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39.戦士の墓標(後編)

《納屋39》


 死にはしなくとも、それなりに太いの枝の下敷きになっているはずだ。


「どうなった?」


 あのセリフは言うなよ。


「やったか?」

 あっ、ザックのバカ。まあいいか。ここは地球じゃないし。


 倒れてきた大木の枝葉からは、うっすらと煙が出ている。火は着いていないようだ。輻射熱で生焼けになっただけか。


 この程度で死ぬわけがない。

「みんな下がって太い木に隠れてくれ。さっきのより強力な爆裂魔法を使う」

「強力って、おい...」

「む、わかった」

 さっきの一発で大威力だと分かっているので、全員そそくさと下がって木の裏に隠れた。


 MPは3まで回復した。起爆には十分だ。

 縄をぐるぐる巻きにした爆薬の包みを出した。サイズは『大』だ。枝葉の山の中心部まで放り込みたいが、葉に隠れるとエクスプロージョンを当てることができない。

 そこまでしなくても十分強力なので、枝葉の山の表面で爆発させることにした。


 先にエクスプロージョンの光点を飛ばし、続けて爆薬を放り投げる。放物線を描いて飛ぶ爆薬は、それより遅い光点へ接近していく。爆薬が葉っぱに飛び込む直前に光点をぐいっと引き戻す感じでぶつける。


 起爆する直前に木に隠れて、両手で軽く耳をふさぎ、口は閉じない。

 あ、ボルフにはこれ説明してなかったな。


 衝撃波と轟音と爆風がほぼ同時に届いた。


 衝撃波で一瞬視界が白くなり、それに続く爆風が収まると、枝葉の山のこちら側が吹き飛ばされて中央にある木の幹が見えていた。


「どうなった...」

「さすがに死んだか?」


「グオオ...フゴオオーーーッ!!」


 ダメか。

 これだから弾殻無しは...


 バキバキと枝をへし折りながらボロボロの石斧戦士が出てきた。

 復讐鬼の眼光は全く衰えていない。

 それを見てぶわっと鳥肌が立った。


 やつは真っすぐオレを見ている。

 槍と棍棒を殺したのはオレだからな。最悪、骨の1〜2本はくれてやる。引き換えに雷撃を一発食らわせたらこっちの勝ちだ。


 ヒュンヒュンと矢が飛び、2本とも命中した。


 石斧戦士は、矢が刺さった脚を無理やり動かしながら雄たけびを上げて向かってくる。


 ロンセルとボルフが歩いて前に出たが、ボルフが変だ。真っすぐ歩けていない。

 ザックとアドルも剣に持ち替えた。

 オレも手の震えを抑えるため、ガチガチに刀を握り込んだ。


 ザックが腕を伸ばして遮る。

「エドは突っ込むなよ。弱るまで待て」


 『うおおおおーっ!』と突っ込んだロンセルが大剣を振り下ろす。その大剣は右手の石斧で受け止められ、ロンセルはショルダーアタックを食らって数メートルほど弾き飛ばされてしまった。石斧戦士がまたオレを(にら)む。


 ロンセルが飛ばされた直後に、その反対側からボルフの斧が敵の頭めがけて水平に振られる。石斧戦士はその刃を石斧の柄で受け止めて地面へ押さえつけ、左足で踏み越えながらボルフに左オークパンチを叩きこんだ。


 ドゴッ!

「うおっ!」

 ボルフはパンチを右腕でガードしながら吹き飛ばされた。


 敵は無理な態勢で左腕を振りぬいた。

 隙ができた。

 首筋を切り上げてやろうと刀を右下から回しかけると、一歩前にいたザックが脇腹に剣を刺し、向こう側からもアドルが脇腹に剣を刺した。


 む、出遅れたか。

 あれは心臓まで届いてそうだ。


「フゴッ!フゴッ!」

 ドゴッ!ドゴッ!

