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2.異世界人にチョコレートを売りつけた

2022年8月16日 微修正、誤字脱字修正のみ。内容変更なし。

《納屋02》


 道に出てから主装備を鉈に変更した。サブのナイフはそのままだ。

 変更した理由は、気分だ。


 道は森と草原の境界線のようになっている。少し先は左へ、徐々に森から離れている。草原にもまだ、まばらに木が生えている。薄く(わだち)がついた道以外は、文明らしきものの痕跡もない。


 今は昼前後か?日本と同じくらいだな。

 残念ながら、太陽は一個しかないし色も同じ。月に期待しよう。


 ガタガタと後ろから馬車が近づいてくる。人が歩くよりは早い。マップにはだいぶ前から青い点が出ていた。見通しが良くなって、索敵範囲が広がったようだ。乗っているのはどう見ても人間だし、日本人ではなさそうだ。


 追い抜いていく荷馬車を見たら、手綱を持つおっさんと目があった。おっさんに、「いよっ」と軽く手を上げてあいさつされた。こちらも同じようにあいさつを返す。異世界人との初遭遇だ。普通の外国人だな。地球外生命体には見えない。


 さらに30分後くらいに、別の荷馬車がガタガタと追い付いてきた。

 御者のおっさんに話しかけられた。


「あんた冒険者かい?」


 冒険者って言ったぞ!

 ものすごい違和感だ。当たり前のように「冒険者」という単語が出てきた。


「い、いや、ま、まだ違うけどこれから冒険者になろうと思ってるよ」


 自分で言ってみてはずかしい。なんだかテンパってる。冒険者なんて、こんな道端での会話で大真面目に使う単語じゃないぞ。少なくとも地球では。

 嬉しくなってきた。


「街へ行くんだろ。どうだい、乗せてやる代わりに護衛しちゃくれないかい?」

「お、おう。オレたぶん弱いぞ。かまわないか?」


「かまわんさ。護衛がいるだけでも違う。もし、野盗にでも出くわして勝てないと思ったら逃げてくれてもかまわない」


「う~ん、よし、引き受けた。相手が小人数だったら戦うよ(魔法もあるし)」

「そりゃありがたい。オレも一緒に戦えば賊の3人くらいは撃退できるかもしれんな」


 そう言いながら指差された御者席の後ろには槍が横向きに取り付けられている。やはり、物騒な世界なのか。『普通の冒険者』がどういうものかや、魔法が存在するのかなど、いろいろ聞いてみたい。


 オッサンに聞かれた。

「どこから来たんだい?」

「ロナークからだよ」


 は?

 ロナークって何だよ。考えるまでもなく、息をするかのように、この口からウソが出たぞ。今のオレはまったく頭が回ってないのに。


「そりゃあ、ずいぶん遠くから来たな。こっちはあんまり寒くなくて気候がいいからな」

「ははは、まあそれが理由かな。できれば、しばらくこの辺に居つきたいと思ってるよ」


 ロナークって場所あるのかよ。


「俺は行商人のパブロックだ」

「エドウィン・フリントロックだ」


 またこの口が勝手に出まかせを。

 誰だよ、エドウィンて。


 そういえば画面の端に『エドウィン・フリントロック』って出てる。オレのキャラ名なのか?キャラメイクなんてした覚え無いぞ。自分がどこまで自由意思で動いてるのかすら怪しくなってきた。


「その名前だと、いいとこの出みたいだな。身なりのいい優男(やさおとこ)だとは思ってはいたが」


 パブロック氏はオレが身に着けているものが気になるみたいだ。

 できるだけ目立たない服にはしてきたつもりだ。彼と比べると全体的に小奇麗だし、高級そうな服に見えるかもしれない。それに彼からは風呂に入っていない人の臭いがする。野営の旅か。こっちは毎日風呂に入るし、ちょっと違いが目立ちすぎるかな。


 人種としては白人に近いようだが、それよりはもう少しマイルドな、あまり彫りが深くない顔立ちだ。質問したくてうずうずしているように見える。でも、ぶしつけな性格ではないらしい。と思ったら、さっそく返事に困るところに目をつけられた。


