72.刃は鞘に月を待つ
《納屋72》
イベルスに宿を取ったがその日のうちに出てしまい、ミルヴィウスへ飛んで来た。別荘が襲撃されると予想したからだ。
広い庭に着陸したのは真夜中だった。
ここは殿下の一番のお気に入りで、思い出深い場所らしい。国を離れる前に訪れることができて嬉しいとは言っていたが、不安が混じる顔だった。
別荘の使用人たちと会う前に口裏を合わせる。
「オレたちはただの冒険者だから、そういう扱いで頼む」
「承知した。ウィルにリゼットもよいな」
「「はい」」
ウィリアムが『敵襲!』と怒鳴ると、男2人が飛び出してきた。
「敵はどこですか!」
「嘘だ」
「は?」「ええ?」
玄関に魔導照明が点灯し、黒い眼帯の初老の男が現れた。
精悍な顔つきだが眠そうだ。
「敵は?」
「ロンバルトよ、久しいな」
「...こっ、これは、アメリシア様!」
「隊長、変わりないか?」
「お前は、ウィリアムか!」
「突然ですまんが、大事な客人だ。応接室へ案内せよ」
「承知しました。皆さま、こちらへどうぞ」
中へ通され、テーブルについた。
網戸の窓から生ぬるい風が入り、虫よけの煙をなびかせている。
丈の長いチュニカを着たメイドたちが銀のゴブレットに酒を注ぐ。
ここでは薄めた酒が、茶や水の代わりだ。
寝起きだったロンバルトがチュニカに着替えてきた。
殿下の斜め後ろに立つと、眼帯男と銀髪美少女の組み合わせが、あまりにも絵になるので見入ってしまった。
「お主も座れ。これは作戦会議だ」
「はっ!」
作戦と聞き、ロンバルトが喜色を浮かべながら席に着いた。
ロンバルトの右手は鉤爪の義手だ。
黒い眼帯の下には右目を縦に通る長い傷跡。
白みがかった灰色の髪に、眼光鋭い灰色の瞳。
がっしりとした体格。
ツワモノの容貌でありながら、白い頬髭は気品を感じさせる。
「紹介しよう。この男は別荘の管理人、ロンバルトだ。元は百人隊長で、見た通り歴戦の戦士だ」
続けて、殿下がオレたち辺境組を冒険者として紹介し、押しかけた事情も説明した。
「賊どもの襲撃ですか。お任せください。戦を持ってきていただけたこと、感謝の極みにございます」
「ふっ、相変わらずだな。それで、今の戦力は?」
「他には、常駐の兵士が4人とシャーリアです」
「おお、シャーリアか!どこにおる?」
「む、まだ寝ているようですな」
ロンバルトがメイドに目配せした。
メイドが出ていって間もなく、上の階での怒鳴り声が窓から聞こえてきた。
「...シャーリア!起きなさいっ!......もう、起きてって!...起きんか!このドラ猫が!!」
寝起きで機嫌の悪そうな猫耳女が出てきた。
「叩き起こしてすまんな。息災であったか、シャーリアよ?」
「んん...にゃ?ひっ、姫様!!」
「作戦会議だ。お主も着替えてくるがよい」
作戦と聞いて猫目が光り、嬉しそうな顔になった。
こっちも戦闘狂か。
着替えて戻ってきたシャーリアはメイド服だ。同じチュニカでもメイド用はそれっぽいので見分けがつく。だが、見た目も雰囲気も戦士のシャーリアにメイドの格好は似合っていない。
長い黒髪の上に、艶のある赤黒い毛の猫耳が出ている。
尻尾も同じ色で黒い斑点がある。
瞳は赤銅色だ。
「シャーリアはここの兵士長だ。十人隊長だったが、膝を痛めて退役したのだ。傷の具合はどうだ?」
「心配は無用ですぜ。盗賊風情が何人来ようが敵じゃねえ」
「うむ、重畳である。エドよ、状況説明を頼む」
「はい、殿下」
イベルスから出るところを見た敵は20人くらい。装備が良く、強そうで、さらに増える可能性が高いことを説明した。
「最低でも三十か。五十を超えてもおかしくない状況だな...」
頬髭をなでながらロンバルトが考える。
「老いぼれは奥に引っ込んで指揮でもやってるか?」
シャーリアが煽っても歴戦の老兵はとりあわない。
「お主らは下がれ」
メイドたちが部屋を出る。
それ以降は声を抑えぎみに話が進んだ。
「シャーリアよ、敵がただの賊だと思うな。狙われているのは妾なのだ」
「ああ、なるほど。美しい姫様をさらってアレコレしようと」
「そういう話ではない。妾を暗殺するために2人の神殿騎士がやってくる。そやつらに賊どもが雇われたのだ」
「神殿の...となると、黒幕はハゲ豚か」
殿下がうなずく。
「姫様、その辺も詳しく」
「うむ、聞くがよい。あのハゲで愚かな小心者は、妾が皇帝の座を脅かすと思っておる。
