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62.皇都を目指す(8)

《納屋62》


 皇国の第二都市フランシウムに入り、宿を確保した。暗くなるまでの時間つぶしに遊覧飛行していたお嬢様達とも合流して、真っ暗な夜道を宿まで歩いた。


 それぞれの部屋に別れると、オレ達はお嬢様がこの国の皇女殿下に違いないと思って話を進める。

「もう壺に乗せてしまったし、もし同行したいと言われたら連れて帰っても構わないと思うか?」

「王国としては保護する建前で身柄を確保したいところですね」

「それなら伯爵か王家に面倒を見てもらえるよな」

「ええ、それはもちろん」


 好都合だと言うレオンに対してイングリットは慎重だ。


「レオン、これは諸刃の剣ですよ」

「分かってる。だが、どうせ皇国と戦争になるのなら、それ以上の問題なんて起きようが無いだろ」


「政治的にはそうですが、同行させるなら情報漏れには要注意です。皇族なら単に魔力が強い以外にも何かあるかも知れませんし」


 そこはオレも気になっていた。

「確かに、皇族なら通信手段くらい持ってるかもしれないな」


「連れて行く条件として荷物だけでなく体の隅々まで検査するべきです」

「それは、文字通り隙間も残さずか?」

「そうです」


 やっぱりか。


「まあ、侍女はそうすべきだろうけど、お嬢様の方は皇帝の孫娘で、つまりは政略結婚用の人材だろ。だからその、本当に隅々までは検査しなくていいと思うぞ」


「...そうですね。承知しました」

 イングリットがちょっと考えてから同意した。

 こちらの常識で考えるとオレは甘いのだろうか?


 一息ついた頃にお嬢様達の部屋に呼ばれた。

「今後の作戦会議だな」

「その前に正式に礼を言わねばなるまい。さすがの(わらわ)も一時は死を覚悟したが、貴殿らのおかげで生き延びることができた」


 お嬢様が握った左手を胸の前まで水平に上げると軽くお辞儀をした。ウィリアムとリゼットもそれに続く。


「うん、3人だけでも助かって良かったよ」

「お主も負傷したと聞いたが大事ないか?」

「それなら平気だ。脇腹を真っ直ぐ刺されただけだし」

「お主ならその場で治せるか。大事なく重畳、重畳」


 お嬢様が目配せするとウィリアムが皮袋をテーブルに置き、口を緩めて中身を見せた。

「金貨50枚だ。もし、あの飛行する壺でお嬢様を国外まで運んでもらえるなら、さらに金貨50枚を支払う用意がある。本当は、お嬢様を救ってもらってこの程度で済ますわけにはいかないのだが、今の我々には持ち合わせが無いのだ」


「なるほど、名誉の問題か。今日の分はありがたく受け取るとして、オレ達にも予定があるし、すぐには返事できない」

「国外が無理なら、あれで半日ほど皇都とは逆の方向へ運んでくれるだけでもありがたい」

 半日も飛べば方角によっては国外だが。


 連れていくのは構わないが、先にこちらの用事を済ませたい。

 この街で2〜3日待たせるのは危険だろうか?


