73.別荘襲撃(1)
《納屋73》
真夜中に別荘に到着し、使用人たちを叩き起こして2〜3日以内に賊集団が来ることを伝えた。
別荘の戦力は6人。
敵の後方から来る兵士が4人。
壺に乗ってきたのが7人。
今朝までに作戦会議を済ませ、おおよその迎撃方針が決まった。
敵を迎え討つ準備のため、付近の山まで丸太と岩を集めに来た。木を丸太にするための枝払いは殿下も手伝ってくれた。嬉々としてウィンドカッターを連射し、木の幹も一発で切断している。
岩は今後も使うはずだから、千トンを超えるかもしれない量を収納した。大岩が次々と消えるのを見て、ロンバルトとシャーリアが呆れ、殿下が感動している。
「エドワード様、まさか底なしということは?」
「ははは、まさか。何事にも限度はある」
どこにあるかは知らないが。
山から戻ってきて、別荘横の湖の上をゆっくり低空飛行した。
遠目にはきれいな湖面も、間近で見ると深そうで怖い。
「この湖にサハギンは?」
「いませんぞ。その代わり、もっと凶暴な魚の魔物が棲んでいます。振動を察知して飛びついてくるので、あまり近くは歩かないようご注意を」
「そりゃ恐ろしいな。そいつ、美味い?」
「ええ、冒険者ギルドが高値で買い取る程度には。ただし、大きいのが相手だとこちらが丸呑みにされますがな」
食われる奴は間抜けとばかりにロンバルトが大笑いした。
食料確保も兼ねて兵士の訓練でも狩るらしい。
「陸に餌を置いて血の匂いで誘い出し、槍を持った兵士10人以上で囲めばめったに死人は出ません」
「魔法は通る?」
「鱗が無い、黒ヌルなら容易に風魔法で切り裂けます」
「黒ヌルなら妾も仕留めたことがあるぞ」
「たしか、殿下が13歳の時でしたか。あれはお見事でしたな」
アンギス・ドラコセルペンス
通称「黒ヌル」
黒くて長いぬるぬるの魔物で、毒の背鰭と毒の牙がある。のたうちながら陸上を高速移動することも可能で、水辺を歩く動物に飛びついてくる。
別荘に泊まりにきた皇族が娯楽で狩ることもある。
「なるほど、オレでもやれそうだな。陸上でも10mくらいまでのトカゲなら狩ったことがあるし」
「流石はエドワード様。唯一無二とも言える能力と装備に加えて、姫様の信頼も厚い...もし、姫様の臣下に加わっていただければ、この上なく心強いのですが」
「あー、それは、色々と都合が...」
殿下が睨んだ。
「ロンバルト、止めよ!」
「申し訳ございません。出過ぎたことを申しました」
殿下が他の者からは見えない位置で手を握ってきた。
『申し訳ない。このような無礼を避けるためにも本当のことを教えてはいかんか?この2人は信用できる』
『ごめん、今はダメだ。もし、予想通り戦争になれば敵同士だし』
『そうであったな...』
悲しげな顔を見るまでもなく、思念伝達で感情が直に伝わってしまう。
オレまで悲しくなり、それを感じた殿下は手を離した。
*
拾ってきた岩を使って、別荘の敷地を囲む石垣を湖に届くぎりぎりまで伸ばした。
門の前にも大岩を置き、人が通れるだけの隙間を残した。敵が乗ってきた馬まで殺したくないので、人間しか敷地内へ入れないようにしたのだ。門の外には敵が馬をつなげられるよう、山で集めた木材で柵を作らせた。
うまくいけば敵を殲滅して、数十頭の馬だけ残る。
外の準備を終わり、各自装備を点検している。
「冒険者の方々も鎧を使いますかな?」
「いや、オレたちには自前の鎧があるから大丈夫だ」
「ああ、収納の中ですか。便利ですなあ」
ロンバルトとシャーリアは、金属プレートで補強された、魔法耐性がある革鎧を持っている。普通の革鎧の兵士4人には、魔法防御用のスクロールを持たせる。敵集団を追ってくる4人にも、壺で偵察に出たついでにスクロールを渡してきた。
「あとは、シャーリアとロンバルトだな」
「おん?」
「はい?」
***
翌朝、多めに食事を作りおきしてもらい、戦えない使用人たちを非難させた。
敵を迎え討つ準備は万端だ。
夜半まで待つのは退屈だ。
