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20/77

20.業炎のアゼリーナさん

新人:フェレーナさんの隣の窓口担当

 あざとい一色いろはのイメージ

 出番はあんまりなさそう?

《納屋20》


 目が覚めた。鐘の音が聞こえる。あれ、起き上がれない。オレの胸にアゼリーナさんの頭が乗っていた。

「もう起きたのね」

 そうするのが当たり前のように彼女の頭を撫でた。彼女が自分の体を起こしてから、オレの手を取って起こしてくれる。


 なんで寝てるんだっけ?

 指を二本切ったよな。まさか気分が悪くなってぶっ倒れたのか?怪我したらすぐ青ざめるとはいえ、その程度で倒れるはずはないのだが。


「今のは朝四の鐘。ちょうど昼よ。今日は外で、魔法を見せて」

 窓を開けてもらうと外の光がまぶしい。空気が入れ替わると頭がすっきりしてきて、視界が鮮明になった気がした。夢から覚めた気分だ。

 腹減った。


 2人で街から一番近い西の森まで歩くことにした。

 オレが腹減ったので丘の上の木陰でランチタイムにする。大岩に座って並び、アゼリーナさんにカツサンドと水を渡した。


「はい。ボアの肉をはさんだパンです」

 本当はただの豚肉だ。こちらで豚と言えばオークかブラックボアで、普通の豚がいるのかは知らない。

 アゼリーナさんは一口食べて目を見開くと、早口で舌足らずに感想を述べた。

「初めての味。この前の調味料とも違う。この白いパンと絶妙よ」

 言い終わったら黙々と食べている。


 涼しい。いい風だ。

 強い人と一緒だと不安なく長閑(のどか)な景色を楽しめる。


 森へ入った。

「ゴブリンは、昼間は少ない。奥にはオークもいる。毒虫は面倒なだけ。大蛇は、もし、出たら幸運よ」

「縁起がいいとか?」

「高く、売れるわ」


 歩きながら魔法談義をする。

「魔法は貫通力重視がいいと思うんです。針の穴でも敵の急所を貫けば大ダメージでしょ。人間なら死にます」

「そうね。でも時には範囲攻撃も必要。群れる相手にはとても、有効よ」


 あ、これきっと火力の基準が違う。

 銀狼の群れを一網打尽とか、そんな大火力出せません。


「いや〜、オレだとゴブリンが相手でも魔法一発で倒せるのは2〜3体がせいぜいなので」

「それでも、よ。見せてあげる」


 アゼリーナさんが突然、斜め上へストーンバレットを放った。その先には、脳内投影で大きな赤い点が見えている。大丈夫なのか?

 大木にぶら下がっていた、巨大な茶色のふくらみにストーンバレットが直撃した。ズドドドドッ!と鈍い音を立てて破片が飛び散る。直後に大きかった赤い点が小さな無数の点に分かれて、高速でこちらへ移動を始めた。


 虫の羽音だ。

 大集団がこちらへ向かってくる。まだ距離があるのに、蜂だと分かるくらいでかい。


「あの、アゼリーナさん?」

「オーガ・ホーネットの群れよ。離れないで」

 統率が取れた動きで全周を取り囲まれてしまった。空が薄暗い。無数の羽音が重なり、共鳴音と唸りに身の毛がよだつ。


「獲物を取り囲んで、一斉に、攻撃してくる。大型動物でも、逃げられないわ」


 アゼリーナさんが右手で杖を掲げ、(かば)うように左腕をオレの腰に回して魔法を唱える。身長差で彼女がオレの背中に隠れているように見えなくもない。


「ファイヤーストーム」

 2人の周囲に業火が渦を巻きながら立ち上った。天を覆うオーガ・ホーネットの群れが一瞬で羽を焼かれて、まとめて落ちる。渦巻く業火のリングが直径を広げ、周囲の木ごと鬼蜂の群れを焼き払っていく。


 すごい...