 考えるオレをお嬢様がジッと見ている。


 さすが皇族。着替えて髪を整えると歳に似合わない威厳が出ている。

 古代ギリシャ風のチュニックに長いプラチナブロンドの美少女は、その素性を知らなくても貴族かもっと偉い何かにしか見えない。


「....」


「どうだ?」

「え?」

 いかん、考えているつもりが見惚れていた。


「お主と2人きりで話がしたい」

「オレは構わないが...」


 ウィリアムとリゼットが何か言いかけたが、お嬢様の視線に押されて渋々部屋を出た。イングリットとレオンはその前に出ている。


 妖精のような美少女と2人きりになるとドキドキする。

 気を抜くと言いなりになってしまいそうだ。


「すでにバレているとは思うが、妾はお家騒動で暗殺されかかっておる」

「アメリシア皇女殿下でしょ。暗殺されそうなハーフエルフなんて他にいないだろうし」


「むう、完全にバレておったか」

「まあ、下手な変装だったから」

「言ってくれるな。じゃが、こちらとてお主の正体は見当がつくぞ」

「え?オレはぜんぜん有名じゃないけど」


「あれ程見事な鏡や不思議な照明は皇宮にも無かった。そしてエドと呼ばれ、空を飛ぶ魔道具を持つ者などフリントロック以外には考えられぬが?」


「ひゅっ」

 思わず空気を吸う音を出してしまった。


「ふっ、図星か」


 慌てる必要はない。

 オレじゃなく、フリントロック家のことだ。


「当たらずとも遠からず」

「今さら誤魔化すでない。当たりであろう?」

「たぶん、思ってるのとは少し違うから」

「少ししか違わぬ、ということであろう。お主の仲間は知っておるのか?」

「フリントロックとは名乗っているが、それ以上詮索されたことはない」


 いつの間にか2人の距離が詰まっていたのに気づき、目をそらして一歩下がった。

「お、恥ずかしがっておるのか?」

 殿下がいたずらっぽく笑って接近するので押されるように下がる。


「そこまでだ。それ以上接近したら目を合わせないぞ」

「ああ、そういうつもりはなかったぞ。警戒させてしまったか。ならば隣り合わせに座ればよかろう。ほれ、こっちに座れ」


 手を引かれて隣に座らされた。

 ニイッと笑って顔を(のぞ)き込んでくるのでグイっと押しのけた。


「やめろ」

「くふふ、フリントロックにも通用するということかの?」

「通用するよ。だから、からかうな」


 さすがエルフの血が入った皇族だ。

 ディメトレーヤさんには及ばないが、その視線は十分危険だ。


「フリントロック家で亡命を受け入れてもらえんか?」

「そっちは無理だ。今のオレはとある伯爵家の居候(いそうろう)なんだ。どこでもいいならその伯爵に頼んでみるが」

「この際贅沢は言わん。これ以上臣下を失わずに済めばそれでよい」


「どこかへ逃げ延びたとして、その後はどうするんだ?」

「愚か者共が自滅するのを待つ。どうせ国を傾けた挙句に殺されるか逃げ出すに決まっておる」

「そこまでなのか?」

「そこまでの馬鹿共だ。豚のような司祭共に祭り上げられたハゲなんぞにお爺様の代わりが務まるものか。いっそお主がハゲを殺してくれんか?」


 どこまで本気なんだ?

 頼まれなくても成り行き次第では殺るつもりだが。


「情報を提供してくれるのなら、考えてもいい」


 いつの間にか見つめ合っていた。

 刺さるような鋭さはないが、視線がすっと奥まで入り込んできて意識がつながってしまった。


 まずい、飲み込まれる。

 エルフ特有の魔力を帯びた瞳に意識を吸い寄せられ、身体感覚が急速に薄れていく。


「はう...」

 アメリシア殿下がオレの腕をつかんでずるっと倒れた。


 こっちは数舜呆けただけで正気に戻ったがドキドキしている。精霊と一体化する前なら虜になっていたところだ。


 殿下をぺちぺち叩いて起こし、目が開くのに合わせてこちらは目をそらす。

 殿下が起き上がると同じ方向を向いてオレの手首をがしっとつかんできた。


 思念が伝わってくる。

『お主...人間かえ?』

『半分くらいはな。迂闊(うかつ)だったな』

『わざとではないぞ』

『こっちもな。誰だって深入りしたら同じことになるんだよ』

『面白い体験であった。意識が薄く広がって消えてしまうかと思うたわ。もう一度試してもよいか?』

『後にしろ。何の話だったか忘れてしまったじゃないか』


『亡命。それと愚か者の排除、は言うてみただけだったが一考の余地ありとは驚いたわ』

 にんまりする殿下と目が合いそうになってまた視線をそらす。


『排除の件は条件次第では引き受けてもいい』

『言うてみよ』

『標的の居場所を特定できる情報が必要だ。それと、皇国がいつ西へ侵攻するかも知りたい。オレ達は皇国がこれ以上西へ侵攻するのを止めたいんだ。だから、もし皇国にその気がなかったら引き受けることもできなくなるが』


『ふむ。たしか、西にはデネルブルグ王国があったな』

『それと自治都市のブルグンドも。もし従属を迫られたら戦うつもりだ』


『皇帝をどうにかしたいという点では利害が一致するわけか。お主らの意向は分かった。だが、何が嫌なのかが分からん』

『え?』

『皇国民となって改宗すれば神の加護まで得られるのだぞ』


 それから少しばかり噛み合わないやり取りを交わして、オレ達の間には絶壁のごとき認識の相違があることが分かった。皇女殿下は外の世界を知らない、純粋培養の箱入り娘らしい。