膝の古傷が治ってじっとしていられないシャーリアが兵士たちに稽古をつけている。
「シャーリア、戦の前だ。あんまり疲れさせるなよ」
ロンバルトが止めなければ、絶好調に戻って有頂天の猫獣人に兵士4人はへとへとになるまで付き合わされていただろう。
ロンバルトも右目と右手以外の、身体中にあった細かい古傷が治って絶好調だ。左手で重そうな剣をブンブン振ってる。
西に沈みかける夕陽に照らされながら、馬に乗った神殿騎士2人組がやってきた。着任の挨拶を受け、ロンバルトが丸められた羊皮紙を受け取る。
「岩が邪魔で馬が入れんぞ。どうなっている?」
「申し訳ありません。後ほど厩舎へ回しておきます」
「ふん、まあいい。お前はたしか、百人隊長だったか」
「ははは、昔のことです。今はこのザマでして」
ロンバルトが右手の義手を見せた。
「名誉除隊か。我々がいる間は安心して任せるがいい。まずは内部構造を把握しておきたい。それとアメリシア様に挨拶もだ。今すぐ案内せよ」
「はっ、承知しました」
ロンバルトが偉そうな神殿騎士に建物内を案内して回る。
彼らの前では、あえて古傷が治る前と同じ歩き方をしている。
2階の殿下の部屋の前まで来た。
「ここに姫様がおられます」
「うむ。では着任の挨拶を」
「残念ながら、姫様はここ最近ふせっておられまして、お顔を見せられません」
「おお、なんとおいたわしいことか。ならば、今日はここから着任を告げるだけにしておこう」
ドアからイングリットが顔を出し、ロンバルトに耳打ちした。
「部屋の外からなら構わないとのことです。ここへお控えください」
神殿騎士2人がドアの前で左膝をつく。
ドアが開けられると、部屋の奥に天蓋付きのベッドが見える。薄いカーテンの中に人影があり、右側で体を起こしていることがわかる。
ベッドの横には、この別荘のメイドに化けたイングリットが立っている。入り口から見えない位置には完全武装のシャーリアが待ち伏せる。ロンバルトは静かに敵の右後ろへ移動して剣に手をかけた。
ベッドの向こう側に隠れたリゼットが、か細い声で演技する。
「遠路はるばるご苦労であった。顔を見せられぬことを詫びよう...コホ」
「もったいなきお言葉。どうか我らのことはお気になさらず、安静になさってください」
コホ コホ
「うぐ、胸が...苦しい...」
「殿下!」
イングリットが慌てた素振りで振り返る。
ベッドの上にいたオレは、カーテン越しに明るいオレンジ色の光を見た。
来た!
ファイヤーボールだ。
火の玉より先に、カーテンを押し込んでズシンと来る衝撃を2回連続で受けた。シールドが発動して波紋が光り、バラバラと跳ね返った石が天蓋や壁を破壊する。
着弾の衝撃でオレの上体は右へ倒れた。
間髪入れず、数発のファイヤーボールがカーテンを貫通してきた。シールドに当たった分は一瞬だけ強い光と熱を出して散ってしまった。火球がベッドに当たると激しく発熱し、布を燃え上がらせながら裏まで貫通していく。あっという間に視界が炎に覆われた。
熱い。
だが、数秒もかからず決着は付く。
「きゃああああ!殿下!」
もう必要ないのに、イングリットが迫真の演技を続けている。
オレは右に倒れながらも左方向、入り口側から注意は逸らさず、右手にはゲアブレーゲを握っている。向こう側が見えなくても、敵の位置は索敵能力で分かっている。
ダンッ!
敵が踏み込んだ音に合わせて、10倍の魔力を込め、最大限に収束したストーンバレットの一発玉を放つ。
バコッ!
砕けた?
杖を収納して瞬時に刀へ持ち替えた。
スローモーションのように、炎の中から伸びた剣の切先がシールドの上を滑る。入れ違いに、オーガ殺しを突き出しながら雷撃を発動させる。敵は突っ込んできた勢いで右手がシールドを滑り、肉を削られている
オーガ殺しは伸ばされた腕の下、相手の右脇腹に入り、鍔で止まるまで刺さった。それでも相手の勢いは止まらず、大男の重い体がオレに乗ってきた。
敵は雷撃で痙攣している。
もうひと押し。
ふんっ!!
バチバチバチバチッ!!
