16.トカゲが火を噴いた
今まで気づいてなかったのですが、軽トラックのつもりで軽自動車と書いてました。エドが異世界に持ち込んだのは「軽トラック」です。全部修正しました。
《納屋16》
早朝に、ブルグンドへ向かう途中で助けを呼びに走る少年を拾った。連れの女の子が怪我をしていると言うので、伯爵からもらった回復アイテムを使って助けた。誰かで試してみたかったのは秘密だ。
寄ってきたゴブリンを殲滅したと思ったら血の臭いに釣られて大トカゲが来た。馬よりでかい。茶色で体形はイグアナっぽく、頭の形は肉食恐竜に近い。地を這う体型なので、首を上げなければ高さは人間よりは低い。
エミルが焦っている。
「ヤバいよ、きっと血の臭いを嗅ぎつけて上がってくる」
エーリカとロベルトも同じく焦った顔だ。
「昨日まで見なかったのに。 ...いるとは聞いてたけど」
脳内マップ上で瀕死のゴブリンと思われる点が建物の外へ向かって動いている。そいつが出口へ差し掛かると、外から現れた別の赤い点が接触してゴブリンを示す点は消えた。
「トカゲが2匹になったぞ」
3人が途方に暮れた顔になる。
「もうどうしようもないよ。こうなったら2階から飛び降りるしか..」
この建物は天井が高い。飛び降りには反対だ。
「この高さから飛び降りなんて嫌だぞ。それに、地上で追われたらどうにもならん」
トカゲは大猪より少し小さい。なら、オレの魔法一発で仕留められる可能性は高い。1階で倒したゴブリンは5匹だ。食い終わるまで、もう少し時間があるだろう。
「たぶん倒せる。任せろ」
あいつがオレの革鎧の素材かもしれない。とすると火はダメだ。ウインドカッターにしよう。慌てて間違えないように強く意識しておく。
階段に散らばるゴブリン13匹の死体を手早く収納する。蹴り崩した障害物も集め直して、また階段を塞いだ。
ゴブリンの死体を2階の床に出した。
「急いで魔石を回収してくれ。もし登ってきてもオレが止める」
階段から1階を見下ろしながら杖を構える。階段は血だらけだ。下で食い終えたら臭いに釣られてこっちに来るだろう。
魔石の回収は意外と早く終わってロベルトが報告してきた。見るとちゃっかり左耳も切り取られている。
「終わった!8個出たぜ」
「よし、そいつはエーリカが持ってろ」
回復ネックレスを今持っているのはエーリカだ。
ゴブリンの死体をいったん収納すると、階段の前に出して土嚢のように積み上げた。その後ろで杖を構えて敵が来るのを待つ。これなら仕留め損ねても噛まれるのはオレじゃなくて、ゴブ肉だ。
マップ上で2匹のトカゲを示す赤い点が接触すると、下からズドッ!という衝撃音と叫び声が聞こえてきた。餌を奪い合って喧嘩してるのか?音から2匹の激突はとんでもない破壊力だと分かる。
思ったよりヤバくないか?
手に冷や汗が出て震えてきた。
「なあ、トカゲってうまいのか?」
ロベルトがあきれた声で答える。
「え、こんなときに何言ってんだ?」
「こんな時だからだ」
「美味しいって聞いたわよ」
「だよな。後で一緒に食おうぜ」
階段の下側に置いた障害物が一撃で崩された。トカゲが顔を出して階段に広がる血の臭いを嗅いでいる。
そこで止まったのが貴様の敗因だ!
ウインドカッター詠唱開始。高密度に収束するよう意識する。
トカゲは上にゴブ肉が積み上げられているのを見つけると、2階へ向かって突進してきた。
え?
早すぎでしょ。
そいつはまるで、逃げるトカゲのような素早さで階段を一瞬で登りきってしまった。大口を開けてゴブ肉ではなくオレに食いつこうとする。接触する直前にウインドカッターが飛んだが、突進の勢いは止まらず、ゴブ肉を弾き飛ばしながらトカゲの大口に視界を塞がれた。オレは左腕で頭をかばいながら後ろに押し倒された。
オレ死んだ。
また敵の下敷きだ。あれ、噛まれないぞ?
