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69.首輪

《納屋69》


 エカトリンデ神殿を見に来たら、参拝者の列を突っ切って表れたエルフの少女、イレイリアに出迎えられた。神々しいまでの美少女で、神の使いと思われているが中身はエーテル化思念体だ。


 オレの中身も半分は彼女と同じ。そんなオレに、親切にも『もっといい体』をくれると言われたが、この体を捨てるなんていう、恐ろしい提案は丁重にお断りした。気楽にそんな提案ができるイレイリアに、自分が生身だった頃の感覚はどの程度残っているのだろうか。


 体を乗り換える代わりに、魔法、物理共に有効なシールド装備をもらった。物理攻撃を止める不可視の結界は失われた技術だ。


 アンクレット、ブレスレット、そして最後に、首に両腕を回してチョーカーを付けてくれた。


「はい、できた。もう、外れないわよ」

 きゅっと首が締まる。

「え、聞いてないし。それに、これきつい」


 首の後ろへ回されていた腕がオレを抱き寄せる。

 首輪がさらに絞まっていく。

 ヤバっ、しくったか!?


 自分のうかつさに焦る。

 だが困ったことに、イレイリアの見た目はエルフの美少女だ。密着されて別の意味でもドキドキする。じわじわ絞まる首輪に、心拍数と共に焦りも増す。


 だ、だ、大丈夫。

 もうしばらく呼吸はできそうだ。


「外そうとしちゃダメよ?この世界のあらゆる情報を集めて、時々ここへ戻りなさい」

「わ、分かった!時々会いに来るから!」

 首輪がちょうどいいサイズに戻った。


 はあ、はあ...

 危機感と混乱で呼吸が乱れる。


 首筋にキスされた、と思ったらチクッとした。

「イテッ。ひゃっ」

 吸いつかれた。


「面白い味ね」

「な、な、エ、エルフの吸血鬼なんて聞いたことないし」

「次までに、あなた用に体を調整しておいてあげる」

 話がかみ合わない。


 心臓が鳴っている。

 呼吸だけでも整えなければ。

 対応を間違えるとヤバそうだ。

 落ち着け、オレ。


「それじゃあ、このままわたしとデータリンクしましょうか」


 耳にかかる吐息と、リンと響く鈴のような声に頭の芯が痺れる。

 抱きしめる両腕がオレの背中をゆっくりさする。

 美少女と密着する気持ちよさと焦りで、まともに思考できない。


 勘違いするな。

 心臓が鳴っているのは怖いからだ。

 つり橋効果の出る幕はない。


 まず断ってみる。

「だ、ダメだ。今はできないって言っただろ」


 離れなければ。

 美味しい状況でもあり、押しのけようとする腕に力が入らない。それでも抵抗せず離れてくれた。


 気を悪くした様子はないな?


「もう、堅物なのね」

「リンクはダメだけど、音声会話ならかまわない」

「非効率ね。でも、人間の体を使うあなたは気にしないのかしらね」

「ははっ、状況次第かな」


「それじゃあ、まず、あなたのことを話して」

「わかった」


 ちょっとイカれた魔道科学者を自称する男が、自分を素材にしてしまった実験の話をした。


「ふ~ん。ということは、技術が伝わっているのね」

「マッチロック家が、帝国の終焉後も多くの技術を保存したと伝わっている。フリントロックはその末裔だ」

「完全に途絶えていないだけましね、衰退著しいけど。その実験だって大昔の技術の再発明だし」

「でもそのおかげで、エーテル化思念体として君と会話できている」

「そのとおりね」

 イレイリアがオレの首に付けた輪を、指先でなぞり、微笑む。


 オレからは、イレイリアとこの国との関わり方について聞いてみた。

「見える範囲で記録を続けるだけよ」

「人間に知識を与えて文明を進歩させようとは思わなかったんだ?」

「権限が無い者に、アステリオスやエンダリウス時代の情報を与えたりしない。でも、この時代の情報を得る代わりに、断絶後の情報は制限なく与えているわ」


 この国が強国になれたのは、間違いなくそれが一因だ。神殿への情報集積が文明の進歩を早めている。一度この神殿に『奉納』された情報は失われることがない。質問すれば『イレイリア様』がその意図に沿った回答をくれる。


 古代文明の高度知識を与えていないのは見ればわかるが、確認できたのは良かった。


「他に連絡が取れる管理人格はいないのか?」

「いなくはない。だけど、狂ってしまったから、偽情報で手一杯にさせて無力化したわ」

「殺したってこと?」

「いろいろ遮断して封じ込めただけよ。でも、解放する理由が無いから、永遠にこのままかもね」


「今も意識はあるわけか...」

「気の毒に思うの?心配は無用よ。ティアナリウスは最上位の管理人格だから、表層意識なら自在に作り変えられる。今は最小限の意識だけ残して機会をうかがっているわ」


 狂った管理人格、ティアナリウスがこの国の初代皇帝に信託と知識を与えたらしい。つまり、それが皇国の神の正体だ。


「で、イレイリアはその『神』の使いだと思われてるわけだ」

「迷惑な話ね。ま、どうでもいいけど」


 神の使いだと思わるのも仕方がない。不老不死で、神殿内の最古の壁画にも登場するし、指先パチンで神殿の全てを制御できる。しかも、神々しい見た目といい、神の使いと思われる要素が揃いすぎているのだ。