 突然地獄の真ん中に立つことになったオレは、恐怖すると同時に感動していた。


「トルネード」

 向かってくる途中の鬼蜂の群れを粉砕しながら竜巻が横向きに伸びていく。


「レインストーム」

 2人の周囲に渦巻くように豪雨が降り、火災が一気に鎮火した。焼け焦げた生木からは煙が立ち上り、地面には大量の死骸。


 それは、一瞬の災害だった。


「震えてるのね。もう大丈夫よ」

 背中から強めに抱きしめられた。

 華奢でオレより頭半分背が低い女の子。でもはるかに強い。

 頼ってもいいのだろうけど...オレが男であることに意味はないのか?


「飲んで。落ち着くわ」

 小さな青い丸薬をもらった。


 は〜。

 手の震えが止まり、急速に気分が落ち着いていく。

 彼女がオレの横にくっついて背中に左腕を回してくれる。


 なんだ、こんな場所、初心者用じゃないか。

 何も怖いものなど無い、、かもしれない。


 アゼリーナさんの黒髪...綺麗だ。

 そうするのが当然のように、オレは彼女を抱き寄せて頭を撫でていた。



 ***



 地面にはまだ生きている鬼蜂も多いが、もれなく羽を焼かれている。そいつらは、大きさ以外はスズメバチそっくりだ。体長は15cmくらい。日本にいるオオスズメバチは世界最大と言われるが、それでも5cm程度だ。


「ね。虫の、群れには範囲攻撃が便利。こういう小さい、虫の群れに襲われると剣や、槍では防ぎきれない。剣なら巨大バチと、戦う方がまだ、楽よ」


「これが小さい、ですか」

「オーガ・ホーネットはただの虫。魔物なら、ゴブリンくらい、の大きさになるわ。でも、大きい分、数は少ない」

 虫の羽ならファイヤーボールの拡散で多少はまとめて焼けるだろう。でも到底アゼリーナさんの真似はできない。やはり今のオレには貫通力重視の方がよさそうだ。


 木の上に残る半壊したハチの巣を焼き払って終了。オーガ・ホーネットは駆除対象だが、普通の冒険者には嫌がられる不人気依頼らしい。


「ただの虫だけど魔力に反応、するから駆除しないと、うかつな、初心者が襲われるの」


 斜面の下にきれいな川が流れていた。幅数メートルで流れはゆっくり。けっこう深そうだ。その向こうにはまた森が続いている。


「ここであなたの、魔法を見せて。今日こそは1つ、覚えるわ」

「なら、ウィンドカッターですね」


 アゼリーナさんがオレの斜め後ろにくっついて、呪文を真似してつぶやく。

 3回繰り返した。

「難しいわ。もっと、よく聞こえるように耳元で、お願い」

 今度は目の前に彼女の頭がある。背中をオレに預け、髪をかき上げて右の耳を出している。


 白いうなじと黒髪...

 左腕で彼女を抱き、耳元で静かに呪文を詠唱した。


 繰り返し..

 繰り返し..

「あ..」

 小さく吐息が漏れた


 3回目のMP切れになった。

「今日は無理そう。明日も、来てくれる?」

「もちろん」


 2人はギルドへ戻った。まだ明るい午後。冒険者たちは出払っていて人は少ない。

 アゼリーナさんは依頼票を一枚剥がしてフェレーナさんに渡した。


「はいこれ、焼き払ってきた」

「いつもご苦労様。助かるわあ」


 後半が棒読みに聞こえた。

 じっとオレの方を見るフェレーナさん。アゼリーナさんが、にへらとぎこちなく笑うと、フェレーナさんも顔だけ笑ってこちらに視線を突き刺してきた。


「えーと、ひ、昼4の鐘ですよね。中央広場で」

 にっこり頷くフェレーナさん。オレはぎくしゃく動きながら退散した。


 ***


 今日でスターグの馬鹿共の襲撃未遂から3日目だ。

 軽装で1人で出かけるところを見られているから、1〜2日で戻ってくると予想しているはずだ。実際、戻って来たし。すぐにでも遭遇する可能性が高い。


 出くわす前に奴らの拠点を探してみるか。そこいらの普通の建築物なら壁2〜3枚通しても人の存在を探知できる。もし5人揃っていれば、赤が3つに青が2つ。顔は覚えていないが、頭上に見える名前で一目瞭然だ。スターグと雑魚A、B、C、D。