「オレ死んだ」はこれで2回目だ。見えなくてもオレの勝ちだと分かる。覆いかぶさる上顎を横にどけると、トカゲの首が付け根付近から不自然にぐにゃりと曲がった。見ると、横向きに発射されたウインドカッターがトカゲの大口を切り裂いて肩の上まで進み、脊椎を切断していた。これじゃ噛めないわな。
「エドさんすげー..」
「すごい...大トカゲを一撃で」
「うおおおお、カッケー!!」
少年達がキラキラした目でオレを見る。まるでベテラン冒険者になった気分だ。だが、心臓はバクバク鳴って、手も震えてドヤ顔する余裕もない。
状況は把握したので、仕留めた獲物を収納した。仕留めたら、もはや敵ではなく獲物だ。体のあちこちが痛い。鋭い歯で手の甲をざっくり切られた。だが、戦闘時のアドレナリンのおかげでまだ十分動ける。
こういう気分は嫌いじゃないぜ。ていうか、これを知ってしまったから会社勤めが出来なくなったんだよな。とりあえずポーション(並)を1本グイっと。
手の震えを隠して指示を出す。
「3階へ移動だ!」
弾き飛ばされて散らばったゴブリンの死体を全部収納するとオレ達は3階へ移動した。3階には壁や天井が崩れた石の瓦礫が大量にある。
「また同じ手を使うぞ。だが今度はゴブ肉の後ろに石壁を作る」
エーリカがオレの首に回復ネックレスをかけてくれた。
「まだ血が流れてますよ」
「お、ありがとう」
やはりポーション1本じゃぜんぜん足りてなかった。
すごい。ポーションと違って急速に傷が治っていく。さっきもエーリカの傷が治るのを見たばかりだが、自分の体で超常現象が起きるのを見るとやはり感動する。全身の痛みも急速に引いていく。
「エーリカ、さっきの魔石を1個くれ」
使いかけだった魔石はすぐに使い切ってしまった。新しい魔石を入れると間もなく傷が完全に塞がって、どこも痛くなくなった。
平らな石を積み上げて高さ1m、厚さも1m以上ある壁を作った。その前にゴブ肉を積んで、上にも乗せる。少年達が手伝いたそうにしていたが、手伝ってもらったのは位置の微調整くらいだ。でかくて重い石材ばかり選んだので、アイテムボックスを使わないと運ぶのはほぼ無理だったのだ。
最後にゴブリン1匹を階段の下まで放り投げて、トカゲをおびき寄せる餌にする。
「せーのっ!」
エミルとロベルトがゴブリンを放り投げると、血をまき散らしながら階段で跳ねて転がって2階の床で止まった。
「2匹目のトカゲはまだ下の階段だ。血でも舐めてるのか?」
しばし待つ。こういう時に脳内マップは本当にありがたい。これがなければ、せっかちなオレは下まで見に行って食われてるかもしれない。
「オレが正面に立つ。エミルとロベルトは横からできるだけでかい石を投げ落としてくれ。エーリカはオレ達が仕留め損ねたら、魔法で追撃だ」
オレはしゃがんで、壁から杖と頭だけ出して敵が来るのを待った。
来た。敵は2階への階段を登りきってからは素早かった。横から現れたトカゲが、さっき投げ落としたゴブ肉に素早く食いつくと、3階で待ち受けるオレ達をちらっと見て横に移動してしまった。
「くそっ、こっちから見えない位置で食ってやがる。もしかして頭いいのか?」
またこっちに来る。食い終わったか。
さっき階段の下からこちらを見上げたあれは、まるで無感情な殺戮者の目だった。たぶん、腹いっぱいになってもオレ達を放置して帰る気はないな。
あと1mで顔を出す。
詠唱開始。
そいつは鼻先だけ出して止まってしまった。タイミングを外された!詠唱中断。
中断直後にまた顔を出しやがった。フェイントかよ、トカゲのくせに。詠唱をやり直しだ。全身を表したそいつはオレをじっと見てから身を屈めた。
来る!
トカゲダッシュだ。
くそっ、間に合わない。
「ウインドカッター!!」
エーリカが右側から放った風の刃が敵の後ろ足付け根を切った。よし、傷は大きい。
「首を狙ったのに!」
エミルとロベルトが投げ落とした石は敵が早すぎて当たらなかった。
足を切られてもトカゲはダッシュした勢いに任せて3階に飛び込んできた。ゴブ肉が飛び散る。階段の出口は3階の真ん中付近にある。トカゲがそのまま進んだら下に落ちたところだが、石壁とゴブ肉のクッションで勢いが落ちて危なげなく止まってしまった。しかも、オレをロックオンしたままだ。
右に避けながらもオレは詠唱を続けていた。
あと1秒。
トカゲがすごい勢いで反転して太くて長い尻尾でオレを叩いた。体長は5m以上ある。巨大な鞭で左側から叩かれたオレは右側に吹き飛んだ。嫌な音が出て激痛が走る。間違いなく左腕が折れた。幸い、高さ50cmほど残っていた壁に引っかかって下に落ちるのは免れた。杖は落として、ウインドカッターも明後日の方向へ飛んで行った。
痛ええ。
上手く呼吸できない。それでも気力を振り絞って上半身を起こす。あばらも痛え。こうしてる間にも回復ネックレスの効果で痛みが引いていくのが分かる。あ、もう効果が切れた。
敵はすでにこっちへ向き直っている。そんなにオレは美味そうか?
