71.宿場町イベルス
《納屋71》
魔法装備の殿下は眼福だった。
なにせ、ハーフエルフの銀髪美少女がフリフリドレスを着ているのだから。
皇国式と王国式の礼儀作法を仕込まれそうになっている。
勘弁してほしい。
シールドを貫通されない限り無傷、でもないが、吹き飛ばされても耐えられた。
オレの中身は半精霊―――アゼリーナさんは興味津々で喜んでくれた。絶望を回避できてオレの気分は軽やかだ。
星空のデートを終えると、窓から部屋へ戻った。
*
夜明け近く、まだ真っ暗なうちに宿を出る。
窓から壺へ乗り込む殿下が声を潜めてはしゃいでいる。
「くくっ、まさに夜逃げだな」
リゼットが眉をひそめる。
「殿下、滅相なことを言わないでください。料金は前払いで、早目に出ることも伝えています」
7人を乗せて皇都を離れた壺は、まだ暗い早朝の空を南西へ飛ぶ。
丸テーブルを囲んで朝食だ。
「全部オレの故郷のものだが、それほど違わないはずだ。歯応えのあるパンがいいなら、冒険者が持ち歩く固い黒パンもあるぞ」
殿下が薄切りにした黒パンをかじって顔をしかめる。
「むう、さすが冒険者。これは真似できん。これに比べて、丸い方は見ただけで上等だとわかるな。どれひとつ、おお...これは美味だ!」
「柔らかい...美味しいです!」
「む!確かに歯応えはありませんが、これはこれで絶品です」
日本で買ってきたクロワッサンは殿下たちにも、辺境組にもすこぶる評判がよかった。焼きたてを買ってすぐにアイテムボックスに入れたのだから、うまいに決まっている。
ストレートのオレンジジュース
カリカリベーコン
だし巻き卵からは湯気が立ち上っている。どれも宮殿での食事に劣らないとの評価をもらった。
リゼットが感心しきりだ。
「すごい...この卵巻きはいったいどのような味付けを?」
イングリットもずいっと身を乗り出した。
「私にも教えてください」
「教えるのはいいが、オレの故郷の調味料がないと同じ味は出せないぞ」
「あー、フリントロック家の秘伝ですか」
皆がもの珍しそうにオレの手元を見ている。
「器用なのですね。そんな棒で」
「使い慣れると便利だぞ」
箸がいかに便利かを実演して見せた。
「大したのもだな」
「何かの職人のようですな」
「さすがエドワード様です」
デザートは桃だ。
日本は夏なので、この世界と比較すればバカ安く質のいい桃を買える。
たくさん持っている中から特に上等なやつを出す。
伯爵家の2人は桃を知らなかった。
「何ですかそれは?」
「果物、ですよね?」
「あ!」
皇国組は知っていた。
「宮殿でも、これほど大きくて綺麗な桃なんて見たことがありません」
「これはまた、貴重品ではないか」
「まあ、それなりだな」
この世界の桃と、品種改良を繰り返された桃では比較にならない。見た目はもちろん、皮をつまんで引っ張り、簡単に剝けることにも驚かれた。
桃を食べ終わると、感動のあまり拝まれてしまった。
「エドワード様よ、我らに神代の甘露を下賜いただいたこと、皆を代表して感謝いたしまする」
「「「「「 エドワード様に感謝を 」」」」」
「あははは、大げさすぎだ」
オレが神とは無関係だと納得したはずの辺境組まで悪乗りしている。
「ああ、片付けは気にしなくていい。どうせ後で捨てるから」
「ええ、この紙をですか!?」
洗わなくていいように紙皿と紙コップを使ったのだ。
こちらの紙はザラザラなくせに高価だ。それよりはるかに高品質な紙を使い捨てにすると言われたら、こういう反応にもなるだろう。
しっとり加工の箱ティッシュにいたっては、説明するまで紙とは思われていなかった。
この後は3日目の地点へ先回りして暗殺者を待ち伏せする、というのが大まかな計画だ。
「十分な謝礼もできぬというのに、また巻き込んでしまってすまぬ」
「謝礼なら出世払いでいいから。遠からず宮殿に戻れると思ってるよ」
「うむ。恩に報いるためにも、国のためにも一刻も早く戻らねばならんな」
荷馬車が皇都を出てからまだ1日だ。
壺で飛ぶと早すぎるので、2日目の宿場町で時間つぶしも兼ね、ターゲットがどんな奴らか確認することになった。それに、相手が本当に暗殺者なのか、攻撃する前に殿下たちも確証を得ておく必要がある。