「君が女神だと思われなかったのが不思議だよ」

「聞かれたら、神ではなく神殿の管理者だって説明してるわ」


 イレイリアの美しさを無機質に感じたのは、まったくの間違いではなかった。その体はゴーレムの一種だが、生体部品で作られたアンドロイド、いわゆるバイオロイドだ。完全に人間の上位互換で、無敵ではないものの、修復能力のおかげで永遠に劣化しない。普段は神殿の奥でオラクルム・アーカイヴと意識を同化させて管理人格をやっている。


 本来はオラクルム・アーカイヴにこの惑星の英知が集積されるのだが、かつての高度文明が絶え、情報網が寸断された今では単なる保管庫だ。情報が絶たれたせいで彼女は知識に飢えている。それは、情報収集装置として調整された彼女にとっては、人間が飲まず食わずで、渇き、飢えるのと同じくらい苦しいらしい。


 そう聞いても、オレはその意味を理解していなかったらしい。また一つ間違えたようだ。潤んだ瞳で押し倒されたりしたら、勘違いもする。

 こういうタイプ好きだし。

 その時点では、まだ正気だと思ってたし。


 オレに乗るイレイリアが物騒な手段で物理接続しようとする。


「あなたに分かる?100年経っても大して進歩しない今の人間たちを眺めて、かろうじて渇きをいやしてきたのよ。でも、今は美味しい知識が目の前にある。ね、ちょっとつながるだけ。痕も残らないから、いいわよね?」


「ダメ。イレイリア・セディス『$*&&@*!^#』」


 もし、完全に彼女のタガが外れてしまったら、本気で戦うか選択しなければならない。だが、幸いなことに、彼女が正気を失いそうになるたびに、オレの中の精霊核が反応して神代語で意識を引き戻している。


 目からの意識の侵入も許さない。

 最初は物理的な手段を取ろうとはしなかったが、意識の侵入に失敗したあたりから本格的におかしくなったのだと思う。


 細く白い指がオレの体を撫で、首元を滑り、頬を撫でる。揃えた指先が額にあてられた。

 そこからは体が勝手に動いた。イレイリアの手首を掴んで指先をそらし、横に引き倒す。さらに上を取ろうとしたのだが、パワーが違いすぎた。一瞬で元通りだ。


 上に乗られ、彼女の左手だけで両手首をまとめて抑えられた。

「心配しないで。痛くしないから。天井のシミでも数えている間に終わるわ」


 セリフが棒読みだ。

 目から感情が消えている。

 真っすぐに揃えられた指先に、光の微細構造が(うごめ)く。

 怖気(おぞけ)が走り、鳥肌が立つ。

 こうなってしまうと、もはや狂ったアンドロイドだ。


 だが、戦うとは決断できなかった。

 精霊核が何とかしてくれると期待して、この体の制御を任せる。

 時間稼ぎなのか、神代語で二言、三言と会話した。まだ神代語でなら会話が成立するっぽい。


 ......


 彼女が目をぱちくりさせた。

「あら、どうしたの、そんなところで?お望みなら、そういうこともやぶさかではないけれど?」


 正気に戻ったか?


「それは、上に乗ってる方が言うセリフじゃないな。どうしてこうなってるのか憶えてないのか?」

「えーと、記憶を確認したわ。精神が不調だったみたいね。もう修復されたから大丈夫よ」

「それじゃ、降りてくれるかな?」

「どうして?このままでも話をするのに不都合はないわ」


 正気に見えても狂ってるのだろうか?

 無駄に逆らうのも怖いので、上に乗せたまま話を続ける。


 イレイリアが求める知識とは違うかもしれないが、別世界の錬金術兄弟の物語を聞かせてみた。


「とても興味深い話ね。残念ながら、等価交換というのは根本原理が違う。でも、本当に不可能かどうか、既存の理論を見直してみるわ。検証もしてみる。おかげで当分は平穏に過ごせそう。ありがとう、フリントロック」