 街を歩いていると脳内マップにときどき赤い点が出る。この街は胡散臭い奴でも簡単に入れるから野盗の類も住んでいるのだろう。実際、娼館がある一角には赤い点が集まっている建物があった。もし全部赤だったら火をかけてもいいんじゃなかろうか。


 曲がり角の向こうに赤い点が見えたら、いったん立ち止まって頭上に名前が出ているか確認する。オレが不意打ちをくらうことはまずないだろう。


 おっし、クリア。

 角を曲がって先へ進む。

 うおっ!びっくりした。

 頭上に「雑魚D」のタグを付けた男とすれ違った。マップ上では青い点だ。うかつだった。青は気にしていなかったぞ。

 相手の反応なし。オレの顔は覚えていないらしい。


 尾行して住居っぽい建物に入るのを見届けた。そこが拠点かどうかは分からないが、中には赤い点が一個見えた。


 今日はここまでにしとこう。他の奴らと鉢合わせしないとも..あ


 向こうから「雑魚A」が来る。マップ上では赤。まだ気づかれていない。さすがに今仕掛けて来るとは思えない。知らんふりしてすれ違ってみるか。 


「おい、こんなところで何やってんだ?」

「うん?誰だっけ?」

「いや、すまん人違いだ」


 すれ違うと雑魚Aが急いで家に入るのをマップ上で見届けた。もし追ってきたら、人目が無い場所に誘い込もう。赤のままだし、襲撃未遂もあったし、殺意を確認する必要は無いだろう。だが、街の中で死体を作るのは避けたい。


 何かいい手は...

 ポン

 あれだ!


 赤い点が2個追ってきた。角を二回曲がって追われていることを確認すると、オレは外壁の角を目指した。敵は二手に分かれた。角まで来るといい具合に挟まれた。逃げ道は無い。人目もない。


「よお、新人のエドだったな。こんな裏道は危ねーぞ」

 スターグめ、ニヤニヤしやがって。雑魚の親分もまた雑魚っぽい。

「そうらしいな。どうやら雑魚チンピラ2人に絡まれたみたいだ」


 敵は一瞬で憤怒の表情に変わった。こめかみに血管が浮くのが見えるようだ。この野郎はある種の脳内分泌物が過剰に違いない。


 壁際の角

 丸腰で素手

 だが、ほぼ無風


 2人は等間隔で距離を詰めてくる。好都合だ。

 もうちょい。

 両手を軽く握り、両腕を90度に開いてゆっくり肩の高さまで上げた。さっきまで空だった手の中には熊よけスプレーが握られている。ロックは付けていない。


 こいつの威力は絶大だ。それでもこの状況は心臓に悪い。

 落ち着け。

 一息吸って、呼吸を止めた。


 ジュオーッ!

「うがっ!」

「ぐわっ!」


 地面でのたうつ2人に追い打ちだ。

 ブシュッ

 ブシュッ

 よし撤退。


 「ぷはっ」

 吸い込みはしなかったが目が痛い。こんなのを顔に食らうとか恐ろしいことだ。人に使うと死ぬ可能性があるらしい。だが、奴らは腐ってもCランク冒険者。地球人よりだいぶ頑丈だ。死にはしないだろう。


 今回はお互い敵として顔を合わせた。次は奴らが復活次第、全力でオレを仕留めに来るはずだ。トドメを刺さなかったのは間違いだったかな?