*
-宿場町イベルス-
皇都からここまで馬車なら2日。
長旅の前の補給地点だ。
冒険者も多く、それなりに賑わっている。
ただ、ゴロツキっぽいのが妙に多い。
リゼットが露店で止まり、見慣れない小ぶりの黄色い果物を買っている。
売り子のお姉さんに聞いてみた。
「なんだかガラの悪い連中が多くない、この町?」
「ああ、そういえばそうね。ときどきあることよ。ここは流れ者どもの通過地点だからね」
「そういものか」
兵士も歩いてるし、荒れた風でもないし、そこまで治安は悪くないのだろう。
「エドワード様、サンシャインベリーをどうぞ。この地域の名産品です」
「お、ありがとう」
黄色い果物をかじってみると、破れた薄皮から酸味の強い果汁が染み出した。中心部から果汁がこぼれそうになり、あわてて残り全部を口に入れる。
レモンに似た酸味だが、まあまあ甘い。
「んーっ、スッパうまい」
「ふふふ。夏はこれが安くて美味しいんです」
地球には無いと思うので大量に買い込んだ。
ターゲットの暗殺者2人組を索敵能力で捕捉した。町へ入るところを待ち構えてすれ違ってみる。
「普通の兵士に見えるな」
「知らない顔ですが、あの装備は神殿騎士の軽装ですね」
「なるほど。派遣されてきたとか言って別荘に入り込むつもりか。相手が神殿騎士となると、オレが言うことを真に受けて攻撃なんてできないよな?」
「エドワード様が言われることであれば信じます。ですが、正直なところ葛藤はあります」
「当然だな。それじゃ、あいつらが刺客だと確認しよう」
オレとウィリアムは暗殺者2人組を尾行して接触の機会を伺う。
2人組はすれ違う兵士に敬礼されている。
まず、宿を特定した。
すぐに宿から出てきて、向かった先は酒場だった。
それなりに高級な酒場だ。
オレはテーブルに座り、やつらと接触するウィリアムを横目で見ている。スマホで録画もしている。
ウィリアムが図々しく相席すると、2人組が闖入者に怪訝な目を向けた。そんなことは意に介さず、平民の格好をしたウィリアムは皇国軍の紋章を見せる。
「尋人の行方について情報が入った」
「...続けろ」
「あちらも、あと1日かそこらで到着するらしい。長居はしないだろうから急げという指示だ」
「ふん、急げってか。荷馬車を追えば4日はかかるぞ」
「荷馬車は気にするな。連絡を取り合っているとは思えん」
「まあ、そうだな。だが、急いでも2日はかかる」
「もし足取りをつかめなければ帰還しても構わん、とのことだ」
「ちっ、ここまで来て空振りは面白くねーが、そんときゃ豪華な別荘で一休みさせてもらうさ」
「それも悪くねーな。はるばる皇都からやって来た騎士様だ。当然メイドどもが、じゃねえ、俺たちがかわいがってやるぜ」
気色悪い薄笑いだ。
やはりゴブリンと大差ない生き物だったか。
確認は済んだ。
うまくない酒を半分残して酒場を出る。
直接会話したウィリアムが嫌そうな顔になっている。
「皇国騎士にあるまじきゲスどもです。口を開かずとも胡散臭さを隠せていませんでしたよ」
「だろ。だが、奴らは強いぞ」
「ええ、それは間違いなく」
ターゲットの2人とも身長180cmを超え、鍛えられた体つきに加えて手練れの雰囲気まである。索敵でも見た目以上の脅威度を感じる。
宿に戻り、殿下たちにスマホの画面を見せた。
「これがその2人組だ。見覚えはある?」
動画はただの便利道具より衝撃と混乱が大きいらしい。
「ぬおっ!?捕えたのか!」
「違う、違う。絵が動いているだけだ」
「なんと恐ろしい魔道具だ...」
動いてるのに絵だと言われても理解できないか。
「ほら止めたぞ。これなら絵だろ?」
小窓の中の人物が静止すると、アゼリーナさん以外の5人が青ざめた。
「ひっ」
「神が作りし牢獄...」
リゼットがオレにひざまづき、悲壮な顔で訴える。
「エドワード様、意見をお許しください。いかに敵とはいえ、すでに捕えた相手にこの仕打ちはあまりにも残酷です」
「いや〜、凍らせらたとか時間を止めたとかじゃないんだが...」
5人から恐ろしいものを見る目を向けられた。
どう説明すればいいんだ?
