26.狂化オーク
《納屋26》
オークを釣って負けそうになっていた5人パーティを助けた。その彼らが観戦する前で遺跡のオーク5頭を仕留めた。
彼らが豚のように重そうなオークをどうするのか気になっていた。オレなら血抜きをして川で冷やしたいところだ。山の水は冷たいからうってつけだ。
魔物の肉はしばらく生きている、という話だったが、解体してしまったら普通の動物の肉と傷み方は変わらないらしい。なら、できるだけ早く冷やさなければならない。体温が残っていると傷口から入った雑菌が血管の中で急速に繁殖して肉が臭くなるのだ。いわゆる、血生臭い肉になる。
「お前達、さっきのオークだが、川まで運ぶのか?」
「できれば解体する前に運びたいけど、無理そうなので先に解体するつもりです」
「おう、それなら任せろ」
適当な木をウインドカッターで切って担ぎ棒を作ってやった。ロープもおまけだ。
「ありがとうございます!」
「いろいろお世話になりましたー」
豚の手足を縛って棒にぶら下げ、5人で担いで歩き去るのを見届けた。これで人に見られずアイテムボックスを使える。
「あたしらも夕食は焼き豚だぞ」
ミシャーナが早く食いたそうだ。といってもまだ昼前だが。
-遺跡-
状態のいい石造りの建築物だ。前回はボス豚が出てきたので、警戒しながら敷地内へ入っていく。ここの壁は脳内マップでもあまり見通しが効かない。壁一枚向こうが探知できないところもある。二枚は無理だ。
それに、さっきから脳内表示に読めない文字が出ている。
「旧帝国か。街の建築物と全然違うな」
「そりゃ、大昔の建物だからな」
「街の建物よりこっちの方が高度なシロモノじゃないか?」
「そりゃ、大昔の建物だからな」
「ん?」
時代とともに技術は進歩する、とは考えていないのか。この時代なら昨日と明日は同じだろうしな。親の代も自分の子の代も同じ生活だ。産業革命以降のように世代が1つ違うだけで新技術で生活が一変していたりすることはない。
それでも昔の建築が高度なのは当たり前って考えるのはおかしくないか?
「もしかして、昔の方がすごかったと考えるのが普通なのか?」
「そりゃそうだろう。旧帝国時代と比べたらな」
興味深い。
「クロエから見たらどうなんだ?たとえば、100年単位で遡ると、昔ほどすごい技術があったりするのか?」
「エドさん?」
クロエに睨まれた。
「えっ?何かな?」
「私のことを何だと思ってるんです?」
「あ!いやいや、そうじゃない。勘ぐったこともないぞ?」
マズイ、マズイ、BBA呼ばわりしてしまった。エルフの年齢の話はダメ。基本中の基本だろ。エルフにはどこか神秘的な雰囲気があるせいもあって、いつのまにか〇百歳と頭の片隅で思い込んでいたらしい。
苦しい言い訳でなんとかこの場はごまかして、遺跡の話に戻った。
「時間要塞を中核とした、要塞群の一部らしいですよ」
「大規模な戦争でもしていたのかな」
「戦争で滅びたとも言われてますしね」
「こんな要塞が必要になるほどの敵国が存在したってことだよな、こっちの方に」
「言われてみれば、確かに。今はこちら方面に人里は無いはずですけど」
普通は国が滅びても人は残る。時代と共に国名が変わったり民族が入れ替わることはあっても、人が去ってしまうなんてそうそうないはずだ。人が住むのに適した土地のはずだから。
ケイトはこいうの好きそうだ。
「ふふっ、私も入ってみたかったの。あの入り口なんかちょうどよさそう」
「昔から知られている遺跡だし、大したものは残ってないと思うわよ。興味はあるけど」
「よし、俺が先頭になる。危険な罠は無いと聞いたが念のためだ」
斥候の出番だ。ザックとリニャータが前を歩くことになった。
「うちもこういうの得意だにゃ」
中はオークの倉庫になっていたり、食べ残しが散乱していたりで大したものはなかった。それに臭い。
倉庫で見つけた人間用の防具は多少の収入にはなる。
「デブ共には小さすぎて使えなかったか」
「この部屋が最後だな」
「しっ。静かにしろ。いたぞ」
オレのマップでも見通せない部屋の中だ。普通より少し大きめのオークが寝ている。
新しいボスかな?
先代ほどには強くなさそうだ。
少し離れて、声を潜めて相談する。
「とりあえず魔法をぶち込むか?」
「倒すなよ。あいつと戦ってみたい」
やはりミシャーナはそう言うか。他の猫達も頷いてるし。
ゴトッ
寝ていた豚が起きたのだろうか?
猫耳がピクピクと聞き耳を立てる。クロエのエルフ耳もピクピクしている。
寝豚が更に動く気配はない。
こういう状況では詠唱時間が長いオレの魔法は不向きだ。ミャナーシャがストーンバレットを撃ち込むことになった。
「ストーンバ..ギニャッ!」
ドゴッ!
