皮膚がただれるし、喉も焼けてきている感じがする。
『このままでは、また死んでしまいますわ!!』
「ロザリー!?」
ゼア王子は、一瞬本物のロザリーの声が聞こえた気がした。
(炎の中に、本物のロザリーもいるのか!?)




