63.皇都に着いた
《納屋63》
皇都近郊の村と街3ヶ所に立ち寄り、使命を果たして倒れたアメリシア皇女殿下の護衛達を故郷へ帰した。
「それじゃ、いったん別れよう。3日くらいで戻るから」
「一緒に行っては邪魔か?」
「そんなことはないが、さすがに皇都に戻るのは危険じゃないか?」
「公式に手配されておるわけではない。極秘にやるのが暗殺であろう。それに、フランシウムから皇都まで速い馬車でも10日はかかる。あちらで目撃されて、その翌日に皇都に戻ったなどと想像できる者なんぞおらん」
「まあ、確かに...」
目立つ銀髪は後ろにまとめてフードで隠せばいいし、オレ達と一緒なら違う集団に見えるだろうし、ここに置いて行かれるのも不安だろうし...
「う〜ん、何も問題ないような?」
「一緒に行ければ土地勘のある我々が役に立つこともあるかと」
イングリットとレオンもうなずいてるし、まあいいか。
「分かった。一緒に行こう」
「恩に着る!」
「うん」
殿下の笑顔を見て正しい選択をしたと思った。
馬まで乗せると飛べる高度が下がるので、馬車と一緒にこの街に預けることになった。殿下達3人を加えて7人を乗せた壺は皇都を目指す。
可能な限り高度を上げ、上空から皇都『エカトリウム』の中心部が見えるところまで接近してみた。もし壺が地上から目撃されても、遠くに浮かぶ黒い点を気にする者はいないだろう。
いないといいなあ。
「不審な飛行物体を撃ち落とすような設備は無いよな?
「残念ながら、我が国にもそのような物は無い。だが宮廷魔導士ならワイバーンくらい落とせるぞ。あまり低く飛ぶなよ」
都市の中心にある宮殿はどこかで見たような古代建築風だ。アーチが連なる長大な構造物が都市の中心部を通ってさらに先へ伸びている。闘技場のような施設は複数ある。人型の巨像、丘の上の神殿らしき建物、何だか分からない建物も含めて、都市の象徴になりえる特徴的な大型建築物が多い。
都市の周辺部は雑多な住宅街だが意外と緑が多い。雑多に見えて全体の構造は都市計画されたように整然としている。
横を流れる大河の先には海が見える。
このまま後世に残せたら貴重な文化遺産になるだろう。皇帝を暗殺するとしても宮殿ごと吹き飛ばすのは惜しい気がしてきた。
イングリットとレオンが眼下の大都市に愕然としている。
「すごい...」
「これに比べたら、デネルブルグの王都ですら田舎町だ」
こんな国と戦って勝てるわけがない、と2人の顔に書いてある。だがすぐにレオンはぎゅっと拳を握り、何かを決意したような目で敵国首都を見据えた。イングリットも一回深呼吸すると、いつもの営業スマイルに戻った。
よし、折れなかったな。
殿下達3人も初めて空から見る自国の首都に改めて感心している。
「殿下、これが我らの皇都なのですな...」
「うむ。よもやこれほどとはな...
100万を超える民が住んでいるというのは本当だったか。200万に届くかもしれんな。ウィルよ、この国を愚かなハゲと豚共の好きさせてはならん」
「はい」
これを境に殿下達は何かを決意したらしい。
「郊外が広いなあ、どうやって入ろう。あんまり歩きたくないし...この壺は、特に皇都の近くでは兵士や貴族に見られたくないんだ」
思案しているとウィリアムが提案した。
「周辺も思っていた以上に集落が多いですな。集落の住民になら見られても平気な気はしますが、そこまで用心するのなら、いったん皇都から北西へ離れて、街で馬車を手配するのがいいかと」
「うん、そうしよう」
北西へ向かうと草原の中に学校のグラウンドのような空き地が見えた。
「ああいった広場には接近せぬよう注意を」
「何なの、あれ?」
「この場所だと最精鋭の第6軍団の宿舎と訓練場ですな。腕の立つ魔道士もいますよ」
訓練場を避けてさらに北西へ飛ぶ。
低空飛行でとある街へ接近し、林の中へ降りた。
その街はそれなりに賑わっていて冒険者の恰好をした者が多かった。この街より外は未開地となり、さらに北西へ半日も歩くと山岳地帯に入る。そこでは冒険者達が獲物を狩ったり、狩られたりしているのだろう。
この街の冒険者ギルドはブルグンドのよりでかかった。特に用は無いが、どんな依頼があるのか興味がある。
「やっぱり皇都が近いから獲物が高く売れるのかな?」
「ええ、ここは稼ぎやすいらしいですな」
掲示板にはブルグンドでは見たことのない、魔物の生捕りが常設依頼として貼られていた。
「生捕りにしてどうするんだ?」
「闘技場で使うのです」
「ああ、なるほど。あそこで剣闘士や魔物同士で戦わせて見せ物にするのか」
生捕りならゴブリン1匹大銀貨1枚、オークなら金貨5枚だ。高いのか安いのか分からない。ブラックボアが金貨170枚は破格に聞こえなくもないが、あの巨体を檻に入れて運ぶ労力に見合うのだろうか?
