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61.皇都を目指す(7)

《納屋61》


 助けた荷馬車の生き残りは3人と馬1頭。

 下手な変装のお嬢様は、荷馬車に乗るような身分には見えない。

 護衛のウィリアムは冒険者風だが、騎士か兵士のような堅苦しさがある。

 御者のふりをしているリゼットはお付きの侍女とかだろう。


 敵には盗賊やゴロツキの類には見えない奴も混じっていた。

 全滅させたと思ったが、今はまた後方からこちらを(うかが)っている敵が1人いる。


「やっぱり追ってきてるな。あいつも捕まえるより倒した方がいいんだろ?」

「無論よ。でもこの距離では逃げられるのではなくて?」

「負傷させるだけなら簡単だ。運が良ければ倒せる」

「なら、やっちゃって」

「了解。馬車はそのまま進めてくれ」


 標的までの距離は100mくらいありそうだ。

 ストーンバレットを最大限に収束した一発玉なら胴体を貫通する威力を出せるが、この距離で練習したことはない。


 もし外したら逃げられる。

 威力より命中率優先にしよう。

 残ったMPを全部つぎ込んでウィンドカッターの自動詠唱開始。

 10倍近いMP量に加えて、杖で威力を2.4倍だ。


 詠唱完了。

 ブオンと音をたてて飛ぶ風の刃は、日が沈んだこの時間帯にはほぼ見えない。

 それでも敵は一瞬立ち止まると右へ走りだした。

 軌道を曲げて追尾し、後ろから脚に当てた。


 敵はつんのめるようにドサッと倒れた。


 脚を切り落とす程度の威力もないのか。

 やはり本来の射程を超えると減衰がきつい。


 右足を引きずりながら逃げようとする敵の首にアゼリーナさんの追撃が命中すると、数秒後に索敵から敵の反応が消えた。


「この距離で仕留めるとは...この私にも無理ですわね」

「監視役を倒したとなると、襲撃失敗に敵の黒幕が気づいたと思った方がいいよな」


 オレがまるで事情を知っているかのように話すので、3人がちょっと焦っている。

「え、黒幕とは何の話でしょう?」

「いや、我々は盗賊に襲われたのであって、黒幕などとは何か勘違いしているな」

「言えない事情があるのは察するよ。でも、これから街に入るのに門番が敵の手先だったりしたら困るだろ?」


 御者のリゼットと護衛のウィリアムが顔を見合わせる。

「「...」」

「敵は全滅させたのだから、しばらくは大丈夫ですわよ」

「いえ、お嬢様、この者の言う通り、追っ手が全滅したことは即座に伝わっていると考えるべきでしょう」


 冒険者登録証にさえ死亡通知機能が付いているのだ。襲撃失敗は把握しているだろうし、街への連絡に異次元ポケットくらい使っているかもしれない。


「護衛を引き受けたんだ。街へ入る前に敵について教えてもらえるだろ」

 お嬢様達3人は困った様子だ。

「すまんが内緒話をさせてくれ」


 丁度いいのでこちらもヒソヒソ話す。

「さっきの賊だが、敵じゃないのも混じってた。オレには敵と感じられなかったと言う意味だ。妙に強かったし、命令されて出てきた兵士とかだろうな」

「最後の2人ですね」

「それと魔法使いもな。それ以外は見た目通りゴロツキの類だ」

「なるほど。だいたいの事情が分かってしまいますね」


 話が決まったらしく、ウィリアムがこちらへ来た。

「可能な範囲でこちらの事情は話すし、十分な礼もする。お嬢様の安全を確保できるまで護衛として雇われてもらえないか?」


 やはりそう来たか。


「とりあえず今夜の護衛は引き受けるつもりだが、このまま街へ入っても大丈夫なのか?」


「たしかに、門番が敵の手先になっている可能性は無視できない。そこで、このまま次の宿場町まで移動しようと思う。お前たちが護衛に加わってくれるのなら野営でも安心だ」


「決める前にもう少し教えてくれ。この街の領主は敵か?」

「それはない。もしそうであればこの街を目指したりはしない」

「なるほど。でも、街の兵士の一部は敵の手先になり得るんだろ?」

「ああ」

「それに当然、またゴロツキも雇ってるよな」

「だろうな。要するに、敵は大っぴらには動けないということだ」


「なら、門を通らずに街へ入ってしまえば、ちょっといい宿でゆっくり寝ても平気ってことだろ?」

「できればそうしたいが、門以外から入る方法なんてあるのか?」


 お嬢様が目を輝かせて話に割り込んできた。

「空を飛ぶのだな?」

「あー、やっぱり見られてたか」

「見せたくはなかった、ということか。それでも助けに入ってくれたのだな」

「見られるのは覚悟の上だったさ。いいよ。乗ってみたいだろ?」

