64.夕暮れの皇都
《納屋64》
郊外の街から馬車に乗り、半日かけて皇都の内層を囲む壁の前まで来た。
今は街中が夕飯の準備中らしく、夕暮れの空を背景にあちこちから煙が立ち上っている。
煙と料理の匂いが漂ってくる。
なぜかすごく懐かしい気がする。
馬車を降り、リゼットの案内で宿まで歩いた。
「ここです」
「へー、この感じなら貴族も泊まるのかな?」
「そうですね。主に商人が使いますが、貴族も懐具合によっては来るようです。まあ、ほとんどの貴族は体面を気にして内層に泊まりますけど。実は、この宿は内層の一番安い宿よりも少し安いのに、食事も部屋も質は上なんです」
その宿は4階建ての、貴族の館っぽい建物だった。窓には半透明で微妙に波打つ30cm四方くらいのガラスがはまっている。高級宿でこれだし、この世界で量産できる板ガラスとしてはこれくらいが最高品質なのだろう。
「オレの商会の名前で泊まれないかな?また来るかもしれないから」
「商会主だったのですか?」
「代表ではないけど、権利を半分持ってる共同経営者なんだ。商業ギルドには登録している」
「登録証を拝見できますか」
「ほらこれ」
「エミリー商会...これなら私の口利きでいけますね」
ランクを見て大丈夫と判断したのだろう。代表はパブロックなので、エミリー商会の格付けも彼と同じ、7段階中の上から4番目だ。登録証を見る間の長さからして、これよりランクが低かったら厳しかったのかもしれない。
「商人に国境は無いというのは本当なんだな」
「そうですね。そのへんは冒険者と同じだと思います」
背後から肩に手を乗せられてビクッとした。
「エミリーって、誰?」
「えっ、いや、人じゃなくて馬です。商会の代表が相棒にしてる駄馬の名前ですよ。代表というのは、この前ウストリアで会ったパブロックだし」
「そう」
そういえば、アゼリーナさんに商会のことはまだ話してなかったな。
宿に入るとリゼットが支配人を呼びつけてオレを紹介してくれた。
さすがは宮廷メイド、高級宿の支配人より偉いのか。
自己紹介がてら、エミリー商会では主に酒、砂糖、香辛料等の嗜好品を扱っていると説明して、砂糖の小壺を渡した。
「ほお、ここまで真っ白とは。こちらで販売なさるので?」
「それが可能かどうか、調査に来たところです。辺境の出では皇都での商売は厳しそうですし」
「ははは、厳しいのは確かですな。ですが、その慎重さと行動力ならうまくいきますよ。リゼット様のご紹介ですし、この砂糖はうちの料理長に渡しておきます。ただ、仕入れ先は決まっていますのでご期待はなさらぬよう」
「ええ、承知してますよ」
話の成り行きで、本当にここで商売したいのかも考えずに渡してしまった。もし取引したいと言われたらどうしよう。
地球ですら泊まったことがないような豪華な部屋に案内された。と言っても一泊3万円を超えるような部屋には泊まったことがないのだが。今夜泊まるのは、一泊で金貨2枚もするバカでかい部屋だ。主人と一緒に護衛や付き人も泊まれるよう、中は4つに区切られている。
金貨2枚は現地感覚で大雑把に20万円程度。
日本で売れば約36万円になる。
「さて、食事はどこへ行きましょうか。もちろん、この宿もおすすめですけど」
「少し街を歩きたいから、近すぎず遠くない、適当な場所にいい店はないかな?」
「うん~、では、大通りを3本ほど越えて歩きますか」
「よし、そうしよう。出かけるついでに皇都で一番品揃えがいい魔法店に入ってみたいんだが、やっぱり一見さんだと相手にされないよな?」
「そうですね。一番と言えば主に宮廷魔導士や貴族を相手にする店ですから。それに、今日はもう閉まっています。明日私が同行しましょう」
「助かる。それじゃ明日の朝、ちょっとリゼットを借りてもいいかな?」
「良かろう。その代わり、教科書を取ってくるのはあきらめよ」
「それはオレには決められないし」
「殿下、往生際が悪いですよ」
「姫様、教科書は今夜中に手配いたしますのでご安心を」
「ウィル、お前まで妾を裏切るのか!?」
殿下が大げさに愕然として、ふらふらとオレにすがりつく。
「エドよ、妾をどこか遠くへ連れ去るがよい。今すぐに!」
「はいはい、今は無理だけど後ですごく遠くへ連れて行くから」
リゼットは殿下の小芝居には取り合わず、オレに聞いた。
「何か欲しい物があるのでしょうか?」
「魔導インクと竜皮紙。インクは文字通りの最高品質で。特級じゃなく、超級が皇都にならあるはずだ。竜皮紙はできればワイバーンより、本物の飛龍の翼膜がいい」
