65.初代皇帝
《納屋65》
海サハギンは高級魚扱いだった。
実際うまかったし。
川サハギンもうまいのだろうか。
ブルグンドへ帰ったら食ってみよう。
宿に戻って『壁と巨人』の話をしたら全員が信じた。
こんな世界だし、そりゃ信じるか。
巨人を操る未知の勢力への対策会議に区切りがついたところで、皇国について知りたかったことを聞いてみた。
「言えないことがあるのは承知している。問題ないと思う範囲で教えてほしい」
ウィリアムが殿下と目を合わせる。
「ウィル、これも恩を返す機会と考えて構わん。どこまで言うかは任せる」
「はっ、承知しました。ではまず、話の前提から。我が国には皇帝陛下でさえ変えることのできない建国以来の、その...使命がありまして」
言いにくそうに言葉を選んだな。
「それが世界の救済と?」
ウィリアムがうなずく。
「外国の方には異論もありましょうが、まずは聞いていただきたい」
皇国史が始まろうとする前夜、即位式を明日に控えた初代皇帝となる男に神命が下った。
翌朝は民衆までもが、ただならぬ何かを感じ取り、国中が高揚感に浮かれていた。偉大なる皇国史の第一日目が始まる、と言っても実際のところは共和国から皇国へと制度が少し変わるだけだ。一般国民にとって貴族に絞られる日々には変わりなく、大した意味は無いはずだった。
夜明けとともに、首都中の民衆がよく分からない高揚感に突き動かされて中央広場に押し寄せた。入りきれない群衆が外まであふれた。初代皇帝が登場すると波紋のように静寂が広がり、全員が皇帝がいる方向へ耳を澄ませた。
不思議なことに、広場の外でも皇帝の声は自然な響きではっきりと聴き取れた。それどころか、広場から遠くの皇都中の民衆も同時にその声を聴いていた。声が届かない遠方へは代理人が派遣され、地方の街や村でも同じ演説が繰り返された。
『...我が国は皇国になると同時に神国となったのだ
神の加護は我にあり!
いかなる邪悪も我らが敵ではない!!』
神命という、およそ信じがたい話もその時の民衆の胸にはすっと染み込んだ。神の使途を皇帝として戴くことになった大衆は歓喜し、広場の大歓声は肌で感じられるほどに空気を震わせ、皇都全域が熱狂にのまれた。
神の名のもとに。
最高の大義名分を得た皇国の司教や司祭、兵士達は破竹の勢いで周辺国を『救済』し始めた。可能であれば教会を建設し、平和的に布教に努める。もし蛮族や圧制者に民衆が苦しめられていれば神兵からなる軍団を派遣して解放の手助けをする。
邪悪を打ち払い、平和と幸福を与え、その地域を皇国の庇護下に入れることで救済が完了する。
現代まで続く外交での謳い文句だ。
だが、『救済』の対象とされた相手にとっては全く別の話だ。
ウィリアムもそれは承知しているので、話している間はその無表情が『俺じゃなく国が言っていることだ』と主張していた。さらに、教会に対してはいい印象を持っていないことも話しぶりから分かった。
殿下だけは誇らしげだ。
「始まりは100万人にも満たない小国だったが、救済された近隣の民が自ら進んで新たな神兵として先頭に立ち、瞬く間にかつては無敵を誇った帝国にすら比肩する国となったのだ。救済の使命を持つ我が国としては、いかなる犠牲を払おうとも、侵略を繰り返す悪の帝国を放置できなかった。詳細は省くが、もちろん悪は一人残らず打ち滅ぼされ、帝国の民も長く続いた苦難から解放されたのだ。そして今では数千万が我が皇国の臣民、すなわち救済する側となっておる」
建前を除けば小国から大帝国へと成り上がる話だ。
殿下は救済の建前を信じきってるんだな。
オレ達辺境組が残念そうに殿下を見ると、ウィリアムとリゼットは辛そうに目をそらした。
忠誠を誓いながらも騙している後ろめたさか。
皇国一美しいと評判の姫様だし、広告塔として便利に使われてきたのだろう。
「その謳い文句は辺境国でもよく知られてるよ」
「解放と併合、そして救済は成る、ですか...」
イングリットの言葉からは批判が感じ取れるが、幸いそれ以上突っ込む気はないらしい。レオンも言いたいことはあるだろうが黙っている。
頭の悪い奴を連れてこなくて良かった。
バカがいたら喧嘩になってもおかしくないところだ。
「せっかくの機会だし、向こうへ着いたら殿下に『辺境国』の実情を見せても構わないだろ?」
「是非とも。姫様が皇宮内では得られなかった見識を得る絶好の機会となりましょう」
オレと目を合わせたウィリアムの視線に力がこもる。
「よし、任された」
「妾も楽しみにしておるぞ」
殿下は能天気に喜んでいるが、ウィリアムはオレに殿下の洗脳を解く役目を任せたのだ。
彼女は自分で考えるタイプだ。おそらく何らかの違和感は持っているだろうし、案外簡単に洗脳は解けるかもしれない。
「背景は分かった。解放とか併合とか、微妙なところは勝手に察するよ。今知りたいのは、皇国がいつ頃どうやって西へ進出するかだ」
「皇宮内では、西方面に関する計画は聞いたことがありませんな」
「当面は西へは進出しないと?」
「というより西方面は辺境総督に一任されていて、皇宮では関知せんのです」
「取るに足らない辺境というわけか。まあ、注目されていないのはありがたい。けど、ついこの前からブルグンドに皇国の教会が建ち始めたぞ。それに、皇国の将軍と枢機卿が冒険者ギルドに来てるのを見たんだが、その意味は分かる?」
「教会は建てられるところには建てるものですが、枢機卿まで送ったとなると、それ以上の計画があるのでしょうな。あ...あっちの総督はパルキウスか」
ウィリアムは嫌そうにその名を口にした。
「その総督が作戦で蜂を使ったりとかは?」
「蜂?」
「皇国の最西端の外側にある森で、オーガホーネットが大発生したんで調査に行ったんだが、そこで皇国の部隊がバカでかい巣箱を護衛してるのを見た」
皇国組の3人とも首をかしげる。
その部隊が消失して、巣箱も灰になったことは伝わっていないのか?