『悲惨な生活から抜け出せるというのに救済を拒むのは愚かではないか?』

『殿下が聞かされているほど外の世界は悲惨じゃないし、救済だって豚のような司教共の話だろ。そいつらの話をそのまま信じるのか?』


『うむむむ...確かに、いやしかし、如何に豚といえど神の言葉を伝えるのに嘘は...』


『自分で見たら分かるさ。周辺国が救済とやらを必要としているか、他所の神を望んでいるか、初めて見る外の世界を楽しみにしていればいい』


『それはつまり、連れて行ってくれるということか?』

『もともと見捨てる気はなかったさ。ハゲの排除はさておき、オレが住む場所までは連れて行くよ』

『存外いいやつじゃな、フリントロックよ』

『エドと呼んでくれ』

『ならば妾のことはアーシアと呼ぶがよい』


『アーシア、一緒に連れて行くとなると通信手段を封じることになる。荷物はもちろん、一分の隙もなく体の隅々まで調べることになるが構わないか?』

『通信手段なぞ持っておらんが、そら、気が済むまで調べるがよい』


 立ち上がり、両腕を広げる銀髪の少女はとても偉そうだ。

 こっちが気圧される。


「オレがやるわけないだろ。身体検査はうちのイングリットがやる」

「その者はお主の家臣か?」

「伯爵家がオレに付けてくれた護衛だ」

「ふむ」


 また手首をつかまれた。

『密会はここまでとするか。ハゲ暗殺の件はまだウィル達にも言うでないぞ』

『分かった。オレのことも秘密だぞ』

『承知した。ときにお主、手をつなぐたびに、失望の念が伝わってきたが?』


『ああ、それな。これは「手をつなぐ」とは言わないだろ。せめて、そっと指が触れるとか、手の平を合わせて握るとかだな』

『お主の所の作法か。知らぬとはいえ失礼した。む、余計に失望しおったな』

『いいよ、いいよ。子供が気にすることじゃないから』


『子供とな?去年成人したわ!!』

「イテテテ!強化使うな!」

 掴まれた手首がぎりぎり締め上げられる。


 子供扱いしたことを謝って、どうにか放してもらい、赤くなった手首をさすりながら部屋に戻った。


 エルフの血筋で同年代より子供っぽく見えるのを気にしてるのか。

 中身も子供のくせに。


 無線でブルグンドの伯爵邸と相談すると、皇女殿下を拾ったことに驚かれはしたが問題ないと言われた。

「あははは。ギルバートさんがあんな風に驚くのは珍しい」

「そりゃ皇国の姫殿下ですからねえ」


 また向こうの部屋へ出向き、殿下達に伯爵家が受け入れを了承したことを伝えた。

「連れて行く条件は殿下から聞いたと思う。協力してもらえるな?」


「うむ」

 殿下が一歩前へ出ると芝居くさい動きでしゃべり始めた。

「ああ、やはりこの身を求めるか...致し方ない、今夜だけはお主の言いなりとなろう」


「え?」


 全員の視線がオレに集中する。

 ウィリアムが剣に手をかけ、リゼットが少しだけ首を傾げ、汚物を見るような目を向けた。

 う、痛い。いわれのない、冷たい視線がオレをえぐる。


「ちょっと待て!誰がそんなこと言った?オレがそんな奴に見えるか?異次元ポケットだよ。あんたらなら持ってても不思議じゃないだろ。もし持ってるならしばらく預かるからな」


「なんと!妾より魔道具なんぞがいいと申すか?この身にさほどの価値もなかったとはのう...いいや、違うな。リゼットよ、こやつに玉と玉が付いているか改めよ」


「はい、承知しました」

 リゼットが真顔で迫ってくる。

 ヤバい、プロのメイドの顔だ。


 オレは後ずさる。

「おいこら、タチの悪い芝居はやめろ!」

 ゴキッとリゼットの右手が鷲爪の形になった。

「おい、ウィル?」

「姫様の命令は絶対だ」


 うちの3人を見ると真顔で口元はヒクついていた。


「うぎゃっ!!痛い痛い!」

 よそ見した瞬間に掴まれ、グニグニされた。


「意外にも2個ほど付いています」

「芝居じゃなかったのかよ!」


 掴んだままリゼットが耳元で(ささや)く。

(エド様、ごめんなさい!)