 石斧戦士は刺さった剣をものともせず腕を振り回し、左右の裏拳で2人を殴り飛ばした。


 倒れ込むザックの背中を避けて一歩踏み込み、前傾姿勢の敵の首筋を下段から切り上げた。

 切り込みながら全力の雷撃を放つ。


 ドババババッ!

「ピギーーーッ!」

 石斧戦士は体を硬直させながら前へ倒れ、索敵から反応が消えた。


 やっと仕留めた。

 ふう、と息を吐いて両腕の力を抜くが、強く握った指が緩まず震えも止まらない。


 背中を向けて倒れているこいつの顔は見えない。

  ....さぞかし無念だろう。


 こっちは『卑劣な人間共』ってやつだし、かける言葉などない。こいつは強かった。最後の最後まで戦った。その石斧は届かなかったが、復讐の意志を込めた眼光だけは刺さった。


 石斧戦士の体がビクンッと動いた。


 素早く伸ばされた左手に足首を引き寄せられる。

 あははっ、しぶといな!

 後ろへひっくり返りながら、怪我しないようにとっさに刀を消した。


「があっ!」

 痛い!

 折られる。


 MPが切れるまで続けてやる!

 もう一度刀を出して雷撃を放つ。


 パチッ 


 あれ?こんだけ?

 あれ?あれ?

 雷撃が出ない。

 なんでっ!?


 バキッ!


 目の中に星が飛んだ。熱い。激痛で息が詰まり、声も出ない。

 冷や汗が吹き出す。


 パキパキッ


 砕けた足首がさらに握り潰される。

「あぐっ..ぐあ..あ..」

 痛い。痛い。痛い。

 剛力の握り拳を振りほどく手段がない。

 ここで死ぬのか?


 斧だ!


 刀を放り投げ、右手の中に手斧を出した。

 夢中になって敵の頭に斧を振り下ろしていると、誰かがオレを止めた。

「エド、もういい。そいつは死んでいる」


 正気に戻って前を見ると、左右の脇に刺さった剣が根元まで押し込まれていた。

 さすがの復讐鬼もやっぱり心臓を刺されたら死ぬのか。

 首の傷も深いな。


 一回は反応が消えたし、まともな意識もないまま執念で動いたんだろうな。オレの骨1本で『ざまーみろ』くらい思っていてくれたらいいのだが。


 ボルフに褒められた。

「やるじゃねーか。ひょろひょろの魔法使いかと思っていたが、なかなかの戦闘狂っぷりだな」

『それで褒めてるつもりかよ?』とは思ったが、激痛のおかげでしゃべる気になれない。


 戦闘が終わり、気が緩むと激痛がさらにひどくなった。勝手に涙と鼻水が流れる。回復ネックレスの効果はとっくに切れている。この激痛ではちまちまと魔石の補充作業なんてできない。


 そうだ、ポーションがあった。

 回復ポーション(特)を手の中に出し、一気に飲み干そうとしたらザックに手を止められた。

「待て。今足を延ばしてやるから」

 忘れるところだった。骨が変なくっつき方をしたら困る。

 でも複雑骨折なんだが...


 変なところで曲がっている足首をザックがわずかに動かした。

「あがっ!痛い、痛い!やめ、やめ」


 『骨の1〜2本はくれてやる』とか思ったのは嘘です!

 ごめんなさい。

 調子乗ってました。

 クロエ、アゼリーナさん、魔女でもいいから助けて。


 ***


「おい、エド、生きてるか?」

 誰かが頬を叩く。

 気絶したのか。目を開けると全員が上からオレの顔を覗き込んでいた。


「あ、そうだ。痛い痛い!......くない?」

 痛くない?

 本当に?

 うん、痛くないぞ?

 神経が切れたか?