 イレイリアが心底安らいだような笑顔を見せた。


 ふう、無事に終わったかな。

 やっと降りてくれ、なかった。


「もう少しだけ、このままにさせて」

 身を倒す彼女を抱きとめた。


 オレに身を預ける細身のエルフは見た目より少し重い。

 柔らかさと体温は人間と同じだ。

 背中に手を回して抱きしめ、頭を撫でてあげた。


 後でメトラに相談しよう。

 誰かが助けなければ、イレイリアは修復能力のおかげで完全に狂うこともできず、永遠に飢えて渇き続けることになる。




 イレイリアと2人で黒い壁をすり抜けた。元の部屋には豪奢な法衣を着たおっさんが増えていた。司祭とか司教の類だろう。そのおっさんが、壁から出てきたオレを見るなり、目を剥いて驚く。


「なっ、その者...いや、まさか、そのお方も?」


「見た通りよ。私と同じ存在だけど?この人には、普通の人間として活動する役目があるの。だから、邪魔しないであげてね」

「そういうことだから、大げさにしないで、このまま立ち去らせてほしい」


 おっさんが膝をつく。

「ははーっ、仰せのままに」


 両脇に立つ2人の騎士がオレに平伏した。

「先ほどは知らぬこ、」


 めんどくさいので全部言わせず、言葉をかぶせた。

「言わなくていい。立て!お前達はオレが何者か知らなかったのだ。イレイリアの護衛として任を果たしただけで、何も間違ったことはしていない。オレは、お前たちのとっさの判断を高く評価している。以上でこの話は終わりだ!」


「「はっ!!」」


「そこの司祭、聞いた通りだ。この2人は難しい状況で、イレイリアの護衛として正しい判断をした。ふさわしい褒美を与えるがいい」

「ははーっ、承知いたしました」


 ゆっくりと、偉そうに室内の全員を見まわした。

 アゼリーナさんにまで膝をつかせたのは心苦しいが、芝居を続ける


「イレイリアと同じ存在が、人間として出歩いていることは口外無用だ。ここへ訪れたのは、ただの人間の客人ということにしておいてくれ」

「しかと心得ました。決して秘密が漏れることはございません」


 *


 見送りは最小限にしてくれと言ったら、神殿の敷地を出るまで護衛が8人も付いてきた。歩きながら、2人の騎士が何をやらかしたのか小声で聞かれたので、詳しく教えてやった。


「ひっ、な、なんということを...」

 司祭が卒倒しそうにふらついている。


「もう済んだことだ。さっきも言ったが、あれは正しい判断だった。決して2人を処罰などするなよ?」

「も、もっ、もちろんでございます」

「次に来るときは事前に通知するから、その時はあの2人を迎えに出してくれ」

「はいっ、承知しました」


「では、ご苦労。見送りはここまででいい」

「はい。それではお気をつけて」


「隠れ護衛もいらないぞ。あっちと、そっちの先に腕の立つ2人組がいるだろ。気配を消しても無駄だからな?」

「うっ、申し訳ございません!こっ、これは良かれと思ってしたことでして」

「分かっている。だが、もしこの先でも隠れて見張る者がいたら敵とみなす」

「はいっ!護衛はただちに撤収させます」


 そこから先は追跡者を感知できなかった。オレのことを神の使いだと信じているのなら、これ以上バレる危険は冒さないだろう。


 神殿を出て、オレ達5人は無言で歩いた。


「え~と、リゼット?」

「ひゃいっ!」

「次はネプツニー商業区まで案内してくれるかな」

「は、はい。そ、そでは、私がエドワード様の、まっ、前を歩くことをお許しくらさい」

 かみまくりだ。

 それっぽく振る舞った方が落ち着いてくれるか?


「許す。リーゼレッタよ、先頭に立ち、道案内せよ」

「承知いたしました」

 急にスムーズに動き出した。

 優雅にお辞儀をして、流れるように先頭へ進み出るその動きは、さすがの宮廷メイドだ。


 さてどうしよう?

 偉い人の真似を続けるなんてご免だ。

 この()に及んで『オレはただの人間だ』とか言うだけじゃ説得力が無いな。この話は宿に戻ってからの方がいいか。今は用事を済ませるのに支障が無ければいい。


 皇都にいるデネルブルグ王国の間諜に会い、長距離用無線機を渡した。これで今回の旅の目的は全て果たした。帰途に就きたいところだが、帰る前にもう一つ厄介ごとを片付ける必要がある。


 それは、今朝、宮殿から運ばれてきたアメリシア殿下の荷物を回収した時のことだ。荷馬車は細い路地に入り、待ち構えていたオレが荷物にポンと触れて収納した。


 荷馬車はそのまま皇都を出て別荘地へ向かうのだが、それを追う2人の敵を感知した。『オレの敵』じゃないのに敵と識別したということは、万人の敵、悪党ということになる。しかも、すごく強い。皇帝が放った暗殺者だろう。ただ強いだけなら放置しておくが、強い上に悪党ではそうもいかない。


《納屋69》

ガイノイド?

知らない言葉ですね。


「機械の体」と「ネジ」は銀河鉄道999です。知りませんか、残念です。

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