「おっ、ワイバーンが金貨1500枚とはすごいな。自分で受けるのはごめんだが捕獲するところを見物したいな」
ウィリアムが声を潜めて耳打ちした。
「アレで飛んで行けば、見物にうってつけの場所に陣取れるでしょう。ただ、ワイバーンの捕獲はせいぜい年に2~3回ですがね」
「そっか。それじゃ今回は無理だよな」
冒険者ギルド内の雰囲気はどこも似たようなものだった。一通り見て納得したので次へ行く。
ウィリアムの案内で街の外側にある小さめの牧場のような施設に来た。そこでは数頭の馬が柵の中で放し飼いにされていて厩舎もある。正面の建物の前にはバス停の待合所みたいな木のベンチがあり、中にも同じベンチがあった。
「馬車を出してほしい。皇都まで7人だ」
ウィリアムが声を張ると奥から返事が返ってきた。
「はい、はーい!お客さんね。2頭立てのワゴンでいいかい?」
返事しながら革エプロンに三つ編みのお姉さんが出てきた。
「できればキャリッジの方がいい」
「あるわよ。片道なら金貨2枚。往復で明日戻るなら3枚だけど」
「値段は問題ない。片道で頼む」
キャリッジは貴族が乗るような箱馬車なので車両の料金も高い。定期便の乗合馬車ならこの数分の1で済むのだが、金貨の数枚ならどうってことないので1台丸ごとチャーターする。
「護衛はどうする?皇都までとはいえ絶対安全じゃないよ」
「無用だ。俺たちは冒険者だからな」
ウィリアムが振り返った先にいるオレ達は、4人が腰に剣を下げている。とんがり帽子の魔法使いに加えて戦闘メイドまでいるし。
「あら、余計なお世話だったみたいね。万一、盗賊にでも襲われたらうちの御者と馬も守ってね」
「ああ、もちろんだ」
それなりに交通量がある道で皇都まで半日もかからないし、賊や魔物などたまにしか出ないらしい。それに、金持ちが乗っていそうなキャリッジタイプなら、私設の料金所で非合法の通行料を払えと言われることもない。
馬車に乗り込み、3人ずつ前後に向かい合わせで座る。1人余るのでレオンとウィリアムは交代で御者の隣に座ることになった。シートは革張りで詰め物がされている。これならあんまり尻も痛くならないかもしれない。
出発した馬車は思ったより揺れが少なく軽快に走る。街の近くは道がいいのだろう。
街を離れると窓から見える景色はすぐに畑と草原になった。丘に川に森もある。多少の魔物は住んでいそうだ。
流れる景色に目を輝かせていると殿下に話しかけられた。
「どうした?エドよ浮かれておらぬか?」
「ああ、初めて来る場所だし、こういう馬車に乗るのも初めてだしな。おまけに景色もきれいだ」
「空を旅をしてきたお主がそう言うとはな」
「地上の旅はまた別だ」
何事もなく馬車は走り続けるが、揺れが少なかったのは最初だけだった。街から遠ざかるにつれてガタゴト揺れはじめ、早歩き程度に速度を落とした。薄い詰め物しか入っていないシートを通して、オレの尻にじわじわとダメージが蓄積する。
「もうダメ!やっぱりこのガタガタには耐えられん」
「軟弱者め。我慢するがよい。馬車の旅とはこういうものだぞ。皇室の馬車ならまだマシだが、それでも空を飛ぶようにはいかんぞ」
年下の姫様ですら不満の一つも漏らしてないのに、先に音を上げたオレに全員が呆れ顔だ。
「エド様とは一体何者なんでしょう?」
リゼットが思わずこぼした。
「なんとでも言え。魔法使いは頑丈にできてないんだよ。だからこれを使う」
虚空から人数分のクッションを出して配った。
「おお!これはすごいな!」
「なんという弾力。皇室の馬車にさえこれほどの敷物は使われておらんぞ」
「ああ、これは助かりますー」
「やっぱり、まだまだ色々、隠し持ってるのねエド君」
皆が安堵した声を出し、救われたような表情になった。
座布団よりは小さく、厚さ数センチで、中身はウレタンか何か知らないが人の体重でも完全には潰れない、地球の科学技術の産物だ。
格段に快適になって自然と雑談も増える。