もう10日以上前になるか。敵の動きを察知したウィリアムらの計らいで、妾は宮殿を脱出した。数日は何事もなく、旅を楽しんですらおったが、フランシウムを目前にして敵に追いつかれてしもうた。
三十を超える野盗のような連中に皇国兵も混じっておった。追いすがる敵を魔法で討ち減らしながら荷馬車を走らせ、やっと街の外壁が見えたというのに、マーロフもマクシウスもカシアスも倒れ、そこで全滅しかけたのだ」
「マーロフまで...あいつは犬っコロのくせに強かった。姫、奴は最後にお役に立ちましたか?」
「見事な最後であった。荷台に飛び乗った敵2人をマーロフが引き摺り下ろしながら、後ろから追いすがる3人を薙ぎ倒した。その5人に囲まれたが、瞬く間に4人を倒し、5人目の喉笛を食いちぎりながら、6人目と7人目に刺し貫かれた...最後に妾を見て笑うマーロフの顔が目に焼きついておる」
「はは...そうか。おれなら10人は道連れにしてやったぜ...」
「その頃には妾も魔力が尽きて、追いついた敵が横から矢を放ち始めたのだ。マクシウスが妾の盾となり、矢を受けながら言いおった。
『鎧の上から刺さる矢など、痛くもありません』とな。だが、次の矢を受けると、声も出さずに倒れてしもうた...後ろへ遠ざかるマクシウスの体には、何本もの矢が突き立っておった」
アメリシアは静かに涙を流す。
だが、哀れみの声をかける者はいなかった。
正面を見据えるその目に映るのは、戦う意志だけだったのだから。
「あのハゲはぶっ殺す!」
シャーリアが牙を見せる。
ロンバンルトは拳を握り、静かに怒りをにじませる。
「マクシウスが倒れると、妾もファイヤーボールを受けた。この辺を削がれて骨が見えておったわ。その傷が痛くてな、そこからはよく見ておらん。カシアスとウィリアムが数人の敵と剣を交えておったが、その中の2人は兵士に見えた」
ウィリアムがうなずく。
「はい。あれは所属を隠した皇国兵でした。それも精鋭です。カシアスはその1人と刺し違えました」
目の下をえぐられたと聞いてロンバルトとシャーリアが動揺している。
そんな2人に落ち着けと殿下が手のひらを向ける。
「妾も死を覚悟したが、この冒険者たちが現れたのはその時であった。両側に数人ずついた敵が魔法で薙ぎ払われ、後ろから追いすがる敵も、その後ろから挟み撃ちになってあっけなく片付いたわ」
ロンバルトとシャーリアが歓喜した顔を向けた。
「よくぞ我らが姫様を救ってくれた」
「冒険者、よくやった!」
「ああ。間に合ってよかったよ」
「まだ続きがあるぞ。このエドとアゼリーナが、傷だらけのウィリアムと、妾の傷の治療までしてくれたのだ。ほれ、見事であろう?傷跡がまったく残っておらん」
殿下が顔の左側を見せる。
「まさか、宮廷魔導士、いや大司教に匹敵する腕前か」
「それ以上だ」
殿下が誇らしげだ。
ロンバルトがオレたちに頭を下げると、シャーリアも続いた。
「我らが姫様を救っていただいたこと、深く感謝する」
「おれもだ。感謝する」
「姫様、反撃なさるおつもりですな?」
殿下が毅然とした目で小さくうなずいた。
「おれにやらせくれ。ウングラ族の名誉にかけて確実に仕留めてみせる」
「焦るでない。お主らでは警戒される。『刃は鞘に月を待つ』―――たしか、ロンバルトのお気に入りだったか」
「はい。まさに今の我々に相応しい言葉です」
「状況は説明した。今日はここまでとする。ゆっくり寝るがよい」
***
翌朝、昨日と同じ部屋に集合して朝食だ。
やはり、飲み物には茶ではなく酒が出た。
ムルスムという、薄めて蜂蜜で甘くしたワインだ。
殿下も当たり前に飲んでいる。
配膳が終わると、使用人として働いていたロンバルトとシャーリアも席についた。
「姫様、馬車が見当たらないとのことです」
殿下がオレを見る。
「あー、ロンバルト。馬車は使ってないんだ。空を飛んできた」
あっちからこっちと、指を振ってみせる。
「は?」
ロンバルトが片眉を上げ、オレと殿下を交互に見る。
「聞いた通りだ」
「本当だぞ」
*
朝食の後で壺を見せた。
こっそり出すより、最初から作戦に組み込んだ方がいいという判断だ。武装があることは教えない。
別荘の庭から垂直に上昇し、オレンジ色の屋根を見下ろしている。朝日の中に、湖畔に立つ白壁とテラコッタの屋根が映える。
「飛んでいる...のか」
ロンバルトが驚きの表情で固まっている。
うな〜ご...
