第11話 スピカの過去(挿絵有り)
スピカの母は元々町人で一般市民だった。街のお祭りに飛び入り参加してピアノを弾いていた所を、たまたま領主の息子に見初められ結婚。
誰もが羨むラブロマンスなのに、スピカの母はそれで満足しなかった。
「男爵で満足してはダメよ。
もっと上を目指して下さい。あなた」
町人から男爵家に嫁いだだけでも、贅沢な暮らしになったであろうに、彼女は更に贅沢な暮らしを求めた。
スピカの父はおおらかなので、もっともっとと言われても、
「そんなに僕の可能性を信じてくれているのかい?こんなに奥さんに信頼されて、僕は幸せものだ」
と笑顔でかわしていた。
スピカの父は“他人を蹴落としてでも上に”というタイプではなかった。皆で仲良く平和に暮らせればそれでいいという考えの持ち主。スピカの母とは逆で、欲の無い人だった。だから、お祭りで楽しそうにピアノを弾いていたスピカの母と結婚したのだろう。
夫に出世の野望がないと知ったスピカの母は、今度は娘に希望を託す事にした。
「手に職をつければ、身分も超えられる。
町人だった私は、男爵家が精一杯だったけれど、下級でも貴族に生まれたあなたなら、もっと上の上流貴族に見初められる可能性がある。
今からピアノを習うのよ!」
スピカは2歳からピアノを習い始めた。
ピアノのレッスンは苦ではなかった。母の野望は知っていたけれど、子どものスピカにはいまいちよくわからず、ピアノのレッスンはただ楽しかった。
レッスンを受けていれば「次はこの曲がいいのでは?」と母が何かと気にかけてくるので、スピカは嬉しかった。
ちょっとしたパーティーを開く時は必ずピアノを弾かされ、そのうち大人達から「ピアノの妖精のようだ」と言われるほどの腕前になった。この事にスピカの母は上機嫌になり、娘への愛情を深めていった。
そして、スピカが12歳になった頃……。
「あなたほどピアノを弾ける令嬢はいないわ!
噂も充分広がったし、そろそろ身分が上の貴族を招いてもいい頃ね。
さぁ、どんなドレスにするか考えましょう!
スピカ、思いっきりオシャレして目立つのよ!!」
母の気持ちは高ぶっていた。
スピカは、上流貴族に興味はなかったが、母が喜んでいるのでワクワクしていた。
「ピアノの妖精」と噂されるスピカのお披露目をしようと開いたお昼のパーティーで、悲劇は起こった。
その日はスピカの母の誕生日。
噂の「ピアノの妖精」を見たいと、今年は上流階級の貴族も何人か来てくれた。その中の1人が「娘が噂を聞いて、友達になりたがっている」と、もうすぐ16歳になる娘を連れてきた。とても美しく、何より笑顔が可愛い人懐っこい令嬢だった。
「私、あなたとお友達になりたくて、お父様に無理をお願いしてついてきたの!
ねぇ、私とお友達になって!!」
スピカの両手をとり、明るい笑顔で彼女は言った。
とても嬉しかった。
スピカの母も、上流階級の友達が出来ると更に出会いのチャンスが増えるので、とても満足していた。母のシナリオ通り。いや、それ以上の良い流れだった。
こうして、2人は友達になった。
スピカが家の庭を案内したあと、令嬢は会場内にあるピアノに気が付いた。
「あら! 何て素敵なピアノなの!!」
娘に上流階級の友達が出来て、さらにピアノに気付いた! これはスピカの腕前を披露する良い流れである。母は雑談に夢中になっている大人達が、ピアノの存在に気付くキッカケ作りにと、令嬢にピアノを勧めた。
「どうぞ? さわってみますか?」
ぎこちないけれど、ワクワクが止められないといった様子で令嬢は鍵盤を弾いた。まだピアノを始めて4ヶ月という彼女は右手でポンポンポンポンポン♫ とデタラメに指を動かし、ピアノを弾けるフリをして楽しんだ。
それを見てスピカも楽しくなり、2人で〔なんちゃってピアニスト〕ごっこをして遊んだ。
譜面を気にせず、気分だけで適当にピアノを弾くのは初めてだったので、スピカにとってとても新鮮で楽しい時間だった。
「なんて素晴らしいメロディなんだ!!」
2人がピアノで遊んでいた音が、大人達の耳に止まった。ピアノの周りに人が集まり、スピカの母は上機嫌である。
(スピカの音色に皆が気付いた!! いよいよスピカが〔ピアノの妖精〕だと、皆が知るようになる!)
