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50.一縷の希望

《納屋50》


 -リューズライト伯爵家-


 領都の屋敷では伯爵がトランシーバー4個を受け取っていた。話だけなら半信半疑だが、これまでのエドに関する情報と現物を手にすれば疑う気は起きない。


 その精巧な道具は見るからに『本物』だ。

 ボタン類やつまみの意味は分からないが、どれも何らかの機能を持っているとしか思えない『本物』感がある。


 説明を読み、執事に1個持たせて庭へ行かせた。

 説明通りではあるが、本当に手元の道具から声が聞こえればやはり驚く。


「このような道具まで...敵に渡れば恐ろしい兵器だ。いや、真に恐ろしいのはエドか」


 伯爵は驚愕すると同時に、一縷の希望を見出していた。

「やはりエドはエドワード1世なのか?フリントロック本領とは別に動いているようだが、その力は計り知れぬ。もし全面的な協力を得られるならば皇国にさえ勝てるかもしれん。こうしてはおれん、ブルグンドへ出向かねば!」


 公爵宛にジゼルマインを連れて行く旨の手紙を書き、異次元ポケットへ入れた。


「ジゼルマイン、準備ができ次第ブルグンドへ向かう!急ぎ旅支度をせよ!」

「叔父上こそ急ぐがよい。妾は退屈しておる。早う出たいぞ」


 ガサゴソと準備を始めた伯爵の背後から声がかかった。

「あらあなた、予定より早くありませんこと?」

「すまぬ。国の命運がかかっているのだ。しかも、会う相手はショコラをもたらした人物だ」

「あらまあ、それは大事ですこと。ならば止めはしませんよ。その代わり...」


 *


 ギルバートからの手紙と一緒にエドが書いた手紙も入っていたが、旅支度と新しいおもちゃ(通信機)に忙しかった伯爵がそれに気づいたのは翌日だった。


『この通信機は中に蓄えた雷力で動きます。試験運用する程度の稼働時間はありますが、実戦使用する前に雷力の再充填が必要です。そのためには雷力発生器の改造が必要なのでご協力願います。 エド』


 伯爵は慌てて雷力発生器と、その材料をかき集めた。


 ***


 街で買い食いしながらアゼリーナさんと散歩していると、建設中のでかい建物が目に入った。木の柱が地面の穴に直接立てられている。


 まだああいう工法を使うんだな。周囲の建物は石の基礎なのに。

 興味深いのでスマホで工事の様子を撮影する。


「これって全部木造になるんですかね?」

「そうみたいね。建築のことは、よくわからないけど」

「でかいし、倉庫かな?」


「これでも教会ですよ。できれば本国同様の教会建築にしたいところですが、予算が厳しくてね」

 不意に声をかけられて、スマホをポケットに仕舞った。


 声がした方を見ると、白地に豪華な金色の刺繍に目を引かれた。いつの間にか横に立っていたのは白いローブを着た美人さんだ。長い金髪を編み込んで後ろでまとめている。

 頭上には「皇国要人?」のタグが見える。

 軽トラですれ違った皇国騎士達の護衛対象だ。さりげなく彼女の後方へ視線を走らせると「皇国騎士」も2人いた。


「へー、皇国ですらそうなんですね。たしか皇国では教会が国を治めてるんですよね?」

「そうとも言えるわね。皇帝陛下が教会と政治、両方の頂点に立つお方なので。でも政治と教会の活動は別よ」


「なんとも難しい話ですね。一介の冒険者には理解が及びませんよ。あっはっは」

「ところであなた、馬無しで走る不思議な荷車を見たことがない?」


「あー、そういえば噂を聞いたような。本当かどうか、自分で見るまでは信じませんけどね」

「そう。私は信じるわ。自分で見たから。あなたも信じる気にならない?目撃者の私が言うのだし」

 真っすぐ見据えられた。

 こっちの顔を覚えているのか、カマをかけているのか全く読み取れない。


「ええ、信じますよ。聡明そうな美人の言うことを疑うもんですか」

「まあ嬉しい。でもそれより、神を信じてもらえるともっと嬉しいのだけど」


「精霊ではなく神ですか。珍しい気がするんですけど。皇国では精霊信仰はどういう扱いになってます?」


 彼女の表情が一瞬険しくなった気がする。

 だが、次の瞬間にはそれも勘違いだったかと思わせるような笑顔になった。


「わが国では精霊信仰も自由ですよ。神は寛大です。寛大で慈悲深い神はこの世界に住まう全ての生命を等しく祝福して下さっています。ですが、悲しいことに神の教えを知らぬ者達はそうとは知らずに罪を犯してしまいます。実に悲しいことです。敬虔な信徒としてはそのような悲劇を見過ごすことはできません。神の教えをあまねく世界に広め、救済をもたらすことこそが我々の使命なのです────あなたにも神の祝福を」


 救済とか余計なお世話だ。

 要は、神を信じない野蛮人は救われないってことだろ。


 一般的には、精霊が願いを聞き届けて魔法が発動すると思われているので、この世界ではどの地域にも精霊信仰がある。そのおかげで妙な宗教が広まることは少ないはずなのだが、皇国が崇める神とやらはいったい何なのだろう?