「その荷袋の縫い目はえらく細かい上に、あり得ないくらい目が揃ってるな。そんな質がいいものは見たことが無い」 


 別の世界から持ってきたバックパックだし。機械縫いだよ、とは言えない。


「さすが商人。分るかい?これは旅に出るときにオヤジに買ってもらったんだ」


 ああ、くそ。これでオレはいいとこのボンボン設定になっちゃったよ。人と遭遇する前に細かいところまで設定を考えておくべきだった。

 異世界なんだから中世なのは当たり前じゃないか。

 オレとしては中世初期か、もうちょい前が好みだ。


 それからはしばらくは無難な会話が続き、のんびり異世界の風景を楽しんでいた。だが、しかし、荷馬車はガタゴトゆれて尻が痛くなる。転生者がサスペンションを作りたがるわけだ。


 のどかな景色だ。

 そこら中に魔物がいるらしいが。


 今向かっている街の冒険者について聞いてみた。

 よそより強い連中が多く、魔法使いもあんまり珍しくないとか。

 やはり魔法が普通にあるのか。


「こう見えて、オレも魔法を少し使えるぜ」

「そうじゃないかとは思ってたよ。恰好は魔法使いっぽくないが、剣や槍で戦うにはいまいち体つきが...いや失礼」

「まあ、その通りだし。オレの戦闘スタイルは、魔法を一発ぶち込んでから斧でトドメをさす、みたいな感じだからな」

「魔法使いが斧とは珍しい」

「鉈も使うぞ」




 パブロックは自分で運べて利益になるなら何でも扱うそうなので、商売の話をしてみることにした。

「パブロックさん、甘いものなんてどうだい?もし気に入ったら売るよ」


 ピーナッツチョコを差し出した。ビニール袋は捨てて、紙袋に詰め替えてある。

「何だ?黒いな..血の塊、でもないか。それにその薄い袋は、まさか紙?」

「あははは、まあ細かいことは気にしない。これは、木の実と牛乳を練ったものに砂糖で味付けした菓子だよ」


 自分で一つ食べてみせた。

 パブロックは躊躇(ちゅうちょ)しつつ、少しだけかじって一瞬目を丸くした。残りを口に放り込むと、数秒間フリーズしてから再起動した。


「うまい!!なんだこりゃ、とんでもなく美味いぞ。こんなに甘くて美味いものは初めて食った。やはり貴族か、その...」


 最後はつぶやくように言ってから、思い直したように、

「こいつを売ってもらえないか!?」

 さすが商人だ、無益な詮索はしてこないか。

「もちろん。そのつもりで出したからな。えーと、相場がさっぱりわからん。これ1個でどれくらいだと思う?」


 パブロックは、ぶつぶつ言いながら考え込んでしまった。

「こんなものがあるとは聞いたこともない。砂糖を使った菓子なら食ったことがあるが、これはそれよりも断然うまいからな。砂糖は貴重な上に、他の素材がさっぱり分からない。苦みがあるのにうまい、絶妙な味付けだ。貴族に売りつけたら1個あたり小銀貨1枚ってところか。間違いなく希少だろうから、仕入れ値はその半分か少し高いくらいか。ウストリアの貧乏男爵なら...」


 別の小袋を取り出して説明した。

「これには20個入っていて、同じのを5袋、合計100個を小銀貨45枚でどうだい?パブロックさんの計算の9割の値段だな」

「買った!5袋と言わず、あるだけ売ってくれ!」


「今売れるのはこれだけだよ。少しは自分で食べたり、誰かを買収するために残しておきたいし」

「わはははは。そうだよな、これは売り切るわけにはいかんよな。よし、え~と、9割だと確かに45枚だな。大銀貨だと9枚だ」


「手で握ってると体温で溶けてベタベタになるからな。これくらいの気温なら大丈夫だが、日のあたるところもダメだぞ」

 とチョコの注意点も忘れずに教えた。


 大銀貨9枚は大金かな?

