74.別荘襲撃(2)
《納屋74》
ターゲットを目前にして警戒は手薄。
千載一遇のチャンスだ。
クルーオが部屋へ飛び込み、イゾルはロンバルトを始末する。
*
ロンバルトの間合いの内側まで接近して、短剣で突きを放った。仕留めたつもりだったが、後ろから左腕を引っ張られ、横に逸れる切っ先を難なく躱されてしまった。
バンッ!
「ぐっ!」
左腕を裏側から強打された。幸い、ぎりぎり発生が間に合った石版に守られて関節を折られずにすんだ。
目の前では、ロンバルトが引き戻した左腕を短くたたんで剣を振ろうとしている。腰を落とし、右から来る攻撃を短剣で頭上へ受け流す。
後ろから掴まれている左腕を、脇を絞めながら引き戻すと背後の敵はすんなり手を離した。その代わり右手で攻撃される。おそらくは剣での突きか。
ストーンウォールは間に合わない。
風スクロールを使う。
「ヴェントゥス」
イゾルが風を意味する呪文をつぶやくと、背中でウィンドカッターが発動した。
背後のシャーリアもこの程度は予測していた。
敵の背中にわずかな揺らぎを視認し、右手の剣を引いて左へ跳ぶ。横に幅がある風の刃は、その端がシャーリアの剣をかすめると威力を大きく減じて飛び去った。
ウィンドカッターは切れない物を素通りできない。真ん中に切れない物が当たればそこで消滅し、端をかすめる程度ならエネルギーを大きく失って飛び去る。
背後の敵は跳び退かせた。イゾルは、ロンバルトが返す刀で振る、左から来る一撃を短剣で受けた。視界が左寄りになると、その先には跳び退いた猫獣人がいた。
メイドじゃない。
しかも戦闘装備だ。
ちっ、状況を見誤ったか。
だが、まだ挟み撃ちは回避できる。
イゾルは離脱すべきと判断し、最大限の強化をかけて右へダッシュした。
やはりジジイはついて来れない。
猫獣人も大きく回避して出遅れている。
もう一発放って引き離す。
襟元の紐を引き、背中のスクロールをもう一枚活性化させた。
「ヴェントゥス」
ブオン!
敵は十分引き離した。
クルーオがまだ出てこない。やられたのか。
なら、まとめて吹き飛ばすか。
曲がり角が目前になった。
「エクスプローデ・グラトゥ...」
前面には特大爆裂魔法が仕込まれている。
足を前後に開いて横滑りしながら二単語をつぶやき、発動直前に壁で止まって振り返る。
「「 ストーンバレット!! 」」
なにっ!?
腕で防御しつつ、声が聞こえた方を向くと目前に石弾が迫っていた。
万事急須...
バコッ!ズドッ!
腕の前に発生した石板は粉砕された。
腹には直撃。
打撃音が廊下に反響し、イゾルは吹き飛ばされた。
倒れて転がる敵へ、アメリシアとアゼリーナが追撃を放つ。
「「 ストーンバレット!! 」」
ボトッ!バチュッ!
**
オレが敵を1人倒してベッドを降りると、もう1人はロンバルトの脇を抜けて右へ走り去るところだった。ロンバルトは剣を下ろすと敵の背中を見送った。その先は、殿下とアゼリーナさんが待ち構えるキルゾーンだ。その護衛に付く、ウィリアムと兵士2人もいる。
オレはビデオカメラをリゼットから返してもらい、撮影しながら廊下へ飛び出した。直後にウィンドカッターを食らってシールドが薄く光った。
廊下を走った敵が奥の壁を使って止まると、右から来た二発の石弾に吹き飛ばされた。さらに追撃が飛び、命中音と同時に索敵から敵の反応が消えた。オレが駆け寄った時には、近くの部屋に潜んでいた2人の兵士が、敵の首と心臓に槍を突き刺していた。
死体を間近で撮影する。
顔も装備も4K解像度ではっきりくっきりだ。殿下がお家騒動に勝利すれば、この動画は政敵を追い詰める証拠として都合よく使えるだろう。
ロンバルトもやれやれといった様子で歩いてきた。
「殿下、アゼリーナ様、見事に仕留めましたな」
「お主らが追い立ててくれたおかげだ」
「この死体、もう片付けてもいいかな?」
「頼む。このままでは血が広がるばかりだ」
「了解。2人とも見事な力加減でしたね。オレは壁に穴を開けてしまいましたよ。申し訳ない」
「気にせんでよい。それより負傷などしておらんか?」
「ご心配なく。無傷ですよ」
ベッドへ魔法が撃ち込まれるのを見ていたロンバルトは肝が冷えたらしい。
「エドワード様、よく無傷で切り抜けられましたな」
「まあ、あの程度ならね」
