33.琥珀色の酒
《納屋33》
-馬鹿どもを倒して日本へ戻った翌日-
ディメトレーヤさんに突っつかれてオレの中にいる精霊がオレと混じり始めた。目が覚めてもまだオレの自我はあるのだろうか。精霊は2000年分を超える膨大な情報を持っている。感情は持っていないとは言っても情報量が違い過ぎる。
意識が水に溶けるように薄く広がり自我が消えていく...という夢を見た。
オレは誰だ?
...まだオレだな。ほぼ日本人のオレだ。
これまではエドの記憶が見えたりはしなかったが、今はぼんやりと自分の過去として剣と魔法が日常だった頃の生活を思い出し始めている。
今朝はなぜかMPが空っぽになっていた。
寝る前は満タンだったはずなのに。
精霊との融合にはMPを消費するのだろうか。もしそうなら、異世界へ行かなければ融合を止められるわけだ。今更そんな選択などするわけないが。精霊には感情が無いので融合後の性格が変わってしまう心配はしなくていいらしい。楽観的に考えるなら多すぎる情報量も心配しなくていいのかもしれない。そもそもそんな情報量は脳に入らないのだから、精霊が外部記憶として機能するのではないかと予想してる。
昨夜は鉄板溶接でパラボラ型の反射板を作ろうと思ったが、円形のパラボラにするのはあまりにも面倒くさい。丸くするのはやめて長方形の底板を斜めに開いた壁で囲ったシロモノになった。開口部は横幅が少し長い八角形だ。これでも十分機能するだろう。板が共鳴しないよう裏側から補強もしている。横幅が2mちょいあり、かなり重い。底板の中央部にはマンドラを固定する棒が6本、六角配置で生えている。
この六本の棒の中にマンドラを入れて叫ばせれば、怪音波で敵を攻撃できるわけだ。後ろへの音の回り込みは大したこと無い。爆竹で実験したので自信はある。
軽トラックでスーパーをはしごしてウイスキー(角)の4リットル・ペットボトルを大量に買い込んだ。ちなみに、ネット情報によると業務用の5リットル・ボトルは同じ銘柄とは思えないくらい味が落ちるらしい。鬼を殺す焼酎も4Lボトルを買い込んだ。前回はアルコール度数15%だったが、今回は度数25%も少し買ってみた。
車の荷台には4Lボトルが100本(鬼60+角40)積まれている。
他の酒類もそれなりの量を買って総額60万円を超えてしまった。異世界で全部売れば金貨数百枚になるはずだ。酒以外にも良さそうな物が目に入るたびに買い込んで雑貨に10万円くらい使った。
金貨を一枚ずつ三か所の金券屋で売って54万円になった。この程度ならまだ税務署は来ないだろう。
異世界で遠出する準備を始めた。
予備燃料が大量に必要なので、自動車からポンプで抜き取ったガソリンを携行缶(20L)に入れる。スタンドに携行缶を持ち込んでガソリンを買うこともできるが、少量でも身分証とか用途を聞かれたりとか面倒くさい。
もちろんガソリン入りの携行缶はアイテムボックスに保管する。亜空間にいくらガソリンを貯め込んでも日本では違法にならないはずだ。
中古車とバイクを探す。異世界専用にするので車検もナンバーも不要だ。
海外で武器を調達する方法を調べている。主に英語でだが、その他の言語でもすぐに謎翻訳が機能するようになるはずだ。ネットにはいろんな言語の入門講座があるので実にありがたい。どんな言語でも謎翻訳に基本を覚えさせたら、後はぼ~っと映画でも見ていればあっというまに自然な日本語に聞こえるようになる。
どうにかしてマッコイ爺さんかヘクマティアル家のお嬢さんとの伝手を得られないだろか?場合によってはアイテムボックスを使って武器輸送に協力してもいいと思っている。
ああ、もうどこまでが現実か分からなくなってきた。
アイテムボックスの中身を整理し直す。30枠しかないから、まとめずに放り込むとすぐに一杯になる。今のところ1枠あたりのサイズの上限は見えないので、入れ物はでかいほどいい。なので、ネットでプレハブ倉庫を注文した。
さて、出かけよう。酒の配達だ。
***
草原を軽トラで突っ切り、途中でマンドラを3本拾い、あっという間に街の近くまで来た。軽トラをしまって街へは歩いて入る。
「待ちかねたぞ!ほれこの通りドラゴンの鱗じゃ」
「半分は私が買い取るわよ」
「まあまあ、そう焦らずに。まず先にパブロック氏を紹介させてください。オレが懇意にしている商人です」
