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41.アゼリーナさんの家

2022年9月17日 微修正、誤字脱字修正のみ。内容変更なし。

《納屋41》


 フェレーナさんが教えてくれた、こちらの恋愛に関する常識は夢も希望もなかった。


 その翌朝、出かける前にちんちくりんだった頭を持っていたハサミで散髪してもらった。短髪は嫌だがせいぜい2~3か月の我慢だ。

「すごく使いやすいハサミね、これ」

「いいでしょ。本当は布切り用なんだけど」

 日本から持ち込んだちょっと大きめの裁縫ばさみだ。一本あると重宝するので地球内の旅行でも持ち歩いている。


 今日は出勤するフェレーナさんと一緒に冒険者ギルドへ行くことになった。

「2人が一緒にいるところを一度は見せつけておいた方がいいわ。あなた1人だと、早い者勝ちの美味しい獲物が歩いてるようなものだから」


「えええ...角無しウサギですか、オレは?」

「ウサギより狩りやすいんじゃない?準備は出来た?」

「ヒドイ。はい、出れますよ」


 パシッ!

「うわっ!」

「いい反応ね」

 突然パンチが飛んできた。


「聞いてるわよ。魔法使いのくせにいつも前に出たがるって」

「筒抜けですか。相手は選んでますよ。てか、ゴブリンやオークばっかりだし」

「それは結構。それじゃ、当てないし手加減するから、わたしの攻撃をさばいてみせて」


 返事を待たずに連続攻撃が来た。当てないって言ったくせに、一発目から真っすぐ顔狙ってくるし。


 パシパシッ バシッ!

「うわっ、ちょっ、当てないって!?」

「だから当ててないじゃない。寸止めするわよ」

 ニヤリとして攻撃が激しくなる。


 パシパシッ パパン パンッ!

 ビシッ! ドシッ!

「痛い、痛い」

「くっ、やるわね。これならっ」

 パパン ズドッ!

「ぐえっ...当てないって言ったじゃん」

「あああ!ごめんなさい。意外といい反応するから、つい、楽しくなっちゃって」


 重く鋭い蹴りを腹に食らって、倒れ込んでしまった。

 本性を見た気がする。


 でも、すぐにいつもの優しいフェレーナさんに戻り、オレの頭を抱いて介抱してくれている。

「よく見てるのね。でも見えてるだけ、といったところかしら。まっ、とりあえず十分だわ」


 その通り、本当に相手の攻撃がよく見えるのだ。飛んでくる拳の、指の1本1本まで認識できている。ただし、反射的に対応するだけで、次へつなぐための「型」というものを知らない。知っていても、さっきのフェイント混じりの鋭い蹴りに対処するのは難しいだろうけど。