「なるほど、それなら皇都の中心街でないと入手は困難でしょうね。もしかして、エド様は錬金術師でもあるのしょうか?それも師範クラスの」
「我は魔導科学...あ、いや、魔道具制作者だよ。だから錬金術もかじってる」
いかん。
不意に聞かれるとついドヤってしまう。この分野の話をすると、どうしても気分がフリントロックになってしまうのだ。
「アゼリーナさんも皇都の魔法店は見たいですよね」
「もちろん。それに、お師匠からも色々と買い物を、頼まれたから」
オレ達が旅立ってからディメトレーヤさんが近況を知らせろとうるさいので、毎日2人で手分けして手紙を書いている。2人とも脚色などせず淡々と事実を列挙するのだが、殿下救出のくだりでダメ出しされた。戦闘シーンをより詳しく、ちょっと大袈裟な表現で描き直したら合格が出た。
冒険小説じゃないっての。
宿を出て、リゼットの案内で雑踏の中を歩く。
人が多い街中でも、飲食店は特に賑わっている。
やっぱり旅先で夕方の街を歩くのは楽しい。
すぐに目についた履物屋でカリガっぽい履き物を買った。
店先で木の丸椅子に座って合わせてもらう。これは足首に紐を巻いて固定する、古代ギリシアやローマ風のサンダルだ。
スニーカーと履き替えれば、もう全身が異世界装束だ。
「うん、涼しくていいな。ほい、400セッテルね」
小銀貨2枚を渡した。
覚えたばかりの通貨単位だ。
少額なら『セッテル』。金貨を使うくらいになると100倍の『ギウス』という単位を使う。田舎や貧民街なら「銀貨が何枚」に「銅貨が何枚」で、数字を10まで数えることができれば大抵は事足りる。だが、この辺まで来てそれだと足元を見られるらしい。
隣の店で中古服も買った。
半袖のチュニックだ。
「似合っておるぞ」
「これなら現地人に見えるかな」
「見えるな。間近で見れば商家の下働き、遠目なら奴隷といったところか」
「あ、そう」
殿下の評価は厳しい。
アゼリーナさんがクスッと笑う。
「アゼリーナさんも服買いましょうよ」
「え、私はこれが...」
「こういう服を着たところを見てみたいんです」
有無を言わさず店員に服を見繕わせて試着してもらった。
彼女用はできれば新品にしたいところだが、新品だとオーダーメイドになってしまう。今すぐ買いたければ中古服しかないのだ。この店は中古でも程度のいい服を揃えた、いわば高級中古服店だ。
着替えて出てきた彼女はギリシャ神話の女神のようだ。
「おおー、すごく綺麗です。これは靴も合わせないとダメですね」
靴屋に戻り、女性用のカリガを買った。
殿下がニヤニヤしている。
「お付きの奴隷に見られるのが嫌なら帯剣しておけ」
「ぐっ、やっぱり奴隷かよ。奴隷に見えるのは動きやすい服にしたせいか?」
「それもあるが、お主は全体に見た目が貧相だからな」
「ぐぬぬ...」
言われたからって筋肉モリモリになりたいとは思わないが。
殿下のアドバイスのおかげで『お嬢様と護衛』くらいには見えるようになったはずだ。せめて姿勢だけは堂々としよう。
帯剣している通行人は少ない。
鎧装備はもっと少ない。
「さすがに皇都じゃ冒険者の仕事は少ないよな?」
「ここにもそれなりに大きい冒険者ギルドはありますよ。ネズミ退治その他、いろんな雑用が多くて初心者にはうってつけとか」
「雑用かー。それなら多分、ランクを上げる気がない日銭稼ぎだな」
ウィリアムが頷く。
「そうでしょうな。戦闘で稼ごうと思う者は辺境を目指しますから」
通行人の中には時々『敵』と識別できる奴が混じっている。その中の2人組がオレ達を見て迷うような動きを見せた。
スリか強盗か。
そいつらに気取られないよう、視線は合わせずに警戒する。片方が何か言うと2人ともこちらを無視してすれ違い、そのまま歩き去った。おそらく、お上りさんの集団とみてカモにしようと思ったのが、ウィリアムやレオンを見て無理だと判断したのだろう。一応、オレも帯剣してるし。
ブルグンドより敵の反応が多いのは意外だ。都会の方がゴロツキの人口比が高いということか。そういうや、ブルグンドで物乞いは見なかったし、貧民街も無いしな。
「着きました。ここです!」
「おお、いい感じだ」
そこは、2階がテラス席になっていて、地球の観光地にあってもおかしくない洒落たレストランだった。
「これはこれはリゼット様、ご機嫌麗しゅう」
「7人お願いするわ」
「はい。では皆さま、2階席へご案内いたします」
さすがは宮廷メイド。
細かいやり取り抜きでいい席へ案内された。
殿下はフードを被ったままだが、ここの雰囲気なら浮きはしない。隣のテーブルには金持ちそうな犬耳が座ってるし、その向こうには顔を隠した白装束の一団もいる。
