48.猫と魔法剣
《納屋48》
戦争準備のため、日本へ戻ってきた。
日本で調達できて、中世もどきの軍隊を強化するのにコスパ最強の道具は無線機だろう。
アンフォ爆薬も増産する。
ガソリンの備蓄は可能な限り増やす。
フロントガラスが無くなった軽トラは修理に出した。異世界用には別に中古車を買って、ナンバープレートありの車はもう荒事には使わない。
金貨を50枚売る。約900万円分だ。税務署に目を付けられないよう、管轄を調べて分散させる。地元の田舎県や隣県でも4つくらいには分かれていた。忙しい税務署は『雑魚』を相手にしないと聞くので、まあ大丈夫だろう。
-鍛冶屋-
魔法剣になったリニャータの短剣を受け取りに来た。
ベーリングが2本の短剣をカウンターに乗せる。
「こっちが風で、こっちが雷じゃ。裏へ来い。風は斬撃が飛ぶからの」
猫耳3人組がお揃いで持っている、反りが付いた大型ナイフのような短剣が風で、直刀が雷だ。
裏口から外に出て、短剣を抜いてみた。
「やっぱり属性によって模様が違うんだな。雷はオレのと似てるけど、模様が薄いな」
「その質の鉄ならそれでも上出来じゃ。安く仕上げたというより、それ以上金を掛けても無駄と言うべきかの」
横から答えたのはボルソルンだった。
「なんか変な注文しちゃって悪いね」
「何を言うか。お主とのワシらの仲じゃろ。それにな、発動の難易度を上げて素材の質の低さを補うのは昔からある考え方じゃ。ただ、売れんから普通は作らん」
「それほど発動が困難ってことか。まあ見ててもらおうか」
地面に転がされた丸太に向けて風の短剣を振ってみた。
ヒュンッ。発動しない。
ピュンッ。ちょっと集中しても発動しない。
むむむ...「フンッ!!」
ブオンッ!
透明な風の刃が飛び、スパンと丸太が切れた。
「やっぱりウインドカッターか。言われた通り発動は難しいな。何ていうか、固い感じだ」
「そいつをたった三回で発動させたくせに何を言うておる。並の剣士に扱える代物ではないのじゃがな」
「そう言われると剣士に悪いなあ。剣はまだ素人以下だし。あははは」
照れ笑いしながら雷の短剣を振ってみた。
もちろん一発で発動する。もう感覚はつかんだし。
バチッ!
ジジジジジ...
ドワーフが2人ともあきれ顔だ。
「はっ、そっちは一発か。そんな素人がいるなんざ聞いた事もないわ」
「お主が変わっとるのはよう分かった。じゃが、そいつはお主の仲間用じゃろ。使えるのか?」
「すぐには無理だろうな。でも、こいつは魔力操作の練習にちょうどいいんだよ。これに慣れたらすぐにただの鉄剣でも斬撃を飛ばせるようになるはずだ」
*
その日の夕方、冒険者ギルドへ行ってみるとドアの外で待っていたリニャータがオレを見つけてブンブン手を振った。横にはミシャーナとミャナーシャもいる。
「エドっちー!待ちわびたにゃっ!!」
「おう、お待たせ。例のやつ出来たぞ。ほらこれ」
リニャータが金色の目を真ん丸にしながら短剣を受け取ると、オレの手をグイグイ引っ張って歩き出した。
「行くにゃっ!!今すぐ外行くにゃっ!」
「わかった、わかった。急がなくてもすぐそこだろ」
「人目無し、犬の目無し、猫の目も無し。この辺でいいにゃ」
リニャータががすらっと短剣を抜き、両手を下ろすと深呼吸した。
だが、顔がにやけている。
そんなんじゃ精神統一できないだろ。
「フッ!フッ!むむ...フッ!! うにゃっ!にゃっ!」
両手に持った短剣を振り続ける。
他の3人はとりあえず黙って見ている。2人は尻尾を揺らしながら。
「エドっち~」
耳をへにゃっとさせて情けない顔でオレを見た。
「ちょっと貸してみな。こうだ!」
短剣を2本とも借りて同時にピュンっと振ると、右からブオンッと風の刃が飛び、左からはバチバチと放電が起きた。
「うおっ、エドやるなあ」
「さすがエド」
「むむっ、うちも諦めんにゃ」
今度は風の短剣1本だけを振り出した。
たぶん今日中には無理だろう。
ミシャーナがオレの右手から雷の短剣をすっと抜き取ると、彼女も気合を込めて振り始めた。