エーリカのウインドカッターがさらにもう一発首に当たった。まだ倒れないか。
「もう魔力が尽きたわ!」
トカゲの口からチタッ、チタッと音がする。
やべえ、タンギングか。
スコップ!
ゴーッという音と共にオレは火炎に覆われた。頭を下げて右手に持ったスコップで顔だけは守った。呼吸を止めて耐える。エーリカの悲鳴が聞こえた。
「エドさん!!」
オレの革鎧は火に耐えているが手が焼かれる。足もただのスニーカーだ。靴底なんてすぐに溶け落ちるだろう。
5秒ほどで火炎放射が終わって前が見えると、エミルがトカゲの後ろから飛びついて剣を突き刺していた。こちら側からはロベルトとエーリカがトカゲの首に剣を突き刺している。
オレも、座ったままでもう一回ウインドカッターを詠唱開始。
3人は一瞬で弾き飛ばされて、敵がまたオレを見た。その直後に横向きのウインドカッターがトカゲの目の位置から上を切り飛ばした。杖が無くても、イメージだけでそれなりに収束は効いている。しかもこれまでのMP増加と同時に、素の威力も少しずつ上がっているのだ。
頭の上半分が無くなったトカゲは痙攣した後、首を床につけて動かなくなった。
両手両足を焼かれて経験したことのない嫌な感覚に冷や汗が噴き出し呼吸が浅くなる。革鎧は表面が黒焦げたが、その下はヤケドしなかった。さすが、火に強いトカゲ革だ。
うわっ、スニーカーが燃えてる!
ウォーターボールを出して足首を包む位置で、誘導可能時間いっぱい静止させた。その中に手も突っ込んで一緒に冷やす。
回復ネックレスに魔石を補充したいが、もう自力ではできない。
「エーリカ、魔石を補充してくれ。痛くてたまらん。3人はとりあえずこのポーションで」
手に持てないので自分の両足の上にポーションを出した。残りは並4本と特級2本だな。
エーリカが涙目になりながら魔石を入れてくれる。いい子だなあ。
あ、折れた骨が真っすぐつながるとは限らないな。エーリカの傷から古い血や内臓からと思われる汁が勝手に排出されていたところを見ると、ある程度都合よく治るのかもしれない。だが、自分の骨で実験したくはない。
ロベルトに腕を引っ張ってもらって、激痛に耐えながら折れた箇所を真っすぐに伸ばした。痛い上に気分が悪くなって吐きそうだ。魔石を使い切るたびにエーリカが補充してくれる。小魔石5個を消費して全身の痛みがほぼなくなった。
すごく腹減った。消費したのは魔石だけじゃなかったようだ。
弾き飛ばされた3人は大した負傷じゃなく、ポーション1本ずつで治っていた。
戦闘が終わって一息ついた。
「やったな」
皆が口々に助かったと礼を言ってくれた。
黒焦げのスニーカーを足から剥がして捨てる。いや、こういう素材のゴミは持ち帰ろう。代わりに革鎧とセットになっていた長靴を出して履いてみた。こりゃいかん、予備の靴下どこに入れたかな?靴下無しだと靴擦れを起こしそうだ。
「エドさんってBランクだろ?」
ロベルトが聞くと、他の2人も「でしょ」って顔でオレを見る。
「たぶんお前らと同じだぞ」
「ええ、Dランクなわけないじゃん」
「これを見ろ。正真正銘、Dランクだ。しかもEランクから上がったばかりだぞ」
「ひでーサバ読みだ。Dランクの魔法でトカゲ一撃なんてあり得ないぞ」
エーリカもうなずいている。
エミルも追撃する。
「それに、あんなすごい装備はAランクでも持ってないよ」
「ひでーはないだろ。実はな、オレがアイテムボックス持ちなのはギルド長に頼んで秘密にしてもらってるんだ。アイテムボックス抜きならオレなんて本当にDランクだぞ。お前らもオレの秘密をばらすなよ。オレが出す道具も全部秘密だからな」
下に降りてみると食い散らかされたゴブリンが散らばっていた。おおよその人型は残っていて、消化管のような長いものがぶちまけられた酷い有様だ。美味いところだけ食ったのだろう。これならオレ達を腹に入れる余裕もあっただろうな。
3人を軽トラックに乗せて街へ戻ることになった。
