第１話 悪役令嬢にとりつかれました（挿絵有り）
バイト先で、店内放送のナレーターが変わった。
可愛いアニメ声の女の子の声だった。
明らかに新人で、話す癖が強かった。
私は声優の事務所に所属できたものの、まだバイト生活が何年も続いている。
この店内放送の子は癖だらけでも事務所に所属できてお仕事が次々来るのか……。羨ましい。
それにしても、毎日聞いてると精神的にダメージを負ってしまう。
“今年事務所に所属しました”というより、“今年から声の勉強始めました”という感じの話し方だった。
人の運勢は人それぞれ。
他人と比べるなんて無意味だ。
わかっているけど、毎日聞いてると持ってる運の差を見せつけられるようで辛くなった。
これではどんどん気分が落ち込んで行くので、気分転換に『体験版 キラメキ☆魔法学園』をやろう。
何日か前に、発売前のゲームの体験版を、アニメショップでもらったのがある。
主人公の女の子が貴族が通う魔法学園で王子様と出合い、勉強や学園のイベントで仲を深め、卒業する時に告白してもらえるよう頑張るゲームだ。
学園では王子様以外にも何人かの男の子と出会うので、王子様以外の自分の好きなキャクターにアピールして、両思いを目指す事もできる。
ライバルの令嬢もいて、何かと意地悪な口調で主人公に絡んできて勉強で張り合ったり、魔法でどちらがクッキーをおいしく焼けるのか対決や、魔法で魚釣り対決を申し込んできたりする。
勝てば男の子達への好感度が上がり、負けたらライバルの令嬢の方が男の子達にモテるようになり、卒業式に男の子から告白される確率が減っていく。
私はバイトが終わると、すぐ家に帰った。
ちゃっちゃっとゲームを取り出し、コントローラーを握る。
『あなた。とても良い波長を持っているわね』
急に頭のなかに女性の声が響いてきた。
『人を呪うその心。良いわ』
いや、人を呪いたくなくてゲームをしようとしているのだけど……。
と思った次の瞬間、強い風が私の体を吹き抜けて行き、果てしない暗闇と、下から輝くオーロラの上に私は浮かんでいた。
そして、目の前には、目がつり上がりぎみの女の子がいた。頭の下の方で2つ分けにされた紫の髪は白いリボンで結ばれている。そして、それは胸の辺りで、とても大きくカールされていた。
変わった服を着ているこの女の子を、どこかで見たことある……。そうだ！
「ロザリー！！」
彼女は、今からプレイしようとしている乙女ゲームの悪役令嬢「ロザリー」だ！
ヒロインがピンチに陥っても冷たい目で見下ろすだけで決して手をかさないその姿は、正に悪役！
クッキー対決なんて、ヒロインは1人で挑むのに自分は4人で対決に挑むという、ずるい子。
モンスターのいる森にわざとヒロインを向かわせたり、正々堂々としていない所が本当に悪役だなと思う。
間近で見ると綺麗……。
でも、放たれるオーラが禍々しくて恐ろしい……。気品があって美人なのにおそろしぃ……。
ロザリーの美人っプリに見とれていると、彼女は言った。
『私、殺されましたの。クッキー対決の時に』
「"クッキー対決"ってゲームで最初のイベントじゃない。そんな早くに？」
『そうでしょう？
早すぎるでしょう？
これではゲームになりませんわ！』
ロザリーは怒っている……。
え？ ゲームのキャラって死ぬの？
私が驚いていてもロザリーは気にせず、美しく上から目線で話を始めた。
『まさかの事態に、私も混乱しておりますの。
クッキーを焼く時、私を焼いた者がいたのよ。
あなたには、犯人を見つけ出してほしいの。
そして、私と同じように焼き殺してちょうだい！！』
何と！
殺人を要求されている！！
私は衝撃を受けた。
無理です……。そんな事出来ません。
『ごちゃごちゃ言わずに、おやりなさい！』
ロザリーにそう言われると、暗闇がゆっくり上から襲いかかって来て、私は意識を失った。
＊
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＊
「..さ……ま。..様。....リー..様」
遠くで声が聞こえる。
温かくて気持ちが良いので、もう少し寝ていたい。ふわふわした気分で心地良いので、このままで……と思っていたら、
「ロザリーお嬢様！
朝です！
起きてくださいませ！！」
私は飛び起きた！
「バイトに遅刻する？！」
「何をおっしゃっているのですか？
カールが終わりました」
目の前の鏡を見ると、二つに分けてある髪が胸の辺りで、それは見事な巨大カールになっている。
「ロぅザリー！！？」
「お嬢様！
御自分のお名前を叫んで、どうされたのですか？！」
驚くメイドさん。私はそれ以上に驚いていた。
私がロザリーになっている！！
ロザリーになって、犯人を見つけろということ！？
……とんでもないことになってしまった。
お読みくださりありがとうございます。
1話の挿絵がちょっと暗いですが、このお話は「憎しみ」や「復讐」よりも、主人公がまわりにビックリしたり、ドキドキしてあわてたりすることが多いお話です。
どうぞよろしくお願いいたします。