まあ、こっちも今日は無理だろうな。
猫耳3人が2本の短剣を交代で振るが一向に発動する様子はない。
夕日に照らされて、長い尻尾と猫耳が付いた長い影が短剣を振り続ける
「ちょいちょい、エド。あれ貸して」
「ああ、これな」
ミャナーシャにオーガ殺しを貸した。簡単に発動できる方で感覚を確かめるのはいい考えだと思う。それでも短剣では発動できず、3人とも完全に日が沈む頃には諦めた。
「これの名前は無いにゃ?」
「えーと、風の短剣、とか?」
「ちがうにゃ」
「分かってる分かってる。カッコいいやつだろ」
日本語のカタカナ発音で言ってみた。
「『ウインドエッジ』はどうだ?遠い国の言葉で風の刃っていう意味だ」
「それだにゃ!エドっち、もう一回言うにゃ」
『ウインドエッジ』
「ういんどえっじ、ういんどえっじ、ういんどえっじ」
「そうそう、ちゃんと言えてるぞ。雷が『サンダーエッジ』な」
「うにゃー、いいにゃ!」
「いいだろ。『サンダーエッジ』な」
「さんだーえっじ、さんだーえっじ...」
「そろそろ戻るか」
「待て、エド」
「ぐえっ」
ミシャーナに襟の後ろを引っ張られた。
猫達が草原の彼方を見ている。
どうやら索敵圏外に何かいるらしい。すでに薄暗いので、オレの目では見えない。
「銀狼だ」
「だにゃっ」
「1、2、3、4...8匹くらい。ちょっと多い」
「エド、悪いが半分任せた」
「任されよう」
「囲まれないよう、壁際で戦うぞ」
すぐに索敵範囲内に敵の反応が現れた。
銀狼が8匹。
成獣なら100kg以上ある上に素早い。人型の魔物より戦いにくそうだ。
「石弾!石弾!石弾!風刃!」
何の操作もしない通常の散弾でストーンバレットを放った。
ギャンッ!
ギャンッ!
2匹倒した。まだ生きてはいるが。
3匹目には躱された。
ウインドカッターも躱された。
音が出る上にそこまで早くないから、やっぱり遠距離じゃ当たらないか。
残り6匹がひるまず接近してくる。イヌにしてはでかい。
猫達でもこれ相手に1対1はきつくないか?
「無傷なのは2匹残せば十分だよな?」
「ああ、それで頼む」
忘れそうになるが、彼女らが強いと言ってもまだDランクなんだよな。
「ミャナーシャ、やるぞ!」
「うん」
敵が必中距離に入ったところで、2人の魔法使いが一斉攻撃した。
リニャータも矢を放つ。
「石弾!石弾!石弾!石弾!」
「ストーンバレット!ストーンバレット!」
石の暴風が横殴りに吹き荒れ、矢が突き刺さる。
ギャンッ!
ギャンッ!
ギャウンッ!
ギャッ、ギャウンッ!
キャン、ギャンッ...
4匹は無力化した。
次々と仲間が血まみれになるのを見て無傷の2匹もひるんで止まった。だが、もう逃げられる距離じゃない。背中を見せたら殺られることは理解しているようで、犬畜生なりに覚悟を決めたらしい。
ミシャーナが1人で1匹を、リニャータとミャナーシャが2人で1匹に当たる。
ミシャーナが自分へ向かってくる1匹へ向かって走った。
銀狼が飛び掛かる。
大斧を振らずに、銀狼の鼻面に重い鉄塊をそのままぶつけた。
ゴスッ
ギャンッ!
落ちる犬の首を右手で掴みながらミシャーナが背中に飛び乗った。
すでに斧は手放している。
首を両足で絞めながら腰の短剣を抜こうとしている。
長く白い尻尾も銀狼の胴に巻き付けている。
銀狼がぐるんと後ろまで首を回す。
ミシャーナは自分の左腕を噛ませて右手で短剣を抜いた。
噛ませた左腕を押し付けながら短剣をザクザク首に突き刺すと、間もなく銀狼は力尽きた。
*
リニャータは短剣二刀流だ。
ミャナーシャは杖をオレに預けて短剣を右手で構えた。
2人が並んで銀狼へ駆け寄る。
銀狼はミャナーシャへ飛び掛かった。
魔法使いの方が弱く見えるのか、手に持った武器の数が少ない方を選んだのか。
それを読んでいたかのようにミャナーシャは右手の短剣を突き出しながら左へずれた。
銀狼も首をひねって突き出された刃を躱す。
ミャナーシャはすれ違いざまに左手を銀狼の胴体に滑らせて、がしっと尻尾をつかんだ。
キャンッ! ガルルッ!