 精霊と融合して以来、動体視力が良くなっている。視力だけではなく情報処理能力が全般的に上がった感じだ。ただ、相変わらず持久力も腕力もない。

 ないと言っても日本人としては普通で、冒険者の基準が高すぎるだけだ。


 *


 フェレーナさんに腕を取られて、2人並んでギルドへ入った。わざと遅めに来たので、すでに他の職員や冒険者が多数いる。


 2人が入ると一瞬で空気がピリッと張り詰めた。

 さっそく、お約束イベントの開始だ。


「おおっ?いいご身分じゃねーか、モヤシ野郎」

 やっぱり、こういのは頭の悪そうなやつの役回りらしい。絡んできた男はガラが悪いだけで、オークに比べたら迫力もない。


 フェレーナさんがキッと睨み返す。

「何よダカス、また蹴られたいの?」

「まさかそんなモヤシと付き合ってるのか?お前より強そうには見えねーぞ」


「この人、あなたよりずっと強いわよ。『ゼロ距離魔術師、エド』を知らないの?」

「あん?そんなやつ聞いた事ねえぞ」

「そりゃそうでしょ。だって、今考えたんだもの」


 ダカスは凍てつく視線に気圧(けお)されて、3歩以内には寄ってこなかった。この際、男共の嫉妬はどうでもいい。女子職員たちのスキャンするような視線が怖い。


 フェレーナさんは同僚達と笑顔で白々しい挨拶を交わしながらカウンターの中へ入っていった。そんな彼女が無敵に見える。

「それじゃ、またね」

「それじゃ」


 彼女と別れるとすぐにダカスが絡んできた。


 そして今、決着をつけるために訓練場に来ている。周りには見物人も多数いる。フェレーナさんのシナリオ通りの展開だ。


 決闘ではあるが、試合形式なので何も問題はない。双方防具を付け、得意な木製武器を持つ。ダカスは両手剣。オレは左腕に小さい丸盾を付けた。武器は無し。


「モヤシ野郎、本当に手ぶらでいいのか?テメーの拳なんざ通用すると思うなよ」

「ああ、問題ない。未練がましい振られ野郎にはこれで十分だ」

「ほざけ!負けてから言い訳すんなよ」

「そっちこそな」


 フェレーナさんによると、絡んでくると思われる男共は雑魚ばかり、ということだった。このダカスはCランクで、フェレーナさんに蹴られて悶絶したことがあるらしい。


 負けるとは微塵(みじん)も思っていないようだ。下段の構え、というより両手剣を持ってだらんと手を下ろしているだけだ。オレ相手に構える気にもならないってか。

 こっちは若干緊張している。勝つ自信はあるが。


 試合開始!


 ダカスは下から腹を狙って突いてきた。

 速いことは速い。だが、切っ先が動き出す前の、腕や体に力が入り始める段階からオレには見えている。

 迫る切っ先が腹に接触するのに合わせて上半身をねじる。ねじりながら半歩前に出ると、ダカスの剣はオレの横に、オレは素手でダカスを殴れる位置だ。


「石弾!」

 ズドッ!

「おごっ...」


 型を知らない、と言ってもごく単純な動作ならできる。

 たとえば、今やったみたいな。


 腹にめり込んだ丸石が足元に落ち、ダカスは地面に転がった。腹を抱えてもだえ苦しみながら、かすれる声で文句を言う。


「てめえ..汚ねえぞ」

「十分手加減しただろ」

 MP1しか使ってないし。


 ちゃんと手加減できるなら魔法を使っても構わないルールになっている。そもそもこっちは魔法使いだし。


 意外な勝利に一部の見物人から歓声が上がった。

 魔法使い達はとっさに見せた魔力操作に驚いている。


「いや、あれ...不可能だろ」

「Aランクなら出来る奴知ってるぞ」

「それは発動させるだけだろ。今あいつがやったのは、あの状況での発動と、手加減と、収束を同時にだぞ。あれしか威力を出せないってんなら多少難易度は下がるが」

「おー...そりゃたしかに、とんでもねえ。いや、さすがにインチキだろ」


 信じられず、いちゃもんを付ける奴もいる。

「おい!てめー、マジックアイテムとか使ってねえだろうな」

「そんな便利アイテムがあるのか?オレは知らんぞ」


 身体検査をさせて、納得がいかない連中の代表と試合することになったのだが、出てきたのは、どう見ても何も理解して無さそうな脳筋野郎だった。


「俺が勝ったらフェレーナはもらうぞ」

「お前も蹴られたのか?」

「うるせえっ!」


 試合開始!

 ヒュン バシッ! ズドッ!

 勝者、エド!


