第10話 特訓!「ヤッホー」のポーズ(挿絵有り)
昨日の私の火の魔法を見て、ヨド先生がお友達の宮廷魔法騎士(アイザック先生)をあらかじめ呼んでおいてくれたおかげで、今日はまだ授業をやれるらしい。良かった。
クッキー対決は、お昼休憩にティアが裏庭でこっそり鳥とクッキーを食べている所にロザリーが来て勝負魂に火がつき、対決だと言い出す流れだったはず。
今日のお昼は裏庭に行かなきゃ!
でもゼアってその時、いたっけ?
やっぱり、ゲームにはゼアはいなかったと思うけど……私がプレイしたのは体験版だからかな?
あと、……何で私はヘンリー王子と2人で歩いているのかしら? 特に何か話すわけでもなく、ヘンリー王子はニコニコしていて聞くに聞けない……。
ゼアの事も、ヘンリー王子の事もよくわからない。私は首をかしげながら教室に戻った。
教室の扉を開けたとたん、ざわついた空気が静かになった。クラスの皆が、脅えながら私の様子を伺っている。
私の人気は水の魔法を使う前の、教室から校舎に移動するほんの一時だけだった。
教室に、一歩入れば「校舎が“毒のぬまに”!」とか「そのうち自分たちは生贄にされるんじゃ……」とかヒソヒソ話が聞こえた。
すごい誤解のされよう!
でも、ここで「私はあなたたちを生贄になんてしない!」と言っても聞いてくれなさそうで、言うに言えない。
重たい嫌な空気。
どうしようと戸惑っていたら、マリーとスピカが駆け寄ってきて「お帰りなさいませ。ロザリー様」と言ってくれた。けど……、何か..私は不良みたいだなと思った。
息が詰まる空気の中、明るく声かけてくたのは嬉しいはずなのに、素直に喜べない。
何故、クラスの皆にドヤ顔?!(こんな凄い人とお友達なのよ?フフフン)という心の声が聞こえるようよ?
私は派手に魔法を失敗しているだけだし、そんなにスゴい人間でもないのだけど……。はぁ……。気が滅入る。
ヘンリー王子は、私に続いて教室に入ろうとした所でお付きの2人が駆け寄り「姿をくらまさないで下さい」「自分たちにも声をかけて下さい」と嘆かれていた。
私は自分の席につこうと向きを変えると、ティアと目が合った。「お帰りなさい」と普通に話してくれる。良い子だわ! ティアの笑顔に心が安らいだ。
こういう時は、あれよね。私は悪役令嬢だから、顎を振り上げて……
「えぇ。今、帰ったわ!」
そう言ってティアを見下ろした。すると、机の上に置かれた鞄の中に、小さな袋があるのが目に入った。
クッキーだ!
「あら、その可愛いらしい袋にはクッキーが入っているのかしら?」
「え? そうです。
なぜ中身がわかったのですか?」
ティアは袋の中身を言い当てられて、驚いていたけれど、気にせず話を続けた。
「私もクッキーを焼く事に自信がありますの。
勝負いたしましょう!」
ティアは更に驚いた顔をした。
そうよね。突然袋の中身を当てられて、クッキー対決申し込まれても、話についていけないわよね。
でも、クッキー対決をしなければ、ロザリーを暗殺した人物が誰かわからないの。
あなたを利用するようで、ごめんねティア……。
そして、これはあなたの為にもなるのよ。クッキー対決の後、ヘンリー王子とティアのドキドキシーンがあるのだから!
「このクッキー美味しかったよ。食べてみて」って至近距離で、ヘンリー王子がティアが作ったクッキーをティアの口に入れてくるのよ!(きゃぁぁぁぁ! ドキドキね!! また影から覗き見しなきゃ!)
はっ! いけない。トリップしていたわ。
私は気を取り直して話を続けた。
「今日の放課後お互いにクッキーを焼き、どちらが美味しいかヘンリー王子に審査していただきましょう!」
ティアが断れないように、無理やり話を押しきった。
「えぇーーーーーー!!?」
驚くティア。クラスの皆も驚いていた。
「粛清だ―――――――!」
は?
「何をしでかしたんだ!」
「今日の放課後、人が1人消されるわ!」
「早く帰らないと、巻き添えを食うぞ!!」
最早ヒソヒソ話ですらない。
何?! この言われよう。
「ちっ、違……」
「違う」と言おうとして、私は躊躇った。「じゃあその証に対決は止めましょう」って言われるかも……。どうしよう。どうしたら……
「いやぁ。クッキーの食べ比べかぁ。
楽しみだなぁ」
突然、ヘンリー王子がニコニコ顔でそう言ったので、一度クラスは落ち着いた。皆、複雑な顔をしているけれど、これなら対決は出来そう!
