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70.新装備を試してみた

《納屋70》


 神殿騎士にどつかれたり、正気を失ったイレイリアに乗られたりしたが、皇都へ来た本来の目的である、無線機の配達を済ませた。

 宿へ戻り、部屋の共有スペースに入るとアメリシア殿下とその護衛で残っていたウィリアムが出てきた。


「ただいまー。こっちに怪しい奴とか来てないよね?」

「大丈夫です。まあ、そうそう感づかれることもないでしょう」


「皇都は楽しめたか?」

「おお...アーシア、魔法装備か?」


 ドレス姿につい見とれてしまった。

 凄そうな杖を持ち、頭にはティアラを乗せ、フリフリのバトルドレスっぽいのを着ている。プリンセスドレスが元になっていると思われ、そこいらの冒険者とは格が違う豪華さだ。おそらく、冒険者みたいに外で戦うことは想定外の『実用するな』という意図が込められたデザインなのだろう。


 殿下がドヤ顔で胸を張る。

「気に入ったか?」

「いい。すごくいい!」

「ぬふふ。これはな、ギムラト・ウストリア王朝より献上されたドレスを元に仕立てたものだ」

「ああ、だからあっち風なのか。すごい防御が付与されてるだろ?」


「分かるか。これを装備した妾は無敵である!刺客の処分は任せよ」

「いや、だめだろ」

「姫様、お止めください」

「殿下、もちろんダメですよ?我々には神のご加護がありますので、殿下のお手を煩わせるまでもなく終わります」

「何を言っておる?神がこの程度の些事に手を貸されるわけなかろう」


「いいえ、エドワード様の首元をご覧ください。これぞ神に祝福された証です」

「ん、首輪か?それでは余計に、いや何でもない」

「いや、これチョーカーだし。奴隷の首輪に見えないし」


 リゼットがオレの前にひざまづいた。

「さあ、皆さんもエドワード様に、」

「ちょっと待った!そういうの禁止!リゼット、立ってくれ。自分で説明するから」


 今日、神殿で起きたことを話した。

「なんと!イレイリア様にとな...妾でさえ間近でお目にかかったことはないぞ」


「そして、神殿の最奥へ招かれてこの装備を賜った」

 手首のブレスレットを見せ、自分の首を指さした。

 殿下とウィリアムが目を丸くする。


「な、な、ま、まさかそうのようなことが!?

 あ、その紋章は古代遺跡の...」


「これは神代の防御装備だ。ウィル、そこの剣でオレを突いてみてくれ」


 ウィリアムが剣を抜くと、リゼットが慌てて止めに入る。

「ウィリアムさん、いけません!剣で突くなんて、この上ない不敬になってしまいます」

「オレがいいって言うんだから問題ないだろ」

「でも、そんな...あまりにも恐れ多いです」


 やはりこのままでは面倒だ。

 どう説明するかは考えてある。


「殿下にはすでに話しているが、オレの家名はフリントロックだ。もちろん、魔道具や兵器開発をやっている、あのフリントロック家だ。これで空飛ぶ壺を持っていることにも合点がいっただろう。詳しくは言えないが、我がフリントロック家とイレイリア様とは古来より協力関係にあってね、古代技術の保存という同じ役割がある。せっかく皇都へ来たから挨拶してきたんだ。そういうわけで、オレはイレイリア様のただの知り合いにすぎない。剣で突いたところで不敬というほど大げさな話にもならない」


「でも、あの黒い壁を通れたのは...」

「あれはもちろん、イレイリア様に手を引かれていたからだ。そうじゃなければ弾かれていたさ」


 ウィリアムが膝をついて、オレに頭を下げた。


「触れることを赦されたばかりか、手を引かれて最奥の間の奥へ...エドの半分は...」

 殿下が息をのみ、しばらく目を見開いた後にひざまずいた。

 そうだった。オレが半分しか人間じゃないのはもうバレていた。


「あちゃー。こうなるのを避けたかったんだけどなあ。えーと、堅苦しいのは嫌いなんだ。今更オレが普通の人間だとは言わないが、どこかの神から遣わされたわけでもないし、ぜんぜん偉くもない。3人とも立ってくれないか?」