「痛くないんだが、誰か治療してくれたのか?」

「いいや、なにもしてないぞ」

「俺達には治療なんてできないぞ」


 恐る恐る右足首をぴくっと動かしてみた。

 平気だ。

 もっと動かしても全く平気だ。


 痛みがないだけじゃない。骨折した形跡もない。

「もう治った。そうか、足首を砕かれたのは幻覚だったのか」


 すっくと立ちあがると皆が一歩引いた。気味が悪い物を見る目だ。


「おい、正気か?」

「治るわけないだろ。動くと悪化するぞ」

「本当に治ってるぞ。触ってみても骨にへこみはないし、まったく痛くない。あ、そうか。途中で気絶して、あいつにやられる夢でも見てたんだな」

「夢じゃないぞ。本当にお前の足首は握りつぶされた」


 皆がかわいそうな人を見る目になっている。

 気が狂ったと思ってるな。失礼な奴らだ。

「ほら、右足ぷらぷらしてないだろ。歩けるし、ジャンプもできる」

 ちょっと気分が悪くてふらつくが、まあ平気だ。


ザック 「あー、そうだった。エドは別の世界から来たんだったな」

アドル 「それか!そういえばそうだったな。さすがエドだ」

ロンセル「なるほど。秘密の能力を発揮したわけか」

ボルフ 「...」


「いや、ちきゅう...」

 地球人にそんな能力は無い、と言いかけて分かった。精霊核だ。凄い能力を持っていて、オレの危機に反応するはずなのだ。


 それなら、せめて足首を砕かれる前に発動して欲しかった。これまでの危機では何も反応しなかったし。もしかして、気絶して意識が消えないと何もできないのだろうか?

 発動条件が気絶では、あんまり危機回避の意味がない。それとも状況次第では『覚醒モード』になって暴走でもするのだろうか?




 全員がそれなりに負傷していた。

 ロンセルはショルダーアタックを食らった胸骨のあたりが痛いと言う。歩くたびに痛みが走るらしいので多分割れている。

 ボルフは右前腕がぽっきり。おまけに二回目の爆発で鼓膜をやられてふらふらだ。

 アドルとザックは殴られたところが痛い。痛いは痛いが、骨折ではなさそうという自己診断だ。


 お互いを見回してみると、全体的に煤けて髪の毛先がちりちりになっている。一発目の爆裂のせいだな。犬は爆発が起きた方向、左前から熱を受けて、そちら側の毛が見えている部分がちりちりだ。

オレ 「悪い。また巻き込んだな」

ロンセル「これくらいどうということはない」

アドル 「強力な攻撃手段があるのはいいことだ」

ザック 「お前の頭みたいになったら泣きたいがな」

オレ  「おい!..カッコ悪いか、オレ?」

「...」

「...」

「いや、面白いぞ」

 これが終わったら散髪に行く。


 気絶して落としかけたポーション容器をアドルが拾ってくれていた。少しこぼれただけで、中身はほとんど残っている。

「それは特級なんだ。金貨20枚をぶちまけなくてよかった」

「ああ、この瓶はそうだと思ったぞ。拾っておいてよかった」


 そういえば、こいつらもポーションは持っていたはずだが。


 ....


 重傷者用に残したのか。足首粉砕には特級1本じゃ足りないのは明らかだし。

 待たせて悪いことしたな。早くやせ我慢しているボルフを治療しないと。


「オレにはもう不要になったからこれはボルフ用だな。他のみんなはヒールですぐに治せる」


 耳が聞こえていないボルフにポーションを渡すと、受け取って即座に口に持っていこうとした。ザックがその手を止め、オレが『折れている骨を伸ばして断面を合わせる』を指と指で表現して見せた。


 ボルフが頷くのを確認して、骨折している右手首をつかんだ。

 今度はお前が泣く番だ。

 自分でも左腕の骨折を伸ばしてもらった経験があるし、相手は男なので割と躊躇(ちゅうちょ)なくやれる。


「おい、痛てーぞ!」

 聞こえていないだろうが、反射的に受け答えした。

「一匹狼だろ、我慢しろ。一気にやるぞ」


 グイっと下へ伸ばして、骨がつながった感触があった。

「ギャウン!」

 自称一匹狼の鳴き声は、やはり犬にしか聞こえない。


「う〜、ちくしょうめ。ありがとよ」

 おそらく単純骨折だったのだろう。もう平気になったと言っている。ついでに鼓膜も治った。さすが特級だ。


「次はロンセルにヒールな」


 呪文詠唱。

「’&%##&()(’&&$”{‘@」


 あれ、何が起きている?