「あれで平気な装備となると、帝国時代の発掘品ですか」
「うん、まあ、そんなところだ。今夜の戦闘も無傷で済ませるから」
「もしや、噂に聞く英雄級の冒険者ですかな?」
「いやいや、Cランクだよ。本物の英雄には足元にも及ばない。ロンバルトだってすごい動きだったじゃないか」
「はっはっは。古傷を治していただいたおかげでございます」
ロンバルトが熟練の執事のようにお辞儀をした。
「さすが姫様!冒険者もすげーな。けど、今夜はせめて10人はおれがもらうぜ。おい、そこの2人、付き合え!」
完全復活したのに暴れ足りないシャーリアは、殿下たちの護衛についていた兵士2人に指示すると窓から飛び降りてしまった。
***
-昨日、戦闘準備中-
「装備は万全だな。あとは...シャーリア」
「おう?」
「その足、大丈夫と言っていたが、軍を退役する程度には悪いんだろ」
ちょっと嫌な顔をされた。
「平気だ。それに、ありゃ運が悪かっただけだ。流れ矢ってのは当たる時には当たるもんだ」
「少しは痛いのか?」
「...心配すんな。無理しなきゃなんともねー。普段は忘れてるくらいだぜ」
「無理しなきゃか。なるほど、わかった」
「何が?」
シャーリアが猫目を鋭く細め、低い声で聞き返した。
「いや、興味本位で聞いたわけじゃないぞ」
殿下から頼まれたのだ。
「エドにアゼリーナよ、頼めるか?」
オレは殿下にうなずいた。
「というわけだ、シャーリア。これは殿下の命令だから観念しろ。その膝を治す」
「えええ?」
「それくらいの古傷なら治せるんだよ」
「いや、もうこれ以上は無理だって言われたし...」
「いいから、どんな傷だったか説明してくれ」
膝に矢を受けてしまったらしい。
その場で引き抜くわけにもいかず、刺さったままで槍を杖代わりに移動して余計に悪化。応急処置程度の回復魔法で血を止めてもらい、後日、宮廷魔導士に治してもらったが、時間が経過していたせいか、そもそも無理なのか、完全には元に戻らなかった。
「...大変だったな。それじゃ、今から空いてる寝室でやるぞ」
「え、ちょ、まてまて」
シャーリアを手近な寝室へ押し込んで、アゼリーナさんとオレと、殿下も入るとドアを閉めた。
シャーリアが足を出すのを恥ずかしがっている。
「『おれ女』のくせに案外可愛げがあるな」
「そうじゃねえ。足くらいどうってことねえが、これはなんか違うだろ」
「何が?」
「だから...なんか違う」
少し頬を赤くした猫女から戦士の雰囲気が消えて、普通の黒髪美人になっている。ベッドの上で、3人も見ている中で何かされるのが恥ずかしいのだろうか。それでも、殿下がいるのですぐに観念して足を出した。
骨の状態を確認するため、アゼリーナさんとオレが交代で触る。
「ふ、ふにゃ...にゃあっ」
意外とかわいい声を出すから、違うことをやっている気分になる。
殿下が顔を赤らめながらも興味津々だ。
「お、おお?」
「殿下、そういうのじゃないからね?」
貴重な実験の機会にアゼリーナさんがうずうずしている。
「エド君!ここは私が、やってみる」
「はい。ではよろしく」
アゼリーナさんが呪文を唱え、効果が出る始めるとシャーリアが身悶えしながら変な声を出した。
「はうっ...うひゃ、にゃっ」
痛そうではないから、そのまま続行だ。
3回繰り返して、アゼリーナさんがオレを見た。
「割れた骨が移動、しないわ」
オレも触ってみた。
左足と比べると、右はまだ陥没が残っている。
「シャーリア、痛くはなかったよな?」
「おう。これくらい耐えてみせるぜ」
「いや、どういう感じだったか知りたいだけなんだが」
「あー、それなら、なんかにゅるっとして、うひゃってなって、全身がうおってなったぞ」
「そっか。わかった」
よくわからんが、痛くなかったのならいい。
回復魔法は、あらゆる損傷や変質を元に戻そうとする。正しい状態を内部構造までイメージしながら使えば、古傷に対しても効果が出る。だが、割れた骨の移動は物理的な抵抗が大きいようだ。
オレが考えていると、アゼリーナさんがとても嬉しそうに言った。
「切る?」
「に"ゃっ!?」
シャーリアがビクッとしてベッドの上を後ずさる。
「いやいや、切るのはやめましょう」
シャーリアがオレの袖を握って頷いている。こいつは痛いだけなら耐えるはずだ。それでも、切るとか嬉しそうに言われたのが怖かったに違いない。