 一番危険なのは弓での狙撃だが、脳内マップの探知距離の方が長い。奴らの名前はマップ上にも出るようにしたし、何とかなるだろ。


 ***


 −中央広場−


 襟付きのシャツに着替えてきた。現地で買った中古ジャケットを合わせて上品な商人風、と自分では思っている。フェレーナさんは素敵と言ってくれた。

 柔らかい感じのワンピースに着替えた彼女も素敵だ。普段は後ろにまとめた髪もおろして、長い金髪が夕暮れのそよ風になびいている。


 街で一番いいというレストランへ入り、席へ案内された。

 店内のあちこちで照明の小さな火が揺れている。


 フェレーナさんが声を潜めて言う。

「ごめんなさいね。あなたのワインより上等なお酒を出す店はこの街には無いの。隣の王国にもあるかどうか」


 店から出されたワインは、1000円のワインに負けてはいるが普通に飲める味だ。

「これだって十分美味しいですよ。オレ、それほど酒飲みでもないですし」

「そんな感じよね。あなたぜんぜん冒険者っぽくないもの」

「弱そう、ですか?」

「気にしないで。あなたがそこいらの脳筋(バカ)どもと違うことは分かってるから」

 弱そうなのは否定しないのね。


 メインディッシュの肉が出てきた。

「こちらは一昨日入荷した、ミノタウロスのサーロインになります。仕留めたのは、Cランクパーティ『風牙』のご一行。半刻におよぶ激闘の末、目に矢を命中させ、ひるんだところを槍使いのカールが心臓を一突きにしたとのことです」


「あなたが仕留めたブラックボアの肉も高級店では説明付きだったはずよ。『魔道士エドワードによるトドメの一撃が』ってね。うちの職員が仲買人達にそう説明していたから」


「ええ〜、別に名前を売るつもりは無いのになあ。むしろ無名のままでいたい」

「やっぱり変わってるのね。でも確かに、名前を売る必要はないのかもね。あなたは、特別だから」

 そう言って艶やかな目でオレを見つめるフェレーナさん。


「おお、これうまっ」

「そうでしょ。ある程度の入荷量がある肉の中じゃ最高級よ」

「それじゃ、もっと高級な肉っていうのは?」

「それはもちろん、ドラゴンよ。もうすぐワイバーンを仕留めたパーティが戻るはずだから、それを期待して隣国からも仲買人がやってくるわ」

 エーリカの父ちゃん達だな。

「なるほど。強いパーティはほぼ確実に獲物を仕留めてくるというわけですか」

「あなたも、予告して大物を仕留めてくればもっと高く買い取れるわ」

「あははは。それは当分無理でしょう。あの大猪は運よく倒しただけですし。でもオレには保存が効く運搬手段があるので、予告する必要ないですよね」

「そうだったわね。だから、あなたは特別なのよ。さあ、もっと飲んで」


 この酒は断れない。

 オレもフェレーナさんと同じペースで飲み続ける。そんな気はしていたが、彼女強いぞ。


「さ、もう一杯どうぞ」

 これはやばい、すでに二日酔い確定だろう。切り抜ける方法を思いつかない。


「洗髪剤なんだけど、実は使い方が分からないの。できれば、うちへ来て使い方を教えてもらえないかしら」

 そっかー。そりゃ分からないよなあ。ここ異世界だし。


「もちろん。まーっかせて」

 酔っぱらったオレはフェレーナさんに腕をとられて、彼女の家まで連れていかれた。

(よしっ、つかまえたわ)


