43.アゼリーナさんとトカゲ狩り
2022年7月23日 微修正、誤字脱字修正のみ。内容変更なし。
《納屋43》
フェレーナさんの家に泊った。
太陽が昇る前に起きて朝食が終わると、まず筋トレをやらされた。
腕立て、腹筋、その他、異世界でも基本は同じだ。すぐバテるので時間はかからない。
「思ってた以上に貧弱ね。こんなんじゃ当分お姫様抱っこよ?」
「毎回やられたら、さすがのオレも泣くよ?」
すぐにマリー程度には勝てるようになるだろう。こちらの人間は生まつき無意識に身体強化を使っているが、自在に魔力操作できるようになった今なら現地人より効率よくやれるはずだ。
筋トレにバテたら、次は楽しいスパーリングだ。
もうだいぶ慣れてきて、防御に徹すればほぼ鉄壁だ。
ゴスッ!
「痛てっ!」
「あれっ?ごめんなさい。これくらい避けるかと思ったわ」
「さすがに後ろからは無理ですって」
索敵能力でも味方からの本気じゃない攻撃は察知できない。
まあ、でも、後ろから不自然に接近されたら警戒すればいいか。
「いや、絶対無理でもないかな。たまになら後ろからでも構いませんよ」
「ふふっ、さすがね。ちょっと痛いくらいの方が稽古になるわよね?」
「えっ?そりゃまあ、確かにそうだけど..何ですか、その楽しそうな顔は?」
トレーニングメニューの最後は、彼女の日課に付き合って街の外周を走る。言われなくてもそのうち走る習慣を付けようとは思っていたが。
「オレとしてはこっちの方が重要ですね。腕力不足で困ったことはないけど、すぐに息が上がるのは不味いと思ってたので」
「確かに、戦闘で走れないのは一番不味いわね」
「でもこれを一周走り切るのは無理」
「歩いてもいいわよ。私は先に行くから」
「いやいや、それだと時間がもったいないのでバテたら魔法の練習をします。がんばって一周は付き合えるようにするから今はご勘弁を」
「そうね。たしかにその方がいいわね」
次の門の前で別れると彼女はスピードを上げて走り去った。
あのペースで一周するのか...
地球の常識は通用しないな。
フェレーナさんの家に戻ったオレは、汗をかいて戻ってくる彼女のためにバスタブに水を張って待つ。バスタブは日本から持ってきた、西洋風の四本足が付いているタイプだ。
ウォーターボール4発でちょうどいい水量になった。
彼女が戻ってきたようだ。
この時間で一周するとは、少し急ぐ自転車並だな。
「ただいま!」
「おかりなさい」
パシッ!と右ストレートのあいさつを手のひらで受ける。やはり体温上昇がすごい。地球人ではどう頑張ってもここまでは熱くならない。
「風呂桶に水を張っておきましたよ」
「ありがたいわ。一緒に入りましょ!」
有無を言わさず服を脱がされて、風呂に引っ張り込まれた。
風呂のサイズは大きめの2人用だ。
「冷てっ」
「ああ~、気持ちいい~。こんな贅沢が出来るなんて思ってなかったわ。見たことがない物ばかり持ってくるし。もう絶対離さないから」
「はい、はい」
オレの背中から回された両腕に力が入る。背中に密着する柔らかい体のすぐ下には鍛えられた筋肉を感じる。
ボディシャンプーで体を洗ってあげる。
「強いわりに筋肉は少ないですよね。エリカやケイトは鍛えてるのが見た目にも分かるのに」
「あれくらいだったこともあるわよ。でもね、ある日気づいたの。鍛えるほど男の反応が悪くなるって」
「そうですか?確かに限度はあるけど、オレなら多少強そうに見えるくらいは全然構わないけどなあ」
「男の人はだいたいそう言うわね。でも、最初の一瞬で見せる反応が明らかに違うのよ。だから細くても強さを維持できるように調整したの。これでもあの子たちよりは強いはずよ。すごく頑張ったんだから」
細いままでパワーアップするのは苦労するらしい。見た目は地球人のモデルか女優並みなのに、オレよりはるかに強い。さすがは異世界の受付嬢だ。
「ということは、受付の他の2人も同じですか?」
「そうよ。あの2人も見た目重視で鍛えてるから油断しないでね。あいつらと2人きりになって酔わされたら絶対逃げられないから。でもまあ、あなたじゃ酔わなくても同じね」
