第15話 闇の魔法 (挿絵有り)
お昼休憩。
魔法の実技担当の教師ヨドと、魔法の授業の手伝いに呼ばれた宮廷魔法騎士アイザックは、食堂で食事をとっていた。貴族向けの学園なので、食堂というよりレストランといった感じである。
水の魔法の授業でロザリーが失敗して、校庭を紫の湖に沈めてしまった。“紫の水”を消し去り、校庭を元に戻す作業はまだ続く。
午後の作業を思うとアイザックはイライラした。
「あのバカ娘。
昨日は家庭教師の時間で1滴も水が出なかったのに、何で今日はあんなに出たんだ!」
「授業を真面目に受けたからですよ。
あなたより僕のアドバイスの方が的確たっただけです」
「何言ってんだ!騎士団では、俺の教え方で隊員はどんどん上達するぞ?」
「宮廷魔法騎士団ですよね?
そこまで登りつめられる人は、もともと魔法に長けています。
何も知らない人に教えるには、もっと噛み砕いて説明しないと」
そうニコニコ答えるヨドを、アイザックはじ〜っと睨んだ。
「お前、変わったな」
「そうですか?」
「ああ。先生になってから、いつも自信なさ気な話し方だったのに、今日は学生時代の頃の普通の話し方に戻ってる」
「それはロザリーさんのおかげですね」
ヨドはクスクスと思い出し笑いをした。
「貴族向けの学園だからプライド高い人が多くて、魔法を上手く使えなかったら“教え方が悪い”って言う人が多いんですよ。
僕はそれに怯えながら、心の片隅では“言われた通りに、まずは全力で挑戦してくれれば良いのに”って思っていたんです。でもね」
ヨドは、だんだん込み上げてくる笑いを止められなくなってきた。
「でもね……。
本当に全力でやると大惨事になるってわかったんです! あっはっはっ!」
右手でテーブルを叩き、ヨドはゲラゲラ笑いだした。
「校庭の木が燃やし尽くされるって、前代未聞ですよ!
はははは!
っ……しかも、今日は校庭が紫の湖に……!
あはははははははは!」
「…………大丈夫か? お前……」
「ロザリーさんのおかげで、悩むのがバカらしくなったんです。
生徒全員がロザリーさんのように全力で魔法を唱えたら、この学園は焼け崩れて跡形も無くなります!
それにね。
皆、昨日のロザリーさんを見て怖がっていましたけど、今日の授業では頑張って全力を出そうとしていたんです。
ロザリーさん効果ですね。
今年の新入生は楽しい事になりそうですよ。
〔暗黒令嬢〕っていう噂だけは、どうにかしたいですけどね」
「まぁ。あれだけの威力の魔法が紫色で発動するのは不気味だよな」
「えぇ。珍しい事ではないと朝のうちに説明しましたけど、何だか良くない取り巻きが出来たようで心配なんです。
ロザリーさんが不良にならなければ良いのですが……」
「ま、大丈夫だろ」
焼き立てのロールパンを頬張りながらアイザックが答えた。そして、牛肉を煮込んだスープを飲んでから話を続けた。
「それより闇の属性が入っている上に、威力が強いのが気になるな。
連合に目を付けられたら面倒だな」
「あ、大丈夫です。
昨日のは“たまたま突風が吹いて燃え広がった”という事にしておきました。
あとは、あなたが今日中に校庭を元に戻してくれれば、問題ないでしょう。
誰かが外に漏らしても、話が大きすぎて誰も信じませんよ」
「だよな。
こんな威力のすんげい魔法、どこの国の王も使えねぇよ。蝋燭の炎が紫になるだけで、皆震えあがるってのに……」
「この学園は強力な結界が張られてますからね。学園にいる間に調整の仕方を覚えてくれれば、平和な人生をおくれます」
「出来なかったら、何れ連合の本部に連れていかれて、何処かの国の時期国王候補として鍛え上げられるか、存在じたいが脅威だと言われ処刑されるかだな」
「そうならないように、午後の授業は内容を変更する予定です――――――――――――――」
「……皆さん、校庭の水はまだ引きません。
本当はこの時間は上級生が校庭を使う予定でしたが、急遽森での魔法実技となりましたので校庭が空きました!
校庭への階段の踊り場で出来る特別授業をやります」
お昼休憩が終わると午後の授業が変更になったとヨド先生に言われ、私達は踊り場に集まった。
「闇の魔法について、もう少し説明したいと思います。
ロザリーさんが出した“紫の炎”や“紫の水”は、厳密に言えば〔闇の魔法〕ではありません。〔闇の属性〕が入って変色しただけです。
では、〔闇の魔法〕とはどんな魔法なのでしょう?