「乗せてくれるのか!?」

「今さら隠してもな」


 見たのはお嬢様だけらしい。

 ウィリアムとリゼットは突拍子もない話に首をかしげている。


 壺と徒歩に別れることになった。

 壺はアゼリーナさんの操縦でお嬢様ご一行を乗せ、完全に暗くなってから街へ入る。

 日暮れ直後の空はまだ明るいので、待ち時間は近郊の遊覧飛行にご案内だ。


 残り3人は先に徒歩で街へ入り、宿を確保する。

 ファイヤーボールの焦げ跡が付いた荷馬車は門番に見せたくないのでアイテムボックスに入れた。


 商人のふりをするため、馬には最低限の荷物だけ積んで引っ張って歩く。オレが商人役で、イングリットとレオンはその護衛だ。

 返り血が目立つ白いシャツは着替えて顔も拭いた。白以外の服は多少汚れていても問題ない。この時代の旅人はそれなりに汚れているものだ。


 門番に荷物の税金として大銀貨5枚と、入市税として1人あたり小銀貨2枚を払うとすんなり通してくれた。

 そびえ立つ城塞都市の外壁をくぐると高台の最奥に美しい城が見える。


 中にはやはり敵がいた。

 門を見張るようにガラの悪い連中が群衆に紛れている。


「やっぱりいるな。ゴロツキっぽいのが12人だ」

「それはまた、やけに多いですね」

「それだけお嬢様の身分が高いってことだろうな」

「嬉しくないお出迎えですねえ」


 そこそこの高級宿を取りたいので街の奥へ進む。最奥の区画は貴族街になっていて、その手前には高級な商店や平民向けとしては高級な宿がある。その中の1つに入った。


 受付へ向かうと執事のような男が値踏みするような視線でオレ達を出迎えた。

「いらっしゃいませ。お泊りでしょうか」

「全部で7人、一泊で2部屋使いたい。我が商会のお嬢様用なので、できれば一番いい部屋を頼む」


 上客と思われたようだ。相手の顔がにこやかになった。

「本日はちょうど最高級の部屋が2つ空いております。1部屋につき大銀貨8枚(8万円)になりますが、よろしいでしょうか?」

「それで問題ない」


 部屋へ案内されて一息つくと、間諜と接触するために3人とも宿を出た。

 この街を担当しているのはデネルブルグ王家の直属だ。

 伯爵の部下じゃないのがちょっと気にかかる。


「ここのはずです」

 拠点は魔法用具店だった。

 怪しい物でも扱えるので拠点として便利らしい。


 店の戸を叩くと「魔女」が出てきた。

 長い黒髪に黒のワンピースを着た、いかにもな魔女だ。歳は20代後半にも見えるが、想像のはるか上かもしれない。

 歳の話はきっと地雷だ。


「あら、お客さん?今日の営業は終わってるわよ」

「デネルブルグからの使いよ」

「ああ、話は聞いているわ。遥々(はるばる)ようこそ」


 イングリットが王国(なま)りで話しかけて紋章を見せると中へ通された。

「この街にいるのは4人よね?」

「雑貨店の2人も奥にいるわよ」


 奥には雑貨店を拠点にしているという男が2人と、ソファーにはバカでかい黒猫が寝ていた。

 猫を撫でようと手を伸ばしたらバシッと鋭い猫パンチではたき落された。そいつがにゅっと二本足で立つとオレの肩より身長がある。


「うおっ」

 思わず後ずさりした。

「失礼な奴だにゃ」


 猫がしゃべっていると理解するのに時間がかかった。


「...悪い。獣人とは思わなかった」

「おまけに無知かにゃ」

「その子はケット・シーのキキラよ」

「あはは。ケット・シーを見たのは初めてなんだ。失礼した。よろしくキキラ」

「よろしくされてやるにゃ」


 ケット・シーが獣人と別枠なのは知っていたが、ここまで猫だとは思わなかった。


「こっちがジョンであっちがロン、わたしは店長のジーラよ」

 ジーラ以外は偽名っぽいな。

 オレの勘だが。


 こっちも自己紹介を済ませ、話を始める前にオーガ殺し4Lと馬鹿でかいカニの足2本を渡した。

「うにゃっ!」

「差し入れだ」

「高級品じゃないの。さすが王国ね」

「この酒とも合うと思うぞ」

 蜘蛛ガニは滅多に出回らない超高級食材だ。


 ジーラがカニの足をキッチンへ運ぶと、それをキキラの目が追いかける。

「ケット・シーってカニ食っても大丈夫なのか?」

「だーかーら、猫扱いすんにゃ。カニなら100匹でも食えるにゃ」

「そんなに好きならあと4本置いてくよ。食い切れるか?」

「心配無すんにゃ。魔法鞄に保管して毎日食うにゃ」


 カニの脚を片付け、ようやく話が始まった。

 ポテチを広げるとキキラも指でつまんでうまそうに食っている。

 猫にしか見えないが雑食らしい。


「まず、政変後に失脚した勢力について知りたい。暗殺されそうな上級貴族の令嬢とかいないか?」