ここはイーム達のアジトだ。5人の英雄を前にしてパブロックが緊張している。
「み、皆様初めまして。行商人のパブロックと申します。私ごときが英雄様方にお目通りできるとは身に余る光栄でございます」
「なあ~に仰々しいこと言ってんのよ。私達ただの冒険者よ。自分達が偉いなんて思ってないから気楽にしてね。英雄って呼ぶのは禁止よ」
「恐縮でございます、ディメトレーヤ様」
「もう、様とか付けるのもやめてよお。あなた、わたしのエド君のお友達でしょ」
「こやつの言う通りじゃ。ワシらは堅苦しいのは好かん」
「はいっ。これは失礼を」
今後はパブロックに酒を注文できることや、オーガ殺しならある程度の量を売れることをオレから説明した。
「うむ、承知した。普通に買えるのはありがたいぞ」
ここからの商談は可能な限りパブロックに任せる。
「では私から説明させていただきます」
今回この場に持ってきたのは現地調達した陶器に4リットルずつ入れたウイスキー4個とオーガ殺し(度数15%)8個だ。詰め替え作業が面倒だからこれだけしか持って来なかった。遠国から運ばれてきた希少品という建前もあるし。
値段はウイスキーが1個金貨16枚、オーガ殺しが1個大銀貨24枚。
「やはり琥珀の酒は大した量は持って来れんかったか」
16リットルは大量じゃないのか。
「昨日の今日ですからね。後日、集められるだけのウイスキーをお持ちします。では、このウイスキーはお二人に半分ずつですね」
「そうよ、半分は私が買うわ」
「ちょっと待った。俺も味見したい。うまかったら買うぞ」
「ディ-が美味しいって言うんだから、あたしも味見させてもらうわ」
「おいこら、お主ら。これはワシの酒じゃぞ?」
ドワーフと魔女以外の3人も気になっていたらしい。5人全員に味見をしてもらうことになった。
「ぐぬぬ、ワシの酒が減る...。この上さらに減ってはかなわん。お主ら急げ!じきに飲んだくれの鍛冶屋が来るぞ。その前に酒を隠すんじゃ!」
「お急ぎですか。ではイームさんからどうぞ。これはエドさんが武器屋に売ったのと同じオーガ殺しです」
酒を差し出されたら即座に機嫌が直るのはさすがドワーフだ。
「うむ、うまい!味は火酒に似てなくもないな。強さは同じくらいか。こいつも気に入った。全部くれ」
「私も気に入ったわ、オーガ殺しも買うわよ」
「くっ、またお主か」
残りの3人にはウイスキーとオーガ殺し両方を差し出す。
「なんだこりゃ!?お前ら、こんなうまい酒を独占する気だったのかよ!」
「おー、ほんとに美味しいな。あたしにもくれ」
「ああ、たしかに美味いな。どっちも美味いがこの琥珀色の酒が特に気に入った」
全員が2種類とも気に入ってくれた。
その一方でイームが悲観に暮れている。
「ワシの酒が減ってしもうた。貴重なうぃすきーが...」
「分け方が難しそうなので代金はまとめて払っていただけると助かります。どう分けるかは後で相談してください。ウイスキーはこの容器1個で金貨16枚、オーガ殺しは大銀貨24枚です」
ウイスキー4個、オーガ殺し8個の総額は金貨84枚になる。
これを地竜の鱗4枚、肉20キロ、金貨40枚で支払ってもらった。
直径40cmほどの鱗はギルドへ売れば1枚あたり金貨10枚だ。防具屋とかに持ち込めばもっと高いだろう。肉は5Kgで金貨1枚だ。
オレはしょぼくれた顔のイームの前に1リットル容器を1個出した。中身は度数25%のオーガ殺しだ。
「イームさん実はもう1種類ありまして、これはもっと強いオーガ殺しです。ささ、どうぞ」
「何!?もっと強いじゃと。ふむ、うまい!こいつはいいな。強い上に同じくらいうまいな。もっとないのか?」
「今あるのはこれだけです。これも少々入手が難しいですが、ウイスキーよりは大量に準備できます。これは味見用なので置いていきますね」
ディメトレーヤさんがニヤっとして横目でイームを見ながら言った。
「あら、強い方も美味しいわね。味見用って言ってもこれだけあるんだから、半分ずつに分けるべきよねぇ~」
「くっ、うぬはその歳にもなって『酒の恨みは恐ろしい』という格言を知らんのか?」
歳の話が出た瞬間、魔女のこめかみがぴくっとして一瞬だが強烈な殺気が放たれた。ひうっと空気を吸う音がしてパブロックの息が詰まる。オレもビクッとなった。
エルフのお姉さんに年齢の話はダメ!