詠唱を中断すると、驚いた猫が後ろへ飛んだ。ほぼ同時に部屋の中から飛び出した石斧が壁に当たって砕けた。
大斧を構えたミシャーナを中心に、猫耳の3人が横一列に並んで敵を待ち構える。後ろから見ると3本の尻尾が立ってゆっくり左右に揺れている。
右手に剣を持ったオークがぬうっと現れると、剣先をこちらへ向た。他のオークと違い、腰布だけではなく上半身にも毛皮を巻いている。目に力がある。きっと、こいつは戦士だ。
「ゴフッ、ブゴッ、フガガッ!」
謎翻訳でもオーク語は分からないか。「奴は四天豚の中では最弱だ」かな?
御託は無用だ、とばかりにミャナーシャがストーンバレットを放った。胸を中心に数発の石礫で叩かれて相手はのけぞった。一発は豚鼻を直撃している。オーク戦士が立ち直ると、たら~っと鼻血が流れ落ちた。
「ブゴーッ!!!」
戦闘開始だ。
渾身の馬鹿力で振られる剣をミシャーナが大斧で軽く受け流す。尻尾をなびかせ、左右を走り抜けた2人が背後を取った。
剣は棍棒よりもずっと軽い。それが馬鹿力で振り回されて、ピュンピュンと鋭い風切り音を立てる。やつの鼻血も左右に飛ぶ。
オーク流剣術というものは無いらしく、常に全力で振り抜いてくる。たたっ斬る!という意志だけは伝わってきて清々しいくらいだ。剣でぶん殴ろうとしているだけにも見えるが。
その全てをミシャーナは余裕で躱したり受け流している。後ろの2人は、お楽しみ中の猫姐さんを邪魔しないように遠慮しているようだ。
数秒間カキン、ガキン打ち合うと、もういいと思ったのか、ミシャーナは斧の背側で横から豚面をぶん殴った。
後ろの2人も大型ナイフで脇の下を切り上げた。だが、まだ両腕は使えるようだ。着ている毛皮のおかげで傷が浅かったか。
「ブゴーッ!フゴッ、フゴッ」
オーク戦士が剣を横に振り回して3人を下がらせた。
「フゴーッ...」
全身に力を籠めると赤いオーラが立ち上り、モコモコと筋肉が盛り上がる。鼻血が止まって湯気が出始めた。
「おおおっ!スーパーサイヤ豚か!?」
跳ね上がる戦闘力が見えるようだ。だが、残念なことに脳内表示にスカウター機能は無いらしい。
「おいっ、まずいぞ!ありゃ狂化だ」
「お~.....ってまずいな。ミシャーナどけっ!!オレがやる!」
2.4倍ウインドカッター詠唱開始。
猫姐さんはどかない。それどころか、横目でこっちを睨むと凶悪な顔でにやりと笑った。
「エド、邪魔するなよ」
睨まれて鳥肌が立った。詠唱中断だ。これは邪魔できない。
狂化オークが馬鹿力で剣を振るたびに「パンッ」と破裂音が出る。
「音速超えてる...」
剣先が音速を超えて、しなる鞭の先端のように破裂音を出しているのだ。だが残念なことに、剣筋は見えないくらい速くても、動きが単調すぎてオレにすら予備動作が丸見えだ。それを躱せるかとなると話が別だが。
ミシャーナは先読みで全て紙一重で躱している。
「ミシャーナのやつ、こんなに凄かったのか」
「うん、すごい...」
パン! パン! パン!
バシッ バシッ バシッ
「イテッ」
「イテテッ」
なんか飛んでくる。
顔を切られていた。オレだけじゃない。一緒に見ている数人が肌が露出している部分から血を流していた。
エリカがすぐに気づいた。
「斬撃が飛んでるわよ。盾を構えて!」
驚いた。剣術もへったくれもなさそうな奴なのに。
高ランクの冒険者なら出来るかも、とは思っていたが「飛ぶ斬撃」を最初に見せてくれたのがオークだったとは。
剣の軌道上に斧の背が置かれた。分厚い鉄塊に叩きつけられた剣は半分に折れて、先が飛んで壁に刺さった。よっしゃ、もう斬撃は飛ばない。みんなほっとしている。
折れ残った半分が投げつけられたが、ミシャーナはさっと左足を引いて躱した。折れた剣が「ブオンッ!」とオレの横を見えない速さで飛びぬけた。
...オレ今、死にかけたよな。
油断して盾を下げていた。いや、今のは盾も貫通する威力だろう。
死にかけた実感はあまり無い。
だが、まだ生きているのは運が良かっただけだ。
オレ達は距離を取った。
目が血走った狂化オークは両腕をぶおん、ぶおん振り回して左右からパンチを繰り出す。パンチでも斬撃のような何かが飛ぶらしい。切れこそしないが、離れていてもズドン、ズドンと全身を叩かれるような衝撃を受ける。オレ達は前傾姿勢でそれに耐える。
やつは常に全力だ。狂化で馬力が上がった代わりに、前にもまして動きが単調になっている。拳の軌道上に斧の刃が置かれてパラパラと指が飛ぶ。ひょい、ひょいっと斧の刃が左右に向けられて、両手の指が左右に飛び散ってしまった。
両の拳が一瞬で潰された。
それでも両腕は止まらない。
