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75.別荘襲撃(3)

《納屋75》


 シャーリアの膝は治った。

 早く、残った魔力を返さないと。

 過剰な魔力で頭痛と吐き気がひどくなる。


 勘違いした殿下にさらに魔力を流し込まれて、ゲロ吐いて、立ってられくなってベッドにひっくり返った。


「殿下、大丈夫だから、ここからは私に任せて」

 アゼリーナさんが殿下をベッドから離し、横に来てオレの手を握ってくれた。顔が近づいてくる。


「お主ら、何を!?」


 こんな状態でも躊躇(ちゅうちょ)せず助けてくれるのか。

 でもゲロ吐いたばかりだ。

 腕を伸ばして彼女を止めた。

「ダメ、今は別の方法で」


 魔力を返す代わりに消費すればいい。

 せっかくだから時空間魔法を試す。

 今なら使えるはず...よし、呪文が浮かんだ。

 頭痛で集中できなくても、古代魔法なら自動詠唱が使える。


「#&##¥*&%+%...#¥*&%@#!~」


 詠唱が進むにつれ『にゅお~ん』と目の前の空間が一点から歪んでいく。

 黒い穴が開くと、暗闇の中に数個の光点が見えた。


 成功だ。向こうの星空が見える。

 魔力がごっそり減って、ほっと息をついた。

 吐き気と頭痛が引いていく。

 穴を閉じると「ちゃぽん」と波が広がるように空間が揺らいだ。


「何...今の?」

 いつも冷静なアゼリーナさんが目を見開いて固まっている。


 殿下がアゼリーナさんの後ろに隠れて(おのの)いている。

「ま、ま、まっ、まさか『あちら側』か!?」


「あはは、違う違う。穴の向こうは西の辺境、ブルグンドだから。真っ暗だったのは夜だっただけで『あっち側』とかじゃないから、心配しなくていい」

「そうか、なら...何っ、ブルグンド!?いや、そんなことより、今そのような大魔法を使って大丈夫なのか!?」


 オレが寝たまま伸ばした左手を殿下が両手で取った。

『ほら、楽になったの分かるだろ』

『...ああ、だいぶ頭痛が和らいでおるな』

『心配してくれてありがとうな。嬉しかったよ』


 接触を通して殿下が安堵したのが分かり、こっちも安堵する。それがまた殿下へ伝わり、循環する感情がいい方向へ落ち着いていく。


 エルフの瞳にも、いつの間にか耐性がついていた。間近で見つめ合っても、もう意図せず意識がつながったりしはない。これもイレイリアとドタバタしたおかげか。


 手をつなぎ、無言で会話する殿下とオレをアゼリーナさんが見ている。

「...あ、違う!これ違うから!」


 説明しないと。

 彼女に誤解されるなんて絶対に嫌だ。

 あわてて起きようとするオレを彼女は押し留めた。


「落ち着いてエド君。大丈夫、何も、言わなくていいからもう少し、寝てて」

 自信に満ちた笑顔だ。

 微塵も疑ったりしていないのだろう。

 なんか泣きそう。


「あ〜、すまぬ」

 殿下がちょっと恥ずかしそうに手を離した。

 こっちはもっと恥ずかしい。

 アゼリーナさんを好きで仕方がなくて、慌てふためく感情をそのまま思念伝達してしまった。


「いいのよ。殿下がエド君を、心配してくれたのはよく、わかってるから。殿下も、よければ手を握ってて、あげて」

 一度離した殿下の手をアゼリーナさんが戻した。


「...冒険者同士か。好きになった相手を選ぶなどと、それこそ『あちら側』の話だな」

「殿下の地位があっても選べないの?」

「国のために最適な相手が夫として選ばれるのだ。特に妾のように魔法の才があれば、より優秀な血を皇室に残すため、相手が厳選される」

「アーシアなら自分が皇帝になって、好きな相手を選ぶこともできないか?」

「皇帝の座なんぞ、望んだことはない。あの愚か者が勝手に恐れているだけだ。もしなったとしても、自由などない」


「やっぱり好きな相手を選べないなんて、嫌よね」

「さて、どうであろうな?相手を選ぶなどと考えたこともなかったわ」

 考えたこともない、とは言っても接触を通して感じたのは憂鬱さだ。頭で理解していなくても、やっぱり嫌なのだろう。だんだんと殿下の気が重くなるのが分かる。悲しさまで混じってきた。