 銀だし、それなりの金額だろう。この後、物の値段や通貨について質問しまくって、およそのところは把握できたと思う。おかげでさらに世間知らずのボンボン設定になってしまった。


----------

 銅貨 100円

 小銀貨 2000円

 大銀貨 10000円

 金貨 10万円

----------

 なお、円換算はパンや肉、その他の消耗品の現地価格からのとても大雑把な推測である。

 こういった重要な情報に対しては、脳内投影が完全記憶として機能することも分かった。


 お徳用大袋のピーナッツチョコが9万円になってしまった。本当はまだ大量にある。

 小銭も欲しかったので塩と砂糖も少し売って、さらに小銀貨5枚と銅貨20枚を支払ってもらった。こちらも品質の良さに感心されたのは期待通りだ。胡椒やトウガラシもあるが、それは次回でいいや。


「計算まで早いとは驚いたね。えらく仕立てのいい服を着てるし、只者じゃないだろ?どうだい、この付近に住むつもりなら商売相手として付き合ってもらえないだろうか?」


「こちらこそお願いしたいところだよ。冒険者として生活するつもりだけど、ときどきはこのショコラとかも用意するから」


 チョコレートを『ショコラ』と言ったのは短い方が覚えてもらいやすいと思ったからだ。別に格好いいとか思ってないし。

 街の商会を通してパブロックに連絡を取る方法を教えてもらった。パブロックからは、オレが冒険者ギルドへの登録を済ませたら連絡可能になるそうだ。


 ちょっとぼったくりすぎたな。少しお返しするか。馬車を止めてもらって、バックパックの中身を取り出すふりをした。アイテムボックスから出したのは、キャンプ用の丸めた銀マットだ。薄いのに断熱性が高く、多少の凸凹でも背中が痛くならない反発力が高い優れものである。しかも安い。オーバーテクノロジーではあるが、売り物ではないし転売もしないでほしいと念を押してから渡した。


「ほら、こうやって広げると野営の寝床になるし、2つか3つに折って敷くと馬車の揺れでもあんまり尻が痛くならない。ただ、火にはとても弱いぞ。火の粉が落ちたら一瞬で穴が開く」


「なんだ、この素材は!?こんなに薄くて柔らかいのに、弾力が強い敷物なんて見たことも聞いたこともないぞ!いったい、いくらするのか見当もつかない。こんなものをもらったら、さっき取引がチャラどころじゃないだろう?」


「そこは気にしないでくれ。これも何かの縁だと思っただけさ。それよりも、出処は秘密にしてくれよ」

「も、もちろん。約束するよ」


 雰囲気がかなりぎこちなくなった。

 オレのことを貴族かもと思ってるみたいだし、恐縮させたままだとこっちが居心地悪い。言っといた方がいいな。

「オレは貴族でも金持ちでもないぞ。冒険者になりたい、ただの旅人だから」


 まあ、異世界生活の幸先はよさそうだ。猪に襲われた件はともかく。


 今頃になって気が付いた。会話が日本語だったことに。注意して観察すると、声と口の動きが合ってない。謎翻訳が働いているのか。うん、期待通りだ。


 荷馬車はガタゴト進む。


 前方に3人組の背中が見えてきた。荷物に武器を付けていて、革鎧を着ている。冒険者っぽいぞ。だといいな。真ん中の1人は左右の2人に支えられていて、怪我しているみたいだ。


「真ん中の男は歩くのがつらそうだな」

「オレは降りるから、代わりにあの怪我人を乗せてやれないか?」

「もちろんいいぞ。そしたら護衛も2人増えるしな」


 パブロックは冒険者だと判断しているらしい。


「お~い、怪我してるだろ。1人なら街まで乗せて行けるぞ」

「ああ、助かる。ついさっきウサギに足を刺されて、血が止まらない。街までたどり着けるか不安だったんだ」


 ウサギ?

 異世界名物の角ウサギか?