でも妙な雰囲気になってしまったし、ティアに対決から逃げられては困るので、ティアの耳元でコソッと「ヘンリー王子が好きなんでしょ? キッカケ作り手伝うわ」と言っておいた。
私はあなたの味方ですよアピールしておけば、ティアも安心だし、今後の私も破滅ルートから逃れられるかもしれないもんね。グッジョブ私!
「え、そんな事は……」
とポッと赤面するティアが可愛いかった。同性だけど恋に落ちるかと思ったわ。胸がキュ〜ンってなった!
「普通にクッキーを焼いたのでは楽しくないわ。火の魔法を習った事ですし、魔法でクッキーを焼きましょう。
場所は、校庭に降りる階段の手前の広い所よ!」
フフフ。ここまで決めておけば、ゲームのストーリー通りにいくでしょう。
しかも校庭ならアイザック先生がまだいるだろうし、何かあったら助けてくれると思う(今なら、校庭に紫色の水もいっぱいあるしね。紫色でも水は水よ!)。
対決の申込みが早くなったおかげで、お昼にティアを探さなくていいから、お昼休憩を有効に使える。もしものためにマリーとスピカに〔水の魔法〕を使えるようになってもらうわ!
『さっきの授業で〔水の魔法〕を使えなかった2人に、お昼休憩だけで使えるように?』
そうよ。ロザリー!
あの2人、もともとの声が高いんだよ。声を見ていてもいける気がする!! 私が何年声優の養成所に通ったと思ってるの?(全然自慢できないけども……でも、でもよ!)
任せて!
人に教えるのは初めてだけど、良い声を出すための知識は多いと思うから!
お昼休憩。
私はマリーとスピカを校庭に降りる階段の片隅に呼び出した。
アイザック先生は、お昼休憩なのだろう。校庭にいなかった。私が出しすぎた紫色の水が、あと半分ぐらい残っていた。
「無茶ですわ!」
やっぱりそう言われるか……。
「私達さっき、魔法の実技の授業で全く〔水の魔法〕を使えませんでした!」
そうだよね。マリーとスピカの反応は何となく想像していた。
だけど……
「二人の気持ちもよく分かるわ。
とりあえず、お弁当を食べながら聞いてちょうだい」
練習時間を少しでも長く取りたいので、そう提案した。私自身のお弁当は、彼女達が練習する時に食べれば良い。
私は、彼女達に放課後でのクッキー対決で私が何者かに命を狙われる事、その犯人を捕まえようとしている事を説明した。
「だから、マリーとスピカが少しでも良いから、〔水の魔法〕を使えると心強いのよ。
あなた達は安全な所から、もしもの時に私に水を掛けてほしいの。危なくなったら、すぐ逃げていいから」
と、ここで、口に出してから気付いた。「危なくなったら逃げていい」と言われても、殺人事件に関わるのは怖いよね。現場にいるだけで、もう危ないね。
あぁ……私は馬鹿だ……。そこまで考えられなかっ…………
「ロザリー様の命が掛かっているなら!」
「私達、出来る限りの努力をいたします!」
自分の浅はかさに気付いて落ち込むとほぼ同時に、2人は了承してくれた。
「マリー。スピカ。ありがとう!!」
真面目に私の話を受け止めてくれたのが、2人の表情から伺えた。
正に悪役令嬢の取り巻きみたいな人達と思っていたけど、本当は人情に熱い人達みたい。本当にありがとう!