「マジかよ...」

「おお?本物か?」


「ぐう...負けは認る。もし出来るんなら、今のやり方で殺傷力がある攻撃を見せてくれるか?」

「あんまり手の内を晒したくないんだが..分かった」


 軽く攻撃してもらいながら、通常の威力で一発玉のストーンバレットを二連射してみせた。相手の顔をかすめた石弾は、訓練場の端っこに並んでいる標的を粉砕した。


「こいつ...とんでもねえぞ...」

「おいおい、技術だけならAランク以上だろ」

「さすがにAランクの火力までは出せねーよな?」

「ゼロ距離だったか。伊達じゃねーな」

「凄い!二番はもらったわ。フェレーナとは友達だし」

「あんな人がお買い得だなんて。一度捕まえてみようっと」


 今度は皆納得してくれて、どよめきが閑散(かんさん)な拍手と歓声に変わった。

 不穏な声も混じっていたようだが。


 困ったことに、この日から「ゼロ距離魔術師」がオレの通り名になってしまった。


 フェレーナさんいわく、『ふっ、計算通りよ』

 受付嬢が付き合う相手は名が知れていないと、あきらめの悪いバカが多くて面倒なのだそうだ。


 ダカスも一応納得したらしい。

「おい、ゼロ魔。今日のところはお前に譲ってやる」

「その略し方はまずい。すでに使われてるから普通にエドで頼む」

「はあ?ゼロ魔なんて知らんぞ。まあどっちでもいいがよ」


 高ランクっぽい魔法使いの男が文句を言ってきた。

「今のは私が研究中の魔闘術だろう。まだ誰にも話してないのだがな。この頭の中にしかないものを、キサマいったいどうやって盗み出した?」


 何言ってんだ、こいつ?

 サイコ野郎?


「あははは、うちの馬鹿がごめんね~」

 ゲシッ!

「あだっ。まだこいつに話がっ」

 ズルズルズル...


 おかしなことを言ったのはAランクパーティ所属の、有名な変人魔法使いらしい。幸い、そいつのパーティメンバーが引きずって退場させてくれた。


 フェレーナさんは、にじり寄ろうとする女子に眼光を飛ばして押し返している。

 アゼリーナさんがその防御を意に介さずやって来た。そして、フェレーナさんと向き合う。

「話は聞いたわ」

「意外ね、あんたから出てくるなんて。わたしの(....)彼に気があるのは知ってるわよ」


「エド君が本当に好きなのは...覚えてなくてもこのわたし」

 後半は、ぼそぼそとした声だった。

「何それ?変なこと言わなくても、あんたを二番にしてあげるのはやぶさかじゃなわよ?」


「2人とも私の、部屋に来て」


 修羅場、ではないよな?

 二番にしろって言われてるし。


 *


「相変わらず気味の悪い部屋ね。こんなんだから男が寄ってこないのよ」

 ダメ出しされてもアゼリーナさんは取り合わず、自分の用件に入った。


「いつから?」

「え?えーっと、あれは、そう、あんたがオーガホーネットの巣を焼いた日よ。その晩デートして、そのままわたしの部屋に泊ってくれたわ」

 フェレーナさんが勝ち誇った顔で言う。


「エド君がこの部屋に、来たのはその前日よ」

「あははっ、笑わせないでよ。ここって仕事場じゃない」

 一笑に付されたアゼリーナさんは憮然とした顔で『ぐぬぬ』だ。


「はいはい、分かったから。あんたも好きなら二番にしてあげもいいわよ。でもその気持ちは、自分の口で彼に伝えなさい。今!ここで!分かりやすい言葉でね。でなきゃ認めてあげないわ」


「余計なお世話。順番なんかにこだわる時点であなたの負けよ」

「あーら、負け惜しみね。あっはっはっはっは」

「笑って、いられるのも今のうち」


 アゼリーナさんがオレの右腕を抱くと耳元で(ささや)いた。

「あ、こらっ!離れなさい!」


 『好き』だけははっきり聞き取れた。次の言葉はよく聞き取れなかったけど、すごく気持ちのいい響きだった。その響きが頭の中に広がり、目眩(めまい)と共に昨夜の記憶がフラッシュバックした。暗がりの中で彼女の匂いと痺れるような声と、それから...