 感情が往復して悪い方向に強くなっていく。


 嘘臭い笑顔で殿下に将来の話をする、教会のジジイ共や有象無象の貴族達。まだ生まれてもいない子供の婚約話。

 これまでは、ほとんど気に留めなかった些細な不快感が、明確に意識されるようになってしまった。


『そうであったか...いいや、知っておったわ。こんなもの嫌に決まっておる』

 殿下が自分の気持ちを理解してしまった。

 これまで言語化できない引っ掛かりだったものが、強い嫌悪に変わっていく。その嫌悪が接触を通して戻り、より強く意識される。

 悲観を顔に出すまいとしても、感情の方が先に漏れて、また戻ってくる。

 殿下の顔が泣き出しそうにゆがんだ。


 放そうとしたその手を強く握って引き寄せ、思わず言ってしまった。

『アーシア、いっそ逃げるか?』

『...できぬ。時がきたら戻らねばならん』

『なら、力を持てばいい。オレが味方になる』

『...!』


 一瞬で、言葉にならない多数のイメージが伝わってきた。そして重苦しさが霧散すると、殿下は声を殺して泣き始めた。


「どうしたの?」

「もう少しこのままで」

 状況が分からないアゼリーナさんが怪訝な顔になっている。

 オレが泣かしたようなもんだし、説明は後にして、殿下が落ち着くまで手を握っていよう。




 シャーリアが、勢いよくドアを空けて入ってきた。

「ひざ治った!!あり、ありが...冒険者!?なんで、おれなんかのためにそこまで...」

「違うぞ。死にかけてないから」


 殿下が涙を拭い、笑顔を見せた。

『ここは妾に任せよ』

『え、そう?それじゃ任せる』


「シャーリアよ、心配は無用だ。もう危機は脱した」

 オレは魔力が枯渇すると死ぬ特殊体質で、危ないところだったが、殿下の魔力を分けてもらい、間際で助かったことになった。


 もうそれでいいや。

 実は殿下の勘違いが原因だったとか、説明する必要もないだろう。


「本当にもう大丈夫だ。滅多に死ぬようなもんじゃないから」

「それでも、おれの膝のためなんかに命を張るとかバカだろ」

「まだ余裕があると思ってたんだよ。オレの魔力枯渇は自分じゃ分かりくいんだ。困ったもんだ、ははは。それより、シャーリアこそ膝はどうだ」


「あっ、忘れるとこだった」

 シャーリアが一歩下がり、膝をついた。


「エドワード様、アゼリーナ様、あり、ありがとう。もう完璧に治った、りました。これでおれはまた、ウングラ族の戦士だ!すごく、すごく感謝している!います」


 シャーリアはこういう時の語彙が怪しく、考えながらたどたどしく言葉をつなげた。オレにはそれがすごく嬉しかった。


 この後でロンバルトの右目と右手以外の古傷も治した。あちこち傷だらけだったのだが、そういうのが治って格段に動きやすくなったと言っている。欠損も再生できるはずだが、時間がかかるので今はやめておいた。


 こうやって感謝されるのはとても気分がいい。

 だが、殿下の味方になるとは、口を滑らせたか?

 まあ、いいか。

 もう両足突っ込んでるし。


 ***


 -少し戻る-


 暗殺任務で派遣されてきた神殿騎士2人組を倒した。本当に神殿騎士かはともかく、神殿に所属していることは間違いないらしい。

 本当は包囲が完了してから動くつもりだったのだろうが、うまいこと芝居に引っかかってくれた。2人とも強い上に魔法装備満載だったから、罠にかけなければ別荘が半壊するような戦闘になっていただろう。


 日が落ちて完全に暗くなる前に、後続の敵集団がどの辺まで来ているか偵察に出た。やはり、イベルスで見た時より増えている。荷車もいるが荷は軽いらしく、馬は早歩きを維持できている。到着は予想通り真夜中になりそうだ。


 イベルスでオレが荷馬車を預かった兵士4人も、敵に気付かれないよう距離を取って追ってきていた。彼らに別荘での作戦を説明し、突入の合図にファイヤーボールを飛ばすことを伝えた。