「それなら前皇帝の孫娘が危ないわね」

「その孫娘っていうのはプラチナブロンドのハーフエルフとか?」

「そうよ。現皇帝にとっては一番目障りな存在でしょうね。皇国一美しいと評判な上に、民衆の人気が高いから担ぎ上げるにはもってこいよ」


 こりゃもう確定だな。

 オレ達3人は顔を見合わせた。


 戦争の準備具合について聞いてみた。

「確かに皇国は戦争の準備をしてるみたいね。でも、この国はしょっちゅう戦争するから、どこへ攻め入る準備なのか分からないわ」


「それはやりにくいな。何でもいいから他に変わったことは?」

「他は教会税が15%になって、ここ半年で急に魔石が品薄になったくらいね」


「東にあるという古代遺跡の調査については?」

「確証は得られないけど、魔石を東へ送っているらしいから関連はあるでしょうね」

「となると、本当に遺跡で何かやってそうだな」


 話が終わると、長距離用無線機を設置してブルグンドと通信テストした。電源には100Vが必要なので大型バッテリーが入ったポータブル電源を持ってきている。


「今ブルグンドとか言ってたわよね?」

「さっきの相手は本当に王国の北のブルグンドにいるんだよ」

「まさか!?」

「本当だぞ。これで試せば納得できるだろう」


 4人にトランシーバーを持たせて1階と2階で試してもらった。

「あははは、笑ってしまうくらいとんでもないわね」

「なるほどなあ。これなら(ろう)城しなくても倍くらいの敵なら蹴散らせそうだ」

「問題が一つあってな、今は魔力の補充が出来ないんだ。だから今は最低限しか使えないが、10日程度で補充のための魔道具を持ってくる予定だ」


 それまでにバッテリー切れを起こさないよう、電源のオン・オフをしつこく説明して話を終わりにした。


 魔法店を出ると空はもう十分暗くなっていた。

 壺とトランシーバーで連絡を取る。

「アゼリーナさん、こちらの用事は済ませました。もう真っ暗なので街の上まで来ても大丈夫でしょう」

「もう街の中心付近の上空よ」

「それならこれが見えるかも」


 上へ向けたLEDライトを点滅させながら歩いた。

「多分見つけたわ」

「それなりに高い建物もあるのでまだ高度を下げすぎないように」


 今日は細い三日月だ。

 頭上にいる壺がかろうじて見える。高度は50mくらいだろうか。

 上から建物の屋根は見えにくいだろう。慎重に降りないとぶつけるかもしれない。


 誰もいない広場へ壺を誘導して着陸させた。

 降りてきた3人が空を飛んだ感想を口にする。


「すごい乗り物だな!」

「まさか崖の向こう側から絶壁にそびえ立つフランシウム城を見る機会があるとは」

「このような方々に助けられるなんて、あり得ない幸運に恵まれたようですね」


 壺を収納したら宿まで歩く。


「そなたの収納にはいったいどれだけ入るのだ?」

「さすがにもう余裕はないぞ」

「あの壺とやらはそなたの私物と聞いたぞ。冒険者というのはもちろん仮の身分であろう?」

「いや、ただのCランク冒険者だが」

「ふむ。冒険者とはCランクでもあれほどの魔法を使えるものなのか?」

「あははは。うん、まあ、Cランクともなればその程度は」


 ただの冒険者だとはまったく信じてないな。

 困っているとリゼットが話を引き取ってくれた。


「でもよかったです。その魔法のおかげでお嬢様のお顔に傷が残らなかったのですから」

「それほど酷かったか?」

「ええ、白い骨が見えていましたよ」

「あう、それ以上は言わんでいい。そこまで(えぐ)れたのなら完全には消えておらんだろう?」

「間近で見ていましたけど、傷は綺麗に消えていましたよ」


 手鏡とLEDライトを貸した。

「ほらこれ」

「ほあ!?なんと見事な鏡か」

 皇国にもガラス製の鏡は無いらしいな。


 顔をまじまじと見て左の頬をさすっている。

「ほお、全く跡が無いな。ひどい火傷はどうしても跡が残るものだが...大司教でもこうはいくまい。だが、そこいらのCランク冒険者ならこれくらいはできるということだな?」


「あー、うん...探せばできる奴もいなくはないかも?」

「Aランクならばどうじゃ?」

「それなら、稀によくいるかも?」

「Aランクでも稀にか?」


 困るオレを見てニヤニヤするお嬢様をリゼットがつつく。 

「お嬢様っ、ダメですよ。相手は命の恩人です」

「ふふん、エドは特別なCランクというわけじゃな」


 宿に到着した。


《納屋61》

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