給仕のお姉さんはウサ耳だし。
兎系の獣人は初めて見た。是非とも例の衣装を着てもらいたい。コスプレ用メイド服も絶対似合うな。
妄想している間に、とりあえずで頼んだ山盛りのぶどうが乗った皿がテーブルに乗せられた。続けてワインと小魚のオイル漬け、そしてスープとパンも。
残念、いやそんなことはないが、運んできたのは普通の人間だった。
「いやー、あの街に置いてこなくてよかった。リゼットがいるとほんと助かるよ」
「どういたしまして。これも仕事で得た伝手ですから」
少しばかり彼女の鼻が高くなった。
テーブルの下から伸びた誰かの足首がオレの足首と接触した。
『ある意味、この中ではリゼットが一番偉いぞ』
『分かるよ。できるメイドは偉いからな。もしかして戦闘でも強い?』
『剣術や体術なら妾では歯が立たん』
『まあ、護衛も兼ねてるのならそれも当然だろうな』
メインディッシュの魚料理が運ばれてくる。
よし、今度はバニーだ。
歩きながらわずかに揺れる、長いウサ耳が気になって仕方がない。
「こっちがサハギンの肩肉、これはモモ肉、ですよ。仕留めたのは勇敢なバルカ乗りのマリス・セイラーです。オスティア港の漁師ではまだ新人の部類だけど、ここ最近は評判が急上昇中の、海の冒険者、ですよ」
普通の魚が出てくると思っていたオレは、サハギンと聞いて一瞬動揺した。注文するリゼットは聞いたことがない魚の名前を言っていたが、それがサハギンだったとは。
まあいいか。オークだって食うし今更だ。
そんなことより、バルカ乗り?海の冒険者?
「ここでは漁師も冒険者なんだ?」
バニーが少し目を細め、ニコリとした。
この反応なら、ちゃんとお上りさん向けの説明をしてくれそうだ。
「全員じゃないけど、サハギンとか、魔物も狩る漁師は冒険者も兼ねている、ですよ。それに、並の漁師でも中級の冒険者程度には強い、のです」
「ああ、たしかに漁師は強いよな。それで、バルカ乗りというのは?」
「バルカは一番多い漁船、ですよ。もし漁師に仕事を聞いたら、あいつらドヤ顔で『俺はバルカ乗りだ!』って言いやがりますよ、です」
「それでバルカ乗りか。たしかに、カッコいい響きではあるな」
話し終えたバニーの給仕がくるっとターンして歩き去る。
何気ない動きだが一瞬ゾクッとした。
オレにも強者の気配が分かるようになってきたのか?
足首を接触させて殿下に聞いてみた。
『なあ、ウサギさんてやっぱり戦闘民族なのか?』
『兎人は強いぞ。だが、頭は今ひとつでな。給仕などやっておるということは、借金でもこさえて奴隷になったのかもしれん』
そう思って見ると、立ち去るバニーが脳筋に見えた。
リゼットが説明してくれた。
「あの人はここの用心棒も兼ねてるんです。知らずに尻尾やお尻りを触って痛い目を見る馬鹿がたまにいますよ」
「あははは。なんとなく分かるよ」
強者の気配を感じたと思ったのは正しかったのだ。
そよ風が気持ちいいテラス席で食うサハ...いや、高級魚は美味かった。
人型だけど。
味も肉質も魚だったから問題ない。
*
その夜。
50m巨人の話が気になって仕方がない殿下にせがまれ、地球では大人気の『壁と巨人』の話をした。だいぶ大雑把に省略した話だが、ここにいる全員が息をのんで聞き入っている。
「...というわけなんだが、その三重の壁に囲まれた都市がどこにあるのか、実話なのかも分からん」
殿下は真剣だ。
「妾は信じる。おそらくは、はるか東方の話であろう。あっち側の情報は少ないからな」
殿下以外も実話だと思ったようだ。
ここにいる全員が真顔で話し込んでいる。
「その巨人共はオーガの上位種の可能性が高いかと」
「どちらかと言うとトロールでは?」
「頭の悪さと再生能力はトロールだな」
「オーガかトロールかはさておき、問題の本質は背後に巨人を操っている人間がいるらしいことでしょう。いつの日にか、その勢力がこちら側まで攻め込んでこないとも限りませんよ」
さすがイングリットは鋭いな。
ありゃ、全員深刻な顔になった。
「「「...」」」
「今の話にならい、皇国でも調査兵団を編成すべきであろうな。最低でも3部隊を東方面へ。だが今は情報を伝えることすらかなわぬ身。ウィル、せめて真偽不明の噂話としてでもこの情報が元老院の耳へ入るようにできるか」
「はっ、承知しました。では、酒場の噂話として広めましょう」
今更ただの物語とは言えなくなってしまった。
まあいいや。
わずかでも皇国の戦力を削げるのは好都合だ。
《納屋64》