「なら蜂のことはいいや。そのパルキ総督の情報が欲しい」
ウィリアムとリゼットがまた渋い顔になった。
「奴はその、変人でして...」
殿下の見方は違った。
「お主ら、変人とは酷くないか?パルキウスは腹黒い貴族の中では珍しく敬虔な信徒で、おまけに有能だと聞いたぞ。救済された辺境の民は残らず感謝しているとも」
「違うのです。奴は...パルキウスのことはいったん置いておきましょう」
殿下の前では言えないことが多いんだな。
***
後でこっそり話してくれた。
パルキウス総督の指揮で解放された土地では損傷のひどい死体が大量に埋葬される。その損傷具合は戦闘によるものではないし、一般人も多く混ざっている。たまりかねた下士官達が連名で皇宮へ密告した。下級役人が調査に派遣されて来たが、それを見た密告者達は失望した。上級貴族である総督相手に木端役人ごときでは何の役にも立たない。
だがパルキウスは何も隠し立てせず、即席で仕立てた『審問の間』へその役人を招いて『罪人』を裁いてみせた。神聖なる経典を一言一句正確に暗唱しながら、何が罪であるかを丁寧に説明する。理屈は間違っていない。そもそも経典などろくに覚えていない小役人が太刀打ちできる相手ではなかった。
顔を隠して横に並んだ豪華な聖職者装束の数人が、パルキウスの裁定に賛同の意を示す。
よくわからない理由で罪人とされた現地人たちの前に免罪の道具が並べられる。
それを見て青ざめ、失神する者すらいた。
「汝ら下賤の者にも平等に神の裁きは下される」
神の代行者により『罪人』が捌かれていく。
たとえそれが生来の野蛮人が抱える罪であろうと、しかるべき救済措置により赦される。恍惚として赦しを与えるパルキウスを見た役人とその護衛達は、その場で嘔吐して逃げ帰った。
パルキウスにかかれば誰であろと罪人にされかねない。
敬虔な信徒とは言い難い自分が何を言ったところで藪蛇だ。
帰還した役人は見たままを報告した。
だが、皇国民であっても教会に目をつけられた者が帰ってこないのは珍しくないのだ。ましてや、昨日まで蛮族だった者達への扱いを報告したところで、その結果は教会内でのパルキウスの評価を上げただけだった。
だが、当時の軍務大臣はまともな男だった。表向きはパルキウスを褒めながら、信用する部下をパルキウスの配下に潜り込ませた。
そして、その軍務大臣は前皇帝の病死に前後して自殺した。
「証拠こそ出ていないが、やったのは教会だ。今の教会は腐っている!