「教会が完成したら是非いらしてくださいね。たとえ信徒ではなくとも祈りは神へ届きます」

「もし神頼みでもしたくなったら行きますよ」

「はい。それでも構いません。お安く怪我の治療もしますから、いつでも頼ってくださいね」


 あ、教会と言えばヒールか。

「やっぱり教会でやる治療は信者になってた方が効果が高いんでしょ?」

「まあ、そうですねえ、お気持ち程度の違いはあるかもしれないですね。そこはやはり治療を受ける方の気持ちの問題ですので。神を信じてその御業を受け入れていただく方が効果は高いと思いますよ」


「なるほど。それじゃ最後にもう一つ教えてください。死んだ仲間を連れてきたとして、生き返らせてもらえますか?」


「残念ながら死者を生き返らせることはできません。ですが、その魂を救うことも我々の役目なので、無事に神に召されるようお手伝いすることならできます」

「やはり蘇生は無理ですか」


「無理かどうか以前に、死者を生き返らせる試みそのものが悪しきことです。(わら)にもすがりたい気持ちは分かりますが、生き返りの呪術などには決して手を出してはなりません。そのほとんどが詐欺ですし、万一何らかの効果があれば、それは恐ろしい呪いです」


 アゼリーナさんがピクッと反応した気配を感じて彼女の腕を軽く抑えた。魔女対教会の論戦も面白いとは思うが、今この場でやる必要はない。


「いや、オレだって死者をどうにかできるなんて思ってはいないですけどね。やはり教会の人の話は興味深い。質問に答えて下さり、ありがとうございました」


「いえいえ、そういった素朴な疑問に答えることも私の役目ですので。こちらもお話しできて楽しかったです。ではまた」

「では」


 彼女は立ち去り、オレ達2人も立ち去った。

「あれはこの前すれ違った皇国騎士達の護衛対象ですよ。今のやり取りから、こっちの顔を覚えていたと思います?」


「わからない。けど、わたしだったら覚えてはいないわ。馬無し荷車が気になって、仕方がないだろうから」

「あはは。アゼリーナさんはそうですよね」


「エド君も死者の蘇生は、できないと思うの?」

「完全に死んでたら無理じゃないですかね。でも心臓が止まった直後なら蘇生の余地はあると思いますよ。ていうか、細胞はしばらく生きてますしね」


「そう、細胞よ。エド君がもたらした、知識と合わせれば今まで救えなかった死者も、救えるかもしれない。もし今度アマンダのところで死者が出たら実験...うぐっ」


 慌てて彼女の口をふさいだ。

「ちょっ、ここでそういうこと言っちゃダメ。最悪、教会に神敵認定されて拉致されたり暗殺者を送り込まれるかもしれないですよ。この教会はそういう連中だとオレは認識しました。教会と魔女は相性最悪って決まってるんです」

「分かった。用心する」


「普通のヒールも教会の利権とぶつかるので、用心した方がいいでしょう」

「そうね。アマンダにも注意するよう、言っておくわ」


 地球の歴史でも教会の宣教師は侵略の尖兵だった。ましてや皇国は教会と国が一体化しているのだ。この街に入り込んだ教会関係者は敵の手先だと考えるべきだろう。


「ところでアゼリーナさん、この前、伯爵と時間要塞の調査に行ったじゃないですか」

「そのことなら別に、秘密じゃないから話しても構わないけど」


「いえ、知りたいのは伯爵のことです。親しいんですよね?ぶっちゃけると、戦争が終わった後も伯爵は味方だと思っていいのか判断できる情報が欲しんです」


「情報と言われると難しいけど伯爵は、わたしやお師匠のお友達よ。信用していいわ」

「ああ、なんだ。それならオレも信用します」


 アゼリーナさんが言うなら疑う余地なんてない。

 決めた。戦争に全面協力する。


 もう伯爵家での待遇の良さを警戒する必要もないな。

 あれを警戒するのは疲れるし。


 全面協力すると決めたので、この前よりもう少し突っ込んだ話ができる。

 アゼリーナさんと一緒に伯爵邸へ向かった。


 *


「「 エド様、おかえりなさいませ! 」」


 リディアが目ざとくアゼリーナさんの髪の艶に気づいた。

「アゼリーナ様、本日は一段とお美しいです。いえ、お世辞ではなく本当に髪が輝いています」

「ありがとう、リディア」


 迂闊だった。というか、もう隠すのも疲れた。

 欲しいと言われたらシャンプーくらい売ってやる。

 だが、横道にそれる前に用件を済ませたい。


「ギルバートさん、戦争の話をしましょう!」


 あ、変な言い方だったか。

 全員が一瞬『は?』って顔になった。


 斬首作戦が有効か判断するために、皇国内の権力構造と、最高司令官の居場所の調査を依頼した。そのために長距離通信機一組と、小型通信機数個を無償で提供することも付け加えて。


「どちらも名目ではなく、実権を握る者の所在を掴むのが目的です」

「そういった情報ならすでに調査を進めていますが、通信機は願ってもありません。まず間違いなく伯爵も同意なさるでしょう」


「現地への輸送はオレがやります。もうバレていると思いますが、皇国までならその日のうちに行けるので」

「わざわざ届けていただけるのですか。私も是非同行させてください!」


 イングリットが(とが)めるような声を出した。

「ギルバートさん?」

「これには国の命運がかかっているのだ。もちろん伯爵の許可は取る」

「エド様の護衛と、間諜との接触ですよね。それなら私が行きますので」

「あっ、イングリットずるい。私も行きたい!」


「リディアは私に勝てないでしょう?役不足です。ギルバートさんが動くと皇国に気取られます。まさかバレないと考えるほどお気楽ではないですよね?それに今は特にお忙しいですよね?」

 イングリットの正論にギルバートとリディアが『ぐぬぬ』になっている。


「というわけでエド様、このわたくしめが旅路の護衛を務めさせていただきます。不束者ではありますが、末永くよろしくお願いいたします」

 言い終わると美しく優雅にお辞儀をした。


「あ、ああ、こちらこそよろしく」

 イングリットが変な言い回しをするからアゼリーナさんが眉をへの字に曲げている。

「エド君、わたしも行く」


《納屋50》

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