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68.神殿のイレイリア

7か月ぶりになってしまいました。ちゃんと完結を目指してます。

《納屋68》


 希少な錬金素材を大特価で買い、新しい杖をもらった。杖は金貨130枚もする『ゲアブレーゲ』という銘付きの、そこそこ凄いやつだ。


 リゼットの引率で神殿へとやって来た。こう言うとまるで観光客だが、ここは観光地ではない。言動と所作には気をつけよう。無神論者のオレには理解できない地雷が埋まっているかもしれないし。


 皇都の内層と外装の中間にある、小高い丘に巨大なエカトリンデ神殿がそびえる。敷地内に入ると脳裏に神代語の文字が浮かんだ。

 やはりこの遺跡は機能してるな。


 大きく開いた神殿正面の左右には長い列が伸びる。遠くから来た巡礼者も多いのだろうか。こういうのは全部「参拝」と言っていいんだよな。神像も仏像も似たようなもんだし、神社で神頼みするのと何が違うのか分からん。


 ところどころに武装した騎士が立ち、神官らしき職員達が参拝者の対応をしている。列には並ばず、神殿の正面へ許される限り近付いて祈る者もいる。


 信者でなくとも中へ入り、神像の前まで行って祈るふりをするのは構わないということだが、列が長すぎる。


「長いなあ。できれば奥を見たいけど、リゼットは奥まで行って参拝したい?」

「大丈夫ですよ。30ギウス(大銀貨3枚)で並ばずに入れます。皆様なら魔力を奉納することも可能でしょうし」

 長い列に並んでいるのは、財力も魔力も少ない一般大衆ということだった。

「魔力でいいなら安いもんだ。そっちへ案内してくれ」


 向こうが騒がしい。


「道を開けろ!イレイリア様のお通りである!」


 鎧の騎士に先導され、金糸のような髪をなびかせるエルフが歩いている。神殿のお偉いさんか。しかし、なぜ斜めに参拝者の列を突っ切るのか?立ち止まったかと思えばふらっと方向を変える。


「なんだありゃ?」

「イレイリア様...」

 エルフを見たリゼットが目を潤ませて感動している。


「イレイリア様って?」

「イレイリア様です!神に最も近いお方です!」

「そうなんだ?それなら膝をついたり平伏したりは...しないんだな」


 参拝者もただ見ているだけだし、先導する騎士が『(こうべ)を下げよ!』などと声を張り上げたりもしない。


「それはイレイリア様がどのようなお方か、一般には知らされていないからです」

「神に近い、ということは皇帝よりも偉いとか?」

「そうです」


 ふらふらと何かを探すように歩くエルフはぜんぜん偉そうには見えない。16~18歳くらいの少女に見えるが、そこはまあエルフだし。

 たしかに、見た目だけなら後光がさしていると錯覚しそうな神々しさがある。普通のエルフではないのだろう。


 喧騒の中の一点から声が広がった。

 まるで、漆黒の静寂の中でリンと鳴る鈴の音のように響く。


 鳥肌が立つ。


 ...神代語だ!


 全ての群衆がそのエルフ、イレイリア様の方を向き、時間が止まったかように固まってしまった。数舜の静寂の後、光沢のある白装束の金髪エルフを中心に、波が広がるように周りの者達が平伏していく。


 反応できずにつっ立つオレ。

 この場に立っているのは2人だけになってしまった。


 目が合った。


「$@@+*!&〜!&」

「%&$$#``”#」


 あ、しまった。

 またこの口が勝手に。


 イレイリアがふわりと浮き上がり、数メートルの距離を飛んでオレの前に降りた。美しすぎて無機質にも感じる。神官服(?)は他の神殿職員達とは違い、まるで工業製品のようだ。しかも、この時代にそぐわない未来的なデザインだ。


 イレイリアが手を伸ばした。

 その手を取ればいいのか?

 オレも手を伸ばす。


「無礼者!!イレイリア様に触れるな!!」


 さっきまでイレイリアを先導していた騎士が声を上げるのと同時にすごい跳躍を見せた。2人の騎士が平伏する群衆を1歩で飛び越える。


 ズドッ!

「うぐっ」


 ドサッ!

