42.お姫様抱っこ
《納屋42》
昨夜はアゼリーナさんの家に泊った。血が滴り、意識も朦朧となる激しい一夜が明けるとMPが増えていた。昨日は最大88だったのが今朝は113だ。
ありがたい。
毎日でも泊りに来たい...とは思えなかった。こんなの毎日は無理。脳みそ壊れそう。
だるい。
昼近くになり、頭がしゃっきりしてくると部屋の不気味さが気になりだした。暗い室内には時々妙な音が響き、ビクッとか、ガサッとか動くものがある。1人でこの魔女屋敷にいるのは怖い。もう出よう。
***
時間が戻り、昨日の昼。
アゼリーナさんとの夕食まではかなり時間がある。
ちょい用を済ませに日本へ戻ろう。
街を出てすぐに電チャリに乗って何人かを追い抜いたが、案外反応は薄い。向かい合わせですれ違う相手には明らかに警戒されていた。剣に手をかける冒険者もいる。
そんな相手には速度を落としてドヤ顔で挨拶してやる。
「よっ、調子はどうだい?」
「おっ、おう。なんだそりゃ?」
答える暇もなく遠ざかる。
後方から一定距離で青い点が4個追ってくる。2個ずつ重なった点が二組だ。自転車についてこれる速さだし、馬に違いない。
伯爵が付けた護衛だろうな。困ったぞ。扉に入るところを目撃されたくない。森に入る前に撒かなければ。
巨木の森を前にして道がゆるく右へカーブしている箇所へ差し掛かった。追跡者からの視界が途切れる寸前に速度を上げる。
よし、向こうも速度を上げた。
ちょうどいい茂みがあるので、自転車を収納してそこへ隠れる。
間もなく早駆けの馬が二騎、目の前を通り過ぎた。冒険者っぽくしたつもりだろうが、身なりの良さを隠せていない。やっぱり伯爵の関係者だな。
これで2人にはマーキングできたので、今後はどこで遭遇しても索敵能力で判別できる。
また自転車に乗って森へ入った。
ブラックボア2頭を倒したせいか、最近は森の中で索敵に引っかかる雑魚敵が増えている。余裕があるうちに間引いておこう。
わざとゴブリンの集団に追われてみた。自転車で逃げて、8匹を引っ張りまわしている。
さすが野生の小鬼だ。オレよりは体力があるらしい。
それでもマラソン選手ほどではない。
だいぶ疲れてるな。自転車を止めて戦闘準備だ。
左手にスマホを持って録画を開始。右手には杖を出した。
敵集団の上半身を狙って、消費MP2倍のストーンバレットを散弾で二連射する。拡散範囲は横長に広げている。
4匹は頭がつぶれて即死。残りの4匹も血まみれで瀕死だ。
最初と比べるとすごい威力になったなあ。
瀕死だったやつにはオーガ殺しの雷撃でトドメを刺してやる。
討伐証明の左耳を切り取り、魔石を抉り出す。
本当は気持ち悪いので耳なんて回収したくない。ゴブリン討伐は小銀貨0.5枚にしかならないし。
それでも耳を回収するのは、人型を殺す不快感に慣れるためだ。きっと今後も対人戦闘をやるし、戦闘中に吐きたくなったら戦闘どころではなくなる。
この手の気持ち悪さは、性格とは無関係にそのうち麻痺する。
はぐれゴブリン発見。木に隠れながら数十メートルまで接近した。収束したストーンバレットなら十分届く。ただし、この距離だと少し上を狙って弾道が放物線になる。
最大限に収束するためにワンドを選択した。アゼリーナさんに借りている杖の方が高威力だが収束効果はないので、遠距離ではたぶんワンドの方がいい。
イメージによる収束も重ねれば、ラグビーボールのような長楕円の一発玉になって空気抵抗が減る。結果、貫通力が上がり、射程も伸びる。
ゴブリンが動きを止めたタイミングで自動詠唱開始。
発射。
コーン!