「そこがいまだに良く分からない。みんな美人なんだし強引に攻める必要ないでしょ?」
「もちろん普段はそんなことしないわよ。でも、あなたみたいなのや、Aランク冒険者を捕まえようと思ったら悠長なこと言ってられないのよ」
「いくらこっちが男だからって、あんまり強引なのは良くないと思うなあ」
「問題ないわ。だって、男が女に押さえ込まれたら同意したことになるから、犯罪は成立しないのよ?」
「えぇ~...」
やっぱり中世だ。野蛮だ。
「それに、強引に行くのは自信がある時だけよ。後で逃げられたら意味ないわけだし」
ニヤリとする彼女がオレの右手首をつかむ。
「強引にっていうのは、こうやるのよ」
「え、ちょっ」
壁に押さえつけられ、彼女の片手でオレの両手首が頭上に持ち上げられた。そして首筋にキスされる。
腕力差になすすべがない。
背筋がゾクゾクする。
これじゃ猛獣に食われかけの小動物だ。
「いっ、いつもこんなことやってるの?」
「失礼ね。そんなわけないでしょ」
「冗談です」
そのまま成り行きで一回した。風呂の水を張り替えて、もう一度体を冷やしたら2人で冒険者ギルドへ向かう。
彼女は髪を乾かすために『魔導扇風機』とオレが呼んでいる木箱の前に座っている。ただの送風機かと思っていたが、今は温風が出ている。
構造を見せてもらうと、2つの木箱がつながっていた。奥が送風ユニットで手前が加熱ユニットだ。
「へー、もしかして2つは別の道具ですか?」
「そうよ。わたしは持ってないけど冷やす箱も売っててね、つなげて使えるようになってるの」
冷却の魔道具は高価だもんな。自作してプレゼントしたいところだが、道具や素材を揃えるのは大変だ。自作はあきらめ、道具屋に冷却箱を発注して7日後に手に入れた。
値段は金貨27枚だった。
-冒険者ギルド-
フェレーナさんと別れたらザック達を探す。昨日は寝過ごしたから、今日こそはボルフの剣術教室に参加しなければ。
「エド君!」
「エドさん」
「お、マリーにクロエ、エリカとケイトも久しぶり。一緒に剣術の稽古やるか?実は最近、ちょっと腕の立つ師範を雇ってな」
まず剣士のエリカが興味を示した。
「へ~、面白そうね。試しにやってみようかしら。こっちも用があったし、ちょうどいいわ」
妙なニコニコ顔の4人にがしっとつかまれて訓練場へ連行された。
「え、ちょっと、何?どうしたの、君たち?」
マリーが褒める。
「試合見てたわ。あんなことまで出来るなんて驚いたわ」
エリカが脇腹を小突く。
「やるじゃない。『ゼロ距離魔術師』って、くふふふ」
そして四人がオレを見て一斉に詰め寄る。
「「「 どういうこと? 」」」
「うえ?」
ケイト 「どうせまた受付嬢の職権乱用でしょ」
エリカ 「あんたは他の馬鹿どもと違って受付にちょっかい出さないから油断
してたわ。どうせ彼女にとっ捕まったんでしょ?」
オレ 「あ~、うん。まあそんなとこ。て、お前らはロンセル狙いだろ」
エリカ 「それでも横からかっ攫われたら悔しいわよ」
マリーが両手でオレの襟首を締め上げる。
「エド君、わたしもあなたのことが好きだって言ったじゃない」
え?...え?
「ぐえ..記憶にないのだが」
「そりゃ直接は言ってないけど、分かるでしょ。あの時とか、あの時とか」
あ~、言われてみると心当たりはあるような。でも言われなきゃ分からない微妙なやつばかりだ。察しろと言われてもオレには難易度が高い。
クロエがマリーの手を緩めさせてくれた。
「エドさん、わたし、氷魔法を使えるようになったんです。すごく頑張りました」
「素晴らしい!さすがは師匠だ。後で一緒にアイスクリームを作りましょう」
「はい!」
クロエの笑顔が眩しい。
他の3人と違い、クロエだけは平常運転だ。やはり男として見られていなかったのか。もともとチャンスなんて無かったのかもしれん。
目の前にいてもエルフの美少女は遠い存在だなあ。
ロンセルが後ろから声をかけた。
「エドならまとめて面倒を見れるだろ」
「きゃっ!」
「えっ」
「聞いてた!?」
突然声をかけられた女子達が慌てている。途中からザック達とボルフも訓練場に来て、オレが締め上げられるのをニヤニヤしながら見物していたのだ。
