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3.ドワーフに斧を売りつけた

 行商人のパブロックに遭遇してから2時間ほど歩いて街に到着した。


 街の名前はブルグンド。人口は4000人ほどで周辺国のどこにも属していない。小さいながらも自治都市である。もともとは辺境の野営拠点として便利な場所だったので、自然に冒険者達が居ついてキャンプ地から村になり、街になったという。


 街は高さ2mくらいの石壁に囲まれていて、ゲートがあって門番もいるが出入りは自由だった。そもそも、ここに多く住む冒険者自身がカタギとはいいがたい人種だ。『怪しい者』を警戒しても仕方がない。冒険者たちがギルドからの依頼で警備もやっているので治安は悪くない。


 街の中に入るとまず目に入ったのが、

「....」

 その背中の、あまりの迫力に絶句した。その男は身長2mを超える筋肉の塊だった。あれは筋トレとかで『作った』見せ物の筋肉じゃない。戦闘用だ。歩く兵器だ。大猪でもソロで狩れそうだ。地球にあんな男はいないと断言できる。

 黒い革鎧を来て大剣を背負っている。肩あては金属だ。前は見えないが、要所に金属パーツが付いているっぽい。


「岩でも素手で砕けそうだな..」

「ああ、できると思うぞ。ウバルはAランクだからな」


 あっけに取られてしばらく気づかなかったが、魔法使いみたいなとんがり帽子で杖を持ったお姉さんやら、猫耳、猫しっぽ付きで大斧を背負った姐さんも歩いている。

 これだよ、これ!

 これぞ西洋風ファンタジーの異世界だ。世紀末覇者も嫌いじゃないが、漢!拳!ヒャッハー!とかいうのに自分が巻き込まれるのは勘弁願いたい。


 それでも、一番多いのは普通っぽい人だった。


 3人組が泊っている宿にザックを送った後で、ロンセルとアドルに冒険者ギルドまで案内してもらった。依頼の完了報告のついでだ。ギルドはちょっと立派な煉瓦と木造の建築で、ちょっと変わった西洋風だった。


 当たり前のごとく受付のお姉さんは美人だった。

「魔法を使えるのなら昇格試験を受けてみますか?最初からDランクで登録できるかもしれませんよ」


 ランクはどうでもいいと思っているので、試験は断ってそのままEランクとして登録した。14歳まではFランクで、15歳以上なら普通はEランクからの登録になるそうだ。


 ランクをどうでもいいと思っている理由は、依頼とは関係なく好き勝手に狩りをして、ギルドでは獲物を換金するだけでもいいと思っているからだ。オレはゲームでもお使いクエは嫌いだし、ひたすらレベル上げや金策をやるタイプだ。


 換金で問題になるのが、アイテムボックスを隠したままでは不便すぎるということ。バカでかい猪をここで出したらバレるし、アイテムボックスを使わずに運び込むのはちょっと無理。


「質問があるのですが、魔法やその他の変わった特技を持っていて、そういう情報を登録している人って結構いますか?」

「もちろんいますよ?」


「誰がどんな特技を持っているかは、もちろん秘密ですよね?」

「ええ、当然です」


 う~ん、...やめた。まだアイテムボックスは隠しておこう。今日は猪を売らなくてもお金あるし。

 受付のお姉さんの目がきらんと光ったような気がした。


「あ、もしかして、何かすごい特技をお持ちですか?」

「いいえ、持ってませんヨ。興味本位で聞いてみただけです」

 いかん、棒読みだ。

 ジト目ぎみで見られてる。まあいいや、ここでバレることもあるまい。


「ふ~ん、そうですか。信用してくれていいですよ?」

「あ、いや、そういうことじゃなくて、興味があったから本当に思い付きで聞いてみただけです」

 しどろもどろになってきた。からかわないで。オレがすごい特技を隠しているとか、本気で思ってはいないでしょ。


「そういうことにしておきましょう。はい、登録証です」

 その後はいろんな説明があったが、あんまり聞いていなかった。美人なのでドキドキしつつ、話に集中しているふりをして顔を眺めていたのだ。

 それでも次の説明で意識が話に引き戻された。


「そして、このカードと対になるカードがギルドにも保管されていて、もし、持ち主の冒険者が死亡すると縁が黒くなって死亡したことが分かるようになっています。ではこれで指をちくっとやって血を一滴ずつ落としてください。この二枚のカードに血を落とせば死亡通知が働くようになって、偽造も不可能になります」