長楕円の石は奥の木に突き刺さり、森の中に打撃音を響かせる。ゴブリンはビクッとしてキョロキョロしだした。
一発目は高すぎだ。
コーン!
二発目もまだ少し高い。標的がこっちを見た。
三発目は自動詠唱は使わず、消費MPを2倍にして「石弾!」
こちらへ向かって走り出した直後の標的に命中した。
直径がビール瓶ほどの長楕円の石弾はゴブリンの胸部を貫通し、血が飛び散るのが見えた。
こういう高さ補正はゼロインとか言ったっけ?
この距離での補正幅は覚えた。次からは風が強くなければ動かない標的には百発百中だ。
*
うちの納屋に入って扉に鍵をかけた。
Uチューブをチェックしてみると『異世界へ行ってきた』シリーズの視聴数とチャンネル登録者が予想以上に増えていた。
コメントを読むとやはり映画の宣伝だと思われている。
『本当に異世界へ行ってきたんだ』という、うぷ主のコメントには、
『そういう設定だからカメラアングルが素人っぽいのか』と返されている。
多数ついているコメントの一部に返事を書く。
『完璧なCGなのに、ドラゴンの頭や胴体が唐突に出るのが雑過ぎて笑った。空間がうにょんとなるエフェクトくらい入れた方がいいと思います』
『本物のアイテムボックスはそういうものだから仕方ないのです』
『すごい予算がかかってるよな。出演者は全員外国人だし、やっぱりハリウッド映画の宣伝?』
『タイトルは?いつ公開?』
『映画じゃないよ。異世界で撮ってきた画像を上げているだけだよ。まあ、あえてタイトルを付けるならロ〇ドス島戦記、実写版とか?』
英雄ご一行はまあまあそれっぽいのだが、肝心のディードがいない。髪が縦ロールのディメトレーヤさんじゃ雰囲気が違いすぎるし。
そんなこととは無関係に女剣士とディメトレーヤさんが美人だと大評判だ。特にディメトレーヤさんに関しては只者じゃない雰囲気を察したコメントが多い。
昨日撮影した『犬獣人vsボスオーク』も投稿した。これは大迫力だから、きっと受けがいいぞ。
オーク戦士達との死闘を撮影する余裕がなかったのはとても残念だ。あの、『絶対殺す』という眼光は演技じゃ再現できないのに。
ついさっき撮影した、ゴブリン8匹と、はぐれを狙撃した動画にも投稿するためにコメントを付ける。
『MPを多めに消費してストーンバレットの威力を上げてみた』
『この距離の狙撃は初めてだけど、当たるかな?』
どの動画にも余計なBGMを入れたりはしていない。
もっといい撮影機材が欲しい。スマホだけじゃ不便だ。
車を飛ばして、頭に固定できる小型カメラと、4Kビデオカメラと三脚を買ってきた。
異次元ポケットにディメトレーヤさんからの手紙が入っていた。
『せっかくポケットを渡したんだから何か書きなさい。こちらは王都へ向かう退屈な旅の途中よ』
暇つぶしか。用件が無いやり取りは苦手なのだが。やっぱり携帯できる通信手段は良し悪しだな。
メモ帳のページを破り取ってボールペンで返事を書いた。
『昨日はいつものメンバーに犬獣人を加えてオーク狩りに行きました。その犬、ボルフがでっかいボスオークを仕留めました。
その日の朝は皇国の馬車がギルドの前に止まっていて、ちょうどギルドから枢機卿と護衛達が出てくるところでした。ギルド長はげんなりしてましたよ。ボルフが言うには、隣国の政変が片付いたので何か企んでいるのだろうということです』
30分くらいでまた手紙が来た。今は野営地にいるらしい。
『もしまた皇国関連の情報が入ったら何でもいいからすぐに教えなさい。ところで今日、手が滑って桃を落としたの。不思議ね。どうして桃は落ちるのかしら?』
おお?まさか桃でニュートン力学を発見しようとしてるのか?