 3人が恐る恐る立ち上がる。

 殿下の顔色が悪い。

「アーシア?」

「エドワード様よ、妾ごときが神の意識に触れたのは不敬ではありませぬか?」

 うっかり意識がつながってしまったことか。


「違うぞ。接触したのはオレの意識だ。神なんて入ってないから不敬とか気にする必要はない」

 少しほっとした表情になったがまだ不安そうだ。


「それに、妾は...あの時本当に消えてしまうところだったのではありませぬか?」

「いや、別に危なかったわけでもない。何度やっても気を失う以上のことは起きないから、心配ないぞ」

「そう、でありますか」


「うん。安心していい。だから敬語禁止。アーシアにまでそんな話し方されたらやりにくくて困る」


「今となってはそういうわけにも参りませぬ」

「これまで通り、冒険者のエドの方がいい。オレがそう望むのだから何も問題ないだろ?」


 殿下が困った顔で考え込んだ。

「.....では、今はそのように。それが正しいことかは分かりませぬが」

「まだ敬語っぽいぞ。これまで通りにしてくれ」

「むむ...」


 困らせたいわけじゃないが、ここは譲れない。


「えーと、例えばだ。皇帝が、堅苦しいのは好かん、とか言って、一兵卒にまで友人のように振る舞うことを要求したら、そうするしかないだろ?」


「さすがにそれは許されぬ」

「家臣が総出で止めます。国家の威信に関わりますので」

「特に教育係は命がけで止めます。そして、陛下が改心されるまでお説教です」


「なんだそりゃ。皇帝も案外不自由だな。たとえが悪かった。これは威信だの威厳だのと恰好つける必要のない個人の話だ。オレの秘密を知る者は数人しかいないし、普段はただの冒険者だ。そんなオレが好き勝手しても問題ないだろ?」


「なるほど、たしかに縛られた立場ではないか。妾も己の立場を疎ましく思うことはある。エドワード様も自由でいたいのだな。では、エド殿」

「殿付けもイヤだ」

 すねるように言うと殿下がふふっと笑った。

「では、ただの冒険者のエドよ、これでよいな?」

「そう、それでいい!」


「うむ。リゼットにウィルよ、エドは外では普通の冒険者、人目が無い場所では、妾と同格と心得よ」

「え、同格って」


 殿下がニヤリとした。

「せめて皇帝と同格にすべきであったか?」

「いや、わかった。アーシアと同じがいい。リゼットにウィル、それでもひざまづくのは禁止だからな。それに、あんまり堅苦しい言葉遣いもやめてくれ、それに、それと...」


 リゼットもクスッと笑ってくれた。

「はい。エドワード様、仰せのままに」

「私としても、姫様と同格ということであれば全く問題ありません」


「ありがとう。正直、ガラじゃないが、オレも堂々とした振る舞いができるよう努力はするよ」


「そこはご心配なく。もし間違えても、宮廷式でご指導させていただきますので」

「は?」

「くっくっ、リゼットは厳しいぞ」


 リゼットがやる気に満ちた目でオレを見る。

「いや、待ってくれ。そういうつもりじゃなくて...」


「基本は真っすぐ立つ姿勢です。もっと背筋を伸ばして、顎を引き、こう、こう...はい、これで威厳が出てバランスも良くなります」

「あ、うん、ありがとう」

「うん、ではありません。そこは...」


 早速ダメ出しされまくった。

 隣では殿下が笑っている。

 レオンは気の毒そうに見ている。


「宮廷ではそれが年中だぞ。なあに、エドならそれほど苦労はせんはずだ」


 イングリットまでやる気になっている。

「エドワード様、私もご指導いたします。リーゼレッタさん、こちらの王国式との混乱が起きないよう後で相談しましょう」


 どこで間違った?

 オレの自由気ままなはずの冒険者生活が縛られていく。


 ああ、もう、げんなりだ。

 新装備のテストに戻ろう。


「ウィル、続きだ。剣で軽く突いてみてくれ」

「はっ。では、いきます!」


 デュオン...


 鈍い音と共に剣が止まり、薄く光る波紋が広がる。

 押す力は分散されて、全身が押される。


「おお...」

 ウィリアムが感嘆の声を漏らし、皆が息をのんで止まった切っ先を凝視する。


 殿下がスッと手を伸ばし、波紋が発生しているあたりを手の甲で軽く叩いた。叩かれる瞬間「あっ!」と思ったが、血が飛び散ったりはしなかった。ドキドキしながらもオレは平静を装う。


 反撃の発動は考えるまでもなく、オレがどう感じているか次第なので、そもそも慌てる必要はなかった。


「み、見た通りだ。これは剣も魔法も止める万能結界だ。ウィル、もっと強く突いてみてくれ」


 デュオン...

 デュオン...

 突きの威力に比例して音と発光が強くなる。


「鉄の鎧に突き刺した感触に似ています」

「なるほど。石のようにカチンカチンでもないのか」


 3回突かれた後で減った分の魔力を補充した。

 入ったのはわずか13MPだ。

 ファイヤーボールで試したら、魔力消費は剣の一突きより少なかった。


 次は素手の打撃だ。

 ウィリアムが両の拳を握り、すう〜っと息を吸う。


 ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!