そうそう盗賊など現れるはずもなく、何事もなく馬車は進み、まだ日が高いうちに皇都に到着した。
「ここからが皇都だけど、もう少し進みます?」
「ネプツニー商業区に用があるんだが、そこまで行けるか?」
「壁の内側だね。馬車を入れるのなら大銀貨1枚取られるよ。それに加えて市民権を持たない者は小銀貨を2枚」
皇都は二重構造になっていて外層は雑多な居住区だ。内層には特に裕福な市民と特権階級の住居や高級店、宮殿その他の行政施設がある。
外層の住民達は高い石壁に囲まれた内層こそを『皇都』と呼んでいる。
広い街道を都市の奥へ向かって馬車が進む。
埃っぽい道の両脇には商店が立ち並び、路上にも所狭しと雑多な露天が並んでいて人だらけだ。獣耳や尻尾がある者、無い者、多種多様な人種が歩いている。布を巻いただけとか簡素な貫頭衣みたいな服が多く、上半身裸のオヤジもいる。
歩けば暑いだろう。
窓から入る涼しい風が...悪臭を運んでくる。
顔をしかめるオレに、ウィリアムがバツが悪そうに説明してくれた。
「この区域にも排水溝はあるのですが、横着して糞尿を窓から投げ捨てたり、道端で用を足す者が後を絶たんのです。不届き者を罰する法律まであるのに取り締まりが追いつかずにこの有様です」
「ははは、まあ大都市はこんなものだよな。お、風向き次第ではうまそうな匂いになるな」
最も多い建物は5〜6階建ての木造の住居だ。一階が商店になっていて、二階より上は賃貸住宅で、上の階ほど貧困らしい。時折見える横道は、建物の間にロープが張られて洗濯物が干されている。
前を進む荷馬車には、頻繁に物乞いが寄ってきて手を伸ばしては追い払われている。オレ達が乗っているような、磨かれて黒光りする箱馬車には物乞いが寄ってこない。
奥へ進むにつれ、右側には都市の中心部へ延びるアーチが連なった橋のような建造物が近くなってきた。
「でかいなー。あれは水道橋だろ?」
「うむ。第三代皇帝ウラニウス帝が建設を開始し、妾の曽祖父にあたるアクティニウス帝の代で完成した、近年最後の大事業だ。もっと小規模なのは今でも必要に応じて作られるがな」
殿下の説明にリゼットが満足げに頷く。
「あんなものがあるということは下水道もあるんだよな」
「もちろんだ。この辺りには少ないが、中央区画には網の目のように張り巡らされておる」
「下水道とは?」
レオンの一言で王国が遅れているとバレてしまった。
「一言でいえば排水溝だな。上水道に対する下水道と言えば分かりやすいか。人口が多い都市の衛生を保つには必須の設備なのだ」
うんうんと頷くリゼットに気づき、殿下が一瞬眉を曲げた。
「なるほど...」
レオンの生返事には理解したような実感は伴っていない。やはり辺境国には下水道など無いのだろう、と殿下達3人は思ったに違いない。
左奥には闘技場らしき巨大建築が見えてきた。湾曲した壁面の上には内側に傾いた多数のポールが立ち並び、日除けと思われる布が張られている。
脇にはカッコいいハルバードを持った巨像が立っている。
「あの闘技場では武闘大会とかやってるのかな?」
説明する殿下は得意げだ。
「うむ、そういった大会は年に数回だが、罪人の公開処刑や戦士と魔物、あるいは戦士同士の賭け試合なら頻繁にやっているぞ」
「戦士同士でもどちらかが死ぬまでやるのかな?」
「いいや、人間同士なら普通はそこまでせん。ただ、奴隷剣闘士の試合はその限りではない。投げ入れられるオストラコンの数次第ではトドメを刺すところを見られるぞ。去年まで最強だったホメナハの死には金貨300枚に相当するオストラコンが投げられたと聞く」
やはり中世以前の感性だな。
ちょうどその時、闘技場の方から地鳴りのような大歓声が聞こえてきた。
「この歓声がそれかもしれんな」
「すごいなー。何人くらい観客がいるんだ?」
「さあな。ただの賭け試合でも1万は入ると言われておるが」
辺境国から出てきたこちらのメンバーは初めて聞く大歓声の迫力に言葉も無い。驚いた顔で闘技場の方を見ている。