もう一つ手はある。
オーク戦士に足首を砕かれた日に、意図せず使った回復魔法の古代魔法版だ。今なら自分の意志で使える気がしている。
「アゼリーナさんちょっと。2人で相談したいので」
秘伝の相談をすると言って、空いている部屋で2人きりになった。本当は魔力を分けてもうためだ。オーバーチャージするのに、手をつないでやるのは効率が悪すぎる。
彼女の手を取って引き寄せた。
「ふふ、分かっているわ...ん...んっ」
・・・
「ん、もうこれくらいで」
少しの間抱き合い、MPが400を超えた。
上限を超えて充填されたMPがゆっくりと減っていく。
過剰な魔力のせいで、頭痛と共に車酔いのような気持ち悪さも込み上げてきた。
よし。あの時の感覚だ。
イレイリアとの接触以来、思い出そうとすれば神代語も薄ぼんやりと記憶の底にあるような気がしていたが、今なら使えると確信した。
元の部屋に戻った。
「シャーリア、もっと強力な回復魔法を使うから、さっきよりもっと、にゅるっとか、うひゃっとするかもしれないぞ」
「うっ、お、おう。それくらい耐えてみせるぜ」
「ならば、妾も手を貸すべきかの。シャーリア、動くでないぞ」
「え、姫様?」
殿下がベッドに登ると、シャーリアの腰に乗って両手で肩を押さえた。なんだか楽しそうだ。アゼリーナさんは両膝の下を押さえてくれた。
ちょっと大袈裟だが、動かない方が効率がいいのは確かだ。
詠唱開始。
「’&%##&()(’&&$”{‘@」
「おおっ、古代語か?」
効いている時の感覚だ。
触った感じで、割れた骨が動いていることも分かる。
「うにゃああ、気持ちわるっ。中に虫、虫が、虫が、あ、あ...にゃああぁ!」
情けない声を出しながらも、足は動かさないように耐えている。
手の下で膝が滑らかな形に戻っていく。
治っていく感覚がなくなった。
もう、見た目も触った感じも左右で違いはない。
「よく耐えたな、シャーリア。もう治ったはずだ」
「はあ、はあ...う〜」
シャーリアがしばらくの間ぐったりしてから復活すると、恐る恐る右膝を曲げ伸ばしした。トントン跳ね、左右に鋭い蹴りを放つ。
「おお?」
軽く跳ねて宙返りした。
にんまり笑うと雄叫びを上げて走り去ってしまった。
完全復活したらしい。
こっちは過剰な魔力で気持ち悪い
早く余りを返さないと。
殿下がオレにひざまづいた。
「エドワード様、バカ猫に代わり、心よりの感謝を」
「ああ、うん。でも膝をつくのは無しだって」
「今はだれも見ておりませぬ」
「シャーリアがすぐに戻ってくるから」
早く解放してくれ。
「無理をなさいましたな。顔色が優れませぬ」
「いや、無理とは違うから、まったく心配ない」
「そこまでして下さったこと、感謝の極み。少しでも回復の助けになれば」
「あ、ちょっ」
殿下がオレの手を取り、魔力を流し込んできた。
さすがだ、流量が多い。
急速に気持ち悪さが限界突破した。
頭痛も急激にひどくなった。
「もうダメ」
部屋の角へ走り、洗面器を出して吐いた。
「エドワード様!そこまで無理をなさったのか!妾の魔力、全てお受け取りくだされ」
殿下が後ろで膝立ちになり、オレの首を包み込むように両手を当てて追い打ちをかける。心配してくれるのはとても嬉しいが、もはや拷問だ。
ひどい頭痛と吐き気で、全身から冷や汗が出る。
『待って、待って』
「おえっ」
エロロロロ...
やばい、ふらつく。
ゲロ溜まりが目の前だ。
倒れてたまるか。
アゼリーナさんが殿下を引き離そうとしているようだ。
「殿下、待って」
「邪魔をするな!妾にはエドの苦しみが分かるのだ。こうしている間にもひどくなっておるぞ」
「大丈夫よ。秘伝の回復方法があるから」
あらかた吐き終わった。
はあ、はあ...
気力を振り絞って向き直ると、手を取られないよう、腕を伸ばして殿下の両肩に手を乗せた。
「ありがとう。楽になったよ」
「妾には嘘を言わんでいい」
「はは、そうだったな」
殿下が泣きそうだ。
こっちはもう真っ直ぐ立ってられない。
「アゼリーナさん、殿下を...」
殿下を引き離してもらい、ドサッとベッドに倒れ込んだ。
「エド!!」
アーシアにどう説明しよう...
追い打ちをかけられたせいだなんて言えない。
《納屋74》