 戻って偵察の報告が終わると、戦の前の景気付けにとロンバルトがワインを持ってきた。

「戦の前にワインじゃ上品すぎるな。もっといい酒がある」

「いい酒、ですと?」

 兵士達も全員こっち向いた。


 殿下を除く全員にウィスキーを少しずつ注いで回る。

「これは、この世で一番強い『戦の酒』だ」

「ほう、戦の...名に違わず強そうですが、実にいい香りですな」

「戦の酒だと?」

 ロンバルトが匂いをかぎ、シャーリアは挑戦を受けたかのように笑った。

 

「姫様」

 ロンバルトに促され、殿下が自分の杯を持って進み出る。


「今宵の戦、敵が多いとはいえ所詮は盗賊の類。お主らには物足りぬかもしれんが、我らの勝利に!」

「「「「「「 我らの勝利に!! 」」」」」」


 チン カチンカチン


 一気に飲み干した男どもとシャーリアの顔色が変わった。

 初めて飲む40度を超える蒸留酒に何人かはむせている。

 他の女性陣には警告済みだ。


 ゴホッ ゲホッ

「う...う、うまい!」

「...うまい」

「おお、なんだこの酒!?」

「うにゃ〜っ!」


「「「「「「 もう一杯! 」」」」」」

「注げ!」

 猫一匹と男全員が杯を突き出した。

 予定通り三杯目で終了を宣言すると、囲まれて食い下がられた。


 やはりこうなったか。


 すでに2人ほど、顔を赤くして目が座っている。

「おい、冒険者!その酒をよこせ!」


 殿下が助けてくれた。

「戦の前なのだがな...この、馬鹿どもが!!一列に並んで座るがよい」


 もし止まらなくなったら説教してもらうよう、あらかじめ殿下とリゼットに頼んでおいたのだ。ただ、あんまり士気を下げるのもよくないので、説教は短めの予定だ。


 屈強な男たちが美少女に説教されている。

 こんな美味しい場面は逃さず撮影する。


「わかればよい。そうしょげんでも、戦の後でなら酔い潰れようが止めはせん」


 説教が終わり、しゅんとなった男共に違う酒も何種類か出してみせた。

 地球製の瓶に入ったそれらは、超高級酒に見えるだろう。

「ほら、まだまだうまい酒はあるぞ」

「「「おおっ...」」

「「「「「「 うおおおおおーっ!! 」」」」」」


 士気が一瞬で最高潮に戻ってしまった。

 リゼットは苦笑いし、殿下はそんな馬鹿どもが頼もしそうに微笑んでいる。


 **


 半月の夜、バルザック盗賊団が馬を走らせる。

 目的地はミルヴィウスの皇室専用別荘。

 これが国の裏仕事だと知っているのは、首領のバルザックと右腕のグレンだけだ。今夜だけは、またバルザック傭兵団を名乗ってもいいだろう、などと考えて2人はいつになく上機嫌だ。

 雇い主には、使い捨てのチンピラ風情としか思われていないのだが。


 目的地が近くなった。

 馬の足音を抑えるため、早歩きだった一団は速度を落とす。


 もう間もなく別荘が見えるところまで来ると停止し、荷車に集まって各自装備を手に取る。傭兵団時代の主力だった数人は質のいい金属甲冑を装着し、雇い主に提供された魔法装備を仕込む。他の手下たちも移動中には持ちたくない重い装備を手に取った。


 総勢47人のほとんどが元傭兵か冒険者だ。盗賊に成り下がったとはいえ、バルザックは、虚勢だけで使えないチンピラは仲間にしない。


 別荘の門の前に集結し、先行していた斥候からの報告を受ける。

「完全に寝静まっているようです。衛兵すらいませんぜ」

「そうか、情報通りだな。この大岩は邪魔くせーが、まあいい。馬はここにつないでおく。テメーら、予定通りだ。行け!」


 33人が別荘を取り囲み、残り14人が正面玄関前だ。正面では万一の反撃に備えて、3人が大盾を別荘へ向けて構え、全員がその後ろに入る。包囲が完了すると、声を抑え気味にしたオオカミの遠吠えが聞こえてきた。