 フラッシュバックは一瞬だったが、今起きたことのように鮮明だった。


 やはり何か重要なことを忘れている。それもすごくいいことを。フラッシュバックの後に残る、切ない余韻と胸の高鳴りがその証拠だ。


「ほら、わたしの告白を聞いてこんなに、どきどき、してるわ」

 こちらに寄りかかり、オレの胸に手を当てるアゼリーナさん。そんなアゼリーナさんの顔を手のひらで押し戻そうとするフェレーナさん。


「姑息ね。見てなさい」

 反対側の耳からフェレーナさんが甘く囁いた。鼓動がドキッと跳ねて、彼女と抱き合った昨夜の記憶がフラッシュバックした。


 アゼリーナさんが困惑する。

「え、どうして?」

「ふふん、どう?彼の弱点は全部知ってるのよ」


 2人が何か言い合うのを、アホみたいに呆けた顔で聞いていた。こんなにドキドキするなんて、オレはどれだけ2人のことが好きなんだ。


「それならっ」

「無駄よ」

 左右の耳から同時に囁かれると2つのフラッシュバックが重なり、現実の風景が見えなくなった。アゼリーナさんに触られた感触や匂いまで伴う鮮烈な記憶と、それに薄く重ねてフェレーナさんの乱れた髪や白い肌が見える。


 心拍数が上がって息苦しい。

 地面がぐるんと回るような目眩(めまい)がして、白昼夢だった視界がブラックアウトした。


「あ」

「えっ」


 崩れそうになって背中に当たったのは...フェレーナさんの胸だ。両腕を回して支えてくれている。


 あれ、鼻水が。

 じゃない、鉄の匂いだ。血の味がする。


 ベッドへ連れて行かれてフェレーナさんに(ひざ)枕された。

「ごめんなさいね、ドキドキさせすぎちゃって」


 ブラックアウトから数秒で視界が戻ると、アゼリーナさんが解せない顔で首をかしげながら、ぶつぶつとヒールを詠唱していた。


「もしかして昨日は、フェレーナの、ところに泊ったの?」

「そうよ~」

「なるほど」

 得意顔のフェレーナさん。納得顔のアゼリーナさん。


「なによ、その顔。素直に悔しがってもいいのよ?」

「悔しいわ。だから今夜はわたしの、家に、泊る番よ」

「ええ~...」

「二番、にしてくれるって言ったわ」

「それはそうだけど...あんたと2人きりにするのは不安だわ」


「渋る、ならシルビエーラあたりが狙ってくるかも。そうしたら一番手争いにならないかもしれないし、ならないとは、限らないとわたしは、思うの」


「何言ってんの!?あいつを引き込んだらあんただって...くっ、分かったわよ」

「ふふっ」

 

 オレは今夜、アゼリーナさんの家に泊るらしい。


***


 -夕暮れ時-


 お泊りの前に、2人で食事することになった。行く店は英雄たちとドラゴンステーキを食った、この街で一番の高級店だ。さすがにドラゴンの肉はあの日限りで通常メニューには無い。

 

「お飲み物は何にいたしましょう?今なら遠国より入荷した『オーガ殺し』がおすすめでございます」


 早速出たか。ここに売り込む予定にはなっていたが、やるなパブロックさん。

 値段はこの店で一番高いワインと同じで、量はその半分だ。


 ここはワインじゃないのかよ、とも思ったが、単純に酒としての品質が現地産では太刀打ちできないから、何にでもオーガ殺しをすすめたくなるのだろう。おまけに希少で高価となれば、実際以上に美味く感じるのかもしれない。


「それはオーク肉には合うのかな?」

「はい、もちろんでございます。とても美味しいお酒ですので。ただし、とても強いので小杯か、水割りとなります」


 デートだし、素直におすすめを選ぶ。

「アゼリーナさんもこれでいい?」

「ええ、わたしはそれ好きよ」


 実はただの焼酎だけど。焼酎なんだけど。焼酎なんだよそれ!