 翌朝、フェレーナさんがちょっと不機嫌だった。

「ほんっとに寝つきがいいのね」

「ごめんなさい。もっと話したかったけど、昨日は酔いが限界だったから」


 ここに連れてこられた意味は理解している。だが何もしなかった。ヘタレと言うなかれ。酔ってからやるのは好きじゃないし、揺れ続けたら吐いていたに違いない。


「気分はどう?」

「頭痛が痛いです」

「飲ませすぎた私も悪かったわ。だからそんな頭の悪い言い方しないで。あんなにすぐ酔うとは思っていなかったのよ」


 あなたは、強すぎです。

 回復魔法を試してみようと思ったが。頭痛のせいで集中できなかった。

「二日酔いに回復魔法はあんまり効果ないらしいわよ」

「ですよね〜。これはやっぱり解毒かな」


「私も今日は休みよ。ゆっくりしていって。すぐ戻るから待っててね。いなくなっちゃイヤよ」

 フェレーナさんはオレを軽く押し倒して寝かせるとパタパタと出て行ってしまった。


 さてどうしようか。今後の立ち回りを考えようとしたが、やっぱり頭痛が痛い。

 すぐにフェレーナさんが戻って来た。

「はい、解毒ポーションよ。高いものじゃないから気にしないで」

「ありがとうございます。おお〜、すごい。これは即効ですね。頭痛がすうっと消えてしまいました」


「それじゃ、こっちへ来て洗髪剤の使い方を教えてもらえるかしら」


 この家にも風呂は無い。大きめの桶に水を張って、ファイヤーボールでお湯にした。

「さっすがギルド期待の新人ね。うちにも1人ほしいわ」

「それはどうも。では説明を」


 シャンプーとリンスを使う順番を説明した。ポンプ式容器の使い方も。

「便利な道具ね。それに綺麗。こんなに綺麗なガラス容器なんて見たことないわ。貴族御用達でしょ」

「そこまで大したものじゃないと思いますよ」


「最初はあなたの手でやってもらってもいい?」

 そう言って彼女は長い金髪を横に長し、肩が出るところまで服を下げた。きれいな金髪だ。耳から首筋のラインに目が吸い寄せられる。


 わしゃわしゃ、ではなく、できるだけ交差した髪に指を引っかけないように慎重に洗う。

「泡が目に入ると痛いかも。流すので目を閉じてて」


 二回に分けて流すことにした。きれいな髪ではあるが、脂がのっている。

 シャンプーなど無い世界なのだ。普段は水洗いなのだろう。

 流してからもう一回シャンプーをつけた。

「泡が立ったら髪が綺麗になったという目印です」

「気持ちいい..」


 泡を洗い流した。

 リンスは髪になじませてから数分待った方がいいんだっけ?

 適当でいいか。


「ありがとう。あとは1人で出来るわ」


 部屋へ戻って待っていると、薄い着流し姿で髪が生乾きのフェレーナさんが来た。艶めかしく鎖骨にかかる髪と、服の上からでも分かる体の線にオレの鼓動が跳ねる。

「あなたも昨日はすぐ寝ちゃったでしょ。体を洗ってきて。なんなら私がやってあげましょうか」

「いえ、大丈夫。自分でやります」


 オレも体を拭いてから部屋に戻るとフェレーナさんがさっきと同じ、着流し1枚で待っていた。気持ち的には迷いがある。だがもう、鈍感系主人公の振りをする余地などない。


「あなたはここに来てくれた。いいのよ、ね?」

 沈黙は肯定。手を引かれて、ベッドに座らされた。

「また、来てくれるでしょ?」

 オレが何か言う前に彼女の唇で口を塞がれた。背中に手を回され、そのまま押し倒された。


 窓ガラスをこの世界では見たことが無い。木の板で出来た窓を閉めると、昼間でもかなり暗い。細い光が漏れる暗がりの中、オレ達は昼下がりまで絡み続けた。


「アゼリーナは魔女だけどヘタレよ」

「え?」

「今日も会いに行くんでしょ」

「魔法の研究で..」

「あいつ、最近楽しそうなの。でもヘタレだから、直接は何も言わないと思うわ」


 オレの稼ぎだと3人は妻を持たないと周囲がうるさい。だから、変な女を押し付けられるくらいならアゼリーナさんを入れろという話だった。今のフェレーナさんには勝者の余裕が見える。


「私が言うのもなんだけど、稼げるヤサ男なんて絶好のカモなんだから気を付けなさいよ」

「ひどい言われようだ」

「心配だわ。あなたチョロいもの」

「ヒドイ」


 3人まで、いや、最低3人ですか....メンドクサイ。


 一度はクロエに全力と決めたんだけどなあ。師匠にその気はなさそうだ。気安く手をつないだりしてくれるけど、普通に過ぎるというか、まったく男として意識されてない。師匠と弟子ごっこ、と考えるとしっくりくる。エルフだし、オレなんか子供に見えるのかな?