「あがっ、お...」

 屈強な騎士2人に抑え込まれた。

 みぞおちに棍を突き込まれて、まともに呼吸できない。


「あっ!」「え?」

「うご、くな」

 立ちあがろうとするイングリットとレオンへ手の平を向け、かすれる声を絞り出した。ここは穏便に切り抜けたい。


 イレイリアが抑揚のない声で言う。

「あなた達、何をしているの?それは私が探していた人よ」


「あ、いや、これは」

「申し訳ございません!」

 イレイリアに咎めらた騎士2人が震えながら平伏する。

 転がって悶えるオレにイレイリアがヒールしてくれた。


 *


 客として神殿内へ案内されたオレ達は、長ったらしい名前の『何とかの間』に通された。この神殿で人間が入れる最奥らしい。ここより先は人間が入れない神々の領域とされる。少なくとも、人間が生きたままでは入れないらしい。


 イレイリアに直に招かれたオレ達は賓客待遇だ。しかし、まずい状況でもある。素性の知れない客が背後を探られないわけがない。


 オレを取り押さえた騎士2人はとことん任務に忠実で、声が震えながらも、護衛としてこの部屋の中まで入ることを主張した。イレイリアの方は「そう、なら入れば?」と、どうでもよさそうな返事だった。


 部屋へ入り、ドアが閉まるなり2人が平伏した。

「先ほどは誠に失礼いたしました!」

「イレイリア様の選ばれし者に対する無礼、この命をもって償う覚悟です。なれば、我が一族ならびに子孫には(とが)のなきよう、何卒ご容赦を!」


 うわ、そんな大ごとか?


「だそうよ。手首を落とす?それとも首を刎ねる?」


 大げさすぎだろ。

 あの程度なんとも思って、なくはない。すげー痛かったし。だがあれは、超重要人物の護衛として正しい対処だったとは思う。2人が本当に処刑を覚悟してガクブルしてるのを見たら気の毒になってきた。


 てか、このエルフ、子孫にまで祟ると思われてるのか?


「職務に忠実な素晴らしい護衛じゃないですか。オレは何とも思ってないので、2人を不問にしてもらえませんかね?」

「じゃ、そういうことで。あなた達、もう下がっていいから」

「いえ、そういう訳には...では、代わりの護衛を呼ぶことをお許しください」


「オレも護衛は残すべきだと思いますよ。オレ達は素性の知れない客ですし。この優秀な騎士2人を任に戻すのが一番いいのでは?」

「なら、そうするわ。立って」


「「 はっ!! 」」

 2人は立ち上がると素早く壁際へ移動した。

 ここでチェンジされるより、関わる人数は少ない方がいい。


 大げさすぎるやりとりに、どっと疲れた。

 いや、立場は分かるけど。

 相手が偉すぎて意志疎通できてないんだな、こいつら。


 ありゃ、リゼットが震えてる。

 部屋に入るのは恐れ多いとか辞退したがってたし、一緒させて悪いことしたな。目の前のエルフの神々しさにあてられたのか、イングリットとレオンもいつになく緊張している。

 アゼリーナさんは...緊張するんだな。

 なぜだか、オレにはこのエルフがそこまで大した存在には感じられない。


 イレイリアがまたオレに向かって手を伸ばしかけて引っ込めた。手招きされ、石のテーブルを挟んで彼女とは向かいのソファーに座る。部屋の奥は黒い透明感のある壁だ。薄く光る神代文字と見慣れた紋章が浮かんでいる。

 この神殿は外見も綺麗だし、古代遺跡の保存状態は極めて良好と見ていいだろう。


 神代語で話しかけれられた。

 口が勝手に動きそうになるのを抑えて、自分の意思だけで答える。

「えーと、すみません。オレの知らない言葉です」

「...そうなの?じゃ、そういうことで。あなた、私に会いに来たのでしょ?」


 どう答えるのが正しい?

 一言ずつとはいえ、すでに神代語でやり取りしてしまったし。


「まずは自己紹介を。オレの名はエド。冒険者であり、商人もやっています」

「知らない名前だけど、私も全部知ってる訳じゃないし。あなた、私と同じよね?」


 どう同じかまでは言わないか。イレイリアはとことんマイペースだが、オレが正体を隠していることは察してくれたらしい。


「いえ、ただの人間ですけど。ここに来た目的は、他の参拝者と同じですよ」

「そうなの?でも、私はすぐにあなた、『フリントロック』が私と同じ存在だと識別したわよ。だから探しに出たんだし」


 あ、言っちゃった。

 察してくれてはいなかったか。


 オレがこのエルフと同じ存在だと聞かされて、横に立つ騎士2人からヒュッと空気を吸う音が聞こえた。抑えきれない震えに鎧の継ぎ目が音を立てる。

 そりゃ、首が飛ぶレベルのやらかしだよな。根本の誤解さえなければ、だが。今すぐにでも土下座したいのだろうが、オレ達の会話の邪魔も出来ず、今は立って震えているしかない。


 漏れた情報に合わせて対応方針を修正だ。


「いや、悪い。わざわざ出てきてもらおうとは思ってなかった。まだここが機能しているか気になっただけでね」

「何も問題ないわ。神殿は住民達の魔力で動いてるから」

「それを聞いて安心した。なにせ動力が止まってから2199年も経ったし」

「この地域は2202年前からだけど。でも、神殿はもとから魔力の奉納で動いてるから何も問題ないわ」

「それは何より。それじゃあ、これで帰るとするよ」


「フリントロック、私が知らない個体。それも、人間の体を持つクロノオービタルコア」

「え?」

 コアは精霊核のことか。


 ......