 今日はデートだし、高級酒だと思われちゃってるし、しかもおすすめならそれにするしかないじゃないか。ああもう、洋風の高級店で焼酎とか雰囲気ぶち壊しだよ。


 メインディッシュは本日のおすすめ、オークのヒレステーキだ。高品質のヒレ肉が多めに入荷したらしい。渋いオヤジのウエイターが運んできたのは昨日オレ達が売った肉だった。


「お待たせしました。巨大なボスオークから取れた、最高級のヒレ肉ステーキでございます。これを仕留めたのは、なんとまだDランクの5人パーティ、ザックご一行。西の森にてオークの集落を殲滅し、最後に犬獣人ボルフとの一騎打ちによって仕留められた、ボスオークの肉がこれになります。頭への斧の一撃のみで仕留められ、他には傷がない最高品質の獲物として、その日のうちに丸ごと冒険者ギルドへ運び込まれました」


 自分達の話になんとも言えず、むにむにした顔で聞いていた。

 そいつの肉なら自分でも持ってるし、ヒレではないけど、犬肉亭で特盛が安く出てるよ。


 最後にメンバー全員の名前が出た。

「ここにいるのがそのエドワードよ」

 アゼリーナさんが誇らしげにオレを紹介する。彼女に目配せされて冒険者登録証を見せた。


「なんと、この前ブラックボアを仕留めたエドワード様でしたか!あちらも大変素晴らしい肉でした。オーク戦士たちとの激闘もお聞きしましたよ。魔法使いにも関わらず、最後の1人となって最強の敵と剣を交える、ぎりぎりの死闘を繰り広げられたとか」