「お主だけはさほど驚いておらんな」
「まあ、人が多い場所へ来るのは初めてじゃないし。ところで、オストラコンって焼き物のカケラだろ。そんな大人数が投げたら結構な数が前列の観客に当たらないか?」
「毎回怪我人は出るぞ。だが、死んだという話は滅多に聞かん」
「あはは、滅多にないなら平気だな?」
そういう時代だし。
リゼットが嫌そうに言った。
「ええ、最前列は一番人気ですよ。どうせ賭けで破産する方が早いような連中ですから、誰も怪我なんて気にしてません。私には理解できませんが」
橋を渡り、川を越えると街の雰囲気がガラリと変わった。急速に悪臭が薄れていく。相変わらず人は多いが、物乞いはいないし、立派な建物が多い。
「この辺まで来れば治安もいいですよ。裏通りも清潔ですし、いい宿屋もあります。ほら、あのお店なんか美味しいですよ」
「おお、あの店は妾も贔屓にしておる」
「殿下、どうやってこんなところまで来たのですか?」
「あ」
リゼットが睨む。
「あはははは。城を抜け出して臣下の者達を困らせる姫か。いかにもアーシアがやりそうだな」
「壁の外まで来たら笑い事では済まないかもしれないのに...」
クドクドとお説教が始まってしまい、姫様はむすっとしてしまった。
高い石壁が近づき、巨大な門が見えてきた。
石壁はデザインこそ古代建築風だが、建築精度が異様に高い。継ぎ目が直線で、表面も真っ平らな、まるでコンクリート建築だ。
ゴツゴツとした石積みを期待していたのに風情が無いなあ。
「ほおー、これなら50m級の巨人に蹴られても平気かもな」
「そんな化け物がおるのか?」
「ははは、この辺にはいないと思う。もしいてもこの壁は越えられないさ。これは相当優秀な建築技師と魔道士の仕事だと分かるよ」
「うむ。壁の建築は我が皇国史の大偉業として語り継がれておってな..」
殿下の説明は興味深い話だった。
「さすがは姫様、よくできました」
「ふっ、もう歴史の勉強をやらされずに済むと思うとせいせいしてな、つい思い出してしまったわ」
誉めるリゼットに殿下がひねくれた返事を返した。
「来たついでに教科書類も取ってくれば?オレの収納に入れたら全部運べると思うけど」
「それはいいですね。ウィリアムさん、手配できますか?」
「まあ、その程度なら信用できる近衛に頼めば持ち出せるだろう」
「おい、エド!?余計なことを言うでない!」
殿下が両手でオレの首を絞めあげる。
「ぐっ、ぞんなに喜んでもらえで...オレも..」
タップしても通じない。
視界が急速にブラックアウトする...
目を開けるとアゼリーナさんに支えられていた。
意識が無かったのはほんの数秒だろう。
「済まぬ。それにしてもお主、弱いのう」
「加減を知らぬ主人で申し訳ございません」
リゼットが頭を下げた。
「いやいや、完璧な絞めだった。ちゃんと血管が絞まってたぞ。戦う技術があるのはいいことだ。でも次は手加減してくれよ」
「ふふっ」
リゼットが笑い、殿下が『なんだこいつ?』とでも言いたげに片眉を上げた。
門からは長い行列が伸びていた。
それには並ばず、広場に入ってすぐの場所に馬車が止まった。広場の中央には槍を持った巨像が立っている。
「到着ですよ」
「ああ、ありがとう。いい旅だった。今夜の酒代にでもしてくれ」
ウィリアムが小銭を渡す。
「おっ、ありがたく。また機会があれば是非俺を指名してくださいよ」
馬車を降りたらまずは宿の確保だ。
オレ達は壁の内側に用があるのだが、殿下が料金所を通るのはまずいので、壁の外で宿を探す。
やっぱり殿下達を連れてきてよかった。
リゼットとウィリアムについて行くだけでよさそうだ。
「いくつか心当たりがあります」
「俺もだ」
「ならさっさと宿を取って飯食いに行こう!」
「はい、ご案内します」
オレにとっては過去へタイムスリップして全盛期の古代都市を観光するようなものだ。できれば、いつか時間を作って長期滞在したい。
《納屋63》