 一発受けるごとに足が後ろへ滑る。

 数発で壁に押し付けられてしまった。

 リゼットがハラハラした様子で見ている。


 ウィリアムの身長は180cm近くあり、太い腕から繰り出される一撃一撃が骨を砕く威力だ。


「うん、痛くはないな。拳が大丈夫そうなら、全力で一発頼む」

「大丈夫です。やれます」


 ズドン!!   バン


「エドワード様!」


 体ごと吹き飛ばされて「バン」と壁に叩きつけられた。

「うおお...大丈夫だ。さすがに頭がくらくらするが、おかげで使い勝手が分かった」


「まさに、神より授かり武具か」

「神じゃなくてイレイリア様からだけどな」

「同じことであろう?」

「そうなるか?まあとにかく、これは鉄壁だから、刺客の2人程度ならゴリ押しでも勝てるだろう」

 とはいえ、ちゃんと皆で相談して作戦は立てた。


「それじゃ、ちょっと出かける。遅くなるかもしれないから、待たずに寝ててくれ」


 真っ暗になってからアゼリーナさんと2人で壺に乗った。皇都の中心部を見下ろしても光はほとんど見えない。空気が澄み、星が降りそうな夜空と真っ暗な地平との境界がはっきり分かる。


 時間要塞の管理人格、ネメシス・メトセラーゼと通信した。

「メトラ、オレ達が今いる場所を中心に詳細な魔力探査をやっておいてくれ。ここが敵国首都の中心付近だから」

『承知した。ヨハンから伝言を預かっているぞ』

「お、聞かせてくれ」


 ヨハンはウストリア地方を担当する間諜、いわゆるスパイだ。

 報告によると、皇国の西の辺境では徴兵が進んでいるらしい。不作と重税で疲弊していたところに、さらに徴兵が重なれば、近いうちに侵攻してくるとしか考えられない、とヨハンは分析している。


「うん、承知した。こっちは今日、イレイリア・セディスが管理する神殿へ行ってきたぞ。彼女は健在で、神殿も機能していたよ」

『ふむ、やはりか。デルフォニウム・アルカナムはついこの前まで完全に機能していたからな』


 デルフォは神殿の本当の名前だ。


 情報に飢えるイレイリアを救えないか相談したら、方法はあると言う。

『一度停止させて人格を再調整すればいい。情報への渇望を薄めることはできるはずだ』


 これは彼女の意思に反する手段だ。

 本能と同じ深さに刻まれた、情報収集装置としての使命を妨げる者は敵とみなされる。彼女を停止させるためには、こちらの意図を悟られてはならない。


 なかなかの高難易度ミッションだ。


「言うほど簡単か?どれも命がけに聞こえるぞ」

『やってやれないことはない。これは制圧作戦だ。となれば、図書館なんぞより軍事コアたる我らに分がある』


「最上位の管理人格を封じ込めたとも言っていたぞ」

『ティアナリウスは万能だからな。つまりは器用貧乏だ。イレイリアに情報戦で負けても不思議ではない』


 どうにも不安だ。元になった精霊核はこちらの方が格上で、総合能力は高い。しかし、相手の土俵で勝負するのに加えて、撃破ではなく生け捕りが勝利条件だ。


「分かった。戻ったら出来る限り準備しよう。もし無理そうだったら、彼女の望み通りに情報を持って行けばいいだけだしな」


 メトラとの通信を終わり、無線でブルグンドにも報告した。

「そうですか。それでも戦闘になるまで30日か60日は猶予があるでしょう」


 この時代の時間感覚ならそんなものか。

 何をやるにも時間がかかるし、ウストリアからの進軍だけでも10日以上かかるだろう。


「なんとかなりそうですね」

「ええ、あなたのおかげよ。フリントロックのエド君」

 神殿の一件でいろいろ隠せなくなってしまったので、アゼリーナさんには説明が必要だ。


「あの、話したいことが」

「聞くわ」

 ずいっと彼女が顔を近づけた。


「イレイリアは時間要塞の精霊と同じ存在で、エルフの外見は古代に作られたゴーレムの一種です。人間とほぼ同じで、ちゃんと生きてますけどね」

「古代って、神代の話よね」

「そうです」

「そして、あなたも、神代の生き残りというわけね」


「オレの半分は...メトラやイレイリアと同じ精霊です」

「半精霊!」

 元から食いつき気味だったアゼリーナさんが、いっそう大きく目を見開いた。


「ほぼ人間のつもりです。少なくとも、宗教でいう神とは無関係とだけ信じてください」

「それは信じる。それにいろいろ納得できた」


 この人は、人外の存在が相手でも不気味に思うより興味を優先するはずだ。

 興味丸出しになってるし、きっと大丈夫。


 けど、万が一ふられたら生きていけない。


「あの、オレ、半分人間じゃないけど、いいですか?」

「そんなことを不安に思っていたの?もっと私を理解して」


 ぎゅっと抱きしめてくれた。


「ありがとう」

「精霊だなんて、余計、気に入ったわ。独占、してしまいたいくらい」


 しばらく抱き合い、いい雰囲気になったのでベッドを出して倒れ込んだ。


 また、心地のいい不思議な響きの言葉を(ささや)かれた。

 鼓動と呼吸が早くなり、鮮明なフラッシュバックの中に見えるのは、彼女の唇と、白い肌にかかる乱れた黒髪だ。


 繰り返し、繰り返し...耳元で囁かれるたびにゾクゾクして何も考えられなくなった。


 数日ぶりに2人きりになれたオレ達は、星空に浮かぶ壺の中で存分にいちゃついた。


《納屋70》

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