実年齢なんて無いのだよ。
「はあ?そんなこと言ってるのドワーフだけでしょお?それに私、まだまだ人生経験が浅いから知らないことも多いのよねぇ~」
後半はイームではなく、オレとパブロックに向かって言った。それはもう心臓に悪い笑顔で。最初から緊張していたパブロックの顔色が本格的に悪くなってしまった。
とにかく話はまとまった。
「うぃすきーを頼むぞ!」
イームが両手でパブロックと握手しながら、『お前に命運を託す』みたいな調子で言っている。そして、こういうときはやはり真剣な戦士の顔になる。
「お~い、ワシじゃ。来てやったぞ~」
「いかん、ボルソルンじゃ。今すぐ酒を隠せ!」
ディメトレーヤさんと、胡散臭い男の魔法使いがテーブルの上に並んだ酒の容器12個をサッとなでで消してしまった。
「お~っ、うまそうな酒の匂いじゃな。ワシも混ぜろ」
入る前から匂いを嗅ぎつけたらしい。
イームが声を潜めて指示を飛ばす。
「代わりに安酒を並べるんじゃ。いいか、間違ってもうぃすきーの話はするなよ」
その後どうなったかは見ていない。入って来るドワーフと入れ替わりにオレとパブロックは英雄達のアジトを出た。ディメトレーヤさんも一緒に出てきた。
オレはディメトレーヤさんの家へ連れて行かれ、また長いソファーの上で押し倒されている。魔女が有無を言わさずオレの両肩を押さえてのしかかり、顔を近づけてくる。
「思ったより変わってないみたいね。あなたは今も昨日と同じエドワード・フリントロックかしら?」
「ほぼ同じですよ。ぼやっと他人の記憶を思い出せるようになっちゃいましたけど」
「そう。進行は案外ゆっくりみたいね」
そう言ってじっと真上からオレの目をのぞき込んでくる。
「あの、この体勢になる意味があるんですか?」
「ふふっ、何つれないこと言ってるのよ。私達の仲なんだし、こうするのが当たり前でしょ」
最強の魔女を前にオレは無力だ。漆黒の瞳に意識が吸い込まれ、オレは宇宙の深淵を漂う。それでも意識ははっきり残っていて完全に脱力してしまった彼女の体重を感じる。
昨日も同じことをやったし、余裕が出てきたオレはしばらくのこの状態を堪能してから彼女を起こした。
「私、あなたの精霊に嫌われてるみたいね。また逃げようとしてたわよ」
MPが空っぽになっていた。なるほど、やはり精霊との融合にはMPを消費するんだな。またヤバイ奴が入り込んで来たから焦って回復速度を超える勢いでMPを消費したってところか。
「それで、何か面白いことでも分かりました?」
「こうやってること自体面白いわよ」
「えぇ~」
「少なくとも悪いことにはならないと思うけど、また後で見てあげるわ。それじゃ、今から飲むわよ。付き合いなさい」
理由をつけて帰ろうとしたが逃げられなかった。まあ、面白い話を聞けたからいいけど。さすが英雄と呼ばれる人達はオレが想像も及ばない体験をしている。
昼間から酔っぱらって二日酔い確実になってしまった。外に出てから小瓶をグイっとあおる。ほんと解毒ポーションは重宝するな。安いし。
あと数本買っておこう。
《納屋33》
ボルソルン:武器屋のドワーフの師匠。英雄達の武器を作っている。