シャーリアが人語を忘れてうなり、自分の尻尾を両手で握りしめている。
「納得したか?」
「はい。あまりの驚きに手が震えております」
「冒険者、すげーな!」
「そうであろう、そうであろう。お主らも敬意を払うがよい。この者らが現れたのは、まさに神の思し召しである」
これ以降はオレたち辺境組を貴族と同等に遇するよう使用人たちに通達された。一番の理由は『やはり、恩人がただの冒険者扱いなのは我慢ならん』ということだった。
おまけに説教されてしまった。
「いやー、偉い人扱いは居心地悪いんだけどなあ」
「エド!」
「はい?」
あれ、怒られてる?
「お主は身分と立場の違いを軽く考えすぎだ。冒険者同士ならいざしらず、相手が貴族とその使用人であるなら、適切な上下関係を把握できねば互いの不幸となりかねん」
「はい...」
いや、オレ、そっち側じゃないし...
納得はしていない。だが、理解が及ばない分野のことで、皇族の威厳をもって説教されるとぐうの音も出ない。
「リゼットよ、その辺のことも頼んだぞ」
「はい!」
リゼットがニコニコだ。
「あの、リーゼレッタさん?ここでやる気を出さなくてもいいんですよ?」
「エドワード様、私相手に敬語はいけません」
「は、いや、そうだったな。頼りにしているぞ、リーゼレッタ」
「はい」と答えるところだった。
もし間違っていたら説教の延長だ。
ああ、もう、めんどくさい...
*
ロンバルトの進行で作戦会議の続きだ。
「彼我の戦力を再確認すると、暗殺任務を受けた神殿騎士が2人と、雇われた賊が五十を超える可能性あり。対してこちらは6人と敵の後ろから来る兵士が4人。えーと、冒険者の方々には姫様の安全確保を頼めますかな?」
「もちろん、オレたちも戦闘に参加するぞ」
「それはありがたいのですが、不利な防衛戦に参加する理由もないのでは?」
「勝てると思ったから引き受けた。戦闘も殿下の安全確保も任せてくれ」
「戦闘への参加はすでに話がついておる。それに、妾が壺に乗れば空から一方的、かつ安全に魔法を放てるのだ。なーに、心配せんでもお主らの分も残してやる」
「要は飛空騎兵ですな。それでも、矢を受ける危険があるのでは?」
「それは問題ない。狭い隙間しか開けない上に、殿下にはこの盾を持ってもらう」
透明なポリカーボネートの盾を出した。
「「「 え? 」」」
「「 は? 」」
殿下も含めて、初めて見る者たちの目が点だ。
「まさか、透明なガラスですか?」
「これほど大きくて透明なものが作れるのですか...」
「これも神代の、あ、いえ」
リゼットが言いかけて、しまったという顔をした。
「叩いても割れないし、ガラスよりずっと頑丈だ」
ポリカ盾を全員に回して確かめさせた。
ロンバルトが盾を叩きながらうなる。
「おそろしく頑丈ですな。しかも軽い」
「それに加えて、妾の装備だけでも矢の数本は止められるのだ。安心するがよい」
「わかりました。姫様は存分に火の雨、石の雨を降らせてくださいませ。エドワード様、そちらの戦力をご説明願えますか?」
「こちらは魔法使いが2人と、魔法も使える剣士が2人だ。敵が集まってくれたら、魔法で一網打尽にできる程度の火力はある。剣士の2人はウィリアムにも引けを取らないと思う」
「とすると、腕の立つ魔法使いが3人ですか。兵力差は仮に70対14として、面白い戦いになりそうですな」
「敵の数は5倍。最悪なら7〜8倍くらいか?」
「大半は雑魚であろう?魔法使いが3人もおれば五十も百も変わらん」
「敵が都合よく集まってくれるとは限りませんぞ」
「ふむ、都合よくはいかんか」
ロンバルトが頬髭をなでながら予想した。
「私が敵の立場なら真夜中に襲撃します。まず50人で包囲し、正面を破壊して10から20人が突入。突入には精鋭をあて、包囲には寄せ集めの下っ端を使うでしょう」
「となると、敵の大半が一箇所に集まるとは期待できないな」
「それでも、突入前の主力は一掃できるではないか」
「敵の主力くらいは、姫様の魔法に対抗できる装備を持っていると考えるべきです」
それでも、捨て駒に持たせる装備など数も質も大したことはないはず、という予想で意見が一致した。
「安物の魔法防御を20人くらい。壁を出せるのは数人かと。まあ、根拠のない勘ですが」
「歴戦のお主がそう思うのなら、大きくは外れておらんだろ」
敵の出方に他のパターンもあるか検討してみた。
明るい時間の襲撃は、立てこもられて無駄に損害が大きくなる。やはり、敵側にとっての最善手は、夜中に包囲してからの奇襲になるはずだ。
オレの『広域魔法』を使っても大丈夫か、味方の装備を確認してみた。
「ここの兵士たちの装備にも魔法防御は付いてるか?」
「いえ、全員では。ですが、必要なら使い捨てのスクロールを持たせます」
「なら、全員に持たせてくれ」
《納屋72》