母の顔から笑みが溢れた。
「流石上流貴族のお嬢様。素敵なメロディです。
噂の〔ピアノの妖精〕はあなたでしたか」
たっぷりヒゲを蓄えた体のデカイ男がそう言った。
(え? 何を言っているの?ヒゲもじゃ)
母は男の言葉が、よく理解できなかった。
(ピアノを上手く弾けるのは、その金持ちの娘じゃなくて私の娘よ?)
そこで、令嬢が男に訂正に入った。
「あはっ! それは違います。
私はデタラメに弾いていただけ。噂の〔ピアノの妖精〕はこの子。スピカの方です」
令嬢は笑顔で否定した後、スピカを前に押し出してスピカを褒めた。
スピカは嬉しかった。
思い返せばピアノの練習ばかりで、同年代の友達とこんなに仲良く遊んだ事などなかったのではないだろうか? しかも彼女は心から自分を褒めてくれる。ピアノを続けていて良かったと思った。
(そうよ、そうなのよ。もっと言ってやって!)
母は憎しみにも近い感情で、心の中で訴えた。
だが、男達は上流貴族の令嬢ばかりに注目した。
「ドレスもよくお似合いです。妖精のようだ」
「背中のリボンが妖精の羽のようです」
令嬢に否定されたので、大人達は少しずつ話をずらして令嬢を褒めた。
彼等には理由なんて、何でも良かった。
上流貴族の娘の事を褒めたかったのだ。〔ピアノの妖精〕はスピカだと気付いていながら、上流貴族の娘が〔ピアノの妖精〕という事にしたがった。そうすれば、上流貴族と仲良くなれる。
仲良くなれなくても、次に何処かで会った時「あの時のピアノは本当に素晴らしかった。妖精のようでした」とお世辞を言って話すきっかけにすれば自然と上流貴族に取り入れる。彼等はそう思っていた。
一見優雅な会話の裏側で大人達は必死だった。王都住まいの上流貴族との繋がりを誰もが欲しがった。
スピカはただ黙って立っている事しか出来なかった。
「この生地は珍しい。上流階級だからこそ手に入れられる一品ですなぁ」
さっきからやたらとドレスを褒めている。
ここでスピカはやっと気付く事ができた。上流階級との差を……。
スピカが着ているドレスも可愛いデザインでは負けていない。が、上流階級の彼女はレースの白さでさえスピカのものと明らかに違っていた。
スピカのドレスに使われているレースは茶色がかっている。それに対して、彼女のドレスのレースは真っ白だった。他の生地の部分もスピカは無地なのに対して、彼女は花柄の刺繍が入っていて品が増していた。
母が選んだドレスは、自分でもとても気に入っている。けれど、スピカは自分が酷くみすぼらしい存在に思えた。親についてきた令嬢は他にもいた。彼女達と比べればスピカとあまり変わらないのだが、スピカにはもう他の令嬢は目に入らなかった。
次の日、噂の「ピアノの妖精」は上流貴族のあの令嬢という事になっていた。
もちろん母は激怒した。
「スピカの為に〔ピアノの妖精〕という噂を広めていたのに、あの娘が横取りしたわ! まだ右手しか弾けない初心者なのによ?!
しかも、あの娘、今日が社交界デビューだそうよ! 今夜はさぞかし、チヤホヤされるでしょうね!!
これでスピカが上流階級と結婚する大きなチャンスが途絶えたわ!」
怒り狂う母に、父が「まぁまぁ、私達の娘なら大丈夫さ。こんなに美しい子に育ったじゃないか」と言っても、
「上流貴族の財力の前ではスピカなんて霞んでしまうわよ!
昨日だって、誰もスピカを褒めなかった!
まるでそこにいないかのように!! スピカを無視して、上流階級の娘ばかり相手にしてた!