 うえ。針で刺すのかよ。

 あ、今ちょっと笑ったな。

 こればっかりは顔に出るのも仕方がない。オレは顔を引きつらせながら、針を自分の指に刺した。


「あはははは、そんな顔する人もあんまりいないわね。はい、手続き完了。質問はある?」

「今は無いかな」

 お姉さん、ちょっと地が出てきたね。くだけてくれた方が嬉しいけど。


 ザック達は、今日はゴブリンの巣の調査依頼を済ませた帰りで、調査成功とゴブリン10匹の討伐で大銀貨3枚の収入だったそうだ。巣にはまだ50~80匹くらいのゴブリンがいるらしい。


 ロンセルに聞いてみた。

「ところで、ザックの怪我を魔法で完治させるとしたら料金はどれくらい必要なんだ?」

「大銀貨で4~5枚かな?それほど大金でもないが、俺達はその日暮らしだからな..」


「足りない分はオレが貸すってことにして、今日治療屋へ連れていかない?どうせオレも入れてもらうんだし、早く復活してもらいたいぞ」

「おまえっていい奴だなあ。よし、さっそく連れ出そう。宿の近くに冒険者御用達の治療屋がいるから、それくらいなら歩かせても平気だろう」


 もう暗くなる時間だが、冒険者は日が落ちる前後に街へ戻ることが多いので、冒険者相手の商売はまだやっているという。



 ***



 -治療屋-


「あははははは!ウサギにやられたのかい。それも三連続って、大間抜けだね」

 ザックの話を聞いた治療屋のアマンダさんが大笑いしている。


「依頼達成でちょっと気が緩んだだけだ。普段はウサギなんぞに遅れは取らねえ。それにあいつらは三匹とも黒だったぞ」


 草原の角ウサギはだいたい茶で、黒は森以外じゃ珍しく茶より手ごわいらしい。

 オレはどうしても言いたくなった。これは日本の常識だから。


「黒いのが三匹連続で突撃か...。相手が悪かったな」

「お、おう。やっぱり、エドもそう思うか」

 思ってることはきっと違う。

 アマンダさんは、

「間抜けには違いないさ。あたしはウサギなんかに刺されたことはないよ。どれ、傷を見せてみな。ふ~ん、それなりに手当はしたんだ。これ、3か所とも角が根元まで刺さったんだよね?」

「ああ、そうだ。こんくらいの角がぐっさり刺さった上にえぐられた」


 ザックが自分の人差し指の長さを、角に例える。


「ふむ、この傷なら大銀貨5枚で完治だね」

 オレがザックにうなずき、ザックが頷くと、アマンダさんが傷に手をかざして呪文を唱え始めた。詠唱が完了すると、天に立ち上る光のミニチュア版みたいなのが傷の周辺に発生して傷がみるみるふさがっていく。


 それを見たアマンダさんが何故か驚いている。

「あれれ?一回で治った?そんなはずないんだけど、きれいに治っちゃったね。おかしい。納得いかない」


「一回で治ったんなら、安く済むだろ?」

「あ、ああ、いいよ。 .....なあ、タダにしてやるから、傷があった場所をちょっと切り開いてもいいか?あとでちゃんと治してやるし?」

「はあ!?何言ってやがる、冗談じゃねえ!」

「もちろん冗談じゃないさ。なんならこっちが料金を払ってもいい」


 アマンダさんが、がしっとザックの足を押さえた。

 ザックは青ざめながら、あわてて銀貨を取り出した。


「大銀貨2枚だ!これで足りるだろ。ここに置いていくからな。ありがとうよ!!」

 銀貨を置くと逃げるように治療屋を出てしまった。思いがけず安上がりになって治療費を貸す必要はなくなった。

 アマンダさんは自分の専門分野のことになるとまったく自重が効かなくなるらしい。


「あんた、ザック達のとこの新入りかい?傷の手当をしたのは、あんただよね?」

 目の光が怪しい。こっちにタゲが移ったみたいだ。慌てる必要はない。オレが解剖される理由はないはずだ。

「はい、そうですよ。それじゃオレもこれで帰るから。ありがとうござました!」


 オレも逃げるように治療屋を出た。

 うん、あの人はなんかヤバい。


 ***


 宿に戻ったザックが言っていた。

「あいつは、あんな調子だから嫁の貰い手が無いんだ。見た目だけは美人なのになあ。知ってるか、ああいうのを残念美人っていうんだぞ」


 彼らの宿『犬肉亭』は1泊あたり小銀貨1枚(2000円)で、オススメのいい宿だという話だった。オレもそこに泊まることにした。3人組は疲れていたのか、適当に晩飯を食ったらすぐに寝てしまった。