特にエリカとケイトが挙動不審だ。ロンセルの名前が出たところは聞かれていないのだが、今ここで確認するわけにもいかないし。
オレのためにも、ここはいったん有耶無耶にしよう。
「紹介しよう!こいつがオレ達が雇った剣術師範のボルフ先生だ。すげー強いんだぞ。一緒に行動してはいるが、ボルフの実力はたぶんBランクに届くぞ」
「そういうこった。よろしくな」
犬の尻尾が上を向いた。
「はい。よろしくお願いします」
「あははは、よ、よろしく」
締め上げているところを見られたマリーはばつが悪そうだ。
エリカとケイトはもう師範役に興味が移っている。
「本当に強そうね。よろしく」
「へえ~、よろしくね」
あ、ケイトの目が尻尾にくぎ付けだ。
口元がにやけてる。そうか、モフりたいか。
ボルフの教え方を気に入ったエリカ達も剣術教室に参加することになった。魔法使いでも近接戦闘は無視できないので、クロエとマリーも参加している。
剣術教室とは言っても剣以外の稽古もやる。かつての日本でも武士なら武芸十八般と言って、遠距離用の弓から最短距離の素手まで、一通りの武術を習得すべしとされていたのだ。
ザック達はこれまで生活に追われてあまり訓練できていなかった。なので、今後は戦闘訓練の日を多くしたいと言っている。
実戦経験と言っても、大部分は移動時間だし。
朝はギルドの訓練場で主に『型』がある武術の稽古をやり、その後は街の外で実戦を想定した訓練だ。
*
草原の小道を軽トラが走る。
異世界へ来て初めての車での遠出だ。
隣の席ではアゼリーナさんがはしゃいでいる。オレは平静を装っているが、内心は大冒険の予感にドキワクが止まらない。
2週間くらい前にアゼリーナさんと2人で狩りに行く約束をしていたのが、今日やっと実現したわけだ。
空は晴れ。ピクニック気分で弁当は彼女の手作り、とはいかない。彼女は研究バカで、それ以外はずぼらなメシマズ女なのだ。そもそもこの世界の食文化が貧相なのである程度は仕方がない。余計に不味くする必要はないと思うが。
彼女が食料の話を始めた瞬間、『それは任せて!!』と強引に話を終わらせた。
目立たないよう、日が昇る前に街を出てから軽トラに乗った。彼女に車を見せるのは初めてだ。見せて驚かれ、走り出して驚かれる。いつものことだ。
たが、彼女はそれだけでは済ませてくれない。
研究者のスイッチが入ってしまい、返事も待たずに早口でまくし立てる。
「これも例の回転機構で動いてるの?それにしては魔力の拡散を全く感じないわ。ありえない。ねえどうなってるの?変換効率が100%近いなんてことは理論的に不可能なのよ。まさかとは思うけど神代に存在したと言われるエーテル機関?もっとありえないわ。となるとこの乗り物の存在もありえないのよ。ねえ!これは何!?」
「あのっ、危ないから。腕を引っ張られると真っすぐ進めないから」
「んっ、ごめんなさい」
「これは魔法とは無縁の文明で作られた機械です。すごく複雑な構造で、オレも詳しくは理解してないので勘弁して」
嘘はついてない。この世界の文明が化石燃料に依存する方向へ進むのは嫌なので、内燃機関の仕組みとか教えたくない。もし蒸気機関が発明されたら、あっという間に剣と魔法ファンタジーが終わってしまうだろう。
どうせ進歩するのなら、行く先は旧帝国のような魔法文明であってほしい。
街を1時間以上離れると、夜営明けの冒険者や商人をちらほら見かけるようになった。変な乗り物が目撃された噂が広がるだろうが、街からは遠い場所なので気にしない。
目的地は北東へ徒歩で2日かかる遺跡だ。
120kmとして、軽トラでゆっくり走っても4時間程度か。
狩るのは遺跡付近にいる『ヨロイ大トカゲ』だ。
地球の『ヨロイトカゲ』を巨大化させて、頭の形をより鋭くカッコよくしたような奴だと思えばいい。運が良ければ途中でトカゲ以外の大物も狩れるかもしれない。
魔物だらけとはえ、山と草原と早朝の光が作る風景は幻想的に美しく、風は気持ちいい。彼女もオレを問い詰めるのはいったんやめにして、助手席の窓で気持ちよさそうに風を浴びている。
長い黒髪が...