 そんなに危険な生物じゃないと思っていたが。


 話を聞いてみると、草むらから飛び出したウサギに角で刺されたらしい。それも3匹の連続攻撃で。角は先が鋭い上にノコギリ刃まで付いているという。別に人を襲って食うわけではなく、襲う理由は人や動物に突撃して遊んでいるという説が有力らしい。


 やつらの通称は、突撃ウサギ、角ウサギ、または、草原の暗殺者。タチの悪い生き物だが肉はうまいとか。角なしの、魔物じゃないウサギもいるそうだ。他の動物でも、角ありだと魔物というのはよくあることらしい。山羊や鹿はどうなるのかな。


 ウサギにやれられたのは3人の中でも一番軽装の斥候役だった。


「傷を見せてもらえるか?止血できるかもしれん」

「そりゃ、ありがたい。ぜひ頼む」


 血がしみ込んだ布を外してもらうと、まだ血が流れている。傷1つ1つは小さいが、ただの刺し傷じゃなく、上側に切られている。

 消毒用アルコールという名目のスピリッツで消毒し、傷用の軟膏を塗り込んだ。


 興味深そうに見ていた大剣を背負った背の高い男に質問された。

「それは酒だろ?酒が怪我に効くのか?」

「傷をきれいに洗って、強い酒で流しておけばバイ菌がかなり減るぞ」

「バイキン?」


 あ、そういう知識は無いか。


「毒みたいなもんだよ。目には見えないし落ちにくいので、傷の汚れを洗い流してもまだ残っていることがある。そこに強い酒を浴びせたら、消毒というか、解毒できる。傷が化膿したり、後で熱が出る可能性を減らせるぞ」


「へ~、詳しいんだな。薬師みたいだ」


 止血パッドを貼り付けて、細く割いたタオルをぐるぐる巻いた。包帯も持ってはいるが、丈夫な布でしっかり縛った方が止血によさそうな気がしたからタオルにしておいた。全くの素人だが。


「ほい、できた。ほぼ血は止まったよ」

「助かったぜ。これで街に着く前にぶっ倒れずに済む。痛みも引いてきた気がするぞ」

「いちおう、痛み止めの効果もあるし」

「まじか。高価な薬だろう」

「いやいや、自家製で大したことはないから」


 背の高い男がつぶやく。

「...やはり、薬師か錬金」


 余計に誤解されたか。とっさの嘘で辻褄合わせるのは苦手なんだよ。パブロックは、何かに納得したように頷いてるし。


「謝礼がしたい。といっても、手持は今これだけだが」

 硬貨が入っているらしい皮袋を開けようとしている。


「金なんて取るつもりは無いぞ。その代わり、この地域のことをいろいろ教えて欲しい。オレも街に着いたら冒険者登録するつもりだから」


 恩を売った方が楽しいので、なんとか謝礼は引っ込めさせた。話を聞くと、やはり回復魔法を使える冒険者は貴重だと分かった。ゲームでもそうだったし。


 怪我をしているのが斥候の「ザック」で武器は剣と短剣。

 背が高く、大剣と槍を背中の荷物に付けているのが前衛の「ロンセル」

 弓と剣が「アドル」で、魔法も使えてファイヤーボールを二発だけ撃てるそうだ。


 ざっくりやられたのがザックか。これは覚えた。他はすぐ忘れそうだな。人の顔と名前を覚えるのは苦手なんだ。

 おおっ、冒険者3人組とパブロックの頭上に名前が出た。こりゃ助かる。


「なあ、試しに俺達と組んでみないか?話を聞く限りエドはEランク相当で、俺らはDランクになったばかりだ。俺達もまだまだ初心者のつもりだし、大した違いはないだろう。お礼がてら、いろいろ教えてやれるぞ」


「そういうことならぜひ!」


 ありがたい。初心者パーティに入りたいたいと思っていたのだ。異世界旅行は土日だけなので、数日に1回くらい入れてもらうことにした。明日はいったん日本へ戻る。

 密林通販でポチったクロスボウと熊よけスプレーを受け取って、他にもいろいろ持ち込みたい。


 後でパブロックに聞いたことだが、オレを乗せてくれた理由は話相手によさそうだったからで、護衛としてはあてにしていなかったらしい。この冒険者3人組は強そうだし、オレなんて日本人基準でも弱そうに見える自覚がある。

 やはり、魔法使い設定がいいな。


 それからは何事もなく歩き続けた。

 暇つぶしに脳内画面をいじっていて、大猪との戦闘をまるで録画のように鮮明な記憶として追体験できることに気付いた。


 街が見えてきた。


《納屋02》

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