 合図は内部の暗殺者2人にも伝わったはずだ。


 *


『敵が侵入し始めた。別荘を取り囲むつもりらしい』

 半月の薄明かりで、かろうじて地上の敵集団の動きが見える。

 壺から通信できるのは魔導甲冑を着たイングリット、レオン、アゼリーナさんだけだ。その3人は別荘の裏と横の屋根で待機中で、傍らにはマンドラゴラが2本ずつ入った水桶がある。

 同時に3方向へ投げて、広域魔法『マンドラゴラの叫び』を発動させる。これでマンドラの残りは1本になってしまった。


 ロンバルトたちとは通信できないが、彼らには敵集団が直接見えているはずだ。ロンバルト、シャーリア、それに兵士4人は、正面2階のバルコニーと庭の植え込みに隠れている。別荘の中には誰もいない。敵集団の後ろから来た兵士4人も、敵の後方で待機中だ。


 別荘の包囲に回った敵は雑魚で、魔法防御は持っていないかもしれない。そいつらの大半は、マンドラにやられて脱落すると予想している。シャーリアもロンバルトも、そんな雑魚より敵の主力を相手したいと顔に書いてあったのでこの配置になった。

 オレたち辺境組が雑魚担当で、皇国組は正面の敵主力を担当する。


『敵は包囲を完了したらしい。別荘から妙に距離を取ってるが、まあいいや。投擲開始!』


 指示を出しながら壺を急降下させた。

 真上から石の雨を降らせてもハズレが多くなるので、敵側面の斜め上へ移動するのだ。

「きゃっ!」

「あわわ」

 バランスを崩した殿下がオレにつかまった。


 正面以外の3方向へ2本ずつ投げられたマンドラが空中で鳴き始める。

 ギュ、ギュ...


 暗闇の中をゆっくり飛ぶ光点が見えた。

『敵から爆裂魔法!』


 ドサドサッ

 ギョワーン!

 ギョワワーン!

 ギュオワォ〜ンンンンンンンンンンンンン


 マンドラが地面に落ち、周囲一帯に地獄の多重奏が響き渡る。


 ドドーン!!


 別荘に着弾した光点が爆発し、閃光と共に窓やドアが吹き飛ぶ。


 囲んでいた敵の半分くらいが別荘へ駆け寄る。あとの半分はマンドラにやられて歩けないようだ。魔法防御を持っている連中も、それが安物だったら長くは耐えられない。


 イングリットとレオンは屋根から飛び降りて、別荘の裏と横で戦闘を開始した。右腕の石銃を連射して敵の足を止め、トゲトゲ鉄球を魔導甲冑の馬鹿力で振り回して、敵の防具ごと骨を砕く。暗闇での戦闘なので、適当に振り回すだけでいいフレイルを別荘の予備武器から借りたのだ。

 バコッ、べコン、ズドッと鈍い打撃音が響くたびに、誰かしらが短く悲鳴を上げ、激痛で(うめ)き声しか出せなくなる。


 正面玄関前。

 壺は、敵集団の側面にいる。

 殿下とリゼットも一緒だ。

『正面の敵へストーンバレット、バラ玉で三連射!』


 屋根からはアゼリーナさんが、側面の少し上からは殿下とオレが敵集団14人に向けて十字砲火だ。


 やはり、敵はストーンウォールを持っているらしく、ガチガチと石で石を叩く音が聞こえてきた。それでも二方向からの攻撃は防ぎきれず、何人かの悲鳴も混じった。間髪入れない二発目からは「ボトトッ」「バコべコッ」という命中音ばかりが聞こえてきた。


「2人倒した」

「さすがにしぶといのう。だが、これくらいにしとかんとな」

 3倍の魔力を込めた三連射で、死んだのは2人だけだ。

 魔法使い3人が全力で攻撃すれば、一撃で敵の防御ごと粉砕できるが、それだとシャーリアやロンバルトたちの出番を奪ってしまう。おまけに人体が爆散して庭が汚物だらけになる。


 アゼリーナさんがマンドラを投げた側には一時誰もいなくなっていたので、彼女は魔法を放った直後に屋根から飛び降りて側面へ戻った。


『庭での魔法攻撃は成功。近接戦闘に移る』

 合図のファイヤーボール2発を打ち上げた。


《納屋75》

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