...それでも、建前がある分まだましだ。だが、パルキウスは狂信を通り越して、ただの狂人だ。こんなことを貴殿に話すのは、西の人々にとってもすぐに他人事ではなくなるからだ。奴に関しては、ある限りの情報を提供する」
つまり協力しろと。
「ああ~、嫌なこと聞いちゃったなあ。かと言ってこんなの放置できないし」
「我が国の問題に巻き込んで申し訳ない」
「いや、確かに他人事じゃないから、情報提供には感謝するよ」
中世ヨーロッパの教会がやらかした残虐史を凝縮したような人間が存在していて、そいつの権力が自分が住む地域に向けられている。
嫌すぎる。
知らなければよかった...じゃないな。
悪い情報こそ早めに把握しておくべきだ。
***
話は戻る。
殿下の前では話せないことが多いのは理解したので、問題なさそうな質問を選んだ。
「皇帝は象徴などではなく、絶対権力者なんだろ?」
「ええ。ですが、むやみに権力を行使せぬのが皇帝たる者の美徳とされているので、通常は元老院の決議を承認するだけですな」
「なるほど、共和国だった頃のなごりか。たしか、共和制では領地貴族はいないんだっけ?」
殿下がニヤリとした。
「博識すぎぬか?貴族か官僚でもなければできぬ会話をしている自覚はあるのか、冒険者を自称するエドよ」
「分かってるよ。けど、好きで冒険者をやっているのは本当だぞ。まあ、この期に及んで全部隠す気もないし、引き換えに、後でオレのことも話すよ」
イングリットとレオンがピクッと反応した。やっぱりオレの背後が気になるんだな。伯爵家がオレの背後を探って空振りに終わったのだろう、とは想像できる。だが、やって来たばかりの異世界人の背後なんて出てくるはずもない。
「よし!フリントロックの情報と引き換えだな」
うん?
殿下が『あ』という顔をした。
『いいよ、いいよ』という意味で軽く肩をすくめてみせた。
皇国では不用意にフリントロックと名乗るつもりはないが、知られて困るわけでもなし。
「さすがは殿下、お見通しでしたか。フリントロック家所縁の者として多少の情報は提供できますよ」
「う、うむ。期待しておるぞ。むろん、こちらから恩を返すのが先だがな」
口を滑らせてバツが悪いか。
「それじゃ、次は軍の組織構造を知りたいかな」
皇国では戦力のほぼ全てが国軍だ。
必要とあらば皇帝の一声で大兵力を動員できる、中央主権国家だ。それに対して、西方面の各国は国王が最高権力者なのは皇帝と同じだが、領地持ちの貴族達も大きな兵力を持っている。
中央集権の皇国と、権力が分散した西の辺境国家。
多数の領主がいる王侯貴族制ではいかに国王といえど、有力貴族の同意なしには国の総兵力を動員できない。最悪、地方領主がその領地ごと敵に寝返ることすらある。総兵力で負けている上に、制度まで戦争に不利だ。
「あれ、皇国の最西端のウストリアは男爵領だったけど?」
「はて?我が国にそのような制度はないはずですが」
「その男爵と実際に会って話したし」
「妾が説明しよう。その男爵は併合前の地位を名乗ることを許されているだけで、実際のところはただの代官にすぎん。よく言って準貴族だ」
「ああ、なるほど。まあ、とにかく、西が重要じゃないと分かったのはよかった。となると、気になるのは皇国にとって最重要なのはどっち方面かということだが」
「それなら、先々代の頃から北西方面の防衛が課題でして、蛮族を退けるために何度か軍団が派遣されていますな」
「蛮族相手に皇国が防衛に回るんだ?」
「いえ、えーと、蛮族とは教会による布教の余地もない相手のことでして...」
またウィリアムが言葉を選ぶのに苦労している。
積極的防衛や、野蛮人からの解放といった言葉が並ぶが、要するに防衛の建前で遠征し、解放の建前で征服しようとしているのだ。
こんな中世以前の世界で他の国なら建前など不要だろうに。
世界の救済などと、きれいごとを掲げてしまった皇国の難儀なところだな。
北西の地図を脳内に展開してみたら状況を理解できた。
フリントロックの記憶では、皇国の北西には国家が無い代わりに強力な騎馬民族の部族連合があった。それは今も変わらないだろう。その背後はロナーク地方で、フリントロック家がある。となると、部族連合にフリントロック製の武器が供与されているのは間違いない。
それでも皇国軍が相手では厳しいだろう。距離のおかげで何とか持ちこたえているといったところか。
「現皇帝陛下は先代の急死によって即位されたので、地盤固めにいささか性急になっておられる。北西方面の解放は、その手頃な手段に思えるのでしょう」
「強欲なハゲめ。多くの臣民を失うかもしれんというのに」
「教会の増税と魔石の値上がりもそのせいかな?」
「ええ。全ては軍備増強のためですな」
「大量の魔石の使い道は?」
「それは知る立場になかったので。それに、知っていたとしても言えんことでしょう」
「そっか、分かった」
各方面の兵力や軍の組織は詳しく教えてくれた。
「そこまで言っていいのか?」
「問題ありません。組織構成は別として、我が国にとって兵力は誇示するものなので。外交では相手国の懸命な判断を期待して、最初から参考情報として提供するのです」
「ああ、そういうことね」
さすが大国。
恫喝外交がデフォなんだな。
皇国軍の用兵は地球の近代軍に近かった。弓と槍が主力なのは仕方ないが、そこに魔法と魔道具が加わると、鉄砲や爆弾があるのと似た戦術が可能になる。それに加えて、航空戦力のワイバーンもあるし。
ちゃんと兵站を重視しているのも脅威だ。
軍には優秀な人材が多いと思われる。
《納屋65》