「綺麗だ..」
パシャッ
「え?」
「風に揺れる黒髪が綺麗だったのでつい」
「あなたに、もらった洗髪剤のおかげね」
正面から騎馬が5騎接近してくる。
すれ違うために速度を落として左に寄せた。馬に乗る4人は黒と銀の金属パーツが付いた革鎧だ。もう1人は護衛対象と思われるマントの女だ。マントの下に高級そうなローブが見える。
案の定誰何された。
「止まれ!何者だ?」
「ブルグンドの冒険者だ」
「これは何だ?」
「見ての通り、荷車だが」
「今動いていただろう?」
「そりゃもちろん、荷車なので」
「...」
男が一瞬イラッとした表情を見せた。
質問の意味は分かってるけどね。
偉そうなのが気にくわないからとぼけた。いかに偉くとも、誰の領土でもない場所で他人に命令する権限は無いのだ。
「そちらはどなたで?」
「む..我々は皇国の騎士だ」
「そうですか。ブルグンドへ行くんでしょ。この先は何もない安全な道程ですよ。こちらも先を急ぐので。では、よい旅を」
ゆっくりと軽トラを発進させた。
車の性能がばれないよう、歩く程度の速度で進む。
皇国ご一行は口を半開きにしてオレ達を見送っている。
「何だあれは...」
無理に止めようとしないあたり、道理はわきまえているらしい。
「どうせなら定番の、お姫様を助けるイベントでも起きないかな」
「何を言ってるの?そんなこと、そうそうないわ」
「分かってますよ。フラグが立つことを願って、あえて口にしました」
「旗を、立ててどうするの?」
「もちろん回収するんです」
「わけがわからないわ」
3時間ほど走って、ズォーム要塞がある山の向こう側へ回り込んだ。今は山間の狭い平地を走っている。
「いた!左奥にブラックボア。ここで止めます」
「え、どこ?何も見えないわよ?」
「気配で分かるんです」
「そ、そうなの」
気配とか、達人みたいなことを言うオレにアゼリーナさんが困惑顔だ。
車を降りて風向きを確認。
もう少し進んで、わざと匂いでばれる位置に陣取る。
撮影準備も完了。カメラのことは彼女に説明済みだ。
「一発で仕留めるからオレにやらせてください」
「それじゃ、わたしは周囲を警戒、するわね」
餌の匂いに気づいたブラックボアが移動を開始した。オレは隠れもせず、見つかるまで棒立ちで待つ。視界が開け、間抜けな二足歩行動物を見つけた黒茶の塊が駆けだした。
バカメ、獲物はお前の方だ。
以前とは魔法の威力が段違いだし、場数も踏んだ。
アゼリーナさんに借りている風魔法2.4倍の杖を向け、十分引き付けてからウィンドカッター発射。
「風刃!」
ブオンッと透明な刃が光を屈折させながら飛んだ。
横向きの刃が命中するとバシューッ!と音をたてて血が飛び散る。2つの眼窩の下を切り裂きながら進む透明な刃は、耳の付け根まで進んで消滅した。
即死だ。
完璧な威力調整だった。確実に即死させながらも、胴体は無傷。
崩れるように脚の力が抜けて巨体が地面を滑る。惰性で突っ込んでくる巨体をひらりと躱しながら、パンッと手を触れると獲物はアイテムボックスへ収納された。
よっしゃ!
今のオレ最高にカッコよかった!
「すごいわ!見事な手際ね」
オレより圧倒的に強い彼女に手放しで褒められるとすげー嬉しい。
何事もなかったかのように、また軽トラで走り出す。
ときどき空中に敵を感知するようになったので車の窓を閉めた。
「たま~に、オーガホーネットが飛んでます。この辺には多いの?」
「そんなことは、ないはずだけど増えたのかしら?」
オーガホーネットは体長が15cmくらいで、スズメバチをそのままでかくしたような蜂だ。オレは鬼蜂と呼んでいる。
正面に山が迫り、道が左右へ別れている。
「左よ。右へ進むとワイバーンが出るわ」
「えっ、ワイバーン!見たい!あれ、あっちはなんか霧が...あ、れれ?....ちょっと止めますけど、絶対に開けないでくださいね」
分岐が近くなると、ワイバーンが出るという方角に無数の敵を感知した。
全部鬼蜂だ。
背筋がぞわぞわする。
双眼鏡で確認すると、狭い山間は雲霞の如き鬼蜂の群れで向こう側を見通せなかった。近くにも数匹飛んでいる。
「....」
「どうしたの?」
双眼鏡を渡した。
「....戻ったらギルド長に報告するわ」
どうすることもできないし、オレ達の進行方向は安全そうなので予定通り進む。左右から山が近づき平地が狭くなってきた。草原にはところどころ岩肌が見え、車で進むのはそろそろ限界だ。
「この付近よ」
車から降りて歩いて進む。
正面の山の上には青い空を背景に、猛禽類と思われる鳥が優雅に滑空している。
「あの鳥、もしかしてバカでかい?」
「そうね、ワイバーンくらいかしら。人食い鷲よ」
「おお...あれが...」
フリントロックの知識にはあるが、実物を見るのは初めてだ。
目的のヨロイ大トカゲを見つけた。
茶色の巨体で、岩がちな草原の中で保護色になっている。なんで保護色?
体長は10mくらいか。
体重は3トンくらい?
それとも、5トンくらいあったりする?
《納屋43》