 その夜、人が動く気配を感じなくなってからコソコソと宿の裏庭に出た。大猪にウィンドカッターでどれくらいのダメージが入ったのか詳しく調べたかったからだ。それなりに広い庭だ。猪を出すには十分。


 アイテムボックスから猪を取り出すと、戦闘直後の力尽きた姿勢そのままで出てきた。胴体だけでも長さ3m以上ある。頭は割れて片目が潰れているが胴体は無傷だ。まだ生暖かいそれをモフってみたくなった。撫でてみたら毛はごわごわだし、獣くさい。そんなことより傷の確認だ。


 LEDライトで照らしてみた。やはりウインドカッターの傷は結構深い。これなら脳までけっこうなダメージが入ったはずだ。ということは、もうちょっとだけ魔法の威力が高ければ一発で仕留められたのかもな。


 あるいは、ファイヤーボールだったら一発で脳まで焼けたかもしれない。少しでも貫通孔を作れたらだが。ストーンバレットは、この頭の形状だと弾かれそうだ。天然の避弾経始になっている。


 こんな分厚い骨を切り裂くウインドカッターだ。人間相手ならどこに当たってもスパンと切り飛ばすだろう。それも2人くらい連続で。力こそパワー、とはいえ、もうちょっと弱い、拳銃弾程度の遠隔攻撃も欲しい。できれば連射できるやつが。


 すぐ部屋へ戻ったが、その夜は森からここへ来るまでを思い返してしばらく寝付けなかった。



 翌朝、ロンセル、ザック、アドルとオレの4人は宿の1階で朝食をとっていた。

 ザックに聞かれた。

「エドっちは今日どうするんだ?」

「ちょっと巨木の森の付近に用事があるから、5日ほど出かけてからまたここに戻ってくる。あの森って何が出るのかな?」


 質問に答えたのはロンセル。

「いろいろだが、いちばんヤバいのはブラックボアだろうな。馬鹿でかい猪の魔物だ。道沿いに行くのなら遭遇しないだろ。たぶん」


 遭遇したのは、たしか道まで30分くらいの位置だったな。1頭倒したから遭遇する確率は大幅に減ったと思いたい。


「もちろん、ウサギにも注意しろ。草原の暗殺者なんて異名もあるが、実際は森にも山にもいる。やつらは本来臆病で、こっちの視界に入れば逃げるから油断さえしなければ怖くない」


「ゴブリンもいるが、明るいうちは森の奥に引っ込んでる。巣の場所はおおよそ把握されていて、しょっちゅう討伐されてるから、やつらは人間を警戒してるんだ。それに、ブラックボアの縄張りにもゴブリンは出ない。餌になるからな」

 なるほど、ヤツにとってはオレもゴブリンも等しく餌に見えるわけか。


「ありがとう。だいたい分かった。ところで、出発する前に杖を買おうと思ってるんだが、大銀貨9枚の予算で手ごろなのあるかな?」


 魔法を使えるアドルが答えてくれた。

「その予算なら初心者用よりは大分ましなのが買えるな。案内しよう。その後は途中の草原で試し撃ちとかするんだろ?オレも途中まで一緒に行く。今日は暇だし」


 ロンセルも来るという。

「俺も草原までは付き合おう。どうせ剣を振るなら、宿の裏庭より草原の方が気持ちいい」


 ザックも。

「俺も行くぞ。今日は弓を持って行って、ウサギどもを最低6匹は仕留めてやる。倍返しだ。エドっちへの礼もウサギで稼いだ分からにしようって決めてるんだ」


 そうか、ウサギにやられたのが悔しいのか。

 なんかのフラグのような気がしないでもないが。

 後で聞いたらウサギ狩りはけっこう難しく、冒険者よりも狩人の仕事だそうだ。



 杖を買ったら日本へ戻るので、オレは荷物をまとめて宿を出た。今日の武装はハンドアックスとナイフだ。

「魔法使いで斧使いか..変、というより、エドはまだ自分の戦闘スタイルが固まってないだけだな。いろいろ試してみるのはいいことだよ」


 大剣使いのロンセルが生暖かい目で言う。まあその通りなんだけどね。

 買い物は、銀貨9枚程度の杖なら魔法用品店まで行くまでもない、ということで、アドルが近くの武器屋まで案内してくれた。


 -武器屋-


 ついに来たよ、異世界の武器屋!