 フェレーナさんには取っ捕まったようなもんだし。

 決して嫌ではないが。

 全然嫌じゃないし。

 すぐに結婚しろというわけでもなさそうだし、成り行きに任せよう。


「ねえ、オレの方が体重はあるし男なのに、男なのになんでフェレーナさんの方が強いんですかね?」

「私、これでもCランクだもの。武器でも素手でも戦えるわよ」

「それは答えになってない。大した筋肉付いてないでしょ」

「何言ってるの。それなりに戦闘経験があるんだから、新人の魔法使いより強いのは当たり前じゃない」

「もしかして、レベルとか、ステータスとかいう概念があったりします?」

「何の話?」

「あ、いや。無いならいいです」

 レベルじゃないとするとやっぱり魔力かな。マリーにもころっと負けたし。


「それじゃ行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 出がけに後ろから肩を引かれてキスされた。


 −午後の冒険者ギルド−


 今はフェレーナさんの席は空席だ。隣の受付に座る新人っぽい女子と目が合った。フラグってことはないだろうけど、間に合ってます。

「先輩なら今日はお休みですよ(はあ、またパッとしない男)」

 意識しすぎだな、オレ。


 2階のアゼリーナさんの部屋の前まで来た。昨日はなんでドアを叩くのを躊躇したのだろう。彼女に会うのがこんなに楽しみなのに。

 楽しみなのに、変な動悸がするのはなんでだろう?


 ドアを叩く前に中へ引き入れられた。

 落ち着くいい匂いだ。さっきまでの動悸が鎮まっていく。

 このお香と壺、オレも欲しいな。


 勧められるままに青薔薇茶を飲んだ。綺麗な青紫の湯気だ。

 はふ〜っ。

 ....

 横に座るアゼリーナさんがとても、とても綺麗だ。

 美しいアゼリーナさんが、その白く細い手で短剣を手渡してくれた。刃には液体が塗られている。


「え〜と、たしか腕を切って開く」

「指先を少し、でいいわ。少し切って回復魔法、よ。何度も、繰り返して」


 5本の指を順番に切る

 切って、呪文詠唱

 切って、呪文詠唱

 切って、呪文詠唱

 切って、呪文詠唱

 切って、呪文詠唱


「先生、これ簡単すぎです。いっそ指を落としてみましょうか」

「ダメよ。指先だけ切って。魔力が切れるまで繰り返して」


 MPが切れてもすぐに回復する。

 言われるままに、繰り返し、繰り返し指先を切り続けた。


 視界が揺れる。

 ふらついて抱き留められた。


「アゼリーナさん...」


 とても、とても綺麗なアゼリーナさんの顔が目の前にある。

 少し開いた唇に目が吸い寄せられる。

 ゆっくり顔が近づき、長いキスをした。


 気が付くとオレはいつものベッドに寝ていた。

 見慣れた天井だ。

 え〜と、どうしたんだっけ?

 たぶん、また気分が悪くなったんだろうな。


 アゼリーナさんが窓を開けて空気を入れ替えてくれる。

 だんだん頭がすっきりしてきて、心持ち視界が鮮明になった気がする。


「もう、あなたの回復魔法は完璧、だと思うわ。今度、2人で狩りに、行かない?」

「もちろん!行きましょう、2人で」


 −犬肉亭−


 いるかも、と思って顔を出したら、ザック達3人組がいた。

「お!お前ら戻ってたのか。どうだった?」

「ようエド!晩飯でも食いながら話してやるぜ」


 ここ数日は無難な仕事をやっていたらしい。

「冒険するのはエドがいるときがいいからな」


 明日はゴブリン砦の攻略だ。その打ち合わせを済ませて宿を出た。

「オレは今夜から伯爵のところに世話になる。そいじゃ、また明日な」


今夜はフェレーナさんのところに戻るべきだろう。


《納屋20》

オーガ・ホーネット(鬼蜂):スズメバチを凶悪にした顔

触覚とは別に2本の角がある

 体長15cmくらい、獰猛、猛毒

 魔法に反応するが、ただの虫とされている


青薔薇茶:アゼリーナさん特性 MP回復+鎮静っぽい効果

青い丸薬:茶と似たようなもの

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