(痛いから!力緩めて!)


「これでお互い様じゃな。さあ、納得がいくまで調べるがよい」

 殿下が仁王立ちになってふんぞり返った。


「男は出るから!イングリット、後は任せた」


 男女に別れて、女子の検査はイングリットに任せた。特にリゼットは異次元ポケットを丸めて隠す余地も残さないよう隅々まで調べることになっている。

 殿下は未婚の姫なので、普通の身体検査で済ませる。

 こっちの部屋ではレオンがウィリアムの身体検査をする。


 *


「リゼット、悪かったな」

「問題ありません。これで姫様の安全が保障されるのなら安いものです。でも、もし、あなたが役立たずだったら次は握り(つぶ)しますからね」


 冷ややかな目で毅然(きぜん)と言い放つリゼットだが、最後に苦しそうな表情を見せるあたり、殿下に言わされているのがバレバレだ。


「おう、任せろ。3人とも確実に運ぶから。ところでリゼットは殿下の毒見役もやるんだろ?」

「必要とあらば」


「今日は大変な目にあったんだ。寝る前に甘い物でも食べて気を休めるといい。とっておきの甘味を提供しよう。宮殿の料理にも負けないと思うぞ」


 テーブルにとっておきのデザート類を並べた。イチゴのショートケーキ、ショコラケーキ、フルーツゼリー、ラズベリーのムースケーキ、それと濃縮還元じゃないストレートのオレンジジュースをリゼットの気が済むまで毒見してもらった。


 リゼットが一口目で衝撃を受けたような顔で固まり、二口目からは夢中で『毒見』をする。それを見ている殿下がそわそわしっぱなしだ。


「り、リゼットよ、毒見はもう十分であろう?」

「いえ、これほど危険なものは宮殿でさえ食したことがありません。もうしばらくお待ちを」


 上面が赤いケーキが特に気になるらしい。

「そっ、その赤いのは何からできておる?」 

「それはラズベリーだな。知らない?イチゴに似た、これくらいの赤い実なんだけど」


 イングリットとアゼリーナさんも初めて見る物が混じっている。それが気になって仕方がないようだ。

 アゼリーナさんに肘でつつかれた。

「もちろん人数分以上ありますよ」


 納得したらしいリゼットが満面の笑みを見せた。

「見慣れない物ばかりですので毒味だけでなく、念入りに味見もさせてもらいました。全て合格です!」

「うむ、大義であった!まずは赤いケーキからいこうぞ」


 殿下が目を輝かせて赤いケーキにスプーンを入れるが、赤いプルプルが口に入りかけたところで手が止まった。


「今このような贅沢をしては、(わらわ)を守って倒れた者達に申し訳が立たん」

「....」

「....」

 リゼットとウィリアムは言葉なく目を伏せる。


「今は生き延びるのが最優先のはず。今夜は落ち着いて眠れるように甘い物の1つくらいは摂った方がいいと思うな」

 オレはそう言いながら全員にケーキとジュースを配った。


「その通りだな。犠牲を無駄にせぬためにも我々3人は生き延びねばならん」

 作り笑顔でスプーンを口に入れる殿下の目から涙が流れた。


 ***


 翌朝、まだ暗いうちに宿を出た。

 代金は前払いしてあるので夜逃げではない。


 殿下達の荷馬車はオレのアイテムボックスに収納して馬は壺に乗せる。

「馬まで乗せて飛べるのか?」

「まあ大丈夫だろ。盗賊団を12人とっ捕まえて運んだこともあるし、その時よりは軽いはずだ」


 行き先は、昨日の戦闘で倒れた護衛達の故郷だ。4人とも皇都付近の出身ということなので、少し寄り道して実家まで運んでやることにした。


「手間をかけるな」

「大したことじゃない。3個所を回っても半日かからないだろうし」


 最初の村には日が登る前に着いた。


 村の外に降りて収納から荷馬車を出し、馬をつなぐ。

 荷台には護衛だった2人を横たえる。昨日、回収してから今まで彼らの時間は止まっていたので、まだ体温が残っている。


 オレ達は村の外で待つことにして、荷馬車を見送った。


《納屋62》

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