 ここで売っているのは主に刃物や鈍器だ。杖は少ない。


 おおー、ハルバードだ。カッコイイ。

 メイスだ..欲しいかも。

 鉄製品が思ったより高価だ。鉄の生産量が少ないのかな?

 それとも鍛冶屋の手製ならこんなものか。


「大銀貨9枚までで魔法の杖が欲しいんだけど、なんかオススメのある?」

「その予算なら、こいつ一択だな。大銀貨8枚でいい。属性問わず魔法の威力が1割は上がるはずじゃ」


「ちなみに、それよりも強力なのはいくらになる?」

「これの次は大銀貨12枚じゃ」

「ふむ、違いは?」


「威力がさらに上がる、といっても値段ほどの差はない。ただ、単純な威力だけじゃなく魔法の指向性も強くなる。威力と指向性の相乗効果で、硬い敵には値段の差以上のダメージが出るぞ。魔法耐性や、対魔法障壁に攻撃したときの貫通力も上がる」


 店番の屈強なジイ様が見せてくれた2本の杖は、どっちもねじくれた木の枝みたいだ。いかにも『魔法の杖』だな。貫通力が上がる杖が欲しいが、ちょっと金が足りない。

 この店なら鉄材の買い取りもしてくれるかな?


「高い方の杖が欲しくなったけど、ちょっと予算が足りない。そこで、ジイ様。この店って鉄製品の買取もやってるよな?」

「あん?誰がジジイじゃ!わしは若者じゃぞ。ジジイってのは200年とか300年も生きとるような連中のことじゃろうが」


「おっ?これは失礼。もしかしてドワーフだったのか。気が付かなかったよ」

 ドワーフだよ!

 イメージしてたのより人間と変わらないな。でも、言われたらドワーフにしか見えなくなった。


「ふん、その鉄ってのを見せてみろ」

 ハンドアックスを見せた。

「ぬ?..まあまあの鉄だな。こいつなら大銀貨3枚くらいか?.....ちょっと貸せ」

 カンカン叩いたり、なんか押し付けたりしてる。


「軽く研いでみたい。もちろん研ぎ代なぞ取らんから、ちょっと待ってもらえるか?こいつの質をもうちょい詳しく見たい」

「ああ、かまわんよ」

 3分ほど待たされた。

「よく分からん製法で作られた鉄のようだが、質はいい。大銀貨6枚でいいか?」

 査定が2倍になったよ。

「よし売った。大銀貨12枚の杖を買うから、残り6枚だな」


 オレは大銀貨12枚でねじくれた木の枝を買った。いや、杖だけども。

 アドルが案内してくれた店だし、ただの木の枝ってことはないだろう。

 早く試し撃ちしてみたい。


「まだこの斧と同じ鉄があるなら、また持ってこい。いいか、他の店には持ち込むなよ」

 お、なんか食いついてきたぞ。地球の科学で作られた鉄が気に入ったか。地球基準で言えばごく普通の品質なんだがな。超硬刃とか持ち込んで『こいつはミスリルよりすごいぞ!』とか言わせてみたい。いかにドワーフといえども、タングステンやコバルト入りの合金なんて分析できないだろう。

 食いつきがよすぎて面倒くさいことになりそうだが。


 ついでに前から思っていたことを聞いてみた。

「杖の石突きの部分に刃が仕込まれていて、槍を兼ねてる魔法の杖ってないのかな?」


「あるにはあるが、魔法の杖としては弱いぞ。槍に向いた頑丈な木材は、およそ魔法向きじゃない。こいつみたいな魔法向きの木は、槍や棍棒には強度不足じゃ」

 なるほど。

 さらに続けて教えてくれた。

「魔法用品店になら、高価だが性能のいい両用の杖がある。金貨をため込んだら検討してみるんだな」

「おう、この杖を使って稼ぎまくるさ」



 街を出るゲートの前でザックとロンセルも合流して4人になった。

 もちろんオレは買ったばかりの魔法の杖を装備している。

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