 回復魔法を使おうとして出てきたのは、これまで使ったこともない『ヒールの自動詠唱』だった。おまけに相手の治り具合まで分かる、ような気がする。


「エド、目が...」

「もう治ったよな?」

 ロンセルが自分の胸骨をコンコン叩いて確かめる。

「うん、治ったみたいだ」


 ザックとアドルには2人並んでもらって左右の手の平を向けた。


ザック「目が光ってるぞ」

オレ 「はん?もう治っただろ。治してる感覚が一瞬で消えたぞ」

ザック「お、おう、ありがとよ」

アドル「ああ、もう痛くないぞ。恩にきる」


ザック「それでな、お前の目が光ってたぞ」

オレ 「だれが厨二病かっての」

ザック「ちゅ、ちゅーにー?」

アドル「エド、本当にお前の目が魔法の発動中に光ったぞ」

オレ 「マジか?」


 鏡で顔を見ると瞳が金色だった。おまけに自動詠唱を使うと光る。

「なんだこりゃ?ガチ厨二病かよ」

 どうすんだよ、これ?

 こんなんで日本に戻ってもだれとも顔合わせられないぞ。


 焦るオレをロンセルがなだめる。

「エド、落ち着け。何にせよ、悪いことじゃないだろう。さっきのヒールは治療屋の先生のより強力だったぞ」


 深呼吸だ。

 うん、今朝とは感覚が違う。

 無意識に『ヒールの自動詠唱』を使ったり、この短時間でMPが完全回復して...384?

 すごい増えてるし。あ、減った。ゆっくり減少している。一時的に強化されたスーパーなんとか状態みたいだ。魔法使いの場合は、髪が逆立って『フオオオオーッ!』となる代わりに、目だけ金色になるのかな。


「たしかに悪いことではなさそうだ。街に戻ったらゆっくり確認してみるよ」


 う...車酔いがひどくなるみたいな気持ち悪さだ。吐きそう。

「疲れた。ちょっと休憩する」


 青ざめた顔で座り込んだ。

 ゆっくり減少するMPは88で止まった。それ以上は減らない。過剰な魔力が抜けたら気分もよくなった。目の色も元に戻っていた。

 やった!

 61から88の大幅なMP増加だ。



 落ち着いてから周囲を見回すと、そこはうっすらと煙が立ち上る戦場跡だった。

 復讐を果たせず力尽きた戦士が伸ばした左腕の先には、ごつごつの太い指がついた手首が転がっていた。オレがパニックから正気に戻った時には、すでにボルフが切断してくれていたらしい。無事な方の左腕で斧を振り下ろして。ぷらぷらの右腕は痛かっただろうな。


 少し離れて石斧が落ちている。それを手に取り、ズタボロになりながら爆発跡から出てくる石斧戦士の眼光を思い出した。また鳥肌が立つ。


オレ  「オーク村の戦士だな」

ボルフ 「ああ、こいつは本物の戦士だ」

アドル 「俺がこいつの立場でも同じことをしたぞ」

ロンセル「もし名前があるのなら知りたいな」

ザック 「死んでみると普通のオークにしか見えんのに、強かったな」


「オレはこいつが気に入った。だから、墓を作ってやる」

 意見を聞くつもりはない。


「そうだな」

「いいんじゃないか」


 だれも反対しなかった。


 戦士とその手首を回収してオーク村へ戻った。

「この地方の習慣では火葬しても問題ないか?」

「ああ、オークの習慣は知らんが人間なら火葬もする」


 戦闘用スコップで深い穴を掘り、戦士の死体を入れた。肉が無くなり、骨が崩れるまでファイヤーボールで焼き続けた。


 戦士の墓標にふさわしいのは、その武器だ。

 盛り土の周りを石で囲い、真ん中に石斧を突き立てた。

 オーク村に残す、復讐鬼の執念の証だ。


《納屋39》

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