あなたも何か言ってくだされば良かったのよ! スピカが上流階級と結婚すれば、あなたの階級も上がったかもしれないのに!!」
そう言って泣きわめく母を見て、スピカは(あぁ、自分は親の出世の道具なんだな)と悟った。
そして、
(母がこんなにも力を尽くしてくれなければならないほど、自分には魅力が無いのか)
と、思った。
それはスピカにとって、〔ショック〕というより〔学習した〕という感覚だった。
(私は魅力が人より少ない。
だから、誰かの力をかりなければ結婚できない)
父は「スピカは本当に良い子だから、大丈夫だよ」と言ってくれたが、考え中のスピカにその言葉は耳に入らなかった。
「あの子よ。〔ピアノの妖精〕」
「上流階級の令嬢にその名を横取りされたって!」
「可愛そう」
この日以降、スピカは「可愛そう」と噂されるようになった。
お昼のパーティーの次の日、上流階級の令嬢は社交界デビューし、周りの人間から「〔ピアノの妖精〕は正に彼女だ」と言われた。
(そうだったっけ?)と思う者もいたが、令嬢がとても美しいので皆が納得してしまった。
事実を知っている人もいるので、その者たちが「実は……」と噂を広めていった。
パーティーで友達になった令嬢とは、噂のせいで会いにくくなった上に、母が激怒し「またスピカが利用されたら嫌だから」と会わないよう言われてしまった。
スピカは同年代の子と、上手く話せなくなった。
魔法学園に通う事が決まり、スピカは胸に決意を秘めていた。
その頃には妹が生まれ、母は妹に夢中になっていた。スピカはまだ結婚を諦めるには早い年齢なのに、母はもうスピカの事を諦めたのだ。今度こそ、娘を上流階級にとプランを必死に練っているらしかった。
母に見捨てられたスピカは、1人で生きていく事を考え始めた。
(私は魅力もないし、社交性も高くない。
内気で前に出られない私は結婚に希望を持つよりも、権力者に付き従い働くしか道はない。
強い人がいい。
父に似て、どこか平和ボケしていながらも、私の事も引っ張ってくれる強い人について行こう)
そうして出会ったのがロザリーだった。
(紫の炎……。
紫は王になる可能性を秘めた色と、本で読んだ。
だけど王は人前で滅多に魔法を使わないから、それを見れるのはごくごく一部の人間だけ。
お伽話にも近い〔闇の魔法〕を、実際にこの目で見られるなんて…。しかも男性でなく、女性……)
初めての魔法の実技の時間、スピカはロザリーに注目した。
そして、帰りにゼアに謝るロザリーをスピカは見かけた。
(あれだけの力を見せつけておきながら、クラスメイトに謝るなんて……。未来の女王の素質があるのだから、もっと偉そうにしても良さそうなのに……。
根はいい人なのね。
彼女に付いていこう!
校庭の木を焼き尽くすなんて普通の神経ではないけれど、普通じゃないからこそ下級貴族の私でも側近になれるチャンスがあるはず。
将来、女王になるなら、側近も女性にする確率が高い。
彼女の将来性に私はかける!!
アプローチは早い方が良い。彼女が王になる素質を持っていると、皆が気付かないうちに……!)
そんな風に自分の事ばかり考えていた。
ロザリーと友達になれて、将来安泰の希望が持て、生まれて初めて優越感を持った。
お昼休憩に不思議な魔法の特訓を受け、ロザリーに「スピカがピアノを習ってたおかげ」と言われ、マリーは目を輝かせて賛辞を送ってくる。スピカは目が覚めたような気分になった。
(何なの……。この温かい空気……。
……本当の友達みたい。
私はロザリー様に取り入る事ばかり考えてた。
でも、この人達は私の事をよく見ようとしてくれてる……。……私はロザリー様を利用しようとしてたのに)
スピカは決意した。
(私も、今、この瞬間から、本当の友達になれるように頑張ろう!)
「「水よ、器を満たせ!!」」
マリーと唱えた〔水の魔法〕の呪文は、見事に発動した。
足元に置いた、お弁当箱の蓋に水が湧いてきたのだ。スピカは蓋の半分より上まで、マリーは蓋の半分近くまで。
授業中は全然水が出なかったので、とても嬉しかった。
「ロザリー様! 私達、水の魔法が使えました!!」
「奇跡のようです!!」
「やったね! マリー! スピカ!
実は私、人に発声を教えるの初めてだったの。こんなに上手くいったのは、2人が素直に挑戦してくれたからだわ。あと、スピカがピアノを習ってたおかげね」
ピアノを習っていた事を、また褒められた。
よほど助かったのだろうが、(お人好しだわ)とスピカは思った。
(「私を信じてついてきたからだ」と言えば、効率よく私とマリーを従わせやすいだろうに……。「2人が挑戦したから」だなんて、本当、おひとよし)
そう思いながらスピカは、心の底から笑っていた。
「いいえ!
私達が〔水の魔法〕を使えたのは、ロザリー様のおかげですわ!」