すごい嫌がって体を回して噛みつこうとするが、鼻先を近づけると切られる。
かといって顔が逃げると太腿を突き刺される。
「ナーシャ、離すにゃっ!」
ミャナーシャがぱっと手を離すのと同時にリニャータが威嚇し始めた。
キシャーッ!!
ガルルルルルル
猫に威嚇されては犬として黙っていられないのか、リニャータへ向き直って威嚇するような唸り声を出す。そして、飛び掛かった。
「ウインドエッジ!!」
ブオンッ!
バシュッ!
ギャンッ!
右手の短剣が振り下ろされ、軌跡が刃となって飛んだ。
切り裂かれた頭から血が飛び散る。
「ウインドエッジ!」
バシュッ!
キャンッ...
「さささ...にゃっ!」
サンダーエッジは言えなかったが、風の短剣が2回発動して銀狼を仕留めた。
ミシャーナも、ミャナーシャもあっけにとられた顔で見ている。
「リニャータすげーぞ!まさか今日中に出来るとは思わなかった」
リニャータがかつてないドヤ顔だ。
「ムフーッ、お前ら見たかにゃ。これがうちの実力にゃ」
「ああ、お前はすげーよ」
「評価を改める」
「ふっふっふ、意外と簡単だったにゃ。こうだにゃ!」
ピュン!
「むむ?」
ピュン!
「あれ?」
風を切る音は出るが、それだけだ。
その日はもう魔法剣が発動することはなかった。
「あ、ミシャーナ、左腕は骨大丈夫か?」
「ああ、骨まではイッてねえな」
革のガントレットに牙が刺さって穴が開いている。
最悪、狂犬病になるな。
そうじゃなくても確実に雑菌は入っている。
「まずこれ飲め。解毒ポーションだ。ガントレット外すぞ」
傷口から血を吸い出した。
「おっ、おいエド」
ミシャーナが珍しく狼狽えている。
「大人しくしろ。牙が刺さって犬の唾液が入っただろ。唾液にはいろいろ悪い物が混じってるんだよ」
最後にヒールして傷がふさがった。
「もっ、もう平気だ。エド、ありがとうよ」
普段は威勢のいい姐さんが顔を赤くしている。
新鮮でかわいいな。
「この辺じゃ犬に噛まれたら病気になるとか言われてないのか?」
猫達3人が顔を見合わせてミャナーシャが答えた。
「たぶん、そういう話はない」
狂犬病無いのか?
同じじゃなくても、別の感染症がある可能性は高い。
「そっか。でも動物や魔物に噛まれたら熱が出たり傷が腫れるぞ」
「それなら確かにその通り。噛んだのが犬じゃなくても死にかけることはある」
「だよな。もし後で腫れたら痛くなる前にポーション2種類飲めよ。オレがいたらヒールするし」
病原菌にはヒールも解毒も効かない。だが、解毒とヒールで完璧な対症療法にはなる。症状を抑えて時間を稼げばそのうち免疫が勝つので、理論上は免疫が効く限り何だって完治する。実際、この世界の金持ちはそうやって大抵の病気を治してしまうのだ。知識不足から来る別の問題はあるが。
ギルドへ戻って銀狼8匹を換金した。
銀狼もゴブリン同様、討伐報酬が出るので受付のフェレーナさんに報告したのだが、左右の受付嬢がオレ達をじっと見るので居心地が悪い。オレだけじゃなく猫達も見られている。
分け前は1人あたり大銀貨5枚だった。
「エドッち、今日はありがとうにゃ」
「おう。宿の中では絶対に風の練習すんなよ。やるなら雷だけにしとけ」
「分かってるにゃ」
「それから、サンダーエッジって言わなくても発動するからな」
「分かってるにゃ。でも言うにゃ」
3人と別れると、ミシャーナの斧とミャナーシャの短剣を持ってまた鍛冶屋へ向かった。
《納屋48》