リンゴでもないのにそこへ行きつくとしたら空恐ろしい頭脳だ。
そんな調子でディメトレーヤさんが思いつくままに手紙を書いてよこす。本当に退屈なんだろう。
そうだ、異次元ポケットにも飴くらい入るな。
ピンクで三角の「いちごみるく」を入れてみた。
『これ、おいしい~!もっと送りなさい。今すぐ!!』
やっぱり遠慮しないな、自由人め。
『今あるのはこれだけです』
追加で4個だけ送った。意地悪じゃなく、本当にそれだけしか残っていなかったのだ。他の飴ならあるけど、地球の物を色々見せるのもなんだし。
この飴がきっかけで後日も頻繁に手紙のやり取りをすることになってしまい、少しだけ後悔した。手書きは面倒この上ない。
地球へ手紙が届くということは、共有亜空間へは異世界と地球のどちらからも等しくゼロ距離なのか?
この方法で地球と異世界をつなぐのは一種の抜け道だな。うちの納屋以外からも異世界への通路を作れるかもしれない。
*
地球での用事を済ませると急いで冒険者ギルドへ戻った。そして、夕方にアゼリーナさんと食事して彼女の家に泊り、翌朝はけだるくて昼までゴロゴロして今に至る。
-防具屋-
新しい革鎧を買いに来た。以前、火に強い高級革鎧一式を買った、変人店主がやっている店だ。
例によって、いかにもな全身甲冑が店の真ん中に立っている。
「中にいるんだろ。もう騙されないぞ」
「....」
「無駄だって。バレてるから」
後ろから声をかけられた。
「おおー、君はいつぞやの。よく来てくれたね」
「えっ!?」
後ろを振り向くと、入り口には何食わぬ顔で店主が立っていた。
「変わってるねえ。君は鎧と話せるのかい?」
「あ、いや、またてっきりこの中に入っているものと」
くそっ、こっちが変人みたいじゃないか。
索敵で人を探知したから鎧に話かけたのに。
「その中身はただの人形だよ」
「いや、そんなずはない」
「本当だよ。防具屋ウソつかない、ヨ?」
店主がフェイスプレートを開けると、中身は木の人形だった。
「ええ?あれ~?」
「ふむ、納得してないね。じゃあ特別だよ。離れて、離れて。さあいくよ。ミッシェル君、ハーガン流、一の型!」
店主の号令で鎧が動き出した。持っていたハルバードで突き、回転、薙ぎ払いと一連の動きを披露して、ビシッと決めポーズで静止した。
「うお!すげえ。ゴーレムだったのか」
「従業員のミッシェル君だよ。型をやらせると魔石の消費が激しいから普段は一日に3回ポーズを変えるだけなんだけどね」
「戦闘にも使えたりする?」
「そりゃ無理だね。戦闘用となると、値段はこれの10倍どころじゃないよ」
説明を聞いて半分納得した。ただ、木製の人形なのに索敵に出る反応が人間や動物と同じ青なのは違和感がある。
目的の革鎧を買った。
今回のは、上腕部まで保護できるショルダーパーツ付きの胴と鉄兜だ。両方とも一番安いのを選んで、金貨3枚と1枚だった。
鉄兜は上に赤いふさふさが付いている。左右には角が生えているが、片方が折れた中古だ。
前回見た不気味な面がまだあった。実のところ、オレはこの面にすごく興味がある。ちょっと不気味だが。
いや、かなり不気味だが。
「その面、まだ売れてないんだな」
「こんなにカッコいいのに、この街の冒険者も見る目がないねぇ」
「それ、本当に呪われたりしないんだよな?」
「呪いなんて迷信さ。この商売長いけど、呪われた装備なんて見たことないよ」
魔法攻撃力が上がるのは本当だろう。問題は落とし穴があるかどうかだ。
面を手に取らせてもらって、くるくる回しながら魔力を流してみた。どんな微細な反応も見逃さず記憶する。
「詳しい情報ないの?」
「ふむ。それは発掘品でね、旧帝国の特殊部隊が使っていたらしいよ。これと同じものは他にも出回ってるけど、使用者が変死したり気が狂ったとかいう話は聞かないよ。この際、思い切って装着してみないかい?」
「ええ...」
「さあ、さあ、勇気を出して」
「....」
勇気がいるのかよ。
布をあててかぶってみた。
(うお、これは...)