 イレイリアがじっとオレを見つめる。

 オレの精霊核がいつになく意識に干渉してくる。


「私とデータリンクを」

 やっぱり、エーテル化思念体だったか。

 もしイレイリアが皇国に味方していたら、こちらの情報は渡せない。


「えーと、今は判断できない。君はここの管理者だろ。オレが持つ情報が必要なのか?」


「管理者でもあるけど、私はオラクルム・アーカイヴそのもの。際限なく知識を求めるよう調整されている。クロノオービタルコアなら分かるでしょ?未知の知識領域がどれほど私を渇望させるか。あなたが集める知識が、どれほど私にとって美味しいものか」


 身を乗り出して顔を近づけるイレイリアの瞳孔がキュンと大きく開いた。


 うっ...なんだこいつ?


「オ、オレの存在を君が知らなかった理由は、オレが新しい個体だからだ。オレにはこの時代に存在する理由がある。まだまだ無知でね、どこまで情報共有していいか、今この場では判断できない。また来るから、今日はここまでにしたい」

 そう言って、彼女に背を向けた。

 いろいろ興味はあるが、たぶん長居すべきじゃない。


「待って。そんな体じゃ、いつ死ぬか分からないでしょ」

「えっ?」

 向こう側にいたはずのイレイリアが背後にいてオレの左手を掴んでいた。

 どうやって移動した?


 肩を引き寄せられた。

「もっといい体をあげる」


 は?

 何言ってんだ?


 抵抗できない力で部屋の奥へ連れていかれる。

「まさか機械の体?ネジにされる?そんなのいらないから!!」


 冗談じゃない。

 体を乗り換えるとか、ある種の死だ。


 黒い壁に引きずり込まれる。

 パニックに陥りかけた。


 可能な限り強い拒絶の念を込めて思念伝達する。

『待って!オレは体の乗り換えなんて望まない!』

『どうして?』


 イレイリアが心底意味不明といった表情で首を傾げる。


『生まれた時からこの体だからだ』

『??...でも、あなた、クロノオービタルコアじゃない』

『オレは実験体なんだよ。もうしばらく、そう、あと数十年はこの体を使わなくてはならない』


 頭上に『???』を浮かべ、彼女の首がさらに傾く。

 ...


 パンと手を叩いた。

「面白いわ!!この時代でもそんなことが可能なのね!」

 満面の笑みで両手を取られ、彼女の顔が触れそうなほど近づいた。


「うん。そういうことだから、このまま帰らせてくれ」

「実験中なら、なおさら安全確保が重要ね。最強の護衛を付けるわ」


 うげ、また護衛かよ。


『いらない。足手まといだ。帝国時代の装備があるから、この時代じゃ無敵だ。それに、クロノオービタルコアの戦闘力の高さは知ってるだろ』

『でも、その体で出歩いてるんでしょ。防御力皆無じゃないの』

『いや、それはそうだけど、これは実験だから!このままじゃないとダメなんだ!』

『なら、シールドは?外付け装備なら実験の妨げにはならないでしょ?』

『まあ、それなら』


「来なさい」

 ぐいっと引っ張られ、左手から黒い壁の中へ入った。

 後ろを向くと、「あっ」という顔でアゼリーナさんが手を伸ばすのが見えた。

 壁をすり抜け、目眩と共に地下へ降りたらしい。


 イレイリアが手の平を上に向けると、大小5個のリングが現れた

「はいこれ。意志で制御できるシールド装備よ。持ってないから装備してないのよね?」

「ああ、そいつはありがたい」


 手足にブレスレットとアンクレットを付けてもらうと、大きめだった輪がちょうどいいサイズに縮んだ。

「シールド展開と出力調整は自動。それに、あなたならリンクすれば全機能を使える」


 最後に、接合部が開いたチョーカーを付けてくれる。

 顔が近づき、彼女の両腕がオレの首の後ろへ回る。

 なんかドキドキする。


 パチン


 頭に情報が流れ込んできた。

 文字情報の丸暗記ではなく、即座にこの装備の使い方を『理解済み』の状態になった。すでに使い慣れている気分だ。


 単純な防壁は自動展開。それ以上の機能は、精霊核とリンクして時空間操作能力を使う。実質、クロノオービタルコア専用装備みたいなものだ。


《納屋68》

今年もあと数時間となりました。皆さん良いお年を。

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