仕留めた。
敵が索敵から消えたので雷撃を止めると、痙攣も止まって動かぬ死体となった。力が抜けた死体は、でろんとオレに覆い被さる。
クソッ、動かん。
やはり脱力した人体は重い。
何キロあるんだ?
いや、今は消化が先か。
水球をポンポン出して周囲を水浸しにした。
火傷はしていない。火あぶりは長く感じたが実際は3秒程度だ。シールドに着弾した付近は、輻射熱で革鎧がうっすら焦げている。
あらためて死体になった敵を押し除けようとしたら、左手がぬるぬるの中に突っ込んだ。
「おわああああ!」
ぬるっとして熱い、人間の内臓の感触だ。
相手の脇腹がストーンバレットでえぐらていたのに気づかず、体内深くへ手を突っ込んでしまった。
「エド様!」
「いや、大丈夫だ。こいつをどかすの手伝ってくれ」
リゼットに手伝ってもらい、大男の死体を床に落とした。
「あ、すまん。最初からこうすればよかった」
死体を収納して消した。
「いいえ、少しでもお役に立てて嬉しいです」
リゼットがニコニコだ。
神殿から戻って以来、彼女はオレに信仰心のようなものを向けてくる。
ベッドから降りると、床には砕けた石が散らばり、石弾が飛んだ先の壁には穴が空いていた。やはり、防御の上からでも威力過剰だったか。
さすがゲアブレーゲ。
土属性3.2倍は伊達じゃない。
もう一人の暗殺者とはまだ戦闘中だ。オレが火あぶりになっている最中に廊下から「ガチン!」「バキン!」とすごい威力で打ち合う剣戟が聞こえてきて、今もロンバルトが相手をしている。
-暗殺者側-
神殿騎士の格好をした2人の暗殺者、クルーオとイゾルはアメリシア殿下の部屋の前まで来た。
この場にいるのは、メイドと眼帯に義手の老兵だけだ。ここまで案内させて、内部が無警戒であることも分かった。ロンバルトが強かったのも昔の話だろう。足が悪いのを隠そうとして隠せていない。
盗賊共が到着するのはまだ先だが、今が千載一遇のチャンス。部屋の中のベッドまで障害物は無い。確殺の距離だ。
殿下が咳き込んで呻くと、メイドが慌ててベッドへ振り向いた。
この状況で合図など不要だ。
クルーオがぶつぶつと小声で呪文を二単語唱えると、革鎧の下に仕込まれた数枚のスクロールが連続で発動した。数発の火球が飛び、それを追い抜いて数個の石弾がベッドの人影を直撃する。火球もカーテンを貫通して人影の周囲は炎に覆われた。
さらに、剣を抜き、確実にトドメを刺すべくクルーオが部屋の中へ飛び込んだ。最大限の身体強化をかけ、一回の跳躍で剣をターゲットの背中まで突き通す。
イゾルは退路を確保する役割だ。
クルーオが詠唱を開始するのと同時にイゾルは短剣に手をかけ、背後のロンバルトへ向き直りながら懐へ入る。だが、向き直ろうとした矢先、ガチンと耳元で衝撃音が響いて首の後ろに打撃を受けた。ストーンウォールが発動して石版がロンバルトからの一撃を防いだのだ。
思ったよりジジイの反応が速かった。だが問題ない。これも想定内だ。奴は腰の右に下げた剣を左手で抜き、右斜め後ろから切りつけた。後ろを見なくとも、位置関係と今受けた攻撃の角度から次の一手までは分かる。
イゾルは背後のロンバルトの動きをイメージしつつ、振り向きながら立ち上がろうとした。
ギンッ!
顔の右上で刃と刃が激しく打ち付けられ、火花が散る。
予想通り、次の一撃が首を狙って右上から迫っていた。それを右手の短剣で受け、衝撃を殺した反動で押し返しながら右半身を前へ入れる。
ロンバルトは、左手の剣を押し返されるより先に左腕を引き戻し、その反動で右手の鉤爪を下から振り上げる。
次のストーンウォールは間に合わない。イゾルは右半身を前に進め、短剣の間合いに入った。左下から振り上げられる鉤爪は左手で止め、相手の間合いの内側から右手の短剣で首を狙って突く。
どうしたことか、加速する短剣の切先が左へ逸れていく。
背後から左腕を引っぱられている。
メイドか!?
《納屋73》