やっぱりノーリスクじゃなかった。対策は出来そうな気がするので、後でゆっくり考えてみる。
*
今日はフェレーナさんの家に泊る日だ。
2人の彼女ができてからは相手の家に交互に泊っている。ただ、休みなくだときついので泊りに行けない言い訳として、ときどき伯爵邸にも泊っている。
アゼリーナさんは魔力交換しながらやるのがお気に入りだ。ときどき意識を飛ばされるが、これも修行だと思うことにした。何よりMPが増えるのがありがたい。
フェレーナさんは普通に激しい。この人はCランク冒険者でもあるので、すごく体力があって身体能力も高い。さらにベッドの外でもやり合う。オレの反応がいいことに味を占めた彼女は暇さえあれば拳を飛ばしてくるのだ。こちらとしてもいい稽古になって楽しい。
パパン、ビシッ!パシッ!
フェイント混じりの攻撃もほぼさばけるようになった。
「くっ、これも通らないなんて、やっぱりあなた素質あるわ。それだけに腕力がなさすぎるのがとても残念ね」
「魔法使いだし、これくらいで十分でしょ」
「ダメよ、鍛えましょ。わたしがしごいてあげるわ」
「ええ~...」
心底嫌そうな顔をして見せた。
「嫌なら毎回こうよ」
ひょいっと、お姫様抱っこでベッドへ運ばれる。
「ちょっ、何すんの!?やめて、やめて」
恥ずかしい、というか屈辱だ。
ジタバタしても、ぎゅっと腕に力を入れられると逃げられない。
「か弱き者にはふさわしい扱いよ。ね、わたしのかわいい、あ・な・た」
「ぐう...分かった、走る。疲れるまで走るから」
「何よそれ?ぜんぜんやる気ないでしょ。これはあなたのため、じゃなくて、わたしのために言ってるのよ。それでも嫌なの?」
抱っこしたままじっと見つめられた。
絵面が情けなさすぎて惨めな気分だが、そう言われては断れない。冒険者なんて運が悪ければ明日にでも死ぬのだから、帰りを待つ方が辛い。
仕方ない。
はあ、と一息ついて真剣な顔で見つめ返した。
「分かりました。やりますよ。真面目に鍛えます。オレだってフェレーナさんを悲しませたくはない。それに男だから、これでも男だし!」
重要なところを二度強調して、ぐいっと体を伸ばして降りようとしたら、満面の笑みで抱きすくめられた。
「ふふっ、そこでムキになるところがかわいいわ。それじゃあ、早速今できることから始めましょう」
ポスっとベッドに降ろされると、ポケットコイルのスプリングで体がぼよんぼよん揺れる。固いベッドが辛かったので、分厚いスブリングマットレスが乗った高級なダブルベッドを持ち込んだのだ。
おまけにティーローズの精油も置いて、ほのかに甘い匂いが漂っている。これもすごく気に入ってもらえた。
「こんなに素敵なベッドを持ってきてもらったんだし、体力をつけるためにも今夜はとことん楽しみましょう。そういえば、回復魔法も使えるのよね...」
最後にボソッと何言ってんの。
「あのっ、回復魔法って万能じゃないから。ダメージ回復用だから。それに、ベッドの上では鍛えようがない種類の体力も使うし」
問答無用とばかりに唇をふさがれて、一番上のボタンに手がかかる。
「心配しないで。優しくしてあげるわ」
そう言いながらオレの服を脱がす彼女はすでに息が荒い。新しいベッドと精油でこうまで違うとは思わなかった。まあ、こっちも普段よりヤル気ではある。やっぱり、広くて柔らかいベッドはいいものだ。
その晩は回復魔法も使って本当に限界まで頑張った。
《納屋42》