 周囲の客が『へ~』って顔で聞いている。


「あはは...あー、ちょっと大げさかもしれないけど、うん、まあそんな感じだったね」

「ふふっ、強いのよこの人」


「ご本人様であれば特別に、オーガ殺しをもう一杯ずつ無料でご提供させていただきます。今後ともご贔屓に、エドワード様」


 アハハハ、嬉しいなあ、焼酎もう一杯だよ。


 オークのヒレ肉は美味いし、焼酎だって合わないわけじゃない。

 焼酎でほろ酔いになった2人は彼女の家へ向かった。


 *


 アゼリーナさんの家はやっぱり魔女屋敷だった。

 薄暗い室内の壁際にはいろんな道具や素材が並んでいる。暗がりで何かがビクッと動いてオレもビクッとした。

「ひっ!」

「ふふっ、大丈夫よ」


 蝋燭の光に、壺から立ち上る煙が揺れている。2人は体を軽く接触させて座り、いい雰囲気の中で見つめ合う。


「魔法使いっぽくていい部屋ですね」

「でしょう。やっぱり、エド君には分かるのね。魔法使い同士きっと素敵な、一夜になるわ」

「ええ、もちろん」


「はい、これを飲んで。わたしたちにお酒の、酔いは不要よ」

 解毒ポーションを出された。唐突に感じたが、実際のところはありがたい。

「どうも。しゃっきりしました」


 酒の酔いが醒めると香の匂いがはっきり感じ取れ、気分が鎮まっていくのが分かる。青薔薇茶を飲みながら、いい雰囲気の中で魔法談義をした。


「知ってる?皮膚の下の、構造、までちゃんとイメージすると効果が高いのよ」

「ええ、気づいてますよ。だから人体の構造はちゃんと勉強してます。もしかしたらアゼリーナさんより詳しいかも」

「あら、さすがね。それじゃあ試してみましょうか」


 彼女は嬉しそうに、深皿と手術用メスに似た刃物を出した。不思議なことに今日は光る刃物を見ても全く動揺しない。まるで()いだ水面のように平静でいられる。


 楽しく語り合いながら、皿に溜まる血の量が増えていく。


 人体には目には見えない微細構造があることを説明して、それをイメージすることで回復魔法の効果がさらに高くなることを証明して見せた。


「驚いたわ。本当、なのね。お師匠だってそんなことまでは、知らない、はずよ。今書いてくれたこの、絵にはすごい、価値があるわ」


 回復魔法の効果を上げるため、人体解剖図や細胞の構造図を丸ごと頭に入れているのだ。それを脳内再生して視界に重ねれば正確に書き出すこともできる。

 ただの絵なのに、その意味を理解できる相手には高値で売れる。予想外の発見だ。


「上達が、早いわけね。すぐに追いつかれそう」

「魔力は少ないですけどね。もう半分しか残っていないです」

「それだけは、わたしの勝ちね。分けてあげるわ」


 血が溜まった皿をどけると、彼女はオレの首に両腕を回してキスをした。魔力が流れ込んでくる。両手をつないでやる魔力循環よりも速いが意外と平気だ。意識を飛ばされるほどではない。精霊と融合したおかげだろう。


「もう一杯です」

「本当に少ないのね。こっちはまだまだ余裕よ」

 なら、オレの数倍以上の魔力量か。


 ...90 89 88


 オーバーチャージされていた。

 今の最大MPは88なのだが、瞬間的に90を超えていたのだ。


「もう一回やってみたいです。この方法だと一時的に上限を超えた魔力を持てるみたいなので」

「え?そんなことが出来る、なんて聞いたことないわ。でもエド君だし。面白いわ。試してみましょう」


 後ろのソファーへ連れていかれ、押し倒されてキスされると大量の魔力が流れ込んできた。

「ん、ん..ん~っ...」


 魔力の流れに必死で抵抗したが、量が増えるにつれて抵抗することも出来なくなり、魔力に溺れるようにして意識を失った。


 ペシペシと起こされた。

 ふらふらする。

 600を超えていたMPがゆっくり減少していく。


 さすが二つ名持ちの魔女だ。彼女の本気は伊達じゃなかった。もし精霊と融合する前だったらと考えるとちょっと怖い。

「ごめんなさい。すごく、興味深い、実験だからそのつい、本気でやってしまったわ」


「大丈夫です。数倍の魔力量になりました。ただ、この状態だと気持ち悪くなるので、その、今度は逆で」

 すぐに理解した彼女は、少し上を向いて目を閉じた。今度はこちらから抱き寄せてキスをする。

 過剰な魔力が抜けるとす~っと楽になった。


 普通に両手をつないでやる魔力循環も試した。手のひら越しなら本気を出されても意識は飛ばない。両手を通して魔力を受け取ってもみたが、粘膜接触に比べるとかなり遅い。


 2人の接触面積が最大になる方法でも試した。

 最初はゆっくり流してもらう。

 魔力の往復を繰り返すと彼女の息が乱れてきた。

「ん...あっ..」

 息が乱れるに従って制御が利かなくり、激しく乱れる濁流のような魔力に意識を飛ばされた。

 意識が戻ったらまた違うやり方を試す。


「もう無理。ふらふらです。続きは魔力交換無しで普通にやりましょう」

「それは残念、だわ。とても楽しいのに。それじゃあ、次は...」


 耳元で何かを囁かれると気持ちのいい声が頭の中に広がり、白昼夢を引き起こした。五感を伴う鮮烈な白昼夢と今の現実が重り合う。時折り耳元で囁かれる声が頭の奥底を痺れさせ、白昼夢と現実の二重体験に意識が飛びそうになりながら彼女と交わり続けた。


 翌朝、彼女は出勤し、オレはその背中を見送った。

 だるくて動きたくない。昨夜の体験がどこまでが現実だったのかも定かではない。昼頃までぼ~っとしてゴロゴロ過ごした。


 あ、MP増えてる。


《納屋41》

戦車や砲兵のゼロ距離射撃とは無関係です。文字通りゼロ距離でも撃てるっていう意味なので。

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