私は早速2人に説明を始めた。
「さっきの授業で、ヨド先生が〔可愛い声〕と言っていたの覚えてる?」
「はい。覚えてます」
「私達も必死に"ぶりっ子"いたしました」
「あれはイメージのしやすい例えであって、具体的には、〔響きのある声〕が水の精霊は聞き取りやすいのではないかと、私は見たわ。」
「「"響きのある声"?」」
マリーとスピカが同時に聞いてきた。
「そう。
〔構え〕のしっかりした声よ。
鉄を叩くと音が響くでしょ?人間にも音を響かせやすいものがあるのそれは……」
「「それは……?」」
「骨よ!」
「「骨!?」」
マリーとスピカは目を丸くして驚いた。すんごい真剣に話を聞いてくれるのがとても嬉しい。
「そう。骨なの。
でも鉄の棒を手で握ると音が響かなくなるわ。
つまり、
骨に掛かっている肉を少し上に上げて、響きを体の外に出やすくする練習をするわよ」
「つまり、骨と肉を引き離すのですわね」
「まさに命がけの特訓ですわ……」
マリーとスピカの顔が青ざめてきた。何かグロい想像をしてそう……。
「大丈夫! 命なんてかけないわ。
人差し指と中指を、鼻の付け根にそえて、そこの筋肉をちょっと上に上げるだけで変わるから!」
違いを実感してもらうために、まずは何もしない状態で〔ラ〕の音の高さでハミングをしてもらった。私は集中してマリーとスピカの出す音を見た。
「今、マリーの音は顔の中に籠もってしまっているわ。
スピカは鼻の下ぐらいで音が響いてる」
そう言って、私はスピカの鼻の下を指差した。
すると、スピカが「えっ!」と目を大きく開けた。
「そうです! 今、そこに声が出ておりました。
自分では何処に音がでているかよくわかりませんでしたけど、指をさされるてハッキリわかりました。確かにそこに声が出ておりましたわ。」
「今のハミングした時の感覚を覚えておいてね。
今度は〔ヤッホーのポーズ〕でいくわよ。
手をヤッホーって叫ぶ時のポーズにして、ここでさっき言った、人差し指と中指で鼻の付け根を押さえる。鼻の穴じゃなくて、鼻の上の方の付け根ね。高さ的には目の下ぐらいの高さかしら」
私は説明しながら、手をヤッホーのポーズにしてお手本を見せた。マリーとスピカが真剣に真似をする。
「これなら私達にも簡単にできますわ」
「何か……こう……、鼻が通ります」
「そう! 鼻が通るの!!
今度はこれでハミングしてみて。
マリーは音を顔の外に出すために、私の手よりも前に音を出すことを意識して」
そう言って、私はマリーの耳の前に手を添えた。手を縦にして壁を作り、それより後ろに声が行かないように。
今度は私も一緒に3人でハミング。
すると、スピカのハミングは綺麗に響き渡り、マリーの籠もっていた音は弱々しいけれど前に出て、さっきよりクリアな音になった。
「スピカの鼻歌が、歌姫のように変わりましたわ!
私、隣で感動いたしました!!
ロザリー様! これは素晴らしい魔法ですわ!!」
「マリー。これは魔法じゃないわ。
発声訓練の一つよ。あなたも自分の音が変わってたのわかる?」
「音が立体的になった気がいたしました。
何よりも開放感を感じました。」
「そうなの!
自由に響いてく感じ!
本当はね、説明してもすぐにはできないの。スピカがピアノ習ってたおかげですぐ変われたから、マリーもつられて変わったのよ。ピアノを弾けるスピカは音を取るのが上手いでしょ?」
『不思議ですわね。
今、確かに2人の音が変わっていくのがわかりましたわ。あなた何をしましたの?』
ふふふ。
私の頭の中のロザリーも不思議がってる。
あのね、意識すれば声は声で引っ張れるんだよ(この高さで構えてほしいな〜)って思いながら音を出すと、相手の声を引っ張れるのよ。
まず私はスピカの方を特に意識してハミングしたの。すると、スピカはすぐ私に合わせてくれたわ。後は、マリーが私とスピカにつられて音が変わってったってわけ。
これがボイストレーニングよ!
私も初めて受けたとき驚いた。今まで特に掴みどころの無かった〔声〕が、目には見えないけど存在するものだと感じたものね。
『そうなんですの。ボイストレーニング……。
本当に不思議ですわ』
私と私の頭の中のロザリーが話している間に、マリーが口を開いた。
「スピカの変化を見て、変われるんだって思いました。スピカ。あなたにつられて、私もっと変われそうな予感がしますわ」
目を輝かせて賛辞を送るマリーにスピカは少し顔を赤くして戸惑っている。
「あの……。ピアノに関してはいい思い出がなかったので、そう言っていただけるとピアノ習って良かったと思えます……。」
照れくさそうなスピカが可愛かった。もし私が男だったら、今この瞬間、恋に落ちるわね。
「じゃあ、ふたりとも!
今の感じで、今度は水の魔法を唱えててみましょう!」
「今なら出来そうな気がしますわ!」
「ヤッホーのポーズで、水の魔法を唱えるのですね!」
「そうよ!
成功の確率を上げるため、〔可愛い声〕も意識してね。あと、声を鼻にかけないように気をつけて。
器は、お弁当の蓋を使いましょう。
では、やってみて! せーのっ!!」
「「水よ、器を満たせ!」」