牙をむき出して雄たけびを上げる。揺らめく赤いオーラが立ち上った。だが、幸いなことに第三形態は無いようだ。もし、戦闘力がもう一段階上がっていたら、さすがのミシャーナでも苦戦しただろう。
後ろからは2人がまた、腕が上がるのに合わせて、左右から交互に両脇を切り上げた。今度こそ刃が通ったようだ。脇の下の筋を切断され、両腕を勢いよく振り上げることはできても、もう、振り下ろされる腕には力が無い。
「ゴブッ!」
斧の背が脳天に振り下ろされ、目や鼻から血が飛んだ。へこんだ脳天へもう一撃、全力で斧の背が叩きつけられた。頭部についている全ての穴からビチャッと血が飛び散り、頭が大きく陥没して狂化オークは後ろへ倒れた。
勝負あり。
歓声が上がった。
「おおーっ!!すげーぞ、ミシャーナ!」
「やったな。リニャータとミャナーシャも!」
なんで背の部分で叩いたのか聞いてみた。答えは、狂化した後の動きがあまりにも馬鹿だったので、勝負ではなく屠殺することにしたんだそうだ。
転がる豚に片足を乗せ、尻尾の先を上下に振りながら猫姐さんが残念そうに言った。
「狂化した方が弱いとはなあ。戦士だと思ったが、理性を失ってただの豚になっちまった」
本日12頭目の豚を収納した。
アイテムボックスの収納枠にはまだ少し余裕がある。
狂戦士がいた部屋が最奥のように見えるが、そうではない。マッピングが完了したから分る。中央部へ入る通路がないのだ。
奥の壁は真っ黒で透明感がある素材だ。黒い壁面には文字が刻まれた石板が貼られている。石板の横には薄く光る文字が浮き出ている。それに、見覚えがある紋章も。脳内表示に出ているのと同じだ。
クロエが難しい顔をして石板の文字を読もうとしている。
「雷...エーテル...」
オレには石板の文字が全部読める。この奥が中央制御室で、どこかにエーテル機関なるものがあるらしい。石板の横の文字は読めないが、同じことが書いてあるのではないだろうか。
黒い壁に触れると、体の中心部に違和感を感じて反射的に手を引っ込めた。
頭の中に声が聞こえてきた。
『ようこそフリントロック』
『え~と、どちら様で?』
『ズォーム要塞の制御人格です』
人工知能かな。
『その定義は不正確です』
あれ、考えが全部伝わっちゃうのか。まあいいや、あちらに感情はなさそうだし。
『それじゃ、正確な定義を教えてもらってもいいかな?』
『分かりやすく言えば、フリントロック、あなたと同じものです』
『ちょっ、何言ってんの。オレは人間だよ』
『それも不正確です』
『え....いやいやいや、ちょっと待ってくれ!オレは今までずっと人間だぞ』
久々に世界がぐにゃりと歪んだ気がした。冗談を言いそうな相手じゃない。だが、あちらの認識が間違っている可能性はある。
『ああ...まあいいや。制御人格さんが何なのか、客観的な言葉で教えてもらってもいいかな?』
『制御人格は人間を元に作られたエーテル化思念体です。精霊とも呼ばれます』
う~ん...頭が追い付かない。
「エドさん?何か見えますか?」
壁を見つめて顔色を変えるオレを皆が訝しげに見ていた。
「いや、何も。そうだ、精霊っているのか?」
「はい?エドさん、四属性の魔法を使えてるじゃないですか」
「属性の話じゃなくて、エーテルなんとかって種類の精霊がいたりしないか?」
クロエはしばらく考えてから答えた。
「エーテルと精霊は深いつながりがあるとされています。でも、エーテルは精霊の種類ではないと思いますよ」
「そっか」
『フリントロックとのデータリンクを希望。目的は空白期間の情報交換です』
『空白期間とはどれくらいだ?』
『2199年間です』
おう、長いぞ。
『この惑星の自転周期で1年が何日か教えてくれ』
『365日です』
同じか。2199年分はとんでもない情報量だろう。
『情報交換でオレの脳が機能不全を起こす可能性はあるか?』
『生体脳に影響はありません。情報交換はエーテル化思念体同士で行います』
『(データリンクを許可する)』
ちょっ、おいっ!?
オレがオレの許可なく勝手に許可しちゃったよ。
情報が流れ込んできた。それは要塞群が見てきた、この地域の2199年分の歴史だった。まるで走馬灯のようにオレの意識を通り過ぎていく。
それに重ねて自分の記憶も流れる。忘れていた一番古い記憶から、うちの納屋を通ってここへ来るまでの全てが。ありえない鮮明さで超高速再生される自分の記憶があちら側へ送られている。
なんかヤバいことが起きている気がしないでもない。
《納屋26》
「あんなのに殴られたら頭が吹き飛ぶな」
「ああ、かすっただけでも抉れそうだ」
猫姐さんいわく「当たらなければどうということはない」