さ、ロザリーさん。
階段を降りてきてください」
そうヨド先生に言われ、階段の途中に座っていた私は、ヨド先生の元に降りて行った。
「ここに学園に住み着いている野良猫がいます」
そう言ってヨド先生がマントの中から黒猫を取り出した。
かわいい〜!!
皆、歓声をあげて黒猫に注目した。
「ロザリーさん。この黒猫に向かって〔闇よ。心地よい眠りをこの者に〕と唱えて下さい」
「え……。
心地よい眠りをこの者に……って、呪文唱えて黒猫が死んだりしませんよね?」
ちょっと心配になって、先にヨド先生に確認をとろうとしたら……
「寝ました。」
黒猫がスヤスヤと眠りについた。クラスメイトは可愛い可愛いと口々に言っている。
確かに可愛い。
「どうです? 怖くないでしょ?
ぐっすり眠れる魔法です。闇の魔法はこういう“落ち着かせる魔法”が多いんです。
闇の魔法が使える人は、他の魔法にも紫の色が入ります。それは〔闇の精霊〕が他の属性の精霊に“力を貸して”とお願いして、魔法の発動を手助けしてくれた証拠です」
なるほど。
魔法が紫なのは〔闇の精霊〕が協力してくれた証拠なのね。
『校庭の木を燃やし尽くしたり、校庭を湖にしたり、ちょっと親切すぎですわね』
……そうだね。ロザリー。
〔闇の精霊〕って、実はとっても親切なんだね。
きっと、私が焦っていたから全力で手助けしてくれたんだわ。優しい精霊さん達だね。
「〔光の精霊〕も同じように手助けしてくれるので、ティアさんの魔法は皆よりも輝いていました。
誰か気がつきました?」
「そうなんですか?
私、自分でも気がつきませんでした」
ティア自身も驚いていた。
〔光の精霊〕が手助けしてくれるのは知ってたらしいけど、魔法が他の人より輝いて発動するのは知らなかったみたい。
ヨド先生のおかげで、クラスの空気が和んだ。
少し離れた所で、私が沢山出してしまった紫の水を元に戻しているアイザック先生と目が合った。
“闇の魔法”を使えて凄いけど、地味だな。
と、馬鹿にしているようなニタニタ顔に見えてイラッとした。
いけない。人の気持ちを勝手に想像するのは悪い癖だわ。
『私もそう思います』
そうだよね。
アイザック先生はロザリーの家庭教師もしてくれているものね。
自分の生徒を馬鹿にするはずが……な…………。
『あの男! 本当に性格悪いですわ!!』
えぇ!?
ロザリー!昨日アイザック先生に馬鹿にされてから、先生の事をすっごく嫌ってるね。
(まぁまぁ……落ち着いて)と頭の中でロザリーを宥めていたら、今度はマリーとスピカが、
「フンッ。〔闇の魔法〕がどうであれ、ロザリー様の実力は本物ですわ!」
「そうです! ロザリー様のような方と共に学べる事を幸せに思うべきですわ!」
と、“闇の魔法は大したものでもない”と納得しているクラスメイトに対して息巻いていた。
ひょぇぇぇぇ!
そんなに力を誇示するような言い方しなくても!
「気持ちはありがたいのだけど、マリーも、スピカも、落ち着いて? ね?」
「ロザリー様がそうおっしゃるなら、やめますけど……」
(チッ。将来大物になる人物にくっついて出世して、私を捨てた元婚約者や私を憐れむフリして人の不幸を話のタネに噂話に花を咲かせる奴等を見返す作戦が!!)
「皆様の態度には納得がいきませんけれど、ロザリー様がおっしゃるなら……」
(自分の利益ばかりを考えて下心満々で近付いた私に親身になって水の魔法を教えてくれたばかりが、安らぎの時間をくれた聖女のような方だと皆に知ってほしかったのに!!)
……なんか、2人とも納得してなさそうだけど渋々言うことを聞いてくれた。
クラスメイトに強く言うのはとりあえず止めたけど、2人はまだブツブツ言っていた。
「……ロザリー様は王になる素質を持っていらっしゃるのに……」
「……ロザリー様が特別視されるのは当然の事ですのに……」
「い……いいのよ。“王になる素質”と言われても、いまいち実感わかないし……」
一生懸命にマリーとスピカをなだめていたら、頭の中でロザリーが、
『フフフフフ。
やはりこの2人はわかっていますわね。
私が王になったら側近として使ってあげても良いですわね』
すっごく、ご機嫌。
やはり悪役令嬢は夢が大きいのね。
ロザリーの夢のために、私は元の世界に帰るために、放課後のクッキー対決でロザリーに暗殺を仕掛ける人と戦わねば!
私は真剣にそう考えていたつもりだった。
でも、心のどこかで“乙女ゲームの中”と甘えた考えをしていた事に後で気付く事になる。