「すげー!勝手に走ってるよ!」
3人とも荷台に立って大はしゃぎだ。
さすがに車を襲われることはなく、無事に橋の近くまで戻って来た。
オレが腹減ったので、開けた場所に車を止めてランチタイムにする。まだ朝だが。
「腹減ってるだろ?ほら、これ食え」
近所のスーパーで買ったカツサンドと水を出した。
「美味しい!こんな味付けのオーク肉は初めてだわ」
豚だけどな。3人とも本当に腹が減っていたようだ。
「こんな柔らかいパン始めて食った。これうますぎるよ!」
「もう1個ずつあるぞ」
エーリカが遠慮がちに聞いてきた。
「エドさんって、やっぱり貴族?」
「ああ~、やっぱりそう思うか」
「バレバレですよ。髪も肌艶も違うし、この肉挟みパンに勝手に動く乗り物なんて出てきたら、そうとしか思えません」
「貴族の知り合いはいるが、オレは違うぞ」
エミルがちょっと鋭い。見せた道具がこの世界じゃあり得ないシロモノだと感じているようだ。
「こんな乗り物と偵察アイテムなんて貴族でも持ってないと思う。あり得ない物を見た気がするよ。あるとしても王家が秘密にしているとかじゃないかな」
「あ、貴族じゃないって、そういう意味だったのね」
「変に納得するなよ。王家も貴族も関係ないぞ。道具の出処は説明が難しいが、オレはただの一般人だから気を使う必要ないぞ」
「「「ただの、一 般 人??」」」
「ありえないわ」
「んなわけねー」
「オレがちょっと違うのは、遠くにある別の世界から来たからだよ」
「遠くってどのくらい?」
「ああ、いや、その..歩いて3時間くらい」
3人ともジト目になった。
「ところで、お前らの用事は終わったのか」
「「ごまかした!」」
「目標は達成よ。その帰り道で襲われたの」
「そうだったな。そこはエミルに聞いてたわ」
「ほら、これだよ」
ロベルトが戦利品の花を見せてくれた。
「なんだそれ?」
「え、これ知らないの?」
「だから、遠くから来たんだって。オレがブルグンドに来てからまだ10日くらいだぞ」
「バカオトギリだよ。これ2本で小銀貨1枚になるんだ」
「ほう、いい稼ぎだな。トカゲも狩ったし大収穫だな」
それはポーションの主原料になるオトギリ草の変異種で、遺跡がある場所にしか生えないらしい。何が変異かというと、馬鹿でかい花が咲く。普通は直径数センチで黄色い花弁が5枚だが、この変異種の花は無数の花弁が付き、直径20cmはある。茎も花の重さに負けないように太い。彼らはそれを背負い袋の上半分、元は食料が入っていた場所に詰め込んでいた。
「できるだけたくさん持って帰りたいから、帰りは腹減ったのを我慢して街まで歩くつもりだったんだ」
「なるほど、そりゃ腹が減るな」
「昨日の昼頃食べてからは水だけだよ」
「助けに来てくれたのがエドさんで良かったぜ。エミル、ナイス!」
「うん、エミルもありがとう。エドさん、本当にありがとう。他の人だったら、その人まで巻き添えでトカゲに食べられていたかも」
「お前らだって歳のわりには強いんじゃないか?」
「へへっ、同い歳のやつらには負けない自信があるぜ。父ちゃん達に鍛えられたからな」
3人とも親が現役のBランク冒険者で小さいころから一緒に鍛えられているという。10~12歳の頃にはロベルトが剣でエーリカに負け続けだったという話をエーリカがばらしてしまった。
「てめっ、余計なこと言うな!」
「本当のことだし」
「お前の母ちゃんが言ってたぞ、大人は本当のことを言っちゃダメなんだって」
幼馴染同士で冒険か。ちょっとうらやましい。助けられて本当に良かった。
「よし、休憩終わり」
「これで街に近づいたら騒ぎになるかも」
「エミルもそう思うか。オレも目立ちたくない。橋を渡ったら草原を突っ切ろう。こいつなら難なく走れる」
この軽トラは4輪駆動だ。家には乗用車もあるが、異世界の道では不安があるのでこいつを持ってきたのだ。
《納屋16》