アゼリーナさんはすぐに理解してくれたのだが。
「これは見ているものを、見たまま記録するだけの道具だ。この場でやってみせるから」
まず、画面に室内が映っているところを見せた。
ゆっくり、ぐるっと回して撮影する。
「ひっ!お赦しを」
レンズを向けられたリゼットがへたり込み、殿下とウィリアムは銃口を向けられたかのように顔を引きつらせた。
*
やり方を間違った。
反省はしている。
魂を吸い取られると思ったらしい。
それでも、中に人を閉じ込めたわけではないと理解はしてもらえた。
「心底肝が冷えましたぞ。エドワード様よ、神代の魔道具を知らぬ我らにも、ご配慮いただけると幸甚の至りにございます」
「ほんっとに悪かった。オレが迂闊だった。だからアーシア、堅苦しい言い回しはやめてくれ」
リゼットは涙目で殿下の袖にしがみついている。
ウィリアムは狼狽えるところを見られてバツが悪そうだ。
オレも理解した。
この世界の住民は、疑いの余地なく魂の存在を信じている。そんな彼らにとっては、銃口を向けて引き金を引かれたようなものだ。空砲ではあったが。
「もう話を戻してもいいかな?ウィルが接触して、あの2人組が敵であると確証は得られたわけだ」
「今夜にでも襲撃するか?」
「まさか自分たちが狙われるとは思っていないでしょうな」
「どんな防御装備を持っているかが気になる。皇帝の命令で出てきた刺客なら、特殊任務用にすごい装備を持ってたりしないか?」
「はい。神殿の精鋭でしょうし、一回失敗していますし、少なくとも姫様の魔法に対抗できる装備は持っているでしょう」
「魔法防御は当然として、ストーンウォールまで出せるとか?」
「その程度、問題にならん。兵士が出す壁なら貫通できるぞ」
「特注品かもれしれませんよ」
殿下とウィリアムが敵の装備について議論を始めた。
防御力も攻撃力も高い手練れか...一撃で倒すのは無理か?
外に妙な動きを察知した。
虚空を見ながら索敵能力に意識を集中する。
「...付近のゴロツキどもがぞろぞろと移動してるな。ちょっと見てくる」
「妾も行くぞ」
「姫様は、いえ、まあ、今は大した危険もないでしょう」
「仕方ないですね」
結局、暇なので全員で出ることになった。
冒険者風の格好をしたゴロツキ連中が町の入り口に集まっている。いったいどういう連中なのか、索敵で感じる脅威度がその辺のチンピラよりかなり上だ。
そいつらが次々と馬に乗ってミルヴィウス方面へ出ていく。
「冒険者のふりをしているらしいが、あいつらは盗賊か何かだ」
「たしかに、ガラの悪さは隠せてませんね」
「このタイミングであちら方面へ向かうということは、まあ、雇われたとみるべきでしょうな」
「ふん、またゴロツキどもをけしかける気か。今度は正面から返り討ちにしてくれるわ」
お気に入りの魔法装備を回収できてから殿下は強気だ。
盗賊団が目撃者の後始末。あるいは、最初から盗賊団の襲撃に見せかけて、別荘の使用人ごと殿下を抹殺するつもりか。
「あいつらがゴロツキだということには皆異論ないな」
「はい。エド様が敵の動きを察知できることはもう十分理解できました」
「殲滅する方針でいいか?」
「無論だ。黒幕が分かっている以上、捕虜なんぞ無用」
「できれば一匹残らずだな。別荘に集合するのを待ってから一網打尽にするか」
「賛成です」
「うむ。妾も同じことを考えておった」
「彼らが馬を潰さないよう効率よく走ったとして、だいたい2日ですか。迎え撃つ準備には十分ですね」
荷馬車にも敵の動きを伝えたら「もし間に合えば背後から挟撃してやります!」とやる気になっていた。それなら、ということで荷馬車をオレが預かった。これで4人とも騎馬になるので敵に遅れを取らない。
「連中だって寝る必要はあるだろうに、なんでこんな時間に出るんだろうな?」
「寝ずに走って1日半に短縮とか...いや、無理ですな」
「この先に拠点でもあるのではないか?」
「そうかもしれません」
「とすると、途中で数を増やすと考えるべきか」
「いくらでも来るがよいわ。汚物どもをまとめて消毒してくれようぞ」
すぐに宿を出て別荘へ先回りすることになった。
敵を迎え撃つ準備だ。
*
「星が綺麗...」
パリパリ
ポリパリ
リゼットが星を眺めて感想をもらし、殿下がポテチをかじる音で応える。
荷馬車で4日の距離もあっという間に飛び越え、ミルヴィウス地方に到着した。
皇室専用別荘の庭に着陸し、4つの降下ハッチを開いた。
「明かり一つ点いてないな...」
「うむ」
「衛兵は?」
「平和な場所なので、衛兵も夜は寝ます...気の毒ですが、仕方がありません。ここは私にお任せください」
「いや、俺がやろう」
ウィリアムが入り口の前で仁王立ちになり、息を吸い込んだ。
「敵襲ーっ!!! 全員起床ーっ!!」
ガタガタ
ガシャン
シャリン シャリン シャリン...
《納屋71》




